アモンの目的
2026年 9月21日 月曜日 09:35
ゴウン、ゴウンとエレベーターが重低音を響かせながら一人の青年を乗せ上昇していく。
今年の春、青年は悪魔と出会い覚醒を果たした。
その悪魔は傲慢で、他者を見下し、自分勝手ではあったが……頼れる存在であった。
「…………」
そんな悪魔が今、何故自らの再封印を望んでいるのか誠は想像も出来ずにいた。
だが、彼には一つだけはっきりしていることがあった。
「……」
一瞬、地鳴りのような音を立てながらエレベーターが揺れるとゆっくりと扉が開いた。
扉が開くと突風が吹き込み、誠は咄嗟に顔を右腕で覆う。
次第に風が止み、腕を下げるとその視線の先にはとぐろを巻きながら悠然と構えるアモン本来の姿があった。
「コモリの差し金か、ふんっ、小癪な小僧だ」
アモンは不愉快そうな表情と声色でそう言うと、地面を尾の先で叩いた。
それだけでカテドラル全体が揺れ、誠はバランスを崩しそうになる。
「奴からこの世界の歴史について聞いたな?」
「あぁ、正直にわかには信じがたい話だったけど……」
「ククク、悪魔と共に過ごしてきた以上の衝撃だったか? だがそれが真実だ」
「だろうね、だから俺はそれを受け入れるよ」
誠はアモンの問い掛けに頷きながら、エレベーターから降りる。
背後で扉が閉まり、それが降りていくのを感じながら誠は両手を握った。
「大事なのは世界の成り立ちじゃなくて、今自分がどうしたいかだと思うから」
「……ふん、デカイ口を叩くようになったものだなマコト」
「あぁ、どこかの悪魔が俺の隣でいつもそういう事を言ってたからね」
本来の姿であるアモンは大きく、恐らく指の爪一つを取っても誠よりも高く大きい。
見上げるばかりの畏怖すべき巨体の悪魔に、誠はそれでもゆっくりと近づいていく。
「だからアモン……力を貸してくれ、俺は大門司を止めたい」
「断る」
「……即答だな、理由を聞いても?」
「いいだろう、半年とはいえ我が契約者となっていたよしみだ……答えてやる」
その朱色に染まった巨大な両手で腕組をしながら、アモンは諦観を込めて言う。
「まず結論から言おう、お前と我の目的を相互に達成するためにはお前が死ぬ必要がある」
「え、死ぬ? また?」
「そうだ、合一神となったバアルに対抗するためには我等も合一を行う他は無い……だが」
左手の上に載せている右手の指を動かしながら、アモンは言葉を続ける。
「人間と悪魔が合一するということは、それ即ち人間とも悪魔とも違う別種の生命体となることを意味する」
「なるほど……でも大門司は普通に見えたけど」
「普段は人間の姿を取っているだけで実際はあの合一をした姿が本体だ、我らが合一すれば基本的にはもう元には戻れん」
「そうなのか、じゃあ晶は?」
「あれは完全な合一とは言えん、元々人間だった父親が中途半端に悪魔になった上での合一だからな」
冷静に質問を繰り出す誠に、アモンもまた冷静に答える。
「故にアキラはまだ人間の範疇だ、だが我らの場合はそうはいかん」
「俺達が合一すれば常に魔人状態になるってことか……でもそれくらいだったら大門司の様に人間の姿を維持していれば……」
「そこで理由その2だ」
「あ、まだ理由あるんだ」
顎に手を当て、地面を見つめながら逡巡した後に出した誠の答えをアモンは首を振って否定する。
「仮に我等が合一し、バアルを倒したとしても我自身の目的を達成した後……我はこの世に残るつもりは無い」
「残るつもりが無い……? それはどういう意味なんだアモン、現実の世界に残るつもりが無いってこと?」
「言葉通りだ、現実でも異界の側に留まるという意味でもなく……我はソロモンを殺し死ぬつもりなのだ」
「ソロモンさんを殺して……死ぬ!? ちょ、ちょっと待ってくれ、どういうことだ!?」
急に飛び出てきたソロモンと、それを殺すと言う言葉に誠は驚き困惑する。
だがアモンはそれがさも当然と言わんばかりに、困惑する彼を見ていた。
「我は当初、契約から一年後にお前の魂を奪いこの世を再び手中に収めると伝えたが……それは婉曲した表現というやつだ」
「あぁ、確かに最初出会った時にそう言ってたな……」
「我は当初、お前と合一をするのではなくその肉体を奪い取った上で星船の中に眠るソロモンを殺す予定だった」
「星船の中に眠る……? え、待って、さっきから殺す殺すって言ってるけどソロモンさんって生きてるの?」
「そうだ、過去に我と合一をしたソロモンは高次の生命体となり……最終的に今も星船の動力として眠っているのだ」
眠っている、という言葉の前後でアモンは間を置きながら誠へ伝える。
アモンの態度は相変わらずふてぶてしさすら感じるが……しかし誠には彼の口調の中に悲哀を感じずにはいられなかった。
それはかつての主を守れなかった、あるいは失った事に対しての悲哀だと誠は直感的に感じていた。
「動力として眠っている……? 一体なんでそんなことに」
「バアルが我以外のソロモンの悪魔を引き連れて反乱を起こしたのだ」
「は、反乱? 裏切ったってこと? なんで……」
「この星がコピーであることはコモリから聞いたな? 元々の目的は人類の発展の為だったが……何度やっても人類は自ら争い、そして自滅した」
過去を懐かしむように遠い目をすると、アモンは腕組を止め右腕を眼前にゆっくりと振るう。
すると過去の情景が誠とアモンの間に浮かび上がった。
「病、飢え、争い……人は少し発展するたびに互いを殺し合い、滅んでいく……そしてその度にソロモンは星をリセットしやり直していたのだ」
「や、やり直してた……? え、じゃあ俺達で一体何回目なんだ?」
「さてな……少なくとも万は超えたと思うが、ともあれバアルはそのやり直しのループに耐え切れず反乱を起こしたのだ、人類をより良い方向へ導くとのたまってな」
争いあう人々の映像からアモンとソロモン、そしてその二人と相対する71体の悪魔が映し出される。
その映像の中の争いは熾烈を極めていた。
「お、俺達の世界は何万回もやり直してたのか……それでその戦いはどうなったんだ?」
「我とソロモンがバアルを倒したことで勝利した、だがその戦いが原因でソロモンは致命傷を負った」
「致命傷? あれ、でもソロモンさんは今は船の動力で……」
「そうだ、その戦いで致命傷を負い……その命を長らえさせる方法として船と同化したのだ」
「ふ、船と同化? さっきの古森さんの話からぶっ飛んでる話ばっかりだなぁ……」
誠は驚きながら、それでも何とか一生懸命理解しようと努める。
それを見て、アモンは一瞬鼻を鳴らした。
「ふっ……貴様の矮小な脳で全てを理解する必要は無い」
「いいや頑張って理解する、それが俺やアモンにとって良い答えに繋がると思うから」
「では精々励むが良い……さて話を戻すが、結論としてソロモンは今星船と共にある」
アモンが再び腕を振るうと、巨大な宇宙船の映像が映し出される。
それらはどこかで見た事のある山の内部に埋め込まれており……映像は山の中から船の中、そしてその最奥にある動力部にある棺桶を映し出した。
「我はここに居るソロモンを殺したい、それが我の望みだ」
「……どうしてソロモンさんを殺したいんだ? 仲間だったんだろう?」
「仲間だったからこそだ、ソロモンはこの棺桶の中で生きているとも死んでいるとも取れない状態で人類を見守っている」
「生きているとも死んでいるとも言えない状態? なんだっけ、確か……シュレディンガーの猫?」
「お前にも分かる様に言うならそうだ、この棺桶の中身を確認しない限りソロモンは死んでもいないし生きてもいない」
映像の棺桶が拡大され、注釈文が表示される。
生死不明、と。
「我はそんな奴が不憫でならん……故に我はソロモンの殺害を決意したのだ」
「なるほど……そうだったのか」
「そう、故にお前の体を乗っ取りソロモンを殺し……世界に不和を呼ぶ機械の一部である我が消えればと思っていたが」
「バアルが既に目覚めていて、合一をしちゃってた?」
「そうだ、結果としてみれば最悪の形となった。 奴が何をする気かは知らんが……少なくとも現行の人類にとって不利益しか齎さんだろう」
アモンは溜息を吐き、映像をかき消した。
「これで分かったか? 我の望みはソロモンを殺し、我自身の抹殺なのだ」
「そして俺の望みは大門司を倒して、父さんの罪を認めさせること」
「だがその為には我と合一を果たす必要がある、結果としてお前は人間を辞める事となり……」
「仮にバアルを倒せても今度はソロモンさんを殺して、アモンと一緒に死ぬ必要があるってことか」
今度は誠が腕組をして考える番だった。
「参考までに聞きたいんだけど、合一をした後に戻ったりとかは……」
「不可能だ、ミキサーで混ぜ合わせた食材を再び元に戻すことが出来ると思うか?」
「やっぱりそうだよな……」
「そして我はソロモンを殺すと確約しないのであれば合一はしない」
「むむむ……」
腕組をし、唸りながら誠は地面を見つめる。
もしアモンと合一をすれば、最終的に誠は死ぬこととなる。
だがここでアモンと合一をしなければ……結果として死か、それと同等の結果が待つであろうことも何となく彼には理解できていた。
「およそ半年の間とはいえ、貴様も我が契約者……自ら我と地獄を行くこともあるまい」
「……もしかして、俺の為に再封印をされようとしているのか?」
「別に貴様の為という訳ではない、そう受け取るのは貴様の勝手だがな」
アモンは、誠と合一をしソロモンを殺すことを望んでいた。
だが彼の口からそれを提案したくはない……。
故に、敵の狙いである自らを封印し行方を眩ませる事で最悪の結果を避けようとしていたのだ。
「さぁ分かっただろう、我が消えれば少なくとも敵の目的であるドリームマシンの起動は防げる……最悪の結果は防げるのだ」
「けどその場合、多分俺や晶達は……」
「死ぬかもしれんな、だが生き残るかもしれん」
「それはかなり分の悪い賭けになるね、おおよそ敵に捕まったら殺されると思うんだけど」
「だが我が捕まれば間違いなく全人類が犠牲になる、何もかもを失うよりは合理的な判断だろう」
アモンはそう言いながら、自らの巨大な尻尾の先端を地面に打ち付けると誠へ背中を向けた。
彼の視線の先には台座の上に小さな指輪が納められており、それは妖しい輝きを放っている。
「何もかもを失うよりは……か、そうだね、その通りだと思うよアモン」
「……ようやく理解したか、ではこれで別れだな」
蛇の胴体を動かしながら、アモンはゆっくりと指輪へ近づいていく。
「あぁ、お別れだ」
「さらばだマコト、貴様と過ごした期間……悪くは──」
「俺と合一しよう、アモン」
「なにッ!?」
ゆっくりと指輪に近づいていたアモンが、誠と出会って以来初めて驚愕した表情を浮かべた。
「俺がアモンと合一するだけで世界を救える可能性があるなら、それが合理的な判断だろう?」
「馬鹿な……お前が思うような気軽な作業ではないのだぞ、そもそも合一が上手くいくかも……」
「大丈夫、俺には分かるよアモン……きっと大丈夫だ」
「何の根拠がある!? それに、分かっているのか!? 峰に殺された時とは違う、今回は本当の死だぞ!」
自らの数分の一の大きさである誠に、アモンは叫んだ。
その叫び声で建物が揺れる。
「分かってる、別に自棄になったとか軽く考えてるとかじゃない……ただアモンの話を聞いて俺なりに考えた答えなんだ」
「マコト……」
「母さんや他の皆には悪いと思うけど……俺にしか出来ない事で世界を救えるんなら、俺はそうしたい」
「本当に良いのだな? 一度始めればもう元には戻れん、仲間に別れを伝えた方が良いのではないか?」
「いや、時間が惜しい……早速始めよう、皆には後でタイミングが合った時に伝えておくよ」
アモンは、その小さな相手に大いなる覚悟を見つける。
大いなる力を背負おうとする青年、悪魔は彼の内に自らの主であった男の姿を見た。
「マコト……」
「全く、最初から話していてくれればもっと色々あったと思うのにさ」
「我の口から死ぬと分かっている契約をしろとは言えまい」
「最初に会った頃はそう言う契約無理やり結んだだろ! 全く……あと少しの間だけど、よろしくねアモン」
「……ふん、死ぬまでの間、精々我を楽しませるが良い」
アモンはそう言うと、その巨大な右手を地面に降ろした。
「乗れ」
「あぁ」
二人の口数は少ない。
何も言わずとも、通じ合えている気がしていた。
アモンの手に乗った誠を、彼はゆっくりと自らの胸元へと近づけ……二人は光に包まれた。
副反応が二回目よりはきつくなかったので何とか更新できました
来週は更新できるかちょい怪しいかも・・




