早朝
2026年 9月21日 月曜日 00:00
青空だけが辺り一面に広がる空間に、彼は居た。
いつものフクロウとしての姿ではなく、本来の悪魔としての姿で。
その巨体をゆっくりと動かしながら、アモンはその空間にただ一つだけある棺桶の前で立ち止まる。
「…………」
アモンの巨体からすればとても小さなその棺桶に、彼は悲し気な瞳を向け見つめ続ける。
「……あんまり見られてるのも恥ずかしいんだけどな、アモン」
「起きていたのか、ソロモン」
「一応ね、特にやれることは無いから本当に起きているだけだけど」
「そうか……」
一瞬、アモンは驚いた表情を浮かべるとばつの悪そうな顔をして棺桶から背を向ける。
「おや、もう行くのかい? てっきり僕に話があって来たんだと思ったんだけど」
「話? 馬鹿な事を言うな、我はただ貴様を笑いに来ただけで……」
「その為にわざわざ彼から離れて来たのかい?」
「…………」
棺桶の中に居るソロモンは、背を向けているアモンへ言葉を続ける。
「バアルが合一したんだろう?」
「やはり知っていたか」
「まあね、そう言う未来が来るってことも知ってはいたよ」
さも当然かのように言うソロモンに、アモンは驚いた様子も無く答えた。
「そしてアモン、今の君にはバアルを止める方法が無い」
「……そうだ、我にはもうあれを止める術がない」
「なら諦めるかい? そう言う未来も君にはある」
「…………我は」
「人に意見を求めるとき、その人の中での答えは既に決まっているものさアモン」
ソロモンは、まるで子供を諭すように優しい声色でアモンへ告げる。
「君が僕に何を言いに来たのかは分かっているよ、分かっているけど……その言葉は彼に、誠に伝えてあげるべきだ」
「ソロモン……」
「いつまでも僕に囚われていてはいけないよ、アモン」
「ふん、馬鹿馬鹿しい……言った筈だぞソロモン、我はお前を笑いに来ただけだ」
「あぁそうか、はっはっは、そうだったね」
アモンの返しに、棺桶の中のソロモンは笑った。
「いやいや、全く君は相変わらずだねアモン」
「貴様もな、ソロモン」
二人は互いに一瞬だけ笑い、少ししてその空間からアモンは立ち去って行った。
「本当に……変わらないなアモン」
その呟きを最後に、その空間は再び無音に包まれた。
─────────────────────────────────────
同日、午前六時。
「………い」
「ん……」
「おい…………って」
「アモン、あと少し……」
「だから起きろって! いつまでも寝てんじゃねー!」
突然の怒鳴り声に、誠は驚き飛び起きる。
周囲を見回し、彼は直ぐ真横に立っている晶に気が付いた。
「あ、晶……?」
「ったく……いつ敵が襲ってくるかもわかんねーのにぐっすり眠りやがって」
「あはは、ごめん」
「飯、もう出来てっからさっさと着替えて顔洗って来いよ」
「え、ご飯?」
誠は晶から出た想定外の言葉に思わず聞き返すが、晶は少し頬を赤くしながらそっぽを向き部屋を出て行く。
そんな彼女に誠は思わず笑いながら、彼女が作った朝食を食べる為に着替え始めた。
そして数分後。
「それじゃ、いただきます!」
「お、おう……あんま美味くはねぇからな?」
お世辞にもあまり見た目が良いとは言えない食事を前にしながら、誠は嬉しそうに両手を合わせた。
晶は恥ずかしそうに、顔を背けたまま誠へ言うが彼はそんなことはお構いなしに料理に手を付ける。
「それじゃあまずは卵焼きから…………うっ!」
「だから言っただろ、美味くねぇって……」
「う、ううん、大丈夫、ちょっと卵焼きに殻が入ってただけで全然美味しいよ」
「う……そ、そっか……いや、でもほんと無理すんなよ?」
誠はそう言って、湯呑に入ったお茶を飲むと食事を再開する。
晶も、顔を少し赤くしながら別の湯呑に手を伸ばす。
「それにしても、何でいきなり朝ご飯を?」
「あ?」
「いや、だって昨日は俺が作るって話をしてただろ?」
「……何となく寝れなくてな、居間でボケっとしてんのもあれだから暇つぶしにと思ってやってみただけだ」
「晶……その、お父さんの事は」
眠れなかったという言葉に、誠はまだ晶が父を失って数日も経っていないことを思い出した。
彼は何か励ましの言葉を掛けようとするが、晶はそれに先んじて首を横に振る。
「オヤジの事はアタシの中ではケリが付いてる、だからお前が気に病むことじゃねえし……そう言う気遣いもいらねぇ」
「……晶」
「けどそう言う気持ちを持ってくれてんのは、なんつーか……ありがとな」
恥ずかしそうにそう言って、二人はしばらくの間無言になった。
それがお互いに気まずかったのか、どちらともなく二人はテレビのリモコンへ手を伸ばす。
「と、とりあえずテレビでもつけっか」
「あ、あぁ……そうだね」
先に晶がリモコンに触り、彼女はテレビを付ける。
何か面白そうな番組が無いか、チャンネルを変え続けたところで二人はあるニュースに目が留まった。
「先日発生した海芝浦の爆発事故について続報が──」
「これは……」
「この間の奴か」
「爆発したリープリヒ製薬の日本工場では現在も火災が続いており、多数の死傷者が出ている模様です」
アナウンサーが原稿の通りにニュースを読み解くのを、二人はジッと見守る。
「またこの工場内部では爆発事故当日に阿部総理や現行の大臣複数名が視察に参加しており、安否の確認が取れていない状況です」
「総理……?」
「そういや三木のオッサンが総理殺害がどうとかって言ってたような……」
アナウンサーが告げる言葉に、二人は顔を見合わせる。
「更に現場にはデアデビルを名乗る者から犯行を示唆するようなビラがばら撒かれており、警察はテロの方面でも捜査を──」
「あぁ!?」
「び、ビラ……? そんな、今回は誰にも予告状は出していないはず……」
「どういうこった!? アタシ等がそのなんとかいう総理を殺したってことになってんのかよ!?」
「あ、晶落ち着いて……」
誠はテレビを消すと、今にも暴れ出しそうな晶を落ち着かせようとする。
「これが落ち着いていられっか! なんだよ今のは、アタシ等なんもしてねーだろ!?」
「あぁ、だから今のはきっと間違いか……もしくは敵の作戦だろう」
「作戦だぁ? 何の作戦だってんだよ」
「それは分からない……」
「ちっ、だったら分かりそうな奴に聞いてみるしかねえな」
晶は携帯を取り出すと、古森の携帯へ電話を掛ける。
だが……。
「あぁ? 繋がらねぇ……って圏外? どういうこった?」
「圏外? そんな馬鹿な、ここは品川でそんな……って本当だ」
誠もまた携帯を取り出して確認すると、確かに彼の携帯電話も圏外と表示されていた。
彼らは何度か携帯の再起動を試みるが……圏外であることは変わらない。
「……嫌な予感がするな」
「あぁ、アタシもだ」
「まだ少し早いけど学校へ行こう、先生なら何か知ってるかもしれない」
「そうするか、アモンもついでに戻ってくりゃいいんだけどな」
「あぁ、必ず戻ってくるとは思ってるけど……居ないとやっぱり寂しいからね」
誠はそう言うと、残っていた食事を全て食べ終え食器を片付ける。
「それじゃあ鞄を取ってくるから、晶は玄関で先に待ってて」
「あぁ、きっちり準備しておけよ」
「もちろん、晶もね」
誠は不安になりそうな気持を抑えながら部屋に戻り、学校へ行く鞄を用意するとそれを肩に掛ける。
そしていつもアモンが乗っていた場所を一瞥し、一言だけ呟いた。
「行ってくるよ、アモン」
誠はそう呟くと扉を閉め、晶と共に学校へ向かった。
まだ朝の七時にもなっていない品川だが、それでも通勤の為に移動する人たちが多く誠達はその群れを避けながら自らが通う学園へ向かっていく。
「ねー、今日電波悪くない?」
「あー、そっちもー? あたしも圏外ー」
「やっぱアイユウは駄目だよねー、トコモに機種変ついでに変えちゃおうかなー」
その最中にも、幾人かの人が電波について話をしているのが二人には聞こえてきた。
「どうやら繋がらないのは、俺達だけじゃないみたいだね」
「あぁ、でもこんな繋がらなくなるなんて聞いてねぇぞ……?」
「……学校に急ごう」
晶は頷くと、二人はそのまま学園へ向けて駆け出していく。
そのまま校舎の中に入ると、二人は自らの仲間であり教師である峰が居る職員室へ入室した。
「おはようございます、閼伽井です! 峰先生いらっしゃいますか?」
「…………閼伽井? それに玖珂もか」
扉を開け、職員室全体に聞こえる様に声を上げる。
すると暫くの間テレビのニュース音声が室内に響いた後、遠くに座っていた峰が立ち上がった。
「どうした、こんな朝早くに」
「実は先生に話があって……」
「さっきのニュースの件でよぉ」
「ニュース? 良く分からんがここでする話ではなさそうだな、場所を変えるか」
峰は首を傾げるが、二人の雰囲気からただならぬものを感じたのか壁に掛かっていた鍵を手に取ると二人と共に部屋を出た。
そして階を移し、進路指導室を開け入室する。
「それで、一体何があった?」
「えぇ、実は……」
三人は適当な場所に座り、誠は峰に先ほど見たニュースについて伝えた。
「なるほど、出した覚えのない予告状か……そういえば三木氏が以前言っていた事の中にそれと同じような事があったな?」
「そういや何かそんなこと言ってたな、でもあの時は脅迫用のデマって話じゃなかったか?」
「いや、あくまでも推測の話だよ。 もし仮に本当に敵があの時からネットを使って俺達へ何らかの罪を着せようとしていたとしたら……」
「有り得なくは無い線だな、だがそうなると我々の動きが全て連中の掌の上だったという事になる」
「んん? ど、どういうことだ?」
峰と誠が二人で頷きあう中、晶だけが一人首を傾げていた。
「つまり、私達が原井を捕まえに侵入する所までの流れ全てが敵によって仕組まれていたのかもしれない……ということだ」
「な、なんでだよ! だってアタシ等があそこを標的にしたのは……」
「会田が隠し持っていた裏帳簿のデータを見たからだ、でも運命会は元々そのデータについて知っていたから……」
「私達がそのデータを入手したことから逆算して罠を仕掛けたということだな」
「マジかよ……じゃあ、こっち側の工場がぶっ壊れたのもアタシ等に罪をおっかぶせる為だってのか!?」
晶は叫び、机に両手を叩きつける。
以前とは違う、父親のものだった右手を震わせながら晶は拳を握りしめた。
「まだ分からん、その可能性が高いというだけで偶然かもしれん」
「やっぱり三木おじさんや古森さんと話さないと分からないか……」
「連絡は取ったのか?」
「それがさっきからおかしいんだよ、携帯が圏外のままでよぉ」
「圏外? むっ、確かに……気づかなかったな」
峰も同じく携帯を取り出し確認すると、少し驚いた表情を浮かべた。
「学校の電話は鳴っていたから気づかなかったな……」
「あぁそうか、固定電話は回線が別だから使えるのか」
「そんなら職員室の電話借りようぜ、いいだろ峰?」
「教師を呼び捨てにするな、だがここの電話を使うのは問題ない」
そう言って峰は椅子から立ち上がると、近くにあったテレビのリモコンを手に取った。
「私が掛けてくるからお前達はここで暫くテレビでも見て……なにっ!?」
「こ、コイツは……!」
テレビの電源が入った所で、部屋を退出しようと思っていた峰はそこに映っていたものを見て足を止める。
そこに映っていたのは、大門司竜蔵だった。
「国民の皆さん、おはようございます。 臨時総理大臣の大門司です、本日は皆さまに悲しいお知らせをしなければなりません」
「大門司……!」
「先日起きた海芝浦の工場爆発事件により、現職の阿部総理大臣や他多数の大臣の死亡が確認されました」
テレビに映る大門司は、複数の記者に囲まれながら淡々と報告を続けて行く。
「またこの爆発事件は国内に居るデアデビルと言うテロ組織によるものであり、我々はこのテロ組織に対して断固たる措置を取ることを決定いたしました」
「アタシ等がテロ組織だぁ!?」
「晶、落ち着いて! テレビを壊そうとしないで!」
テレビに殴りかかりそうになる晶を、後ろから羽交い絞めにする誠。
「現在判明しているメンバーは以下の3名です、閼伽井誠、玖珂晶、山城花」
「なっ──」
「我々日本政府はこの3名に懸賞金1億円を掛ける事に致しました、この二名を見かけたら即座に警察に通報をお願いいたします」
テレビ画面には、誠と晶、そして花の顔写真と名前や通学する学校名などが映し出され三人は愕然とする。
「他にも複数名の仲間が居る事が判明しております、それらについても心当たりがある方はご協力のほどをお願いいたします」
「────マジかよ」
「また、これらのテロリストは都内に潜伏しているものと思われます。 これらのテロリストは武器を所有している可能性がある為、本日より自衛隊による活動を都内で行い──」
「お、おい! 山城は確か家、渋谷じゃなかったか!?」
「あぁ、花ちゃんが危ない……!」
ニュースの途中で、誠と晶の二人は顔を見合わせると立ち上がる。
「お前達もだがな、ともかく今はここから離れた方が良いな……直ぐに警察がここに来るぞ」
峰もまた彼らを見て頷き、扉を開け三人は部屋を出る。
階段を降りていく最中、何人かの教師が遠巻きから誠達を見て何事かを話していた。
「ああいう手合いは気にするな、まずは一旦外に出て……」
玄関付近まで来て三人が靴を履き替えようとしたとき、グラウンドの中心で土埃が待っているのを峰は見つけた。
「なんだ……?」
そして、甲高い何かが回転する音が続いて聞こえてくる。
三人は靴を履き替え、グラウンドに出てそれを視認した。
「軍用ヘリ……陸自か!」
大型の輸送用ヘリの下部に、工場で見た兵器が数体ぶら下がっているのを峰は発見した。
それら、蜘蛛型の兵器はヘリから切り離されるとグラウンドに着地し……銃口を一斉に誠達へ向けた。
新しい眼鏡を買ったらガンジーみたいになったので即新しい眼鏡を買い直しました
マスクを着けたまま眼鏡を選定してはいけない(戒め