繋がり
2026年 8月18日 火曜日 13:36
秋葉原、かつては古森不動産であった廃ビルの中では何かが切削される音が響いていた。
古森が居る部屋は元は事務所として使われいたであろう大きなフロアとなっており、コンクリートがむき出しの床に撤去されないままの机や椅子が残されていた。
「ん~、二人とも遅いっスねぇ……眠たくなってきたっス」
机に突っ伏しながら、古森は待ち合わせの時間を過ぎつつある二人へ愚痴をこぼすと背後にある大きな機械を一瞥する。
それは切削音を出しながら、内部でプラスチック樹脂を加工している最中であった。
「いやぁ、さっきの子可愛かったなぁ……ビンタかまされたけど」
「おじさんがナンパばっかりしてるから待ち合わせの時間から遅れちゃったじゃないか……ちゃんと古森さんに謝ってよ」
古森が眠りの世界へ突入しかけていると、廃ビルの入り口付近から男性二人組の声が微かに聞こえてきた。
「おっ、やっと到着っスか」
コンクリートの床を踏みしめる靴の音が反響し、自らの居る部屋まで響いて来る音を聞きながら古森は顔を起こし彼らが入ってくるであろう扉を見た。
「すみません、遅れました!」
「いやぁ悪い悪い、ちょっと街で女の子に声掛けてたら遅れちまった」
古森の予想通り、二人は直ぐに扉を開けて現れる。
誠は直ぐにアモンを乗せたままの頭を下げ、三木も続いてあまり悪びれた様子を見せない謝罪を行った。
「別に大丈夫っスよ、こっちもこっちで作業待ちの時間で暇だったっスから」
「な? やっぱ大丈夫だったろ誠」
「流石に20分近くも遅れてその態度は無いと思うよおじさん……」
「ククク、大人としての良識の欠如著しいな」
「分かった分かった……遅れてすまなかった古森少年、そして初めましてだな」
誠とアモンに責められ、三木は渋々頭を下げた。
「こちらこそ初めましてっス、自分は古森大洋っス」
「名前は聞いてる、俺は三木源一郎……ま、よろしくな」
二人は自己紹介を終えると握手を交わす。
「ほっ……あの、古森さん奥にあるあれはもしかして例の?」
それを見てほっと息を吐くと、誠は部屋の奥で蠢いている箱型の機械を見た。
それはプレハブ小屋程度の大きさであり、内部では工具が自動的に動き回っている。
「その通りっス、君達が旅行中にくみ上げたんスよ~めっちゃ大変だったっス」
「ほ~、これが3Dプリンターって奴か? すげぇな」
「ほぉ……」
「これは今何を作ってるんですか? かなり大掛かりに見えますが」
「ふっふっふ、聞きたいっスか……閼伽井助手」
誠の質問に古森は眼鏡を右手の甲で上げると、目を輝かせる。
「あ、閼伽井助手……?」
「では説明するっス! 今作っているのは何と……戦車っス!」
「はぁ!?」
「せ、戦車? 戦車って……あの戦車ですか?」
「その通り! 対悪魔用に自分が設計したこの世にオンリーワンの戦車っス!!」
戦車と言う単語を聞き、三木と誠は驚きのあまり固まってしまう。
「いや、普通にテロ等準備罪に引っかかるだろこれ……3Dプリンターで拳銃作って捕まったアホが居たの知らないのかよ」
「もちろん知ってるっスよ、だからこそ今日は誠君に来てもらったっス」
「お、俺に?」
「というよりは我にだろう、大方ここに異界への穴を開けてそれを隠そうというのだろう?」
「ビンゴ、その通りっス!」
指をパチンと鳴らし、古森は瞳を輝かせながら頷いた。
「確かに向こう側に持っていけば物的な証拠は消えるが……持って行っても向こうじゃ電気使えないだろ」
「へへへ、そこに関してはこいつが役に立つんスよ」
呆れた顔をする三木は根本的な問題を指摘するが、古森は想定済みと言った顔をしながら胸元からボールペンサイズの矢を取り出した。
「そいつは?」
「なるほど、グレムリンか」
「グレムリン?」
矢を見た瞬間、アモンは得心がいったと頷くが三木は首を傾げるばかりだった。
「この矢の中にはグレムリンって言う電気を操る悪魔が入ってるんスよ」
「電気が発生しない場所なのに、電気を操るのか?」
「うーんそこは自分も不思議なんスけど……グレムリンが居ると何故か電気が発生するんスよね」
「何も不思議な事ではない、我が炎を操る様に電気を操る悪魔が居てもおかしくはあるまい」
「そういうものかな……そうかも……?」
若干納得できていないような表情をしながら、誠はとりあえずの頷きを返した。
「と、とりあえず今日ここに呼ばれた理由は分かりましたけど……異界への穴か、どうしよう」
「その穴を開けておくとそっから悪魔が飛び出てきたりはしないのか?」
「可能性はあるな、だが開けたままでいればの話だ」
「戦車が完成したら向こう側に移動させて、その後は必要になるまで穴を閉じておけばいいと思うっス」
「と言っても戦車を作ってる事自体の罪が消える訳じゃねえがな、つーか一応警察官なんだが……逮捕してもいいってことか?」
三木は野暮ったい眼鏡を掛けた顔を古森に近づけ、古森は全力で距離を取りながら両手を振った。
「い、いやいやいや、これは戦力増強の為っスよ!? だってほら、自分や三木さんは異界では戦力としては不十分じゃないっスか」
「そりゃそうだが……そいつを際限なく認めるとその内実銃を所持するのもOKってなっちまうだろ」
「それは……そうっスけど」
「なので俺は反対だ、作るならもう少し現実的な物にしてくれ」
「ムムム……リーダー、誠君はどう思うっスか?」
三木と古森の議論を聞いていた誠は、そこで自分に意見が振られ悩み始める。
「確かに俺達はもっと強くなる必要がありますが……だからって何でも良いって訳じゃありません、だから俺も反対です」
「じゃあ自分や三木さんは今後どうやって戦力強化をしていくんスか?」
「それに関しては……」
「ミネの訓練を共に受けるしかないな、仮に装備をどれだけ強化しても実際に活用する肉体が貧弱では意味がない」
「うーん……リーダーが反対するならしょうがないっス、折角核攻撃にも耐えるプラズマバリアとか一撃で戦艦に穴を空ける主砲とか作ったのに……」
古森のぼやきに、三木と誠は顔を合わせると互いに頷き反対したのは正解だったと確信しあうのだった。
「んじゃとりあえずこいつの製作は途中でやめるとして、今日はもうこれ以上用事はこっちは無いっスが……」
「ならこっちの用事を済ませちまうか、すまんが古森少年少し色々聞かせてもらいたい」
「それは警察として……っスか?」
「概ねそうだと思って貰っていい、と言ってもこれは俺達の活動にも関わってくるかもしれん」
「……おじさん、それってどういうこと?」
少しだけ、真面目な表情になった三木は古森へそう言うと近場にあった椅子を引き寄せ座った。
「さっきも誠には話したが……今日は閼伽井先輩が関わってたあの事件についての話だ」
「……そりゃ、またセンシティブな話っスね」
「なので無理強いはしない、だが今の俺達とこの事件は繋がってる予感がしてる……ので出来れば色々質問に答えて欲しいんだが?」
「ククク、それを無理強いと言うのではないか?」
「その通りっスね……けど別に良いっスよ、こっちも色々知りたいところだったっスから」
古森はそう言って頷くと、自らも椅子を引き寄せて座り誠にも座る様に促した。
三木は誠が椅子に座るのを確認すると頷き、口を開く。
「快諾いただいて感謝する、んじゃまず最初の質問だが……あの事件があった日は何をしてた?」
「いきなり警察モードっスね……えーっとあの日は普通にこっちに居たっスよ」
「両親は?」
「居なかったっス、かなり前から沖縄に旅行に行くって言ってたんスが……」
「沖縄? 富山じゃなくてですか?」
誠の言葉に、古森ではなく三木が頷いた。
「あぁ、無くなった古森夫妻は沖縄行きの飛行機の予約していた」
「じゃあ……どうして富山の石動市に? 沖縄とは全然関係ない方向だと思うんだけど」
「それが分からないんスよね、だから──」
「当時の警察は、閼伽井先輩が古森夫妻を旅行前に拉致して連れて行ったと考えた」
「拉致? 単なる不動産屋の夫婦をか?」
アモンは怪訝そうな声で三木に問いかける。
「良い疑問だ、俺もそこがどうも腑に落ちてない。 実際の所、実はあの事件があった時に全国で行方不明になっていた人間はかなりの数居る」
三木はそう言って、近場の机に鞄から日本地図を取り出し広げる。
その地図には全国のあらゆる場所にシールが張り付けられていた。
「このシールが張り付けられていた場所が行方不明者が出ている場所だ」
「本当に多いね、えーっと1、10……」
「全部で150か所ある」
「150!? そんなに行方不明者が出てるなんて聞いたことないっスけど」
「別に珍しい事じゃない、家族から行方不明届が出てもそれを一々テレビが報道するわけじゃないからな。 知らないだけでこういうことはままある」
とはいえ、と三木は言葉を付け加える。
「そいつが拉致されたもんだってんなら話は別だ、そこで詳しく調べようと思ったんだが……上層部から圧力が掛かって捜査は中断された」
「警察の上層部からっスか? なんでそんな……」
「調べて欲しくないもんがあるんだろうな、だから地道に聞き取り調査をしてるって訳だ」
「なるほど……ってそうだ、それならアモンに聞けば……」
「その権能を行使できるほど今の我は力が戻っていない、未来に関する事なら別だがな」
誠は閃いたとばかりに両手を打ち鳴らすが、直ぐにアモンが首を横に振った。
「そっか……ん? でも未来に関してなら話せるようになったの?」
「そうだ、五秒先の未来についてなら幾らでも話してやろう」
「…………役に立たないってことは分かった、ごめんおじさん」
「別に構わねぇよ、元々期待してねぇ。 それに悪魔が言う事が真実とも限らねえからな」
とアモンを一瞥すると、三木は再び視線を地図に戻す。
アモンはそれが不愉快だったのか、鼻を鳴らすとそっぽを向く。
「ってわけで色々駆けずり回ってこの三年間調べてきたんだが……この居なくなった連中の内幾つかの人間に共通する事があった」
「共通点っスか……それは?」
「家から指輪が無くなっているというのが共通点だった」
「指輪?」
「そうだ、丁度誠が付けてるような指輪に見た目は似てるらしい」
三木は隣に座っている誠の右手に目線を向け、彼は右手を持ち上げて指輪を見る。
その見た目はくすみ、錆び付いた指輪だったがどことなく見る者を魅了する力を秘めているように誠は改めて感じた。
「…………なんだと?」
三木のその見た目が似ているという言葉に、アモンが一番に反応した。
「おい、その指輪の情報は他にあるのか」
「お、おぉ……何でも内側に良く分からん文字が掘ってあって誰の指にも嵌らないらしい」
「んん? 内側に文字? なぁアモン、それって……」
「我の指輪と同じだな」
「……どういうことだ? その指輪、何か特別なものなのか誠」
三木の質問に、誠は頷きを返し説明を開始した。
今の品川の家の屋根裏部屋に何故かこれが転がっていた事、内部には文字が掘られており、これを嵌めた事によってアモンと出会った事を。
「お前が契約したのにはそういう経緯があったのか……」
「ってことはその指輪を外したら誠君とアモンの契約は途切れるってことっスか?」
「指輪を付けた事がきっかけで我は目覚めたがこの指輪は言わば家のようなものだ、家の場所が移動してもこいつとの契約は切れん」
「なるほどな、しかし意外な所で繋がったな……行方不明者の内何人かが持っていた同じような指輪か」
「もしかして、その指輪の中にも悪魔が居たのかな」
誠の疑問にアモンは首を縦に振る。
「断定は出来んが恐らくはそうだろう、しかも我と同じソロモンの悪魔が居た可能性が高い」
「……なんでそんなもんを日本人が持ってんだよ、およそ三千年前の人物の指輪だろ?」
三千年前、と言う言葉に誠は一瞬怪訝な表情を浮かべた。
「あれ……? 確かソロモンさんと前に話した時は二千年前からって……」
だがその疑問はアモンと三木のやり取りによって直ぐに消えた。
「さあな、どこかの海岸に流れ着いたものを骨とう品として買ったという線もあるだろうしそれはさして重要でもあるまい」
「問題なのは実際に指輪が消えてるってこと……っスね、もし仮に指輪の中にアモンと同等の力を持つ悪魔が封印されていたんなら大変っス」
「そうだな、因みに古森少年の親はそういう指輪を持ってたりは?」
「記憶には無いっスけど……でも自分の母親は骨董品を集めるのが好きだったっスね、その骨董品も全部借金の片にって帝国銀行に勤めてた会田に取られ──」
「会田? おいおいおい、あいつは確か運命会の人間だったよな? 当時もそうだったのか?」
会田の名前が出た途端、三木は鞄から資料を取り出すとページをめくり始めた。
「分からないっスが……もしそうだったとしたら、つまりあの事件には運命会が関わってる可能性があるってことっスか?」
「まだ断定はできねぇ、偶然関わり合ってるだけかもしれないからな」
「とはいえかなり怪しいね……」
「そうだな、今回はそういうことが分かっただけでも大収穫だ、嫌な事を思い出させてすまなかったな古森少年」
三木は資料を読む手を止め、真摯に頭を下げると古森は先ほどの様に両手を振った。
「い、いやいやそんな自分は別に……」
「謙遜することは無い、正直かなり助かった」
「我としても良い収穫だった、奴めが動くことは想定出来ていたが他の連中まで目覚めているかもしれんとはな」
「奴?」
「こちらの話だ、気にするなマコト」
露骨に話題を逸らすアモンの事を気にしていた誠だったが、直ぐに自らの背中に走った衝撃に意識を散らされる。
「んじゃ、こっちの話も終わったし帰るとするか誠」
「あ、あぁ……うん」
「今日はお疲れ様っス、あ、そうだ、それとリープリヒ製薬の見学の日取りだったんスけど九月の頭位になる予定っス」
「結構遠いですね」
「何でも今は繁忙期らしいっスよ、それが落ち着くのがちょうど月初位なんだとか」
それを聞き、誠は分かりましたと頷くと荷物を手に持ち椅子から立ち上がる。
「じゃあ今日はお疲れ様でした」
「お疲れさん、ちゃんとその製作途中の戦車は片づけておけよ?」
「了解っス、んじゃお気をつけてーっス」
椅子を立ちあがり、部屋から出ていく二人を見届けると古森は携帯を取り出しある人物へ連絡を行うのだった。




