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本音

2026年 9月2日 水曜日 21:01


 夜九時、渋谷。

 未だ夏の熱気冷めやらぬ夜、眠らぬ街は喧騒に包まれている。

 そんな街から遠ざかる様に、誠と晶は歩いていた。


「晶、大丈夫?」


「だ、大丈夫って、な……何がだよ」


「いや自分で気づいてないの? 体の動きもぎこちないし、汗も凄いし……おまけに凄い表情してるよ」


「あぁ!?」


 誠は右手に持っていた問題集を閉じると、心配そうに晶の顔を覗き込み言った。

 すると晶は立ち止まり自らの顔を携帯で確認する、カメラに映る己の顔は眉や頬が引き攣り汗が無数に浮かんでいた。


「……だ、大丈夫だ!」


「に見えないから言ってるんだけどなぁ……」


 晶は携帯をしまうと、引き攣った顔のまま誠に言うと再び歩き出す。

 そんな彼女を見て誠は心配そうな表情をするが、彼の鞄から笑い声が響いた。


「ククク、相変わらず心の機微に疎い男め」


「え?」


 肩掛け鞄の中から誠の相棒であるアモンが顔を出した。


「機微に疎いって言われても……晶はお父さんと話し合うのに緊張してるだけだろ?」


「馬鹿め、それだけではないに決まっているだろう。 曲がりなりにも自らの親に男を紹介するのに緊張しない訳があるまい」


「えぇ……晶がそう言うの意識するかなぁ? っていうか別に紹介って言っても恋人とかの紹介じゃないし」


「これだから勉強が少し得意なだけの小僧は……」


「おいテメェら、ごちゃごちゃ後ろで話してねーでさっさとついてこい!」


 誠よりもかなり前方に進んでいた晶に遠くから叫ばれ、誠は慌てて走り始める。


「ごめん、今行くよ!」


「まぁ……ここから先は行ってみてのお楽しみだな、ククク」


 アモンは不吉に笑うと、再び鞄の中にその身を潜める。


「全く、相変わらず変な事ばっかり言うんだから……」


 身を隠したアモンに困った顔を向けると、晶へ追い付き頭を下げた。

 晶は相変わらず引き攣った表情をしていたが、誠が追い付くと少しだけ表情が和らぐ。

 それを見て誠は少しだけ笑い、二人は晶の家へと歩き……暫くしてマンションの前に到着する。


「はぁ~……でっかいなぁ」


「アホみたいな面すんなよ」


「いや、だってここ……いわゆるタワーマンションって奴でしょ?」


「まぁ……そうだな」


「こんなに大きいマンションに住んでたの晶?」


 タワーマンションを真っすぐ見上げ、誠の姿勢が若干仰け反る。

 それを見て晶は溜息を吐くと、背中を強く叩いた。


「いたっ!」


「ったく、田舎もんかよ……珍しくねぇだろタワマンなんて、山城だって住んでそうじゃねーか」


「まぁそれはそうだけど……花ちゃんは何ていうかそういうお金持ちってイメージが無いし……」


「アタシもそうだろ」


「いや、だから驚いてたんだけど? いたっ!」


 誠の反論に晶はケツへの蹴りを放つことで反論する。

  

「いいから行くぞ、アイツが帰ってくる前に準備をしておきてぇ」


「……何の準備をするんだい?」


「あぁ? 何の準備ってそりゃ……あぁ!?」


「晶の……お父さん」


「おや、君はこの間見学に来た……」


 背後から掛けられた声に晶は思わず返事をしながら振り返り、硬直する。

 誠も続けて振り返り、晶の父を認識し少しの間動きが止まってしまう。


「あ、はい、閼伽井誠です! その節はご迷惑をお掛けしてすみませんでした」


「いやいや、こちらこそ娘の悪ふざけに大人げない対応をしてすまなかった。 どうかあれに懲りずにまた見学に来て欲しい、社には私から許可を出すように言っておくので」


「そんなお気遣いなく、こちらがご迷惑をお掛けしたのがそもそもの原因ですし……」


「いやいやそんな……」


「だー、鬱陶しい! やめろそのアホみたいな会話は!」


 晶は頭を掻きむしると、誠と晶の父である安男の間に割って入ると神妙な顔をして晶は父に向き合った。


「テメェに話がある」


「……私に?」


「あぁ……その、少しな」


 真剣に自分の顔を見る晶を見て、安男はちらりと誠の顔を見て頷いた。


「分かった、立ち話もなんだし家に入ろう」


「あ、あぁ……そのコイツも……」


「分かっているとも、彼にも聞いてもらおう」


「さぁ閼伽井君も一緒に、あまり広い家ではないが……」


「いえ、お邪魔させていただきます」


 誠は安男に頭を下げると、タワーマンションの中に入っていく。

 オートロックを抜け、三人は無言のままエレベーターに乗り込んだ。


「……そういえば閼伽井君、だったかな? もう夜遅くだがご両親は心配していないのかい?」


「大丈夫です、今は一人暮らしなので」


「今は?」


「誠は事情があって親とは別居してんだよ」


「そ、そうだったのか……すまない、不躾な質問をしてしまった」


 ばつの悪そうな顔をする安男だったが、誠は笑顔で首を横に振る。


「だ、大丈夫ですよ、よく聞かれるから慣れてますので」


「ったく、変な事聞いてるんじゃねえよ」


「す、すまない……」


 晶は安男の後ろで壁に背中を持たれかけながら舌打ちをする。

 その舌打ちが終わると同時にエレベーターは目的の階に到着したことを告げた。


「13階です」


「お、降りようか……」


「へいへい、ったく……」


 父と娘のやり取りを見て、誠はそれをほんの少し羨ましく思いながらエレベーターから降りる。

 そのままマンションの通路を進み、少ししたところにある扉の前で安男は立ち止まると鍵を開けた。


「さぁ、どうぞ」


「狭い家だけどな、まぁ上がれよ」


「はい、お邪魔します」


 整理整頓された玄関で靴を脱ぎ、扉を開け誠は居間へと通される。


「……へぇ」


「な、なんだよ」


「いや、何ていうか……晶の家だからもっと散らかってるのかと」


「バーカ、そりゃアタシの部屋だけだ……ってアタシの部屋もそんなに散らかってねぇよ!」


「え、今のは晶の自爆……いたっ!」


 部屋を見回し、感想を述べた誠に晶はつい口を滑らせてしまい恥ずかしさからか彼の腹部を殴る。


「テメーが余計な事言うからだ、ったく……そこのソファに座って黙って見てろ」


 腹部を抑える誠を、無理やり近くにあるソファに鞄ごと座らせると二人のやり取りを見ていた父に晶は向き直る。


「……アタシはテメェが嫌いだ」


 晶は少しの間を置いて、口を開く。


「テメェはアタシが助けて欲しい時に何にもしなかったし……あのクソアマにやり返すこともしねぇでずっと仕事ばっかしてた」


「…………そうだね、その通りだ」


「だからアタシはテメェが嫌いだ、顔も見たくねぇしこうやって話すのも死ぬほど嫌だ!」


 安男は晶の言葉を肯定しながら俯き、それを見た彼女は自らの父の胸倉を掴み上げる。


「……けどよ、そうやってテメェをただ嫌ってるだけじゃアタシは何も変われねぇ」


 安男の服を掴む手に、力が入る。


「アタシはテメェが嫌いだし許す気もねぇ……けどよもう少し、その、なんだ……テメェの事情も考えてやる」


「あ、晶……」


「だから、その……この間は職場で暴れて悪かった」


 晶は両手に込めていた力を緩め、服から手を離すと距離を取り頭を下げる。


「いや、いいんだ……晶が謝る様な事じゃない、全て晶の言う通り父親らしいことを何もしなかった私が悪いんだから……」


 その晶の姿を見て、安男の目が潤んだ。


「だから、私には君のその謝罪を受け取る資格はない……」


「別にテメェが受け取ろうが受け取るまいがどっちでも構わねぇよ、アタシはただ……迷惑かけたってことに対して謝りたかっただけだ」


「あぁ、分かっているよ……」


 安男は俯いたまま晶の言葉を聞き、眼鏡を外し目を拭う。


「ったく、大の大人が泣いてんじゃねえよ」


「はは……すまない晶、また私の事を嫌いになったかい?」


「おう、大っ嫌いだ」


 涙を拭い、顔を上げた安男に晶はあっかんべーをしながら言った。

 その言葉の抑揚は心持ち、いつもよりも軽い。


「ははは……」


「へへっ……」


 満足そうに笑うと、二人は同時に誠へ振り返った。


「ってわけでだ、付き合わせて悪かったな誠」


「そうだね、身内の事に夜遅くに付き合わせて申し訳ない閼伽井君」


「いや、俺は見てるだけでしたから……それに二人が仲直り出来て良かったです」


 頭を下げる安男に、誠は首を横に振りながら微笑みかける。

 

「仲直りだぁ? 今のどこを見てたらそう見えんだよ」


「だってほら、晶笑ってるじゃないか」


「わ、笑ってねぇよ!」


「でもここに来るまでみたいな引き攣った表情じゃなくて今は──」


「テメェが変な事言うからそれで笑ってるだけだ! 笑ってねぇけど!」


 微笑む誠の両頬を晶は引っ張り、言い訳をする。

  

「いひゃい、いひゃい! やめへよ、あきらぁ!」


「いーややめねぇ、アタシはアイツとは仲直りも何もしてねぇんだからな! 訂正するまでやるぞ!」


「ふふ……」


 二人のやり取りを見ていた安男は、目の前で初めてはしゃぐ娘を見て笑った。

 

「あ? 何笑ってんだよ」


「いや……すまない、少し微笑ましくてね」


「ちっ、ほら見ろ、テメェのせいで笑われただろうが」


「ほ、ほれのへいじゃひゃくひゃい?」


「うるっせぇ! 口答えすんなバカ誠!」


 誠の頬を掴んだまま、晶は怒る。

 だがその表情は朗らかだ。

 娘の表情を見て、安男にもまた笑みが生まれる。


「ふふ……さぁ晶、もう夜も遅いしそろそろ閼伽井君を離してあげなさい」


「あ? そうか、もう十時近いのか……しょーがねえなぁ」


「い、いたたた……」


「閼伽井君、今日は私達の為に時間を割いてくれてありがとう」


 時計を見て、晶は誠を離す。

 両頬を擦る誠に安男は頭を下げると、財布からお金を取り出す。


「これは少ないけれど……」


「……これは」


「お礼の気持ちだったよ、私にはこれ位しか──」


「そういうことなら、それは受け取れません」


 数万円分はあるであろうお札を握りしめる安男に、誠は首を横に振り立ち上がる。


「俺はただ友達を助けたかっただけです、それに……そのお金はもっと身近な人に使ってあげた方が良いと思います」


 誠はそう言うと、安男に分かる様に晶を見た。


「もっと彼女と時間を共有してあげてください、例えば……これから食事にでも行くとか」


「閼伽井君、きみは……」


 誠の言葉にハッとした顔をする安男に、誠はとっておきの微笑みを向けた。


「……そうだな、そうさせてもらうよ。 失礼な真似をしてすまない、閼伽井君」


「まぁコイツと二人で飯なんていかねーけどな」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら言う晶に、誠は困った顔を向けた。


「それよりすみません、代わりと言っては何なのですが一つ晶のお父さんに聞きたいことがあって」


「聞きたいこと……あぁ、もしかしてあの時聞いてきたゴルミについてかい?」


「はい、その……こういう状況で尋ねるのはずるいとは思うんですが是非教えて欲しいんです」


「あれは会社の極秘情報なんだ、だから教える訳には──」


「そこを何とかお願いできませんか、悪いことに使う訳じゃないんです! 教えてもらう理由については話せないんですけど……」


 手に持っていたお金を財布にしまいながら、ゴルミについて尋ねられ安男は困った顔をする。


「しかしねぇ」


「アタシからも頼む、知ってることを教えてくれ」


「晶……」


 頭を下げる誠に続き、晶も安男へ頭を下げる。

 完全に困り果ててしまった彼は暫くの間逡巡していたが、ついに口を開いた。


「仕方ない、知っている範囲は教えてあげよう」


「あ……ありがとうございます!」


 安男の言葉に誠は顔を上げ、再び頭を下げた。


「ゴルミと言うのは正式名称を黄金の蜂蜜酒と言い、我が社で製作しているお酒の名前なんだ」


「酒? リープリヒは製薬会社だろ、なんで酒なんて作ってんだよ」


「いわゆる薬用酒と言うやつだよ、健康増進の為にというスローガンで開発が決定して少数だけ生産されている」


「それのどこが極秘なんだよ、単に酒作ってますってだけじゃねえか」


 薬用酒と言われ、晶は呆れた表情をしながら安男へ質問する。


「会社の情報は基本外部に漏らしちゃいけないものだよ晶……とはいえ極秘になっているのは政治家や官僚などのごく少数の人間に向けて作る製品だからだろう」

 

「政治家や官僚へ?」


「あぁ、彼らは日夜多忙に過ごしているからね。 その労いの意味で作っているんだ、だがそういったことが世間にバレたら癒着だなんだと問題になってしまうだろう?」


「なるほど、だから極秘なんですね」


「その通りだよ、だから特段何てことの無いお酒ではあるんだが極秘なんだ」


 安男の返答に誠は顎に手を当てながら考え込む。


「……その、つかぬことをお聞きしますがそのお酒は自衛隊や一般の会社にも提供されているんですか?」


「すまない、流通先に関しては私は把握していないんだ……だが可能性はあるだろうね、我が社のゴルミは一口飲めば無限に働けるようになると言われている位効果がある」


「なんかうそくせーなそれ」


「でも実際に飲んだ人は疲れきっていてもまるで別人になったかのようにまた働くことが出来ると言われているんだよ……私はまだ飲んだことないけれど」


「なるほど、色々教えてくれてありがとうございました」


 安男の話を全て聞き終え、誠は思考を纏め上げると彼へ頭を下げる。


「礼を言われる様な事じゃないよ、でも……出来れば口外はしないでほしいかな」


「それはもちろん、大丈夫です」


「なら良かった、ところで電車の時間はまだ大丈夫かい?」


「……あっ」


「帰り道一人で大丈夫かい? 私でよければ……」


 壁に掛かっていた時計を見て、誠は一瞬硬直した。


「いえ、大丈夫です! お父さんは晶と一緒に居てあげてください」


「アタシはコイツと一緒に居たくねぇって言ってんだろ……」


「晶、そう言う事言わないの。 ……俺みたいにお父さんが居なくなってからじゃ遅いんだよ」


「テメェ、それはズリぃだろ……」


 嫌がる晶を誠は叱る様に言うと、鞄を持ち上げる。


「それじゃあお邪魔しました! おやすみなさい!」


「あぁ、閼伽井君も気を付けて」


「おう、また明日な誠」


 玄関で靴を履き、見送りに来た二人に挨拶をすると誠は急いで駅まで向かっていく。

 エレベーターが地上に着くや否や、ダッシュで駅の方向まで走っていき……何とか終電に間に合って一息を着いた時に誠はある違和感に気付いた。


「…………あれ? アモン?」


 常に誠の肩掛け鞄に入っている筈の。

 今日共に晶の家に入った筈のアモンが、居なくなっていた。



二週間も待たせて申し訳ない……そして多分今年の更新は今日がラストでごんす

また来週(来年)の日曜日は普通に更新予定です

皆さま良いお年を、そして拙作をお読みいただきありがとうございました。

また来年もお付き合いいただければと思います。

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