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2026年 6月26日 金曜日 07:02


 朝7時。

 東京駅からいつものように人の群れが解き放たれる。

 羊の群れの様にそれらの人々は、彼らが今日も働くべき場所へ気だるげな表情と共に進んでいく。


「ふぁ~あ、ねむ」


 帝国銀行に勤め始めて早三年が経つ彼も、その一人だった。

 欠伸を噛み殺しながらゆっくりと就業場所である銀行へ近づいていく。

 彼は銀行の中に吸い込まれていき、悪辣な言葉を飛ばしてくる上司に耐えながら仕事をする。

 そんないつもと変わらない毎日。


「今月のノルマが未達なのはどういうことだ!!」


 始業まで残り30分のところで、上司からのいつもの叱責が始まった。

 頭部の薄くなった髪と膨れ上がった腹を揺らしながら、上司は顔を真っ赤にしている。

 集められた部署の人間は諦めの表情か、あるいは一切の感情を表情から消しながらその話を聞く。


「今月必要な数字は100億だというのに、まだ61億しか行っていないぞ!」


 太った上司はそう怒声を上げると、目の前にある机を自らの右手で叩く。


「保険の数字もだ! ボケた老人どもを騙してでも数字を上げてこい! 今日中にノルマが達成できなければお前達全員────」


 首だ、そう上司が言葉を紡ごうとした矢先。

 バツンという音と共に、帝国銀行内部は停電に陥った。

 完全な暗闇の中に、上司の動揺した声が響く。


「な、なななななななんだ!?」


「停電?」


「ブレーカーが落ちたのか?」


「だ、誰か見に行け! 早く!」


 慌てふためく上司の指示を受け、若手が携帯のライトを灯すとブレーカーへ向かう。

 その途中で、若手はあることに気付き立ち止まった。


「なんだ、これ……?」


「な、何をしている!! 立ち止まってないでさっさとブレーカーを上げにいけ!」


「じ、次長……」


「今度はなんだ!」


 動かない若手を余所に、他の職員からも声が上がった。

 イラつきながら上司が声の方向へ顔を向けると、真っ暗な室内の中で何故か全てのパソコンだけが一斉に起動していた。

 パソコンはゆっくりと起動を終えると、自動的にディスプレイに文字を表示し始める。

 

「予告状……?」


 真っ暗な室内に、燃えるような赤い文字が表示されていく。

 それを見た職員の一人が、その文章を読み上げていく。


「金を貪る財欲の犯罪者、会田財殿」


「卑劣な手口を用い、人心と環境を荒廃させるその蝗の如き悪行は許しがたい……」


「よって我々はお前の悪事の証拠を、隠し金庫から強奪し社会に公表することにした」


「真実の探求者、デアデビルのキング──?」


「な────なんだこれは!?」


 職員が予告状を読み上げると、停電は復旧し室内に明かりが戻った。

 だが業務用のパソコンはその画面から動かず、また同時に無数に電話が鳴り始める。


「はい、こちら帝国銀行業務局……はい、はい……えぇ!?」


 一斉になり始めた電話を、職員たちが取り始める。

 最初に受話器を取った女性職員が驚きの声を上げながら、上司の方へ顔を向けた。


「た、大変です! 先ほどの予告状と一緒に会田頭取の犯罪の証拠とやらがネットに拡散されています!」


「なにぃぃぃ!?」


「次長、マスコミや一般からの電話が……!!」


「な、なんとかしろぉ!!」


─────────────────────────────────────


 暗闇の中を、一人の男が歩いていく。

 周囲は心臓の鼓動の様な音を立てる肉壁に覆われ、足元には貨幣を模した虫が蠢く。

 

「…………ふむ」


 男はその肉の通路の最奥にある壁の前で立ち止まると、直ぐ傍にある生体認証機に掌を乗せた。

 機械は直ぐに彼の認証パターンを読み取ると、無機質な音声と共に男の名を呼んだ。


「認証パターンを確認しました、お帰りなさいませ会田様」


 会田は機械から手を退けると、目の前でゆっくりと開いていく扉を見つめた。

 下がっていく扉の奥から光が漏れ出し、会田はその光に目を細める。

 だが少しして目が慣れるとゆっくりと室内に向けて歩き出し、中を確認して安堵の溜息を吐く。


「やれやれ……念の為確認をと思ってきましたが、やはり無事でしたか」


 扉の奥は美術館の様に透明なケースが立ち並んでいた。

 それらのケース一つ一つに土地の権利書や、その土地を元々持っていたであろう人間の悲嘆にくれる写真などが入れられている。


「ふふ……」


 会田はそんなコレクションを一瞥し、笑いながら部屋の奥に浮かぶ巨大な心臓の前に立った。

 

「いつ見ても素晴らしい、この威容……ミロのヴィーナスも顔負けですね」


 巨大な心臓の足元で、会田は大きく両手を崇めるように広げる。


「素晴らしいよアバドン……君さえいれば私はもっともっと富を得ることが出来る……そして──」


「全ての他人の富を食い尽くそう、か?」


「……来ましたか」


 開いたままの扉から、魔人となった誠達が入ってきた。

 彼らはゆっくりと歩きながら、会田と会話が出来る距離で立ち止まる。


「会田財だな?」


「えぇ、その通り……そしてあなた達ですね、デアデビルと言う集団は」


「知ってるんなら話がはええ、テメェの悪事の証拠を貰いに来たぜ!」


 誠の問い掛けに、会田は腕を下ろしながらゆっくりと振り向くと頷いた。

 

「貰いに来た、という事はやはりこれは私をここへ誘き寄せる為の罠でしたか」


「はい! 開け方が分からなかったのでここに来るように誘導しました!」


「いや素直っスか、別にそこまで説明しなくてもいいと思うっスよ!?」


「なるほど、ということはまだ証拠も手に入れていないと」


 会田の質問に花は元気よく答えながら頷き、古森が思わず突っ込みを入れた。


「やはり私の予想通りでしたか」


「予想通り……?」


「えぇ、あなた達が月曜日にこの場所に侵入してきた時からある程度予想していたのですよ、恐らくこういう事態になるだろうということは」


「あぁ? アタシ等がここに入ったの知ってやがったのか!?」


「もちろん、何せこちらが雇った悪魔使いの悪魔を退治されているのですからね……あれには驚かされました」


 そう言って頷くと、会田はそう軽く言うと右足のつま先を上下させ床を叩いた。


「あの悪魔を雇うのには高額なお金を出していたのですがね……まさか倒せる人間が居るとは、ですのでこちらも相応の準備はさせてもらいましたよ」


 そう会田が言い終えると、部屋の奥にある心臓から一つの目が見開かれる。


「むっ、いかん!」


「もっとも、もう少し老獪な相手かと思っていましたがまだ子供とは……少々拍子抜けですね」


「な、なんだこりゃ!?」


「ぐええ、か、体が重いっス……!」


「凄い重力です……あ、あの瞳に見つめられると体が重くなって……」


 心臓の表面から浮かび上がった瞳が瞬きをする度に、誠達の体に重圧が圧し掛かる。

 それは文字通りの重さを体に感じさせ、強烈な重力となって襲い掛かった。

 古森はそれに耐えきれず、潰れたカエルの様に地面に磔となる。


「これぞ魔王アバドンの力……ヘカトンケイルを倒したあなた達でもこれは堪えるでしょう」


「くっ、黙示録の悪魔如きに我が力が抑え込まれるとは」


「ふふふ、しかしありがたい事です。 そちらから私の元まで来てくれるとは……これで教祖様からの覚えがより良くなります」


「教祖?」


 教祖と言う言葉に、誠は懐疑的な眼差しを向けた。


「えぇ、我らが運命会のね。 あなた達でしょう、色山に何かしたのは? あれの件で組織の運営にも多少影響が出ましてね……」


「……なるほど、それで我々に対しての調査あるいは捕獲の命令が出ていたと言ったところか」


「そんな所です、教祖様に心酔していた色山を自白に導いたその手腕、あるいは能力は我々の組織運営に多大な利益をもたらすだろうということでね」


「わ、私達は悪いことには協力しません!」


「青いですね、悪魔の能力があれば私の様に現実世界で巨万の富を築くことも可能だというのに」


 花の答えに会田はやれやれと首を横に振った。


「他人の生き血を啜るような真似をしてまで金を稼ごうとは思わない、ましてやそれが誰かを不幸にするのなら尚更だ」


「逆にいい歳したおっさんが他人の土地に虫放って、土地奪うなんて真似して恥ずかしくねえのかよ!」


「真っ当な行動をしていれば真っ当に評価される等と言う考えを持っているのなら、それは幻想だと断言しておきましょう」


「あんたの言っている事は正当化に過ぎない、何を言おうとあんたのやった事は犯罪に過ぎないっス……!」


「確かに通常ならばそうでしょう、しかし私が蝗を解き放って土地を荒廃させたなどという証拠がどこにあるのです?」


 大仰にやれやれとポーズを取ると、誠達に掛かる重圧がより重く圧し掛かる。

 その圧に耐え切れず、ルークが最初に地面に膝と手を着いた。


「ルーク!」


「うぅ……す、すみませんキング先輩……」


「ちっ、この程度で負けられねぇ……ってのに!」


「諦めなさい、そして私達に従うのです」


「断る……!」


 花が地面に四つん這いの状態となり、晶や誠も次第に体勢を保つのが困難になっていく。

 晶はバットを杖の様に地面に立て、何とか体勢を維持している状態だ。


「強情ですね、それも若さゆえですか? ですがこの状態から私に打てる手立てがあると?」


「……あぁ、そのつもりでこちらも捕まりに来た!」


「……何ですって?」


 誠の答えに、会田が瞳を開いた。

 そして、誠達全員がニヤリと笑う。


「HIYAAAAAAAAAAA!」


 すると会田の奥にある心臓から巨大な悲鳴が上がった。


「な、なにが起きた!? 」


「う、上手くいったみたいですね……!」


「……よし、これなら動ける!」


「あぁ、よくやってくれたビショップ!」


 突然弱まった重力によって誠達はゆっくりと立ち上がると、正面に立つ男へ向けて武器を構えた。


「ふっふっふ……それじゃあ、逆転劇のスタートっス!」


 そして、古森の不敵な笑いが室内に木霊した。


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