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新しい日々


 警視庁。

 日本の治安を守る組織、警察の最高権力府。

 国が誇る暴力機関の中で、その男は震えていた。


「はぁ……はぁ……」


 震える男は、警察に身を置くものならばその名や顔を知っているであろう男だった。

 警視総監、三浦正みうらただしは警視総監室の隅で身を震わせながら息を吐く。

 部屋のカーテンは閉め切られ、真っ暗な室内でこれから来るであろう何かに怯える。


「ど、どうしたら……どうにかして、大門司様に連絡をしてお許しを……」


 三浦はそう呟きながら、今日何度目かになる番号に電話を掛ける。

 しかし無情にも、電話の先から響くのは通話中の音だけである。


「くそぉぉっ!」


 三浦は叫びながら、手に持っていた携帯電話を反対側の壁に投げつける。

 肩で息をしながら、三浦は頭を抱えた。

 

「このままでは……わたしは殺されてしまう……!」


 膨大な汗を流しながら、三浦はこれまでの事を思い出す。

 数日前に運命会幹部である色山恵子は自首をし、そして自身を含む警察関係者や暴力団員に人身売買をしていたことを世間の明るみへ出す。

 結果、三浦は連日マスコミからの攻撃に合い……更には運命会より命令されていたキングの捜索や情報の収集の遅れを教祖である大門司より直々に咎められることになった。

 

「あぁぁぁ、一体どうしたら……」


 何度思案しても、三浦の頭の中を過るのは役立たずとして処断される自らの姿。

 何としてもそれを阻止すべく、今後取るべき方策を考えていた彼の視界の中にそれは居た。

 先ほどまで三浦以外誰も居らず、全ての出入り口には強固なロックが掛けられた室内。

 そんな部屋の入口には西洋風の白銀の甲冑を全身に着込み、頭を覆う形の兜とマントを付けた人物が立っていた。


「だ、だ──誰だ、どうやってこの部屋に!?」


「大門司の使いと言えば、理解できるか?」


「ひっ……そ、それじゃあお前があの……!」


 甲冑を着た人物は、低い声でそう告げると腰に下げた鞘から諸刃の剣を抜いた。


「ま、待ってくれ! もうすぐなんだ!」


 三浦は右手を前に突き出しながら、ゆっくりと後ずさりをしていく。


「あのキングとか言うやつを見つけるのも、奴に口を割らせるのももう少しなんだよ!」


「…………知らんな」


 男の言葉に、甲冑の人物は一切耳を貸さず一歩ずつ歩み寄っていく。


「なら金はどうだ!? どうせ大門司には金で雇われたんだろう!? お前が雇われた金の倍、いや五倍払う! それで──」


「諦めろ、お前は死ぬより他に道はない」


「──く、くそっっ!」


 三浦は上着の脇に備え付けてあった自動拳銃を抜き、それを甲冑の人物へ構えた。


「死、ね──」


 拳銃を構え、甲冑を見定めた三浦は自らの視界に違和感を覚えた。

 先ほどまで真っすぐだった世界が徐々に斜めになっていく。

 同時に体も言う事を聞かなくなっていく。


「来世ではもう少し善行を積んでおくんだな」


 拳銃を構えたまま、三浦の体から彼の頭が落下する。

 三浦の頭部があった場所からは鮮血が噴水の様に噴き出し、部屋と彼の首を切り落とした犯人の白銀の甲冑は鮮血に染まっていく。


「またつまらんものを斬った……」


 血しぶきを浴びながら、つまらなさそうに言うと甲冑の人物は目の前にある死骸から背を向けると剣を鞘に納める。

 そして部屋の出口へと歩いていきながら、姿を消すのだった。


─────────────────────────────────────

2026年 6月8日 月曜日 06:48


「では次のニュースです、突如自首を行った元アイドルの色山恵子氏の事件に関連していたとされる警視庁総監が自殺した件についての続報で──」


 早朝。

 誠の家では今日もニュースを見ながら、家主と悪魔は食事を取っていた。


「いただきまーす」


 誠は両手を合わせると、自らが調理した食事に手を付けた。

 目玉焼きと付け合わせの野菜、そして焼いたハムを食べながら誠はテレビに目を向けた。


「自殺、か……」


 テレビの画面では、警視総監ストレスによる自殺か!? と言ったテロップが流れコメンテーター達が意見を交わしあっていた。

 それを見て、誠の食事のスピードが見る見る間に遅くなる。


「なぁ、アモン──」


「俺のやった事は正しいのだろうか、等と言う疑問を言うつもりならやめておけ。 気にするだけ無駄というものだ」


「え?」


「お前は常人には扱えぬ力を手にしている、その力で何かを為せばその影響を受けて与り知らぬ場所で死人が出るのも当然のことだ」


 誠の方を向きながら、アモンはハムを翼で手に取り口に咥えた。


「だがそれは普通に生きていても起こり得る事だ、お前が何かを買わなかった結果店が潰れ店主が自殺するということも有り得る」


「…………」


「何れにせよお前が気に病む程のものではない、そういう悩みは実際に自分の手で他人を殺してからするのだな」


「あぁ、そうだね。 励ましてくれてありがとう」


「ククク、愚かな契約者を立てるのも我の仕事だ」


 アモンの口ぶりは相変わらずだったが、その表情がほんの少しだけ柔らかくなっていることに誠は気づいた。

 それを見て、誠はほんの少し笑みを作る。


「さぁ、さっさと食事を終わらせて学校へ行く準備をしろ」


「いたっ! もう、分かったよ……」


 誠の笑みを見て、アモンは彼におもむろに近寄ると嘴で右手を突く。

 痛みに手を急いで引っ込めると、誠は残っているご飯を口の中に入れると最初と同じように両手を合わせた。


「ごちそうさまでした!」


「うむ、さっさと着替えて出発するぞ」


「あぁ、今日も一日頑張ろう」


 誠は食器をキッチンへ運ぶと、それを水の張られた桶に沈める。

 そして部屋に戻って学生服に着替えを行うと、居間のテレビを消すためにリモコンを手に取った。


「では次のニュースです、最近首都圏を中心に行われている高齢者詐欺被害ですが──」


 アナウンサーが次のニュースを説明する中、誠はテレビの電源を落とすとアモンを鞄の中に詰め込んだ。


「さぁ、二人を迎えに行こうか」


「相変わらず狭い鞄だ……丁重に運べマコト」


「はいはい」


 アモンの言葉に、誠は軽く言葉を返すと粗っぽく鞄を肩に担ぐ。

 担いだ時の衝撃でアモンのくぐもった悲鳴が聞こえたが、誠はそれを無視して家を出た。

 そして数週間前から待ち合わせの場所となった品川駅へ小走りで向かっていく。


「ちょっと遅れちゃったかな……」


 誠は携帯電話で時間を確かめると、走る速度を少し上げる。

 グングンと凄まじい勢いで品川駅と彼の距離が縮まっていき、誠は直ぐに目的の二人を見つけた。


「あ、せんぱーい!」


 人ごみの中でも一際大きい花が、誠に気づき手を振った。

 誠もまた手を振り返し、彼女の前に到着する。


「お、おはよう……ごめん、ちょっと遅れた」


「大丈夫ですよ、私も玖珂先輩も今着いたところですから」


「おう、おはよう誠。 相変わらず朝から元気だな」


 花は大丈夫と笑い、晶は眠そうな表情を浮かべながら気だるげに右手を上げた。


「ははは、晶は相変わらず眠そうだね」


 誠は眠たそうな晶を見て笑い、三人は駅から学校へ向かって歩き出した。

 

「そりゃ眠たくもなるぜ、次の標的のネタもねーってんじゃよ」


「そうだね、あの事件以来もう三週間以上経つけど特にこれと言って新しい話は無いからね」


「それだけ世の中が平和ってことじゃ……駄目ですか?」


「単純に俺達が世間の情報を集めきれてないだけだと思うな……前の時も結局犯人は異界で活動していたわけだし」


「やっぱりそうですよね……私も色々調べてはいるんですけど、ちょっと契約の支払いが大変で……」


 そう言って項垂れる花に、誠が首を傾げた。


「そういえば、花ちゃんの契約の代償って聞いてなかったな」


「あ、お前マジか? リーダーとしてそれはねーわー」


「ごめん……今度から気を付ける」


「あはは、良いんですよ、伝えてなかった私も悪いですし」


 歩きながら頭を下げる誠に、両手を振って花は否定する。


「それで私のシュウちゃんとの契約の内容なんですけど……毎月新しい武器を手に入れるなんですよね」


「毎月新しい武器……? それはなんていうか、大変そうだね」


「そうなんです、先月は玖珂先輩に新宿にある怪しいお店を紹介してもらったんですけど其処の商品が結構高くて……」


「そんで今はバイトを探してるんだとよ、誠は何か割の良いバイトしらねーか?」


「うーん……」


 晶の質問に、誠は両腕を組みながら唸った。

 突然そんなことを言われても、親からの仕送りで生きている彼には全く思い当たる場所が無かったのだ。


「……全然思いつかない」


「だろうな、期待はしてなかった」


「ま、まぁなんとかなりますよ! うん、元気出していきましょう!」


「新しい標的探しにバイト探しか……やる事山盛りだな」


「放課後にキッシーに聞いてみようぜ、色々知ってそうだしな」


 晶の言葉に、花と誠は首を縦に振った。

 その後は他愛のない話を続けながら、学校へ到着し別れるのだった。

 そして放課後……三人は新聞部の部室に集合した。


「えーっと、新しい事件ですか?」


「うん、次の新聞に載せるネタは何かできたのかなと思って」


「そうですねぇ……前回の色山事件みたいな特大なのは全く……というかそもそも峰先生には暫く大人しくしてろって言われてまして」


「あ、なんでだよ?」


 新聞部の部室で、誠、晶、花はそれぞれの席に座りながら部長である岸田に質問を投げかけた。

 彼女は自らが所有する新聞のネタ帳を開いて確認し、困った顔をしながら唸り首を横に振る。

 その最中に出てきた峰という名前に、晶が疑問の声を上げる。


「この間山城さんがオーディション受けた後で、二人とも連絡が取れなくなった後にわたし先生に連絡したのは皆知ってるよね?」


「うん、あの時はごめん……花ちゃんを探すのに夢中で連絡返せなくて」


「そ、それは良いんだけど、結果として学校でも少し問題になっちゃったみたいで……」


「それで顧問の峰が釘刺してきたってわけか」


 晶の言葉に、岸田が頷く。


「だから暫くは普通の新聞かな……って思ってるんです」


「別に無視してもいんじゃね? バレやしねえだろ」


「玖珂先輩それはちょっと不味いです……バレたら新聞部が無くなっちゃいます! そしたら岸田先輩が泣きます!」


「いや別に泣いたりは……」


 花の制止に、そんな事は無いだろうと晶は岸田へ目線を向ける。

 すると岸田は新聞部が無くなることを想像したのか、目を潤ませていた。


「しそうだな……じゃあ暫くは大人しくするしかねえな」


「だったら岸田部長、何か良いアルバイトは知りませんか?」


「えーっと……アルバイト、ですか?」


「はい、出来れば短い時間で沢山お金が稼げるとありがたいです!」


「と言われましても……あっ、そうだ、ちょっと待ってくださいね」


 再び困った顔を浮かべる岸田は、今度は何かを閃いたように携帯電話を鞄から取り出すと開いた。

 何度かの操作をし、彼女は携帯の画面を三人に見せた。


「これはどうですか?」


 三人は机の中央に置かれた携帯を覗き込む。

 そこには【急募:害虫駆除 日当3万円】と書かれた記事があった。

 記事の下には掲示板形式で幾人かがこのアルバイトについて書き込んでいる。


「日当三万!? マジか、やるしかねえなオイ!」


「わぁっ、凄いです! 私、これやります!」


「何か……怪しくないこれ?」


 日当を見て盛り上がる二人に対して、誠は顔を顰めた。

 誠は携帯を操作し、そのアルバイトについて書かれている部分を見る。


「何々……?」


 内容としては至ってシンプルで、6月13日の土曜日、畑に発生する害虫を朝六時から午後五時までの間取り続けるという内容だった。

 発生している害虫も毒があるタイプではないらしく、身の危険は殆ど無いらしかったが……誠は最後の注意文が少し引っかかった。


「虫の見た目がかなり気持ち悪いので、虫が平気な方に限ります……? 二人とも、虫大丈夫なの?」


「あっ? 大丈夫だろ別に……ゴキブリが山ほど出てくる訳でもねえだろ」


「私も虫さん嫌いじゃありません、大丈夫です!」


「う~ん……少し不安だな……心配だし俺も二人に付いていくかな」


「んな事言って、本当はお前も金欲しいだけだろ? ん?」


 いやらしい顔をしながら、晶は誠へ突っ込みを入れる。


「まぁ確かに欲しいものはあるけど……」


「へへへ、素直じゃねえなお前も。 まぁお前が来るってんなら安心だな」


 誠が参加すると聞き、晶はニヤリと笑う。


「んじゃこれアタシ等三人参加するぜ、キッシーはどうする?」


「わ、わたしは虫嫌いなので……」


「そっか、なら応募の連絡は誠、頼んだ!」


「分かった、連絡してみる」


「よーし!アルバイト、三人で頑張りましょう!」


 そう言って盛り上がる花と晶を横目に、誠は農家へ連絡をし無事アルバイトに採用される。

 そして後日……三人は現地でとんでもないものを目にするのだった。



来週も恐らく水曜日に更新になります、よろしくお願いします

【下記、作者からのお願いです】

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