テスト勉強
2026年 7月2日 木曜日 16:29
「なるほど、そりゃ大変っスねぇ」
「他人事みたいに言ってんじゃねえよ、ったく……!」
放課後、誠の自宅にて。
古森が気楽そうに言って、テーブルの上に置かれたカップからコーヒーを啜る。
そんな彼を見て、向かいに座っていた晶が悪態を吐いた。
「大体、本当はもっと早く話したかったのにテメェはよぉ……」
「しょうがないよ、古森さんにも予定があるし」
悪態を吐く晶を、誠は諫めながらコーヒーをカップに注いでいく。
「砂糖一個で良かった?」
「あぁ、サンキューな」
「しかし誠君たちの学校の先生が自分たちと戦ったあの峰と同じ名前とは驚きっスね」
コーヒーを味わい、カップを机の上に置くと古森は左側の居間に座っている誠へ顔を向けた。
「今日は特段何も無かったんスか?」
「うん、特には何も。 朝のホームルームの時もおかしな点は無かったと思う」
「私が今日学校の中ですれ違った時も普段と要素は変わってなかったと思います」
誠の前にあるちゃぶ台を挟んで座る花が彼に同意の頷きをする。
「ってことは向こうはまだこっちの事を気づいてない訳っスね」
「もしくは完全に同姓同名で別人かだな」
アモンが議論に水を差すように言った。
「そ、そうですよ! きっと同姓同名なだけで先生とあの人は別人ですよ!」
「でもよ、自分と同じ名前の人間なんてそんな居ると思うか? アタシ今まで同じ苗字の奴すら見た事ねえぞ?」
「確かにそうっスねぇ、佐藤とかそういうありふれた苗字ならありそうっスけど」
「だが黒と判じる材料も無い、ククク、困った状況だな」
アモンはいつもの様に嘲笑を行うと、ちゃぶ台の上から誠の頭の上に飛び乗る。
「自分はその人に会った事無いっスからあれっスけど……話を聞いてる感じだとやけに勘の鋭い人なんスよね?」
「あぁ、色山に出す予告状作る時も確か呼び出し食らってたよな誠」
「うん、そこで色々質問された……時折鋭い視線や質問が飛んでくるんだよね」
「確かに一般人としては鋭いのは間違いないが、それだけで判断は出来んな」
「先生から魔力とかそういうのは感じなかったんですか?」
花の質問にアモンは首を横に振った。
「特には感じなかったな、無論隠されている可能性もあるが」
「うーん、こりゃ困ったっスねぇ……今の所怪しいって判断以外が出来ないっス」
「古森の悪魔を嗾けてみるってのはどうなんだ? やばくなったら本性出すかもしんねぇだろ」
「黒かどうか調べるために相手を傷つける様な手段を取るのは良くないと思うな」
「それにもし仮に相手が黒だったとしたらヤバイっス、それこそ自分達が怪しいって教えるようなもんっス」
「んじゃどうすんだよ、まさかずっと怪しみながら接していくとか言うんじゃねえだろうな」
晶の問いに、誠は頷きを返した。
「今のところはそれしか無いと思う」
「ちっ、しゃーねーか……」
「でももし峰先生が敵だったとしても、閼伽井先輩ならこの間みたいに勝てますよ……!」
舌打ちをして、面倒そうな顔をすると晶はコーヒーを口に入れる。
一瞬、沈黙が場を支配したが花が直ぐにそれを打ち破った。
両手を握り、真っすぐ誠の顔を見ながら信頼の言葉を口にする。
「確かに、誠君は一回勝ってるっスけど……その前に一回やられてたっスよね」
「そういやそうだな、お前首切られてたよな? ……何で生きてんだ?」
「そうか、皆には話してなかった。 実は──」
疑問の表情を浮かべる晶と古森に対し、誠はあの時起きた事を話し始めた。
実際に誠は死に冥界に続く河辺へと落ちたこと。
そこで死んだ父と出会い、自らの死を肩代わりしてもらったこと。
そして……峰を撃退した秘奥の力とその代償のことを。
「一回死んだぁ!?」
「死んだら人間ってちゃんと地獄とか行くんスね……」
「先輩のお父さん、凄い人です……」
「あぁ、俺も誇りに思う。 父さんが助けてくれなかったら俺は今ここに居なかったし、皆を助けられなかった」
「そう考えると自分たちの命の恩人っスね」
冥界の河辺での誠と父のやり取りを聞き、全員が感慨深い表情を作った。
誠も父を思い出し、少しだけ涙ぐむ。
「しかしその後にやったあの技にも代償があるとかアモン、テメェなんでもかんでも誠の命削り過ぎじゃねえのか?」
「そうですよ! 先輩が可哀そうです!」
「と、我に言われてもな……そもそも代償も無しに何かを得ようという事の方がどうかしているのだ」
晶と花に睨みつけられたアモンだったが、口元を羽で覆い隠しながら反論する。
「お前達全員の命を救うために、マコトが差し出せるものが命しかなかったという話でしかない」
「そりゃ、そうかもしれねえけどよ」
「会田とお前達三人の命を救うために一つの命を使う、効率的な資源の活用をしていると思うが?」
「悪魔ってのはえらく合理的な考え方をするんスね」
「ククク、考え方の違いが不愉快か? だが悪魔というのはそういうものだ、何かを得たいのならば何かを差し出さねばならぬ」
三人からの視線を全く気にせず、アモンは笑う。
彼等の眼力が少し強くなったところで、誠は自らの頭に載るアモンを両手で捕まえた。
「まぁまぁ……結果的に皆助かったからいいじゃないか」
アモンはさしたる抵抗もせず捕まえられたまま、ゆっくりとちゃぶ台の上に降ろされる。
「俺は皆が助かって良かったと本当に思ってる、代償についても俺が納得したことだ。 だからアモンを責めないで欲しい」
「誠……」
「了解っス、そういう代償があるって言うんなら余計に峰相手の対策を考える意味でも疑惑の先生にちょっかい出すのは止めておいた方が良いっスね」
「あぁ、だから先生については今は様子を見よう。 それよりも今は……こっちの方が優先じゃないかな」
そう言って、誠はちゃぶ台の横に置いていた鞄の中から教科書を取り出した。
それを見た瞬間、晶の顔があからさまに嫌そうな表情に変わる。
「げっ」
「今日の本題っスね、いや、しかし羨ましいっスねぇ……部活で旅行に行けるなんて」
「それも晶が赤点を取らなければの話ですけどね」
「一緒に頑張りましょう、玖珂先輩!」
「はぁ……めんどくせぇ」
溜息を吐きながら、晶は正面に居る古森が出した問題集へ顔を向ける。
「ったく、勉強なんて将来何の役に立つってんだよ」
「それは社会に出てから実感するものっス、今はその時に勉強しておけばよかったって言う後悔をしない為のターンっスよ」
「そういうもんか? よくわかんねえな」
「夢を叶えるためには一定教養も必要だと思うよ、晶」
「夢ねぇ……アタシは特にそういうのねぇんだよな」
問題集を手に取り、ページをパラパラとめくりながら晶は呟いた。
「皆そんなもんっス、ただ後々やりたいことが出来た時に選択肢を狭めない為に勉強はするもんだと思うっスよ」
「小難しい話だぜ……」
「今はとりあえずそれでいいんじゃないかな、まずは少しずつ勉強して覚えていこうよ晶」
「へいへい、そんじゃ大学生様に教えてもらいますかね」
「それじゃ私は閼伽井先輩に! よろしくお願いします!」
頭を掻きながら、勉強を始めた晶。
そして、それを見た花は誠へ頭を下げた。
誠は笑いながら、花への授業を開始する。
「それでここはこうなって──」
「あ? どういうことだ?」
「先輩、ここはこれで──」
「うん、この公式がこうなるから──」
帝国大学に席を置く古森の教えによって晶も徐々に勉強の遅れを取り戻していく。
それに対し、誠もまた数か月前とは違いたゆまぬ努力で手に入れた学園トップレベルの知識を用いて花へ勉強を教えていく。
誠の教えはとても分かりやすく、花も楽しそうに問題を解いていく。
そんな彼女の姿を見て、きちんと勉強をしていて良かったと思う誠であった。
「だー……やっと終わった……」
「うん、今日はここまでにしておこうか花ちゃん」
「はい、ご指導ありがとうございました先輩!」
「結構やったっスねー、お疲れ様っス」
四人が勉強を始めて二時間が経った頃に晶の悲鳴が部屋に響き渡った。
晶や花の疲労を感じ取り、誠が終了の宣言をすると晶はそのまま机に突っ伏してしまう。
「もう腹減って何もやる気が起きねぇ……」
「確かに、ちょっとお腹空いたね」
「もう七時半になるところっスからねぇ、今日はこのまま皆で適当に飯でも食って帰るっスか」
「わっ、それじゃあ私、和食が食べたいです!」
「んじゃアタシ、ラーメンとチャーハン」
「ならば我はフィッシュアンドチップスを」
好き勝手に要望を述べる皆の意見を纏めながら、誠は適当な店を見繕う。
「うーん、じゃあここのビュッフェに行こうか。 この時間ならまだやってると思う」
「あぁ、もう腹ペコで死にそうだ……どこでもいいからさっさと行こうぜ」
「んじゃ出発っス!」
誠以外の三人は鞄の中身を纏めると、誠の家から出て目的地であるビュッフェへと向かって歩き出した。
「しかし古森さん、今日は勉強に付き合って貰ってすみませんでした」
「別に良いっスよ、チームの打ち合わせもしつつっスしね」
「そういやぁ、古森は部活の旅行についてくんのか?」
「いやいや、何で部外者の自分がついていくんスか……行かないっスよ」
「うーん、峰先生と岸田部長なら何とかうまく説明すればOKしてくれそうな気もしますけど……」
顎に指を当てて花が何とか古森を連れていけないか悩むが、古森は首を横に振る。
「自分は自分で学校もあるっス、それに……アバドンの中で手に入れた書類の解読もあるっスから」
最後の言葉は、小声で古森は告げた。
「……中身、分かりそうですか?」
「単純な裏帳簿っぽいっスが……もうちょい時間が掛かりそうっスね、多分君達が旅行から帰ってくる頃位にはある程度分かると思うっスよ」
「何かお手伝いする事はありますか?」
「全然、こっちは自分に任せて誠君は峰に注意しててほしいっス」
古森は右手を顔の前で軽く横に振り、笑う。
「旅行、楽しんで来ると良いっス」
「はい、ありがとうございます古森さん」
「まぁ……晶ちゃんが赤点取らなきゃの話っスけどね」
「はは……そうですね」
古森の言葉に、誠は苦笑し二人は互いに笑いあった。
そんな二人の後ろを歩いていた女子達は、怪訝な顔をして男達を見るのであった。
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そして、そんな四人組を物陰から見つめる男が居た。
夏の暑さからか、スーツの上着を脱ぎラフな格好の三木だ。
「あっち~……やっぱ年々気温上がって行ってねえか? ったく、東京湾にメガフロート建設なんてやってるから余計に暑くなってるんじゃねえのか?」
一人、愚痴をこぼしながら誠達の尾行を続ける三木。
額から大量に垂れる汗を手で拭い、胸ポケットから電子タバコを取り出して一服をしようとしたその時。
彼の目に一人の女性が目に留まった。
「……あん?」
それは件の教師、峰だった。
峰もまた、三木と同じように誠達と距離を取りながら彼らを見つめている。
「ありゃ確か……誠の担任だったか、仕事終わりの時間帯にしちゃぁ様子が妙だな」
峰は右手に試験管のような管を持ち、それを開け放とうとしているように三木には見えた。
そして、彼女がそれを開け放つと一瞬巨大な鬼のようなものが垣間見える。
「なんだぁ!?」
たった今目撃したものに、三木は驚きのあまり声を出す。
だがそれも都会の喧騒に直ぐにかき消されてしまう、また先ほど見えた鬼の様なものも三木以外には見えていないようで彼以外は何の反応も示していなかった。
「い、今のは……!?」
三木は、動揺しながらも自らを驚かせた存在へ再び視線を向ける。
だがその場所に既に峰は居らず、また誠達も見失ってしまう。
「…………ったく何がなんだかわかりゃしねぇ」
額に右手を当て、溜息を吐きながら電子タバコを加えると三木は誠達の尾行を再び開始した。
─人間関係─
玖珂 晶 コープランク3
山城 花 コープランク2
古森 大洋 コープランク1 ←New!!
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