渋谷
2026年 5月4日 月曜日 16:12
「あはは、それでさ~」
「やだ~、超ウケるんだけどそれ~」
「現在キャンペーン中でーす、是非お立ち寄りくださーい」
東京都、渋谷区。
若者の街と呼ばれるこの場所では、今日も多くの若者たちで溢れていた。
「おぉ、ここが渋谷か……初めて来た」
「見てみろマコト、あそこに犬の銅像があるぞ」
「あれが噂に聞く忠犬ハチ公像か……うちのアモンも銅像が立つくらいに立派だったらなぁ」
「ククク、きちんと契約に従って忠義を尽くしていると思うが?」
「それは立派って言うのか……? なんか違う気がする」
渋谷駅から駅前に降り立った誠は、肩掛け鞄の中に入ったアモンと一緒にハチ公像を眺めていた。
今日、誠が渋谷へ降り立った理由は他でもない新たな事件の調査の為だった。
アイドル候補生連続失踪事件、その事件の疑惑の地として挙がったのがこの渋谷であった。
「それで、待ち人はまだ来ていないのか?」
「うん、まだ……あぁいや、今来たみたいだ」
アモンは鞄の中から頭を出し、誠を見上げながら尋ねた。
その質問に誠は周囲を見渡し、彼女を発見した。
人ごみの中でも一際目立つその大きな体を揺らしながら、山城花が現れた。
「閼伽井せんぱ~い!」
ドスンドスンという音がしそうな位、力強く地面を踏みしめながら花は走ってきた。
彼女の豊満なバストもそれに合わせて揺れる。
「ほう……中々……」
「ここに晶が居なくて本当に良かった……」
アモンと誠はお互いに揺れる花を見ながら、頷きあった。
この場所に晶が居れば、横合いから殴られているであろうことは間違いなかった。
「お待たせしてすみません先輩、お、遅れちゃいました!」
「いや大丈夫、俺も今来たところだから」
息を切らしながら、花はその巨体を折り曲げて謝罪した。
だが誠は首と手を横に振り、彼女に自らも今来たばかりだと告げる。
「そうなんですか? よかったぁ~、ちょっと先生に呼び出されてて……」
「呼び出し?」
「はい、ほら、私アイドル候補生ですけど一応芸能関係のお手伝いとかをしてるんですけどそれ関係で結構学校を休んでいてですね」
「なるほど、出席日数が足りなくなりそうだったのか」
「あはは、お婆ちゃんには学生の方を優先しなさいってよく言われてるんですけどつい仕事に熱中しちゃって」
お婆ちゃん、と言う単語に誠は首を傾げた。
「お婆ちゃん? 山城さんはお婆ちゃんと一緒に暮らしているの?」
「はい、私お婆ちゃんと二人暮らしなんです! お婆ちゃんも事務所で一緒に仕事してるんですよ」
「へぇ……じゃあ山城さんのご両親とは離れて暮らしてるんだ」
「あっ、その……はい」
両親の話題に触れると、花の表情が少し暗くなった。
それを見て、誠はそれが触れてはいけない話題であろうことを察すると頭を下げた。
「ご、ごめん……いきなり変な話しちゃって」
「いえ、そんな! 私、気にしてませんから!」
頭を下げた誠に、花もまた同じく頭を下げる。
「ふっ、ふふ……」
「ははは」
それを見て二人は頭を下げたまま笑い始める。
そして、誠は頭を上げて花へ右手を差し出した。
「改めてよろしく、山城さん」
「はい、よろしくお願いします閼伽井先輩! それと私の事は呼び捨てで大丈夫ですよ、私の方が後輩ですから」
「う~ん、そう? それじゃあ……花ちゃんって呼ぶよ」
「ククク、流石にアイドルの卵、礼儀正しさはお前より上のようだなマコト」
「うるさいよアモン」
鞄の中でクククと意地悪く笑うアモンに、誠は花と握手を交わしながら言葉を返した。
「アモン?」
「あぁ、ごめん、鞄の中に居る俺のペットが」
「ペット……」
「あっ、その子ってもしかしてこの間部室に居た丸い鳥さんですか!?」
ペットと言う言葉に鞄の中から顔を出したアモンを見て、花は目を丸くする。
「……触る?」
「いいんですか!?」
「ふむ、信者との触れ合いも偶にはしておくとするか」
目を輝かせる花に、誠は鞄からアモンを取り出すと彼女に手渡した。
「わ……わー! 小さくて可愛いですね!」
「この女の視点から見ればどれもこれもが小さく見える気はするがな」
誠に手渡された真っ赤なフクロウであるアモンを恐る恐る受け取ると、花は感動した眼差しでアモンを見つめた。
「可愛いですね、アモンちゃん! それになんだか、どことなく気品みたいなものも感じます!」
「気品……? 意地の悪さとかあくどさとかなら感じるけど……」
「ククク、まだまだ物を見る目が養えていないなマコト」
花に抱きしめられながら、誠を蔑んだような眼差しで見るアモン。
それを見て、誠は改めてこいつに気品は感じないなと思うのであった。
「さて、それじゃそろそろ調査を始めようか」
「はい、そうですね! アモンちゃん、お返しします!」
再び手渡されたアモンを、誠は鞄の中に入れると今日の調査範囲を記した地図アプリを起動する。
「さて、とりあえず今日は渋谷の南を俺と花……ちゃんで」
「そして北を岸田部長と玖珂先輩とでの分担調査ですね」
「うん、前に部長が写真を撮った現場の調査は二人に任せて俺達は今日は聞き込みをしていこう」
「よーし、頑張ります!」
花は敬礼のポーズを取り、笑う。
それを見て誠も笑顔になるのだった。
そうして二人は調査に乗り出すのだが……数時間後。
「全く相手にされませんでしたね……」
「いや、うん、ちょっと心折れそう」
「ククク、面白いあしらわれ方だったぞマコト。 三秒も相手にされんとは、人を惹きつける魅力が足りんな」
「うぐっ、や、やっぱり顔か……?」
「お前は素材は悪くないが活かし方が良くないな、そこの女に魅力の付け方でも教えてもらったらどうだ」
「そうするよ……」
時刻は既に夜の7時を回っていた。
およそ3時間の間、誠達は道行く人達に失踪したアイドルの顔写真を見せながら聞き込みをしてまわったがほぼ全ての人間に相手にされなかった。
結果、ただ無為に時間だけが過ぎ誠は落胆の表情を見せる。
「しかし困ったな、捜査に進展が無いとなると今後の方針が立てづらくなった」
「そうですねぇ……あっ、でももしかしたら部長たちは何か進展あったかもしれませんよ!」
「だと良いんだけど、っと……噂をしたら晶からだ」
誠の携帯電話が着信音を鳴らした。
画面には玖珂晶の名が表示されており、誠はそのまま電話を取る。
「おう、アタシだ」
「お疲れ様晶、そっちはどうだった?」
「ダメだ、収穫は特にねぇ。 警察にも追われるし散々だぜ」
「警察? 晶、また喧嘩を……」
「ちげぇよ! 捜査してたらいきなり呼び止められたんだよ、そういう危ないことは我々に任せなさいとかぬかしやがって……テメェらが役に立たないからアタシらがやってるってのによ」
警察、という単語が出て誠の表情が変わった。
「オイ、誠、聞いてんのか?」
「あ、うん、大丈夫聞いてる」
「それでそっちはどうなんだよ、何か収穫あったのか?」
「いや、こっちも駄目だった。 引退したアイドルならまだしも候補生じゃコアなファンでも無いと顔も知らないだろうしね」
「ちっ……こりゃ今回の事件は手間取りそうだな」
誠は電話越しに晶の言葉に頷いた。
「あぁ、とりあえず今日はここまでにしてまた明日捜査をしよう」
「あいよ、キッシーにはアタシから伝えておく。 んじゃまた明日な!」
別れの言葉と共に、電話は切れた。
誠もまた携帯電話をポケットにしまうと、花が誠に話しかけてくる。
「部長たちも駄目でした……?」
「うん、あまり芳しくなかったみたいだ。 とりあえずまた明日集まって捜査しようと思うけど花ちゃんは明日の予定は?」
「大丈夫です! よーし、また明日頑張りましょうね閼伽井先輩!」
両方の拳を握り、グッとポーズを取ると花は笑顔を見せた。
その笑顔を見ていると、暗い気持ちになっていた心も温かくなるのを誠は感じていた。
「それじゃあ駅まで一緒に帰ろうか」
「はい! 駅までエスコートお願いしますね、先輩!」
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2026年 5月9日 土曜日 08:42
タン、タン、タンと規則的な動きが室内に静かに響いた。
小刻みに心地よい音を立てながら、全面ガラス張りの室内で花が踊っていた。
部屋の入口には年老いた女性トレーナーが立ちながら、花の踊りを見つめている。
「はっ……はっ……!」
「山城、ツーテンポ遅いぞ! 足の角度も5度違う!」
「す、すみません! きゃっ!」
それまで自然に踊っていた花だったが、トレーナーの指摘で一気に調子が崩れ足を縺れさせ転んでしまう。
「いたたた……あっ、すみません! す、すぐ始めからやり直します!」
横這いになって倒れた花は強く打った左肩を右手で抑えるが、直ぐに立ち上がるとトレーナーに対して頭を下げた。
だが彼女を見て、トレーナーは首を横に振る。
「全然だめね山城、気持ちが入ってないわよ」
「…………すみません」
「例の事件の事が気になってるの?」
トレーナーの問い掛けに、花はゆっくりと首を縦に振った。
花は親に叱られるのを分かっているかのような怯えた表情を、トレーナーに見せる。
その表情を見て、トレーナーはため息を吐いた。
「山城……確かにあなたの同期だった子が行方不明になって心配なのは分かるわ、けれどそれを引きずりすぎるのは駄目よ」
「うっ、はい……」
「山城、あなたが目指すアイドルは何?」
花よりも二回りも小さいトレーナーは、彼女以上の大きさを感じさせる威圧感を放ちながらゆっくりと近づいていく。
トレーナーの眉間には、少し皺が寄っていた。
「それは……皆が辛い時に笑顔を届けられるアイドルに……」
「なら笑いなさい山城、そういうアイドルを目指すのなら辛い時こそ笑うのよ」
「辛い時こそ、笑う……」
「アイドルは誰よりも笑顔でなきゃだめよ、あなたの笑顔が誰かを笑顔にするの……わかった?」
「は、はい!! 私、もっと頑張ります!」
花の言葉を聞いて、彼女の目の前まで来ていたトレーナーは本日初の笑顔を見せると花の腹を平手で軽く叩いた。
「さ、少し早いけど今日はもう終わりにしましょう」
「はい、ありがとうございましたお婆ちゃん!」
「トレーニング中はトレーナーと候補生! ……ふふ、全くしょうがない子ね花は」
「えへへ……ごめんなさい」
花のお婆ちゃんと言う言葉に、トレーナーは先ほどまでの厳めしかった表情を緩めた。
「さ、シャワーを浴びて着替えてきなさい。 今日はお友達と出かけるんでしょう?」
「うん!」
名前の通り、花の様な笑顔を浮かべると彼女は部屋から退出し更衣室へ駈け込んでいく。
それを見届けると、トレーナーは再び溜息を吐いた。
「はぁ……困ったわね、未だに見つからないアイドル候補生の失踪もそうだけど──」
ポケットから封筒を取り出し、その表紙を見つめた。
表紙には【次期アイドル選出オーディション当選のご連絡】と書かれている。
「おっじゃま~」
トレーナーが部屋の真ん中で封筒を忌々しげに見ていると、部屋の入口から一人の女が現れた。
女は派手な化粧と服装をした18歳位の少女で、練習場の隅々を興味深そうに眺めながらゆっくりとトレーナーに近づいていく。
「あっははは! 相変わらずぼろっちい練習場ね、ここ!」
「……色山社長、なぜここに?」
「ん~? だって山城ちゃんさぁ、あたしの連絡無視してたっしょ? よくないんだぁ~、社長の命令無視すっとか有り得なくない?」
「申し訳ありません、業務が忙しくお返事をする時間が……」
「あはっ、今度は言い訳? 先代の社長とあんたの息子夫婦が色々やらかしたけど可哀そうだと思って雇い続けてあげてるのにそういう態度とっちゃうんだ~」
少女は楽しそうに笑うと、花の祖母の前に立った。
「申し訳ありません、しかし花はまだオーディションに出れるようなレベルでは……!」
「山城さぁ……あたしは別にいんだよぉ? あんたら二人が事務所出てってどっかで仕事するってのでもさ、どう? 出てく?」
「それは──」
色山の言葉に、トレーナーは首を横に振る。
「あはは、そうだよねぇ! 今更他の芸能関係の仕事に就こうとしたって、あたしのプロダクションから追い出された奴を雇う場所なんてないもんねぇ!」
「んじゃとりま、オーディションに花ちゃん参加しくよろって感じで」
「わかり、ました……」
苦悶の表情を浮かべながら深く頭を下げるトレーナーに、色山はニヤリと笑いながらその表情を見せずに彼女の肩へ手を置いた。
「もし逃げたら……分かってるわよね?」
ドスの利いた声で、トレーナーを脅すと色山は練習場を出て行った。
「私は、どうしたら……」
頭を下げたまま、しゃがみ込む祖母の姿を花は入り口の扉からじっと見つめていた。
そして後日、花の申し出によって彼女は失踪者達が最後に参加したオーディションに参加する事になるのだった。
すまない、普通に書くのが遅くなってしまった…許して…欲しい……!!
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