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奈落の牢番

2026年 6月22日 月曜日 17:59


 深い深い闇の中を落ちていく。

 異界に侵入する際は意識が一瞬混濁し、気が付くと異界に立っている。

 だが今回の落下は自分の意思で行う異界侵入の際とは違い、意識を保ったまま長い長い竪穴を重力に身を任せ落ちていく。

 それはまるで、地獄へ繋がる穴に自ら身を落としたような感覚だった。


「…………」


 誠の喉がごくりと鳴った。

 仲間を不安にさせない為、表情には出さないが誠の内心は少々の不安に包まれていた。

 誠は少し離れた位置に居る晶や花を一瞥すると、それはどうやら彼女達もそうらしい。

 二人は誠と同様にに真下を見ながら、花は不安そうな表情で、晶は逆に楽しそうな表情を浮かべていた。


「不安っスか?」


 不意に、誠が背負っていた古森が声を掛けてきた。


「どうしてですか?」


「いやぁ、今までこういう修羅場を乗り越えてきたであろう誠君でもこういう場所は不安になるのかなと思っただけっスよ」


「不安かどうかで言えばいつも不安ですよ」


 誠は振り返らずに言葉を返す。


「でも、俺は皆のリーダーだから不安にさせるようなことは出来ない。 それに……」


「それに?」


「困っている人を助ける為だから、不安でも前に進むと決めたんです」


「……そうっスか」


 その言葉を最後に、二人の会話は終わった。

 

「ん……?」


 何か会話を行うべきだろうかと誠が思案していると、きらりと光るものを真下に見つけた。

 フクロウの目を持つ誠は、暗闇の中でも一定の視力を確保できている。

 そんな彼が見つけた輝きの正体は地面だった。


「皆、もう少しで地面に着く! 着地の準備を!」


「え、地面ですか? 私には何にも見えないですけど……ともかく分かりました!」


「んぁ……? んだよ、居眠りももう終わりか」


 二人の返事を聞くと、誠は真下に向かって指先から何本かの炎の矢を放った。

 射出から程なくして、炎は地面に突き刺さり着地地点を照らし出す。


「ちょっと揺れます、しっかり捕まっててください」


「了解っス!」


 背負っている古森へ、誠はそう声を掛けると両手の掌を真下へ向ける。

 誠は両手へ意識を集中し、ロケットの様に掌から炎を噴射しながら落下の速度を削ぎゆっくりと地上へ着地した。

 彼に続き、晶、花の両名も地上へガシャンと言う音と共に着地した。


「ガチャン……? 何だ、今の音」


 誠は着地した時に発生した音を確認するため、背中から古森を下ろしながら地面を見た。

 そこには、無数の日本の硬貨や紙幣が敷き詰められていた。

 

「お金?」


「おいキング、見てみろよ! 金が一杯だぜ!」


「す、凄い量です! 見えてる分だけでも物凄い金額ですよ!」


 晶、花の二人も誠と同じく地面を見て驚きの声を上げる。

 だが古森だけは地面ではなく周囲を見渡し、冷静な意見を述べた。


「う~ん……確かに見た目は日本円っぽいっスけど、多分これ本物じゃないと思うっスよ?」


「どういうことですか?


「ほら、あそこ」


 立ち上がり、疑問の声を上げた誠に古森は先ほど炎の矢が放たれた場所を指差した。

 そこでは炎の矢が未だ煌々と燃え続け、周囲のお札を燃やしている。


「お金が燃えてるだけに見えますが……」


「そのお金が燃えた後をよく見てみるっス」


「んん……?」


 誠はよく目を凝らし、燃える一万円札を見た。

 一万円札は燃えながらひとりでに動き回り、最後は小さな悲鳴を上げて力尽きた。


「な、なんだ? お金が勝手に動いてる……?」


「きゃっ! せ、先輩……! こ、これお金じゃないです! これ虫です!」


「うげ、気持ちわりっ!」


 足元の硬貨を拾い上げ、まじまじと見つめていた晶。

 彼女が手に持っていた五百円玉を裏返すと、そこには無数の足がびっしりと生え小さな二つの目があった。

 晶はそれを見ると、虫を炎の中に放り投げた。

 放り投げられた虫は直ぐに炎に焼かれ、悶えながら焼け死ぬ。


「…………」


「…………」


「…………」


 三人は全員が無言だった。

 唯一人、古森だけが興味深そうに死骸を見つめている。


「なるほど、お金に擬態する昆虫っスか……ここに転がってるお金全部がこの虫なのかもしれないっスが調べるのは正直嫌っスね」


「同感です……足元に注意しながら進みましょう、クイーン、ルークも足元に気を付けて、俺が炎で照らしながら先導する」


「あ、あぁ……頼むわ」


「うぅぅ、虫は苦手じゃなかったけど苦手になりそうです……」


 誠は気味の悪さに意欲を削がれかけたが、直ぐに気を取り直すと右手から炎を空中に浮き上がらせ周囲を照らし出す。

 リーダーの声に、晶と花は足元のお金に気味の悪そうな顔をしながら頷きを返した。


「しかし話には聞いてたっスが凄い場所っすね異界ってのは」


 興味深そうに炎が照らしだした周囲を見ながら、古森が言葉を溢した。

 炎が照らしだした範囲はかなり広く、見える範囲では誠達の側面や天井に蠢く肉の壁が見える。

 足元に転がっている紙幣や硬貨はずっと奥まで続き、道もまた暗闇へと続いていた。


「へっ、アタシ等が遊びでやってるんじゃねえってことが少しは分かったかよ」


「さて、どうっスかね? その見極めはこれからっス」


「ちっ……ムカつく野郎だ、一応言っておくがな……ここじゃキングがリーダーだ、指示に従えないんならアタシはテメェを助ける気はねぇ」


「クイーン」 


 古森の返しに、晶は不愉快そうな表情で言葉を返すと雰囲気が現実に居た時の様に険悪になった。

 咄嗟に誠が間に入ろうとするが……。


「黙ってろキング、ここでコイツに一回言っておきたい。 アタシはコイツが嫌いだ、理由はどうあれ他人を脅すような奴はな」


「クイーン先輩……」


「テメェと協力するとキングが決めた事だから一応はアタシも付き合ってやる。 だがなテメェがもしアタシの仲間を傷つける様なことをするんなら、アタシがテメェをぶちのめす」


「了解っス、よく覚えておくっスよ」


「なら良い、ほら」


 古森の返答を聞き、晶は先ほどまでの剣呑な雰囲気を解くと右手を突き出した。

 いきなり右手を突き出された古森は、最初きょとんとした表情を浮かべていたが直ぐに晶の意思を汲み取ると自らも右手を差し出し握手した。


「ふぅ……それじゃ、そろそろ行こうか」


「おう、待たせて悪かったな」


「やれやれ、殴られるかと思ったっスよ」


「そうされるようなことをしてる方が悪い」


「まぁまぁ、皆仲良くですよ先輩!」


 誠は安堵の息を吐くと、全員へ前進の支持を出した。

 深い穴の中を今度は真っすぐに歩きながら、四人は調査を行っていく。

 横穴はどこまでも続いており、着地した時と同じような光景がどこまでも続いていた。

 誠達がその光景に見飽きてきたころ、変化が訪れる。


「ったくどこまで行っても同じ光景でそろそろ見飽きてきたぜ……」


「足元の虫に襲われないだけマシっすけど、確かにそうっスねぇ」


「確かに我も見飽きてきたが、どうやら変化が起きたようだぞ」


 先頭を歩いていた誠の口から、アモンが言葉を発した。

 立ち止まり、その先をジッと見つめる誠に他の三人が背中越しから覗き込んだ。

 

「んだよ……行き止まりじゃねえか」


 誠の背中越しに見えたのは、一行の行く手を塞ぐ大きな壁だった。

 端から端まで肉の壁で覆われており、それを見た晶は深いため息を吐いた。


「結構な時間歩いて、行き止まりか……ったく疲れちまうぜ」


「あぁ、もうかれこれ二時間くらいは歩いたか……」


「そうですね、ちょっと疲れちゃいました」


 誠達の肉体的な疲労はそこまででもなかったが、いつまでも変わらない風景と今突き当たった行き止まりで精神的な疲労が彼等にドッと押し寄せた。


「ふぅむ、行き止まりっスか……」


「古森さん、体の調子はどうですか? まだ歩けそうです?」


「いや、自分はまだ大丈夫っス、けど……一旦休憩にした方が良さそうっスね」


 古森は誠の言葉に首を横に振るが、残り二人の表情を見て休憩を提案した。

 誠もそれに頷き、四人は目の前の壁を背にすると地面の虫を焼き払い、腰を落ち着けた。


「だー……疲れたぜ」


「色山さんの時は完全に建造物の中でしたけど、今回はどこまで続いてるか分からない穴の中ですからねぇ……私も疲れちゃいました」


「他の異界はこんな感じじゃないんスか?」


「えぇ、異界……というよりはこのカテドラルは主の好む形に変容されます、以前行った二つは教会と遊郭の様な建物でした」


 雑談を交えながら、誠は改めて古森に異界とカテドラルについて説明する。

 現実の裏側である異界と、そこを支配する者が住まうカテドラル……それを聞いて古森はより興味深そうな顔をした。


「なるほどっス、つまりこのカテドラルと言うのはその必要があるからこういう形になるって事なんスね」


「そうなりますね、もっともこんな形状が一体何の役に立つのかよくわからないですが……」


「足元には金の形した虫が大量に居る竪穴……何に使うんでしょう?」


「ゴミ箱とかじゃね? 何かあったろ、あの、生ごみ捨てて分解してもらって~みたいな奴」


「ゴミ箱……?」


 晶の言葉に、古森がハッと顔を上げた。


「それだ、それっスよ!」


「あ? 何がだ?」


「自分は最初、異界を通して帝国銀行の中に違法な物品を収納してると考えていたっス」


「あっ、もしかして……!」


「ふっふっふ、まこ……キング君も気づいたっスか?」


 古森の言葉を聞き、それが意図する所を誠も察し頷いた。

 他の二人はきょとんとした顔をしている。


「ちっ、これだから優等生どもは……アタシ等にもわかる様に説明しろよ」


「つまり古森さんは、違法な品物が隠されているのは現実ではなくこのカテドラルの中だって言いたいのさ」


「その通りっス」


「なるほどぉ……確かに現実に隠すよりもこっちに隠した方が見つかりづらいですもんね」


「でもよぉ、物隠すったってこの突き当りに来るまで分かれ道も何も無かったぜ? 何処に隠すってんだ──」


 晶はそう言って、寄りかかっていた壁を左手で強く叩く。

 その振動で壁は揺れ始め、突き当りの壁は徐々に下に下がり始め……数秒後には壁があった場所には更に奥に通じる道が開かれるのだった。


「──よ?」


「わっ、わっ、凄いです! 何したんですかクイーン先輩!?


「いや、アタシは何も……」


「今日は大手柄だな、クイーン」


「よ、よせよ……そんなに褒めんじゃねえよ」


 全員は立ち上がり、更に奥へと続く道を開通させた晶を見つめ褒める。

 すると晶は珍しく顔を赤面させ、そっぽを向いた。

 誠と花はそんな彼女が面白かったのか、二人で笑いあう。


「ちっ、ったく……休憩もそろそろいいだろ、行こうぜ」


「あぁ、折角晶が見つけてくれた道だ、行こう!」


 先ほどまでの疲れの表情は全員から消えていた。

 誠達は奥へと続く道を慎重に進んでいく。


「しっかし道が開けたつっても変わり映えしねぇ道だなぁ」


「そうですねぇ、結局まだ真っすぐな道が続いてるだけですし、足元には相変わらずお金の形の虫が居ますし……」


「いや、でも変わった部分もあるっスよ?」


「どこだよそれ」


「音っス、入った時から微かに聞こえてたっスが……何かの鼓動の様な音が徐々に大きくなってるっスよ」


 音と言われ、晶は立ち止まって耳を澄ませてみる。

 すると今までは気が付かなかったが、心臓の鼓動音の様な規則的な音が遠くから聞こえてくる。


「ほんとだ……テメェよく気付いたなこんなこと」


「なぁに、サバゲーやってたら音に気を遣うのは当然の事っスよ」


「この音、結構遠いですね……あれ? でも、何かもう一つ音がしませんか?」


「ん? 本当だ、何だろう……音が大きくなって、近づいてきてる!?」


 花と誠も耳を澄ませ、音に集中した。

 すると鼓動の他にもう一つ、ゴリラか何かが地面に手を打ち付けるような音が響いてきた。

 その音が徐々に誠達に近づいて来るのを感じ、誠達は戦闘体勢を取る。 


「あ~……ったくダリィなぁ……マスターの命令とは言えこんなところの番人とはよぉ、タルタロスでティターンを見張ってる方がよっぽど楽しかったぜ」


 暗闇の中から、巨大な巨人が現れた。

 人間に近い体を持ちながら、上半身には無数の腕が生え、顔も無数に備わっている。

 その大きさ5メートルほどの巨人は、のそのそと奥から現れた。


「あ~~~ん??? なんだぁ、てめぇら」


「悪魔か、大きいな……!」


「なんだとはなんだ悪魔野郎、人に名前を聞くときはテメェから名乗るのが筋だろうが!」


「そうです! 何事も礼儀は大事ですよ!」


「こ、これが悪魔っスか……!」


 巨人は這いつくばる様に体を倒すと、誠達へ顔を近づける。

 古森は初めて見る悪魔に圧倒され、体を強張らせるが残りの三人は最早慣れたもので怯えを全く見せない。


「がはははは! 確かに嬢ちゃん達の言う通りだ、オレ様はヘカトンケイル、タルタロスの番人にしてティターンを見張る者よ!」


「ヘカトンケイル、ギリシアの百腕巨人か! 何故こんなところに」


「んん? どうやらオレ様の事を知ってるみたいだなぁ? っていうかてめぇら、もしかして魔人モンストルムか?」


「だったら何なんだよ、メガトンなんたら!」


「先輩、ヘカトンケイルさんです、ヘカトンケイル!」


 ヘカトンケイルの問いに、晶がオラついた様子で返す。

 完全にヤンキーとヤンキーの会話である。


「がはははは、なぁに、久しぶりに魔人なんてものを見たなと思っただけよ! 悪魔の成り損ないが取る、悪魔にとって最も恥ずべき姿だからなぁ!」


「え、アモン、魔人ってそうだったの?」


「我の口からその答えを言わせるな愚か者」


「で、てめぇらはなんなんだよ? もしかしてカイダの遣いかぁ?」


「……カイダ? それってもしかして、会田財の事っスか?」


「さあて、そんな名前だったか? どうも人間の名前は憶えづらくて仕方がねぇ」


 四つん這いの状態のまま、無数にある顔は全て疑問の表情を浮かべる。


「だが確認をしてくるってこたぁ、てめぇらはカイダの遣いじゃあねえな?」


「ちょ、ちょっと待って欲しいっス、自分たちは……」


「もうおせぇ! オレ様はこの悪魔の中でじっと牢番してたんだ、遣いだろうと無かろうとてめぇらで楽しむことに決めたぜ!!」


「ちっ、避けろ貴様ら!」


 ヘカトンケイルは四つん這いの状態から、無数にある上腕を一斉に誠達目掛けて振り下ろす。

 誠は古森を庇いながら、すんでのところで全員が攻撃を回避した。


「がはははは、中々活きが良いじゃねえか! さぁケンカだケンカ! ティターンの連中とてめぇら、どっちが楽しませてくれるんだぁ!?」


「仕方ない、古森さん下がっていてください、ここから先は……」


「アタシ等の仕事だぜ!」


「ですね! キング先輩、指示お願いします!」


 ヘカトンケイルから距離を取った状態で誠は古森を離すと、振り返り拳を握る。

 晶、花も武器を構え悪魔と相対し、それを見たヘカトンケイルは楽しそうに笑った。


「さぁ、行くぞ魔人どもぉ!」


 ヘカトンケイルが、突進を開始した。 



仕事が忙し(以下略

来週は木曜日位には投稿できる予定です

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