危うさ
2026年 7月28日 火曜日 18:19
「で、おじさんは何でここに居るの?」
「仕事だよ仕事、石動市の中で調べものがあってな」
「だからそれは何なんだよ、良いから言っちまえって」
崩壊したデパート内部の警備室で、三木は壁に背を持たれかけながら困った顔をしていた。
「言っちまえって言われてもなぁ……そもそも誠、お前達も何でここに居るんだ?」
「俺達はその……興味本位というか調査というか……」
「なんつー危なっかしい理由だ……けどそれならまだ安心か?」
誠の返答に、三木は顎に手を当てながら考え始める。
「俺はな、自衛隊が開発してる新兵器ってのを調査しに来たんだ」
「自衛隊が開発中の……」
「新兵器ぃ? なんだそりゃ」
「何だって言われてもな、それを調べるのが俺の仕事なのさ。 んで調べようとここに入ってきたのは良かったんだが……途中で見つかっちまってな」
気恥ずかしそうに視線を一瞬背けると、三木は再び頭を下げた。
「悪かったな誠、いや今はキングか?」
「もうやめてよ、恥ずかしい……それよりもどうして公安のおじさんが自衛隊の兵器を調べるの?」
「単純にヤバイからさ、この兵器に関しては色々な噂が出回っててな」
「噂?」
「クーデター用の陸自の新兵器だとか他国侵略用だとかなんとかってな、根も葉もない噂だろうと思っていたが……」
目線を上に向けながら、三木は息を吐いた。
「侵入してみたらクレーターに見えた場所には何故か建物が残っていて、挙句自衛隊が実弾で発砲してくるなんてのは考えもしなかったぜ」
「ククク、どうやら余程隠したい何かがここにはあるようだな」
「誰だ!?」
アモンの声に、三木が拳銃を胸元から取り出すと周囲を確認する。
「ククク、我ならお前の目の前に居るぞ」
そんな三木をアモンは誠の口を通して嘲笑う。
「……声変わりか?」
「愚か者め、我こそは偉大なる地獄の侯爵にしてソロモン第72柱の序列7位アモンである!」
「は?」
「あー……オッサンに分かりやすく言うとアタシ等悪魔と合体してんだよ、んで今喋ってんのがその悪魔」
「合体!? いや、そういえば前に聞いた時にそんなこと言ってたか……」
晶の説明に三木は半信半疑だったが、様々な事が重なり疲れてきたのか最後には頷いた。
「とりあえずよく分からんが分かった事にしておく」
「それでいい、ところで貴様はこれからどうするのだ?」
「当然調査を続けるさ、証拠位は掴んで戻らんと公安から売られないとも限らんしな」
三木は笑いながら言うと立ち上がり、拳銃を胸元にしまい込んだ。
「んじゃそういうことだから俺は行くわ、お前達はさっさと帰れよ」
「いやいやいや、おじさんを放ってはおけないよ!」
「そうだぜ、どうせさっきので関わっちまったんだし手伝わせろよ」
「手伝わせろって言われてもな……お前達がどういう意図で活動してるのかは何となく分かるが、こういう大人のごたごたに子供を巻き込む訳にはいかねぇよ」
三木は冷ややかな表情で答えながら二人を見る。
「大人が不甲斐ないからお前達みたいな子供がああいう改心ってのをやらなきゃならないってんなら、尚の事今ここでお前達の力を借りる訳にはいかねぇ」
「おじさん……」
「分かったらさっさと帰れ、こっから先は大人の領分だ」
「あっ、おい、オッサン!」
三木は誠の脇をすり抜け、警備室からそのまま出て行った。
「……オッサン行っちまったぜ、いいのかよキング」
「いや、追いかけよう。 三木おじさんはああ言ったけど、あのまま放っておいたらさっきの二の舞だ」
「最悪は殺されるかもしれんな、ククク!」
「なら尚更だ、でも気づかれたらまずいからさっきみたいに建物の上から追いかけよう」
警備室を出て行った三木を、二人は建物の屋上を経由して追いかけた。
「えっとおじさんは……あそこだ、もうあんな遠くまで」
「あのオッサン結構運動神経良いな、そういやさっきオッサンが言ってた公安ってなんだ?」
「公安は警察の一つだよ、主に国家を揺るがす重大な事件を調べる警察だね」
「ってことは結構エリートなのか、あのオッサン」
「公安警察はエリートじゃないと入れないって話だし、そうだと思うよ」
遠巻きに動く三木を見ながら、二人は雑談を続ける。
「あのオッサンがねぇ……けどさっきの啖呵の切りっぷりは中々良かったぜ」
「大人が不甲斐ないから俺達が動いてる、か……それを嘆く人がきちんと居るのは嬉しいよ」
「ま、つっても大人でも悪魔に勝てる訳じゃねえからアタシ等が動くんだが」
「あぁ、おじさんには悪いけど……俺達は俺達のやるべきことをやろう」
二人は三木の好意に感謝を示しながら、彼を尾行していく。
そして暫く三木の尾行を続けると、石動市の中央にある大きなビルが二人の視界に見えてきた。
ビルの周囲には大型のトレーラーや武装した自衛隊が集まっており、物々しい雰囲気を感じさせる。
「おっと、ようやくお出ましか」
「凄い数の警備だ、おじさんは……よし、上手く隠れられてるな」
地上に居る三木は咄嗟に近場の物陰に身を隠すのを誠は視認し、ホッと息を吐くと直ぐに自衛隊の監視へ戻る。
自衛隊はどうやら何かの準備をしているようで、色々なコードがトレーラーのコンテナへ繋がれていた。
「……何してんだ、アイツ等?」
「分からない、でも妙だな……異界では電気は使えない筈なのに」
「どうする、一発カチコミにいっか? 今なら準備もできてねぇし蹴散らせんだろ」
「いやいやいや、俺達はあくまでもおじさんを守りに来ただけだからそれはやめておこうよ。 もしかしたら本当に国防のための兵器かもしれないし」
「本当に国防のための兵器なら、こんなところで運用試験をするはずも無ければ公安が動くこともあるまい」
アモンは冷ややかな笑いと共に誠を嘲笑う。
「うっ、それは……」
「だが見に回るのは良い選択肢だ、相手の事が何も分からない状況ではな」
「テメーが未来の事教えたら一発だろうが」
「ふん、それはお前達の知名度の上げ方が足りんせいだ、我のせいではない」
「っと二人ともそこまでだ、動きがあったみたいだ」
アモンと晶のいつもの言い争いを流し、自衛隊を監視していた誠が声を上げた。
トレーラーのコンテナがゆっくりと開いていき、青い装甲を纏った巨大な人型の何かが現れた。
─────────────────────────────────────
ところ変わって、誠達が宿泊しているホテルエントランス。
「デアデビルぅ? あぁ、知ってる知ってる! なんか悪い人の悪事をバラさせる良い人なんでしょ?」
「えぇ知ってますよ、噂話程度ですが……本当に悪人を善人に変えられるんなら私の上司を善人にしてほしいですよ」
「きゃー、これテレビ? テレビ!? あたし映って──」
「はぁ……」
ホテルのエントランスでテレビを見ていた峰は、溜息を一つ吐くと電源を消した。
「最近はどこもかしこもデアデビルだな」
毎日耳にする話題を旅行先でも聞き、峰は呆れた表情をしながら目線を自らの右に座っている二人へ向けた。
「山城、岸田、お前達もああいう手合いのファンなのか?」
「ファンかというと微妙ですが……新聞部の部長としては調べてみたいとは思ってます!」
「そうですね、好きか嫌いかで言うと私は好きですよ」
二人の返答を聞き、峰は背もたれに預けていた頭を前に起こし顔を向けた。
「あぁ、そういえば山城はあれの一件に関係があったな」
「はい、色山さんの件は正直助かりました」
「学園としてはかなり困らされたがな、オーディションの翌日に連絡が取れなくなって挙句にあの謝罪会見でお前の一族の名前が出る始末だ」
峰はそう言って苦笑する。
「学校にも取材の連絡が幾つか来て大変だった、その余波で新聞部の活動が出来なくなったのはすまなかったな岸田」
「だ、大丈夫です! その間色々他の調べものも出来ましたし、何より今回の旅行も先生が他の先生に無理を言ってさせてくれたのはこの岸田本子知ってますから!」
「え、そうだったんですか?」
「あー……」
峰の謝罪に、岸田は逆に感謝の言葉と共に頭を下げる。
それを聞いて峰は、気恥ずかしそうに顔を逸らし頬を掻いた。
「むっ!! 先生が照れてる! これは学園史に残ります、早速一枚!」
「馬鹿、他の人に迷惑だからやめろ」
「ジャーナリズムの為に個人が犠牲になるのは仕方のない事です!」
岸田はいつも首からぶらさげているカメラを構え、峰を取る。
だが彼女は何枚か写真を撮られた後に、岸田の頭部へ一発拳骨を振り下ろした。
「馬鹿者、そういうのを行き過ぎたジャーナリズムと言うんだ。 どんな理由があれ個人のプライバシーは守られるべきだ」
「むむ……すみませんでした」
「分かればいい、お前もあまりやりすぎるとあのデアデビルとか言う連中みたいに危険な人間になるぞ」
「危険? デアデビルの人達がですか?」
峰と岸田のやり取りを見ていた花が、危険と言う言葉を聞き不思議そうな顔をして質問した。
「そうだ、よく考えてみろ。 どういう方法を取っているのかは知らんが日本最大の銀行のトップと、芸能事務所の社長に悪行を告白させているんだぞ?」
「……それの何が危険なんですか?」
「今はその矛先が悪人に向いているかもしれんが、それがこちらに向かった時はどうする?」
「そんな事は……」
「無いとは言い切れん、実際どうやって標的を決めているのかもよく分からんしな。 民衆のあの持て囃しぶりは単にその被害が身近なものではないからにすぎん」
峰はそう言って、笑う。
「連中のやってることは犯罪に過ぎんのさ」
「で、でもあの人達じゃないと助けられない人が居るかもしれないじゃないですか!」
花は語気を強め、テーブルに手を叩きつけながら言った。
「や、山城さん……おち、落ち着いて……!
「色山さんの時だって、あの人達が居たから助けられた人も居るんです!」
「……そうだな、そういう良い部分がある事は認めるよ」
ホテルのエントランスに居た他の人間の視線が集まる中、峰は冷ややかな視線を花へ向けた。
「すまんな、お前がそんなになるほどデアデビルが好きだとは思わなかった」
「あっ、いや、その……わ、私こそ興奮してつい……すみませんでした」
「そ、そうだ! 先生、そろそろ晩御飯に行きませんか? 閼伽井さんも玖珂さんも戻ってきそうにないですし……」
「全く、夕飯の時間までには戻る様に伝えた筈だがな……」
困った表情をしながら峰は呟くと、立ち上がる。
そしてエントランスの奥にあるレストランではなく、入口へ向かって歩き出していく。
「せ、先生? 何処行くんですか?」
「流石に生徒を放って夕食を食べるのはまずいからな、少し探してくる」
「それなら私も……」
「それには及ばん、どうせ街の中のゲーセンにでも居るだろうからな。 お前達は夕食を取って休んでおけ」
誠と晶を連れ戻すという峰に、花もついていこうとするが峰は首を横に振る。
そして二人へ指示を出すと、そのままホテルを出ていくのだった。
「と、とりあえずごはん食べにいこっか山城さん」
「……そうですね」
出ていく峰を不安そうに見ながら、花は岸田と食事へ向かった。




