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2026年 9月19日 土曜日 01:00


「で……テメェが思いついた良い案ってのがこれかよ」


 晶は呆れた顔をしながら、狭い通路を匍匐前進で進んでいた。


「こういう工場には通気用のダクトがあるからね、これを辿れば外に出れると思ったんだが……予想以上に狭いね」


「おまけにくそ汚ねぇ……、うわ、なんか服に付いた!」


「わ、ちょっ、ちょっと足、足が……いたたた」


 前方を進む晶は服に付いた謎の粘液に驚き、体を捻る。

 その捻った足が安男の顔に当たり、彼は顎を抑えた。


「あ、わ、わりぃな」


「いや、こちらももう少し離れておくべきだったよ、すまない……」


 自らの足が父に当たった事に気が付き、晶は謝るが安男もまた申し訳なさそうに首を振った。


「いや、アタシがわりぃのに何でテメェが謝るんだよ」


「あぁ、いや……その、何でだろうね、ははは」


「ったく、テメェのそういうところは記憶があってもなくても同じだな」 


 晶は安男の顔を見て、再び呆れた表情を作ると前進を再開した。

 彼女のその反応を見て、安男も少し遅れて進み始める。


「……」


「…………あの、少し良いかな」


「んだよ」


「その、以前の僕はどんな人だったのかなと思って」


 安男の質問に、晶は一瞬戸惑ったが直ぐにいつもの調子で答えた。


「ダメなおっさんだった」


「だ、ダメなおっさんか……」


「仕事は出来たのかもしれねぇが、アタシのオヤジとしちゃ最低だった」


「そ、そうだったのか……それはその、すまないね……」


 晶の答えに安男は申し訳なさそうな顔をする。


「……別に、でもなんでんなこと聞くんだよ」


「いや、何と言うか……君が一生懸命私を守ってくれるからというか……」


「あぁ?」


「き、気になっただけなんだ! その、今も自分の事が良く分からないんだ……だから自分の事を思い出せるきっかけになればと思って……すまない」


「一々謝んなよ、ったく……」


 後ろで困った顔をしているであろう父親を想像し、晶は頭を掻く。


「テメェはな、母親に虐待されてたアタシを助けなかったし見て見ぬふりをしてやがったんだ」


「そ、それは……」


「おまけにそいつを訴えたり警察に届け出るような真似もしなかった、ったくとんだ腰抜けだぜ」


 晶は吐き捨てるように言い、安男は信じられないといった表情を浮かべる。


「……けどそれでもアタシがテメェを助けてんのは、テメェがクソみたいな親だとしても見捨てられねぇからだ」


「でも君は私が嫌いなんだろう?」


「あぁ、だいっきらいだ!」


 通気ダクトの中に響く声で、晶は言う。


「でもな、だからってテメェを見捨てるほどアタシは腐ってるつもりはねぇ……それにだ」


「それに?」


「アタシはテメェと向き合うって決めたんだ、だから死なれると困るんだよ」


「……そうか、それはその、ありがとうでいいのかな?」


「…………さぁな」


 安男の礼に、晶は一瞬歩みを止めると再び前進し始める。


「だが君に守られているだけというのも情けない、私も何か出来ることがあればその、頑張るよ」


「好きにしな、期待はしてねーけどな」


「あぁ、そうさせてもらうよ」


「……っと、そろそろ出口みてーだぜ」


 真っ暗なダクトの先から、仄かな光が差し込むのが見えると晶は移動する速度を上げた。

 ダクトを塞いでいる鉄格子の先に敵が居ない事を確認すると、部屋の中に着地する。


「よし、誰もいねぇみたいだな……オイ、降りれるか?」 


「な、なんとか……わっ、わっ、わっ!」


 通気ダクトから降りようとする父親に晶は声を掛ける。

 安男は大丈夫と答えようとする最中、手を滑らせ落下してしまう。


「あ、オイ!」


 晶は落下する安男を真下で受け止めると、二人は同時に息を吐いた。


「はぁ~……ったく、危なっかしいな」


「ほっ……いや、す、すまないね……助かったよ」


「気ぃつけろよ」


「あぁ、すまないね」


 安男の無事を確認し、晶は彼を立たせると周囲をぐるりと見回した。

 部屋は晶達が今まで居たような場所ではなく、どうやらどこかに繋がる通路のようである。


「なんだここ? ったく、ま~た通路かぁ?」


「みたいだね、けどさっきダクトで上に向かって移動はしていたと思うから多分別の場所だとは思うが……」


「ま、適当に進んでみるか……左と右だとどっちが良いと思う?」


「なら右にしよう」


「理由は?」


 通路の真ん中で、どちらに進むか勘案していた晶は安男の提案に首を傾げる。


「何となく、こっちな気がするんだ」


「ふぅん……ならそっちにしてみっか、どうせ当てもねぇからな」


 安男の勘と言う言葉に若干の不安を覚えたが、特にどちらが正解かの根拠も持ち合わせていない晶は彼の提案を受け入れ進み始める。

 暫く進むと扉があり、晶は安男の顔を一瞥すると扉を蹴破った。


「おっ、どうやら今度は今までの部屋とは違うっぽいな」


 ドーム状になっている部屋をキョロキョロと見まわし、これまで怪物と戦ってきた場所とは違うという事を認識した晶は安堵の息を漏らそうとし……。

 正面真上にあるガラスに顔を押し付けられている誠を発見した。 


「ま……キング!?」


 誠は彼よりも大きな謎の人物に頭を抑えつけられており、晶はその光景を見て叫ぶ。

 

「オイ、無事か!?」


 だが彼女の言葉は彼には届いていないのか、誠の反応はない。


「待ってろ、今アタシが助けに……」


「行く必要はありません」


「誰だ!?」


「良く来ましたね玖珂晶、そして玖珂安男……道中ご苦労様でした」


 晶は背中の得物を降ろし、窓ガラスに向かって跳躍の準備をしていた。

 彼女が飛ぶ寸前、室内に声が響く。


「一度お会いしていますが……あなたの脳みそでは私の事は覚えていないでしょうから、改めて初めましてと言っておきましょう」


 声と同時に、室内左奥の壁が左右に割れていき巨大な悪魔とその上に乗った一人の女が現れる。


「私は当研究所の所長を務めています、原井千鶴はらいちづると申します」


「原井……? あぁ? いや、待てどっかで……」


「やはり覚えていませんか、現実の世界で9月1日の午後にお会いしたと思いますが」


「…………あっ、もしかしてアタシ等をつまみ出したヤローか!?」


「私が悪いという風な物言いですね、あんなことをすれば普通は何処の会社でも同じ対応をされると思いますが」


 原井は呆れた表情で反論する。


「うっ、いや、それは……それはどうでもいいだろ! つーかテメェ、一体何者だ!?」


「自己紹介はしたと思いますし、この施設を見ていれば粗方は察すると思いましたが……一から十まで説明が必要なようですね」


 原井は巨大なアンモナイト状の体をし、下部に通常とは真逆の形で配置された悪魔の上でうんざりした表情を浮かべる。


「私は運命会の幹部の一人です、そしてあそこであなた方のリーダーを捕えているのが我等が教祖様であらせられる大門司様とバアル様なのです」


「ってこたぁ……テメェとあそこの奴をぶっ倒せば全部終わりってこった」


「確かにその通りですが、あなたにはこのガタノゾーアを倒すことは不可能です」


「ガタノゾーアだかゴルゴンゾーラだかしらねぇが、やってみなけりゃわかんねぇだろうが!」


「やれやれ、どうしてそう頭の悪い発言を繰り返せるのですか? こちらは貴女の素性も能力も全て把握しているのですよ」


 原井は首を横に振ると、ガタノゾーアと言われた悪魔を壁の中からゆっくりと進ませる。

 甲殻類と巻き貝が合体したような体と、複数の触手、下顎に目が付いた顔の悪魔は奇妙な声を上げながら進み、部屋に侵入した。


「それにあなたの父親の事もね」


「そうか、テメェがアイツを……何が目的だ!」


「あなた達をおびき出す餌として使いました、あとはまぁ……実験ですか」


 原井はそう言うと、自らが来ていたダボダボの白衣のポケットに左手を突っ込むと小さな機械を取り出した。

 そして直ぐにそれを押すと同時に、安男の悲鳴が上がる。


「う……ぐあああああ!」


「っ!? おい、どうした!? おい!!」


 突然胸の部分を抑えて苦しみ始めた安男に晶は駆け寄り、原井を睨みつける。


「テメェ……何しやがった!?」


「少し刺激を与えてあげただけです、上手くいけば彼は我々の築く時代の住人となれるでしょう」


「あっ、あぁぁぁあ!」


「苦しいでしょう……しかしそれも一時、あなたが資格あるものならば人の身を脱ぎ捨てる事が出来るのです」


「オイ……オイ! クソったれ、テメェ……やめろぉぉぉ!」


 苦しむ安男を恍惚とした表情で見る原井に、晶は愛用の釘バットを握りしめ突撃する。


「やれやれ、父親は優秀でしたがその娘はやはり愚かですね。 まぁそのお陰であなたの所属するデアデビルの情報も割れた訳ですが」


「舐めんなぁ! だらぁぁぁ!」


 晶の数倍以上の大きさを持つガタノゾーアの顔面に飛び掛かると、晶は釘バットを力強く叩きつける。

 だが……その打撃は彼女自身に跳ね返った。


「ぐおぉっ!?」


 腹部に強烈な反射を受け、ボールの様に地面を跳ねながらかろうじて受け身を取り晶は舌打ちをした。


「ちっ、こいつ金鬼と同じタイプかよ!」


「キンキ……? ふむ、ガタノゾーアと同じタイプとは戦闘済みでしたか」


 晶の言葉を聞き、原井は少しだけ驚いた顔をする。

 だが直ぐに大したことではないと思ったのか、視線を再び安男へ向けた。


「ならば話は早いですね、あなたにこのガタノゾーアを突破する方法はありません。 大人しくそこであなたの父が悪魔になっていくところを見ていなさい」


「悪魔だぁ!?」


「えぇ、あなたが道中で処理してきてくれた者達のようにね」


「処理した……? まさか、あの連中は……」


「元は人間ですよ、と言っても同化に失敗した成り損ないですが。 どうせ貴女達を罠に掛けるのは決まっていたのでそのまま処理もお任せしました」


「テメェ……それでも人間かよ!」


 ギリと晶は自らの歯を噛み締め、原井を睨みつけた。

 だが彼女はそれをまるで意に介さない。


「もちろん、しかし科学の進歩に犠牲はつきものです。 倫理観などという進歩を阻害する要素無く研究できるここは素晴らしい場所です」


「クズ野郎が……!」


「クズ? 心外ですね、貴女達が行っている改心行為も同レベルでしょう」


「んだとぉ!?」


「人の体を変質させるのと人の心を変質させること、どちらも同じレベルだと思いますが?」


 晶の発言に原井は不服そうに言い、疑問を投げかける。


「アタシらはテメェらみてぇな悪人に犯罪を告白させるために使ってるだけだ! テメェらとは違う!」


「では私達も人類の未来の為にやっています、と言えば良いのでしょうか? 他人の為にやっているという点ではこれで同じです」


「ちっ、ガタガタ屁理屈ばっか言いやがって!」


「それは貴女も同じこと、我々は本質的には同じなのです」


「んなこと知るかよ!」


 晶は再びガタノゾーアへ攻撃を行い、そして再び反射を受け吹き飛んだ。


「学習しませんね……無駄な事を何度繰り返すつもりです?」


「テメェをぶっ飛ばすまでだ!」


「そうですか、しかしもう時間切れのようです」


「あぁ? あっ……!」


「おぉ、ぐおぉあああ!」


 晶が奮闘する中、彼女の後方で安男は自らの胸を掻きむしり服を引き千切る。

 すると彼の胸の中心部が赤く透け、心臓が赤々しく光を放っていた。


「さぁ彼は選ばれるかな? それとも失敗作になるか……どっちだと思います?」


「やめろ……やめろぉ!! テメェ今すぐやめろ! じゃねぇとぶっ殺すぞ!!」


「もう手遅れです、ゴルミを飲んだ者は遅かれ早かれ悪魔になります」


「チクショウ……! クソ野郎が!!」


 晶は身を翻すと、安男の元へ駆け寄り声を掛ける。


「オイ、オヤジ! オヤジ!! 大丈夫か!?」


「あ、晶……かい?」


「あぁ、アタシだ! 晶だ!」


「そうか……す、すまない晶……私は、どうやら利用されていたようだ……」


「いいんだよんなこたぁ、それより体は大丈夫なのかよ!?」


 胸元を抑え、息も絶え絶えの状態で安男は晶の声に首を振って答えた。 


「わ、わたしは……ダメな父だったね……今も君にめ、迷惑、を」


「迷惑なんて……そんな事言うなよ! 諦めるなよ!」


「初めてオヤジと呼んでくれて、うれし……かっ、た……あ……き……ら……」


「オヤジィぃ!!」


「ぐあ……うあああああああAAAAAA!!」 


 安男は脂汗を浮かべながらも、晶に微笑みを見せる。

 その直後、安男の心臓が一際赤く光ると彼の体が大きく膨らみ始め……晶が道中倒してきた怪物と同じような姿に変身した。


「あ、あ……あぁぁぁぁ!!」


「失敗ですか、やはり素体の知能よりも相性の方が優先されるようですね」


「AAAAAAAAA!!」


「ではこれまで殺してきた失敗作同様、処理をお願いしますよ玖珂さん」


「て────てんめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 つまらなさそうに言う原井に、晶は切れた。

 目の前に居るかつて父だったものには目もくれず、叫び声を上げながら原井へ向かった。

 釘バットを掲げながら、今度は顔ではなく原井に向かって跳躍し振り下ろす。


「死ねぇぇぇぇぇ!!」


「無駄な事を……」


 飛び掛かった晶に、彼女の左右から巨大な触手が眼前に現れた。

 

「邪魔だぁぁ!」


 晶はそれに向かって釘バットを振り下ろし……初めての一閃を決めた。

 室内は一瞬、閃光に包まれガタノゾーアの触手は千切れ飛ぶ。

 その先には無防備な姿の原井が立っていた。


「うおおおおお!!」


 晶が再び武器を原井へ向かい、振るおうとした時……悪魔の触手が彼女の足に絡みつき安男だったものが居る反対側の壁へ放り投げた。


「うぉっ、くそ……ったれ!」


「驚きました、まさかガタノゾーアの反射を突破するとは……ですがここまでですね、さようなら」


 壁に叩きつけられ、地面に着地した晶に無数の触手が殺到した。



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