蝗害
2026年 6月13日 土曜日 05:12
東京都近郊。
電車でおよそ一時間の位置にある駅に電車が到着する。
始発から乗っていた人たちが眠そうな顔をしながらぞろぞろと降りてくる中、誠達が下車した。
晶と花は元気いっぱいの表情をしているが、誠は一人だけ眠たそうな表情をしている。
「ね、眠い……」
「だからあれほど昨日は早く眠れと言ったのだ、自業自得だな」
「すまない、ゲームが面白くてつい……」
「へっ、だらしねえな誠。 そんなんじゃリーダー失格だぜ」
鞄の中から顔を出すアモンと、晶の叱責に誠は申し訳なさそうな表情をしつつ頭を下げる。
「大丈夫です! 今日は私が閼伽井先輩の分も頑張りますから!」
「はは、ありがとう。 迷惑かけないように俺も頑張るよ」
「はい、皆で頑張りましょう!」
「えぇ!? ちょっと、寝坊ってあんたねぇ……あっ、ちょっとぉ!?」
両手を握り、ファイティングポーズを取り誠を励ます花。
そんな彼女に癒されながら誠も同じポーズを取る。
すると人もまばらな駅のホームで、女性の怒鳴り声が響いた。
三人は声の主へ振り向く。
「なんだぁ? 朝からうっせえな」
「あの人かな? あれ、あの人どこかで──」
「あっ、あの人は……」
「む?」
三人の視線の先には携帯電話を右耳に当てながら怒鳴るスーツ姿の女性が居た。
年齢は30歳前半位だろう、誠にはどこか見覚えのある女性を見て花は両手を自らの口に当てると彼女へ向かって手を振りながら駆け出した。
「飯田さーん!」
「ん? 誰よ、この未来の売れっ子キャスターの名前を呼ぶのは……ってあら、山城ちゃん!?」
「飯田さん、お久しぶりです! 覚えていてくれたんですね!」
「もちろんよ、あなたのご両親やおじい様やおばあ様には新人時代にお世話になったもの、忘れたりしないわ」
急に名前を呼ばれ、鬱陶しそうな顔をしていたのも束の間、飯田は花の顔を見てすぐに笑顔を取り戻した。
飯田は携帯電話をしまうと、花に両手を広げハグをしあうと感慨深そうな表情を浮かべる。
「最近色々あったみたいだけど……元気そうで何より、でもこんなところで会うなんて偶然ね。 こんな早くにどうしたの?」
「はい、色々な方に助けて戴いて元気元気です! あっ、今日はですね……学校の先輩方とアルバイトです!」
「先輩? アルバイト?」
抱擁を終えると、飯田は少し距離を取り不思議そうな顔をする。
そんな飯田の前に、花の後ろから誠と晶が姿を現した。
「うっす、どーも」
「おはようございます、えっと……飯田さん、ですよね? 帝都放送の」
「彼らが山城ちゃんの先輩? ってあら、君たちあたしの事知ってるの?」
「えぇ、あの……新宿の連続暴行事件で……」
「あ~……あれね、うん、確かにあたしニュースに出てた、被害者として……」
飯田へ挨拶をすると、誠はドッペルゲンガー事件で彼女を見たことを告げた。
無論、襲われている彼女を助けたというのは伏せ、あくまでも被害者としてニュースで見たという嘘をだが。
「あ? 何言ってんだよ誠、ニュースじゃなくてアタシ等が────!?」
「ん? アタシ等が?」
「あ、あはははは! 何でもないですよ、はい! 新しい朝が来たらぁ~! ってそういう歌に嵌まってるんです彼女!」
思わず本当の事を告げようとする晶の口を両手で塞ぐと、誠はわざとらしく誤魔化す。
それを見て飯田は首を傾げ、何かを尋ねようとするが彼女が話題を切り出す前に花が素早く会話を差し込んだ。
「あ、あああああの! 飯田さんは今日は何をしにこの場所に!?」
「え? あ、あぁ……あたしは今日はこの辺りの農家さんに取材しに来たの」
「農家さんに、ですか?」
「えぇ、最近東京近郊で蝗害が起きてるんだけどそれは知ってる?」
「ぶはぁっ! 苦しいわボケ! んでコウガイ……ってなんだ? 貝の種類か?」
誠の両手から解放された晶は、後方の誠を殴りながら飯田に的外れな質問をする。
「流石に畑に貝は居ないでしょ……蝗害って言うのはバッタによる災害の事だよ、何でも物凄い数のバッタが周囲のものを何でも食べつくしちゃうらしい」
「へぇ、きちんと勉強してるのね、日本じゃ蝗害なんてもう長い間起きてないのに」
「あはは、歴史には少しだけ詳しくて……」
「我のお陰だな」
鞄の中でアモンが呟く。
「それで、その蝗害について調べるのが今日の私の仕事ってわけ。 飛び回る虫なんて視聴者受け良くないんだけどね」
「なるほど、色々と大変なんですね……ところでその、お二人はどういう関係なんですか?」
「飯田さんはですね、まだ新人だった頃によくプロダクションの取材に来てたんです」
「えぇ、あの時の山城ちゃんは妹みたいだったわね~。身長もあたしと同じくらいだったのに……今じゃこんなに大きくなって」
感慨深そうにそう呟くと、飯田は自らの頭一つ分は大きい花を見てそう呟いた。
飯田も女性としては大きい方だが、規格外の大きさである彼女には遠く及ばない。
「あはは……アイドル候補生としてはあんまり大きくなられても困っちゃうんですけどね」
「オンリーワンは売りになるからいいじゃない、包容力のある女性ってモテるわよ~?」
「包容力ねぇ──」
包容力と言う言葉で晶が花と飯田のふくよかな胸を一瞥し、その後自らの胸を見て呟いた。
「やっぱでかい方があんのか……?」
「胸の大きさじゃなくて、性格の話だと思うな俺は……いてっ!」
「盗み聞きしてんじゃねえっ!」
「だったら聞こえない距離で言ってくれ晶……」
晶の隣に立っていた誠は、晶の小さな呟きに思わず答えを返す。
結果、彼の右頬に強烈な左拳が突き刺さった。
そんな二人のやり取りを見て、飯田は笑い始める。
「ふふ、山城ちゃん、良い友達を持ったみたいね?」
「はい、自慢の先輩たちです! もちろん飯田さんも!」
「あたしも山城ちゃんは自慢の子よ~!」
「仲いいなあんたら……ところでそろそろ向かわないと時間やべえんじゃねえか?」
「そうだね、そろそろ俺達も行かないと……飯田さん良ければ途中まで一緒に行きませんか?」
再びハグをしあう二人を見て、少し呆れた表情を浮かべながら晶が言う。
誠が携帯を取り出し、時間を確認すると飯田を誘う。
「うん、別にいいわよ。 因みにあたしはここの農家さんなんだけど……」
「あ、俺達はここです。 じゃあ十分くらい歩いてここの交差点で別れる感じですね」
「そうね、それじゃ行きましょ。 えっと……」
「あっ、すみません、名乗ってなかったですね。 俺は閼伽井誠って言います」
「アタシは玖珂晶、よろしくなオバサン」
閼伽井と言う聞き覚えのある苗字に、飯田は逡巡しかけるが直ぐに晶のおばさん発言でそれは吹き飛んだ。
「オバ……!?」
「あわわわ、す、すみません! 玖珂先輩も悪気はないんです、ちょっとその、言葉遣いが悪いだけで!」
「いや、いいわ……あたしももう30過ぎでおばさんの仲間入りだものね……」
そう言って、落ち込みながら先頭を歩き始める飯田。
「晶……」
「わりぃ、つい癖で……おーい、ちょっと待ってくれ! 今のはアタシが悪かった!」
「待ってくださーい、飯田さーん!」
そんな彼女を三人は追いかけ、慰めながら駅を出るのだった。
晶や誠達の謝罪で機嫌を良くした飯田は、道中で再び今調べている蝗害について語り始める。
「で、局の連中があたしをいつまでも看板番組に出してくれないから自前で特ダネ掴もうと思って外に出てる訳」
「体張ってんなぁあんた」
「ふふん、まぁね! 伊達にテレビ局で働いてる訳じゃないのよ」
「でもそれで危険なことに巻き込まれてたらダメなんじゃないですかね……?」
「ジャーナリストに危険は付きもの、へーきへーき! 今回の蝗害だって食物だけじゃなくて家や人間にだって危険な災害だし」
そう誇らしく言う飯田と対照的に、三人は何とも言い難い表情を浮かべる。
「しかし君たちのバイトも多分蝗害絡みなんだろうけど、よくこんな危険なバイトやる気になったわね」
「危険っつったってたかがバッタだろ? 捕まえて潰すだけじゃねーの?」
「それがそうでもないみたいよ? あたしも実際に見に行くのは初めてだけど人が襲われて大怪我したって報告も聞いてるわ」
「マジか……何で単なるバッタがそんなに狂暴になるんだよ」
「簡単に説明すると、食糧不足で何でも食べる群生相って言うのに体が変化して狂暴になるみたい」
誠の説明に晶は面倒臭そうな表情をする。
「ったく、何でいきなりそんな変化すんだよ……食料ったって草だろ? そんなもん幾らでも生えてるじゃねえか」
「そう、そこが不思議なのよね。 バッタが蝗害を起こすにはまず前提として大繁殖からの食糧不足が条件なんだけど……日本でバッタが大繁殖したなんて言う情報はどこにもないのよ」
「つまり……いきなり蝗害が発生したってことですか?」
「そうみたい、しかも変わってるのはそこだけじゃないのよ。 このバッタ、ある一定の場所しか食い荒らさないの」
「……どういうことです? 普通蝗害って言うのは広範囲をバッタが移動しながら食い荒らす災害だと思うんですが」
飯田の言葉に、誠は首を傾げる。
「まだ調査の途中なんだけど、どうもこのバッタは一定の場所を一定の時間しか荒らさないみたいなの」
「言ってる意味がよくわからないんですが……」
「なんかうめー草がある場所が分かっててそこだけ食って回ってるグルメバッタってことか?」
「流石にそんなバッタは居ないと思いますよ玖珂先輩……」
「だから今回の蝗害は発生したことも含めておかしなことばかりなの、だから調査してるって訳。 面白そうじゃない?」
そう、楽しそうに言う飯田の笑顔は子供の様に無邪気だった。
「農家の奴らは楽しいどころじゃねーと思うけどな……っておい誠、アタシ等こっちじゃねーか?」
晶は目的地への分岐路となる交差点に差し掛かったことに気づき、本来の道を指差した。
「あっ、そうだね。 それじゃ飯田さん、今日は色々教えてくれてありがとうございました」
「こちらこそ、山城ちゃんとも久しぶりに会えて嬉しかったし良かったわ。 それとこれ、渡しておくわね」
頭を下げる誠に、飯田は胸ポケットから名刺を取り出すと手渡した。
「また何か聞きたいことや特ダネがあったら連絡してちょうだい、山城ちゃんの彼氏君」
「か、彼氏?」
「なにっ!? テメェ等いつの間にそういう関係になってたんだよ!?」
「ち、違います! 私と先輩はまだそういう関係じゃ……」
「あははは、冗談よ冗談! 若者からかうのは楽しいわ~、それじゃ君たち、バイト頑張ってね!」
誠の胸倉に掴みかかる晶を見て、飯田は笑うとそのまま別の道へと歩いていく。
飯田にからかわれた晶は、誠をゆっくりと降ろすと大きく咳ばらいをした。
「ごほん、す、すまねぇ……ついカッとなっちまった」
「晶はほんと直ぐそういう話でカッとなるね……俺は良いけど、他の人に手出さないように気を付けてね」
「面目ねぇ、気を付ける」
申し訳なさそうな表情を浮かべる晶と諫めつつ、三人はバイト先である農家へと向かった。
飯田と別れた交差点からおよそ十分ほどの地点にあり、目的地に到着する少し前から大量の羽音が三人に聞こえてきた。
「あー、この音は……」
「バッタだな、それも大量に居るぞ。 だがこの音……どこかで」
「うぅ……ちょっと気が重いです」
「でもやるしかない、皆怪我しないように気を付けよう」
農家の敷地内に入り、奥に見える畑の中には巨大な茶色い雲の様に群れるバッタ達が無軌道に動いていた。
その雲が何かに触れると、そこまで見えていた物は一瞬の内に食い散らかされ欠片も残らない。
「怪我どころか、生きて帰れるかもわかんなくねえか……あれ」
「と、とりあえず農家さんに挨拶してこようか……」
その光景の異様さに圧倒されながらも、三人は今回の雇い主である農家を訪ねる。
農家は三人を見て、嬉しそうに笑顔を見せながら今回の仕事の内容を説明した。
内容は至ってシンプルで、防護服を着用し鋼鉄でできた虫取り網でバッタを捕まえそれを粉砕機にくべるというものである。
三人はそれを聞くと頷き、アルバイトを開始する。
「よし、行こう皆!」
「しゃーねーな、害虫退治としゃれこむか!」
「沢山捕まえて、農家の皆さんを安心させちゃいましょう!」
鞄とアモンを畑の外に置き、三人は畑の中に入っていった。
鋼鉄製の網を振るって、バッタを捕まえては雇い主の農家が待つ粉砕機にくべていく作業をアモンは眺めていた。
時折、砕け散ったバッタがアモンの元へと飛んでくるとそれを集め、何かの調査する。
そんなことを繰り返し、お昼の休憩時間を迎えた三人にアモンが近寄っていく。
「だー! 捕まえても捕まえても数が減りゃしねえ! どうなってんだ!?」
「お、大声出さないでくれ晶……疲れた……」
「これ、お昼終わってからあと五時間もやるんですよね……?」
疲労困憊の三人にアモンは近寄ると口を開く。
「諸君虫けら相手にご苦労」
「ったく、テメェも鳥ならあの虫全部食っちまえよ……お前が来ると思ったから楽できると思ってたのによ」
「俺が来るなら頼りになるってそういう意味ね……」
「ククク、残念ながら我はグルメでな。 それにあの虫を食するのは普通の鳥でも無理だろう」
「どういうことですか?」
アモンの意味深な言葉に、花が頭の上に?マークを浮かべる。
「うむ、先ほどから少し調べてみて分かったのだが……あのバッタ共は悪魔だ」
その言葉を聞いた途端、全員の表情が凍り付いた。
アルバイト終了まで、残り5時間。
遅れてすまなかった…
【閼伽井 誠 人間性ステータス】
教養 ★★★学校でトップレベル←Rank Up!
勇気 ★★一般人レベル
慈愛 ★★電車で妊婦さんに席譲れる
魅力 ★★一般高校生並み
ユーモア ★★人を笑顔にできる




