特訓開始
2026年 8月6日 木曜日 10:31
うっすらとした、見る者を魅了する美しい刀が鞘から抜かれると峰はそれを構えた。
「では行くぞ……って、先生と戦うんですか?」
その所作に一瞬見惚れていた誠は直ぐに気を取り直すと、峰に質問を投げかけた。
「いや、構えただけでお前達の相手をするのは私ではない」
「んだよ……じゃあ誰が相手すんだよ?」
ホッと安心したような顔をする晶に、峰は少しだけ口角を上げながらその質問に答えるように刀を振るう。
「今すぐ呼び出してやる……来い、金鬼!」
峰は叫ぶと、服の内側のポケットから試験管の様な管を取り出しコルクの封を開け放つ。
すると中から緑色の光が一瞬で峰の前に迸り、閃光が部屋を覆った。
「うわっ……!」
「まぶしっ!」
「おいおい、そういう閃光が出るってのは先に言っておいて……ってなんだぁ!?」
峰以外の誠、晶、三木の三人はその眩しさに驚いた。
三木が思わず、苦言の言葉を呈しようと顔を覆っていた腕を退けるとそこには全身が金色の金属に覆われた巨体の鬼が立っていた。
「でっけぇ~……ってもこの間戦ったヘカトンなんとかよりはちいせえな」
およそ2.5メートル程の鬼を見て、晶は感嘆の息を漏らす。
「オリンポスの巨人に比べられると流石に困るが、こいつも十分な強さを持つ鬼だ」
「この鬼も先生の契約した悪魔なんですか?」
「そうだ、名を金鬼と言う。 無口だが力強く命令に忠実だ」
「はぁ~……改めて思うが本当に鬼だの悪魔だのって居るんだな……拳銃とか効くのか?」
三木の呟きに、峰は首を横に振った。
「残念ながら現代兵器は通用しない、霊力……おっと一般的な単語では魔力か、この魔力というものが介在しない攻撃は全て無効になる」
「ククク、その胸に隠している実銃で試してみたらどうだ?」
「そうしてみるか……ってアホか! 普通に撃ったら始末書もんだっつーの!」
「だろうな、それにこの異界の中で拳銃が撃てるとは思わん。 この世界では電気が発生しないからな」
「どういうことだ?」
アモンの言葉に突っ込みを入れつつ三木は峰の言葉に疑問の表情を浮かべる。
「どういうもこういうも無い、言葉通りこの世界では電気や電波が発生しないのだ」
「マジか?」
「うん、異界では携帯電話や時計とか電気で動くものは動かないんだ」
「そんくらいジョーシキだぜ、オッサン」
「ふむ……ってことは石動市の異界は特別だったってことか? あそこは普通に携帯も使えたし……何より陸自の連中もパソコンだのトラックだの使ってたよな?」
三木の素朴な疑問を聞いて、場は沈黙に包まれた。
「……俺、何か変な事言ったか?」
「いや、むしろ良い指摘だ」
「うん……確かに石動市の異界はおじさんの言う通りに例外ばっかりだ」
「確かにな、でもよぉ単純にそういう異界も作れるってだけなんじゃねえの?」
「そこのところはどうなの、アモン」
誠の問い掛けに、アモンは唸るような声を漏らした。
「うぅむ……カテドラルの中ならば主の思うように空間を作り替えることは可能だが……異界そのものがその様に変質することは通常有り得ん」
「私もこれまでの経験の話にはなるが、あのように電気が使える異界は見た事が無い」
「ってことはあそこは異界の様に見えるけど実際はカテドラルの中だった……って言うことでしょうか」
「その可能性は高いな、だがそれならばあそこを作った悪魔が居た筈だが……それらしいものは居たか?」
「いや、それらしい悪魔の気配は関知しなかったな」
アモンの言葉に全員が首を傾げ、再び沈黙が場を包んだ。
「だーーー! わかんねぇこと考えててもしょうがねえ、とりあえず電気使える場所もあるって位で今は良いだろ別に!」
晶は髪を掻きむしると、そう大声で叫んだ。
「大体今は特訓すんだろ? そういうのは今度で良いだろ」
「確かに玖珂の言う通りだな、今は訓練に時間を費やした方が有意義そうだ」
「うーん、気になりますけど……これは今度皆で話す機会がある時にした方が良さそうですね」
「良いんじゃないか? 俺としては疑問点は解決まで導きたいところだが……今回の趣旨とは外れちまうからな」
晶の言葉に全員が頷くと、彼らは再び金鬼を見た。
金色の鬼はその金属の体を大きな手でポリポリと掻くと、自らの前に立つ三人を見た。
「さて……話は大分横に逸れたが今回お前達の相手をする金鬼だ」
「よろしくお願いします、金鬼さん」
「すっげー堅そうだなコイツ」
「硬い金属ってのは逆に衝撃に弱かったりするんだけどな、とは言え悪魔相手じゃ常識は通用しそうにないな」
三人は金鬼を見て、各々の意見を交わし合う。
「正解だ、悪魔に常識は通用しない。 現にこの金鬼は物理的な攻撃を弾くという特性を持っている」
「という事は……晶と同じ?」
「そうだ、ソロモンの悪魔からお前達のこれまでの戦い方やどういった悪魔と戦ってきたのかは全て聞いているので金鬼を用意した」
「……どういうことだよ」
「これまでお前達は偶々倒せる相手とばかり戦って偶然の勝利を積み上げてきた、正直言って今のままでは今後お前達が死ぬ可能性は高い」
峰は真面目な顔でそう言うと、誠と晶を交互に見る。
「アタシ等のこれまでの戦いが単なるラッキー勝ちだったって言いてえのかテメェ!」
「そうだ、少なくとも私の妹……啓との戦いやラクシュミなどとの戦いの話を聞いている限りはそうとしか思えん」
「んだとぉ!?」
「では啓と戦った時、お前は何をしていた?」
「何ってそりゃ、あのヘカトンなんとかと戦って……」
啓と戦った時を思い出し、晶の声量が徐々に下がっていく。
「んで……誠がやられちまった」
「それもヘカトンケイルを倒せたわけではなく、互いに有効打の無い戦いをしていたと聞いた」
「それは……」
「偶然閼伽井が蘇り有効打を打てたから良かったが、そのままではお前も山城もこの世には居なかった」
峰は両腕を組み、厳しい表情で言った。
「違うか?」
「…………違わねぇ」
「お前達は弱くはない、だが攻撃が通用しない相手と対面した時に瓦解する弱さを内包している……今回はそれを打開する奥義の為の訓練だ」
「……今のパワハラみたいなのは必要だったんですか?」
「無論だ、お前達の弱点とこれから行う事の理由を説明するのには必要だ、何故それを行うのかも知らないまま訓練をしても十分な訓練にならん」
晶と峰の話を聞いていた誠は、思わずそう言うが峰は直ぐに肯定の言葉で返した。
「やり方はちょっと古いが……実際これから行う事の意味を知るってのは大事だぞ誠」
「そんなものかな……?」
「他人事みたいに話しているが、この訓練はお前の為でもあるんだぞ閼伽井」
「えっ、あ、はい!」
「お前は炎を使えるが炎も打撃も通用しない相手と当たればそのまま詰みだ、それを改善する為にも真面目にやれよ」
矛先が自分に向けられた誠は苦笑いを浮かべ、それを隣で見ていた三木は彼の背中を笑いながら軽く叩くのだった。
「…………話、終わった?」
「あぁすまんな金鬼、ではお待ちかねの訓練だ」
「ん…………」
ずっと無表情のまま棒立ちをしていた金鬼は頷くと、体を更に輝かせる。
「さて、この金鬼は先ほども話したが物理的な接触を弾く特性がある」
峰は金鬼の後ろから近づくと、彼の横っ腹に拳を軽く叩きつける。
するとそれはトランポリンで跳ねる様に弾かれた。
「通常、悪魔の特性はそれにまつわる神話などの特性をそのまま引き継ぐ。 例えば炎の神なら炎が効きづらいと言ったようにな」
「つまり悪魔について造詣を深くすればするほど有利だ、とはいえその特性を突破できなければ意味がないがな」
「その通り、なので今からその突破の方法を教える」
峰はそう言うと、目を閉じ深く息を吸う。
そして……勢いよく裏拳を金鬼の腹目掛けて打ち込んだ。
その瞬間、拳の当たった空間が捻じれ……白い閃光が迸る。
「っ……! い、今のは……?」
「ほう……今の一撃は」
「ふぅ、こんなものか」
拳は金鬼の腹に触れており、ゆっくりと拳を下ろすと鬼の体から幾つかの金属片が落下した。
「攻撃が弾かれてねぇ……っつーか何だよ、今のすげぇ裏拳は!」
「澱みなく全身の魔力を攻撃のインパクトと同時に叩き込む……すると一瞬だけ世界は捻じれ、あらゆる防御を貫く……これを一閃と言う」
「あ……?」
「つまりお前達が普段している常時魔力を乗せた攻撃ではなく、攻撃が当たる瞬間にのみ魔力を走らせることによって相手の特性を無視しているのだ」
「何か聞いてるだけだとかなりの高等テクニックに聞こえるな、と言うか魔力とかってのが良く分かってないんだが……それは俺にも使えるもんなのか峰教諭?」
三木の質問に峰は首を縦に振る。
「適性があれば可能だ、鍛錬によって一定手に入れる事も出来るが……魔人や高位の悪魔と戦おうというのはあまり考えない方が良いぞ」
「そりゃ大変そうだ、そんじゃ後で俺にも訓練頼む。 とりあえず今はその一閃とやらの訓練を見学しておくとするわ」
そう言って三木は距離を置き、残った三人を遠巻きから眺める形へ移る。
「うーん、魔力を常時纏うんじゃなくて当てる瞬間だけ流すか……」
「そもそも魔力ってなんなんだよ、アタシ等そんなもん意識したことねーぞ」
「うん、常に纏ってるって言うのも今言われて初めて知った事ですし……」
「……ソロモンの、もしかして何も教えていないのか?」
「教えろと言われたことが無いのでな」
さも当然、と言う様にアモンは答え峰は呆れた顔をする。
「よくこんな悪魔と契約したな閼伽井」
「不可抗力と言うか……それで魔力って言うのは具体的にはなんなんですか先生?」
「現実を改変する力を持った粒子で、人間の感情によって効果が大きく変わり水や空気に溶けやすいと言われている」
「また悪魔を構成する要素でもある、自らを構成する要素で殴られた時悪魔は己の存在が不安定になりダメージを受けるのだ」
「古くは霊力とも呼ばれ、人間の体の内に大小はあれど宿っているものでもある」
突如始まった魔力の講義に、晶はうんざりした顔をし誠は逆にうんうんと頷きながらそれを聞いていた。
「んでその体に宿ってる魔力っつーのをきちんと扱うにはどーすりゃいいんだよ」
「それは鍛錬で感覚を掴むしかないな」
「てきとーすぎんだろ!?」
「だから奥義の伝授と言っただろう、私も全盛期に十回に四回成功すればよく出来た方だった」
「そんなものを今から覚えるんですか……?」
峰は首を縦に振ると、再び裏拳を金鬼へ当てた。
すると今度は拳は当たることなく跳ね返り、峰はやれやれと首を横に振る。
「そうだ、それ位この一閃は難しい。 だがお前達はこれを習得しなければならん、出なければ……今後の敵との戦いは厳しいものになるだろう」
「へっ、よーするに出来るようになりゃいいんだろ? だったらこれ以上ガタガタ話しててもしょうがねぇ、始めんぞ誠!」
「うむ、お前達には夏休みが終わるまでに一閃を習得してもらう」
「ってことは一か月訓練漬けか……」
「ククク、精々頑張るが良いマコト」
誠は強く拳を握り、晶もまた自らの得物を強く握りしめると金鬼と対峙する。
「ではまずは魔力の制御の仕方の説明からだ──」
「はい、よろしくお願いします峰先生!」
「出来るだけアタシにもわかりやすく言えよ!」
峰に頭を下げ、二人は彼女の説明を聞き始める。
「青春だねぇ……」
そんな二人を円卓に座り、カップからコーヒーを飲みながら三木は眺めるのだった。




