絶体絶命
2026年 9月21日 月曜日 07:03
「物陰に隠れろ、急げ!!」
蜘蛛型多脚戦車が、二本の前足を誠達に向ける。
その腕の中心部には穴が空いており、それを見た瞬間峰は誠達に向かって大きな声で叫んだ。
「くそったれ!」
誠と晶、そして峰はすぐさま真横にあった柱に向かって飛ぶ。
するとそのすぐあとに重低音が連続して響き、続いて振動と共に銃撃による破壊が周囲に振りまかれた。
「アイツ等正気かよ!? こんな街中で警告も無く撃つか普通!?」
「それだけ敵も本気ってことみたいだ……!」
銃弾の雨によって、自らの周囲にコンクリートや靴箱などの破片が散らばっていく。
そんな中、銃声に負けない様に大きな声で二人は叫びながら会話をする。
「峰先生、そっちは無事ですか!?」
「問題ない、だがこの状況はまずいな……」
「このままじゃこの場所に釘付けにされちまう! 一旦上に逃げた方がよくねーか!?」
「上か……それなら屋上から逃げよう! フェンスを登れば近くのビルの屋上まで飛べるはず!」
「よし、ならば……来い金鬼!」
峰が懐に入れていた管を抜くと、金色の鬼が彼女の真横に現れた。
鬼は峰が何も言葉を発さずとも彼女の意志を汲み取り、銃撃への壁となる。
「アイツこっち側にも出てこれたのか……」
「少しの間だがな、金鬼が射線を塞いでいる間に一気に上まで行くぞ!」
「金鬼さん、ありがとうございます!」
誠達は走り出し、階段を駆けあがっていく。
道中、何が起きたのかと怯えている教師数人とすれ違いながら誠達は屋上に通じる扉をこじ開けた。
「よし、ここまで来れば──」
「いや、ダメっぽいぜ」
「え?」
屋上へ一足先に出た誠達は、そこで待ち構えていた戦闘用ヘリコプターと遭遇した。
「いかん、逃げろ!」
機関砲の銃口が回転を始めるのを見て、誠達は直ぐに引き返し階段を降り始めた。
その直後、コンクリートで覆われた壁や木製の扉が銃撃で吹き飛んでいく。
「敵の動きが早すぎる……! どこか逃げ場は……」
「それなら異界に逃げるってのはどうだ!? あっち側なら連中もついてこれねぇ!」
「いや駄目だ、開けるための手段が無い」
「手段がねぇって──正面!」
階段を降りながら、次の逃げ場を探している矢先。
学校の三階に到着しようというところで銃器を持った自衛隊員三名を晶は発見した。
「だらぁ!」
こちらに気付くのが一瞬遅れた自衛隊員の顔面を、晶は自らの右手で殴りつけた。
彼女のその剛腕によって勢いよく地面に叩きつけられると、自衛隊員はそのまま動かなくなる。
「よし……ぐぁっ!」
晶が自衛隊員の一人を殴りつけた隙に、その隣に居た自衛隊員が彼女の頭を銃床で殴りつける。
その強烈な打撃に晶は地面に叩きつけられてしまう。
「晶! くそっ!」
「閼伽井は左、私は右だ!」
誠達を視認し、もう一人の自衛隊員が自動小銃を彼等へ向け引き金を引いた。
二人は同時に左右に別れて、その銃撃を避けながら各々が攻撃を行う。
「学校内での暴力行為は禁止だと習わなかったか?」
峰は自動小銃を放つ自衛隊員に肉薄すると、顎に掌底を打ち込みその体を打ち上げる。
その衝撃で男は小銃の引き金を引き、地面に何発かの弾丸を打ち込んでいく。
「藤原式……発勁!」
左手で掌底を打ち込み、浮かせた自衛隊員の腹部に今度は右手を当てると峰は気を放出し相手を廊下の奥へと吹き飛ばす。
「晶に手を出すなぁ!」
峰が自衛隊員に攻撃を加えたのと同時、誠も敵へ飛び掛かっていた。
相手の顎目掛けて膝蹴りを放ち、仰け反らせる。
「はぁぁ!」
そして、相手が仰け反っている間に誠は地面に着地をすると相手の顔面に向けて右回し蹴りを叩き込み昏倒させた。
「晶、大丈夫!?」
「なんとかな……」
頭を抑えながら立ち上がると、晶の頭部から数滴の血が落ちる。
それを見て、誠は声を上げかけるが彼の声よりも先に階下から階段を上る複数人の足音が聞こえてきた。
「ちっ、もう登ってきやがった!」
「ここに留まるのはまずいな、一旦何処かに移動しよう」
「それなら新聞部の部室に行くぞ、あそこの鍵なら持ち歩いてる」
「よしきた!」
晶はそう言うと、自衛隊員が持っていた自動小銃を奪い去る。
「晶……流石にそれはまずいんじゃ……」
「向こうがこっち殺す気で撃ってきてるのにまずいもクソもねーだろ!?」
「倫理観の話は後だ、走れ!」
峰はそう叫ぶと誠と晶の二人を先に走らせる。
そして階段を登ってきた自衛隊員に向けて、先ほど倒した三人を順番に投げつけると自らもまた駆け出した。
「い、意外と銃っておもてぇんだな!」
「欲出して奪うから……」
「うるせ……あたた」
誠の指摘に、晶は怒鳴りそうになるが先ほど殴られた部分の痛みで声を潜めた。
「晶、大丈夫?」
「おう、これ位何ともねぇっての……」
「部室に行けば何か治療道具があるかもしれない、もう少し我慢してくれ晶」
「だから大丈夫だって──」
心配そうにする誠に、晶は軽口を返す。
それと同時に前方の通路、左右から蜘蛛型のロボットが壁を突き破り現れた。
「なっ──」
「やべぇ──」
二人と峰との距離はおよそ百メートルは離れている。
彼等は踵を返し、峰との合流を図ろうとするが……。
「くそっ! 挟まれた!」
峰との間を分断する様に、もう一体の蜘蛛型ロボットが現れた。
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同日、某時刻。
渋谷駅。
「ふわぁ~……」
山城花は自らの名前と顔写真が全国に公開されていることなど露知らず、品川行きの電車を駅のホームで待っていた。
ホームには自らと同じように並ぶ者達が並ぶ。
彼らは皆、携帯電話を何度も見返しながら電波が通じる様になっていないか確認をし、その結果を見て不服そうな顔を浮かべていた。
「…………?」
そんな彼等とは違って、花は鞄からファッション雑誌を取り出そうとし……階段の上が騒がしいことに気が付いた。
数人の男達が階段を降りながら、何かを探しているのが彼女には見えた。
「探せ、絶対ここに居る筈だ! 捕まえたら一億だぞ!」
「……一億?」
階段から降りて来た柄の悪そうな男に花は見覚えがあった。
毎日同じホームで見かける金髪の男。
その横柄な態度で、毎日誰かに迷惑を掛けている男だからこそ花は覚えていたのだろう。
「…………」
何となく嫌な予感がし、花は鞄のチャックを閉めるとホームの奥へと移動をし始めた。
だが……。
「居た! 居たぞ!! 山城花、一億円だ!!」
彼女の生来の背の大きさが災いし、彼女は直ぐに見つかってしまう。
男が一億円と叫んだことに、周囲に居た人達がざわついた。
花も意味は良く分からなかったが、少なくとも彼等に捕まると何か良くない事が起きる気がしてホームの奥へと走り始めた。
「すみません、すみません、通してください……すみません!」
「オラ、どけどけ!! 一億はおれのもんだ!」
人ごみをかき分けながら、花と男達はホームの奥へと進んでいく。
「あっ……」
ホームの最奥部にある階段を目指していた花だったが、目的の場所だった階段から柄の悪そうな男達が複数人降りてくるのを見つける。
「ど、どうしよう……とりあえず逃げなきゃ……!」
「待てゴラァ! 逃げんじゃねえ!」
後ろから追ってくる男達はそう叫びながら彼女を追い、最終的に花はホームが途切れる最奥部まで追い詰められた。
彼女の眼前には十人前後の男達が居り、にやけた顔をしている。
「へっへっへ、追い詰めたぜ……山城花ちゃんよ」
「だ、誰ですかあなた達……何で私の名前を知ってるんですか」
「なんでだぁ? 誤魔化すのはよくねぇなテロリストさんよ」
「て、テロリスト?」
「なんだろぉ? デアデビルの山城ちゃんよぉ」
デアデビルの名を出され、花の表情が強張った。
「へっへっへ、やっぱり当たりみてぇだな」
「この女を捕まえりゃ一億か……仲間の情報も吐き出させて捕まえりゃ三億あるぜ」
「それに顔も良いが結構いい体してるじゃねえか……こりゃ楽しめそうだぜ」
男達の下卑た視線を感じながら、花は思考を巡らせた。
「三億と言うのは……私以外の二人を捕まえた時の合計金額ですか?」
「おぉそうよ、一人一億だからな」
「……あなた達が知りたい仲間の名前を言ってくれれば、今教えられるかもしれません」
「おぉ? へっへっへ、妙に素直じゃねえか」
「はい、ですが教える代わり私を見逃してください」
二コリと、花はそう微笑みながら言った。
彼女のその言動に男達は全員で顔を見合わせるが、リーダー格の金髪の男が口を開いた。
「……いいぜ見逃してやる、だが情報を吐くのが先だ」
「名前を教えてくれれば直ぐにでも言いますよ、私も捕まりたくはないので」
「へっ、とんでもねぇ女だな……俺達が知りたいのは閼伽井誠と玖珂晶って奴等だ」
「閼伽井先輩と玖珂先輩……」
その二人の名前が出た事で、花は安堵する。
少なくともまだ峰や古森、そして三木の素性が世間にバレた訳ではないと思ったからだ。
「さぁそいつらの居場所を教えてもらおうか」
「知りません」
「あぁ?」
「そんな人たち、私知りません。 ですから教えられません」
「てめぇ……ふざけてんのか?」
イラついた表情を見せた金髪の男に、花はとびっきりの笑顔で頷いた。
「はい、情報提供ありがとうございました!」
「なめやがって……おい、とっ掴まえろ!」
リーダーの命令で、男達が一斉に花へ群がろうとする。
だがその時、彼らの背後で銃声が木霊した。
「な、なんだ!?」
「ちょ~っと待った、その子にはこっちも用事があってな」
「な、なんだてめぇ!?」
そこには拳銃から白煙を立ち昇らせている三木の姿があった。
「公安警察五課所属、三木源一郎警部補だ。 その子の身柄は警察が預かる、一歩でも動けばお前達を射殺する」
そう言って、三木はゆっくりと拳銃の銃口を男に向けた。
「はっ、警察だぁ? こいつにゃ一億の賞金が掛かってんだ、そう簡単に渡せ──ぎゃああ!」
三木の拳銃を見ても、リーダーの男は動じなかった。
むしろ三木にゆっくりと一歩を踏み出す。
すると、男の悲鳴が駅のホームに響いた。
「動けば射殺すると言った筈だ、警告はこれが最後だ」
三木は的確に男の足を撃ち抜くと、再び銃口を他の男達へ向ける。
彼のその真剣な表情と、銃に周りの男達は怯え道を開けた。
「さぁこっちに来い山城花」
「み、三木さん……!」
花は目を潤ませながら、三木の下へ駆け寄ると彼の手を取った。
「ありがとうございます、助けてくれて!」
「助かった……かどうかはまだわかんねぇけどな」
「え?」
三木はそう意味深に呟くと、彼女の手を掴んだままホームを駆けていく。
ホームには先ほどの銃撃音によって人が掃けており、驚くほどスムーズに彼らは移動できた。
「あの、助かったかどうかが分からないって言うのはどういう……?」
「実は俺も警察に追われててな、ほら、おいでなすった!」
我先にと階段を上ろうとする人たちを掻き分けるように、複数の警察官が階段を降りてくる。
「三木源一郎と山城花容疑者を発見、三木は拳銃を所持している模様!」
「え、えぇー!?」
「ってわけで、悪いが暫くは俺と逃避行だ」
人ごみを上手く掻き分けてホームへ下りられない警察官を尻目に、二人は線路上へ降りる。
「体力に自信は?」
「だ、大丈夫です!」
「そら結構、俺は正直自信ねぇが……逃げれるところまで逃げるぞ!」
三木の言葉に花は頷き、二人は線路上を走り出した。