小悪魔な彼と魔王討伐を
俺のご先祖様はこの国の建国にも関わったような有名な勇者だった。そんなわけで、今、この時、魔王が復活したこの世界で、我が家は脚光を浴びることになった。っていっても、この国アホほどデカくて、歴史も古いから勇者の末裔はごまんといるので、そのうちの一つとしてだけど。
そしてそんなごまんといる勇者達の末裔の1人として、王様からの勅命を受け、俺、ユート・ルイシアスは、魔王討伐の旅に出ることとなる。
「はぁ」
はっきり言って乗り気ではない。俺はそもそも勇者の末裔ってだけで、別にそんなに強くもなければ正義感に満ち溢れているとも言いがたい。一応、理不尽に殺されそうな人がいて俺が助けられるレベルなら助けたいとは思うけど。そんな俺が何故、魔王討伐の旅に出たかといえば、そうしないと家族もろともこの国から追い出されてしまうからだ。
「ユート、ため息をついているね。もしかして疲れたかい?」
優しげな声にチラリと視線を横に向ける。白銀のサラサラの髪に小さな顔。甘いルックスに八頭身の長身に着痩せする鍛えられた体。
俺と共に魔王討伐のために王様に集められた高名なる勇者の末裔。200年前に魔王を殺したと言われる勇者を先祖にもつ、ルイス・ダンテストだ。
「おまえは、俺が疲れたって言ったらどうするわけ?」
自らの容姿との明らかな格差を感じた俺は少し意地の悪い返事を返す。
「休むか、君が望むなら抱えて行ってもいいけど」
「はぁ。お前に抱えられるとかどんな拷問だよ」
「じゃあ、休憩に」
「別に疲れてない。まだ歩き始めて1時間も経ってないのに疲れたとか言うわけないだろ。舐めてるのか?」
この男、容姿に違わぬ優男で、さらにはとんでもなく強い。俺はといえば、愛想はいいけど別に優しくもないし基本わがまま、戦闘力的にもまぁまぁ強いかなくらい。
現在、俺たちのパーティーには他にまだメンバーがいない。つまり、もしこのルイス並に優秀なメンバーが多数入ってきたら、俺は完全にお荷物になるわけだ。追放、とやらをされる日も近いかもしれない。
「早くそうしてくれ」
「え?」
「なんでもない」
追放、なんて素敵な言葉だろうか。パーティーから追放されたんじゃそりゃもう魔王討伐になんて行けない。家に帰る大義名分ができる。
にしても、このルイスはなんで俺とパーティーを組みたがったんだ?
そもそも、魔王討伐の旅に出る前に王城に集められた俺たち勇者の末裔は、その場で自らのパーティーを作れと言われた。パーティーの人数は無制限。だから、そこにいる全員でパーティーを組んでも良かったんだけど、まぁそれぞれ仲の良し悪しもあるし、もともと別のメンバーと既に冒険者パーティーを組んでいたものはそのメンバーとの兼ね合いもあるし。魔王討伐を果たしたパーティーには褒美が与えられるわけだが、それがパーティー人数によって頭分けされるとあっては、パーティーメンバーは慎重に選ぶ必要があるわけで。そもそもその場ではパーティーを組まないものも多かった。勇者の末裔が集まるだけあって、前衛職ばかりだったってのも多そうだが。更に言えば、王城の別会場では、聖女の末裔やら賢者の末裔なども魔王討伐のため集められていたりしたわけなので、そいつらと組みたいという奴ももちろん多かった。
深い森の中を2人で歩きながら俺は口を開く。2人きりで無言だろうと別に気まずくなるような繊細な性格はしていないので、今までほとんど俺から声をかけたことはなかったから、ルイスは少し驚いて嬉しそうにしていた。旅のし始めは、ルイスが話しかけてくるのをほとんど無視していたせいもあるだろう。
「なぁ、お前なんで俺とパーティー組みたがったんだ?」
「ユート、2年前くらいに、御前試合に出てただろう?その時初戦でユートが負かした相手、俺は絶対に勝てない相手だった」
「はぁ?2年前の御前試合で俺が勝ったのって、あぁ、あの細い女剣士だろ」
「うん。細い12歳くらいの女の子。御前試合って、相手を殺すか、参ったって言わせないと勝てないだろ。だから、もし相手があの子なら俺はそもそも不戦敗を選んだと思う」
「なんだよそれ。女は傷つけられねえってことかよ?」
「今はそうじゃないよ。でも、あの時は女の子を傷つけるなんてって思ってた。どこか怪我をさせたり、ましてや殺したりしてしまったらと思うと怖くて、手加減して手加減して相手をすることになっただろう。そしてそれは相手に失礼だと信じて疑わなかった。でも、君は違った。手加減なしで、完膚なきまでに打ち負かしてた。真剣勝負だった。そして、君は二回戦の大男相手にはめちゃくちゃ手を抜いて余裕で買ってた。おれはそれを見て、自分のことが恥ずかしくなったよ。君は相手の力量を見定めて手を抜くのか全力を出すのか決めていたのに。俺はといえば女の子だからという理由だけで不戦敗を決めてた。もしかしたら、女の子に負けるかもしれないなんて思いもしてなくて、手加減するのを申し訳ないとさえ思ってた」
「そりゃ、お前がズバ抜けて強いからだろ」
「そうかな。ありがとう。君に褒められるととても嬉しい。でも、そうじゃないんだ。俺は君が戦った2人に勝てたかもしれないけど、戦わないという選択肢を選んだ時点でただの負け犬の遠吠えなんだよ」
負け犬ねぇ。あの御前試合で優勝しといて何言ってんだコイツ。俺は3回戦敗退だ。
「おい」
ガサリと明らかに俺たちの足音ではない音が響いた。周囲を見渡し俺は剣を引き抜く。ルイスは俺と自分の周りに障壁魔法を展開し、剣を抜く。
「二時の方角に巨大なモンスター」
「わかってる」
濃密な獣臭を放つ猪面の巨人が現れる。俺たちはその姿を確認するよりも早く、オークに剣劇を見舞わせる。左右からの攻撃にオークは一瞬にして首を落とされ絶命した。剣についた血を払って俺はオークの体から出てきた宝玉を小さなマジックボックスに入れた。見た目は掌大の布袋だが中身の容量は棺桶1個分くらいはある。オークの頭と体はルイスが手早く解体し自らの大容量のマジックボックスにしまう。
「お待たせ。行こっか」
ルイスが解体している間何もしていなかった俺を咎めることもせず、ルイスは優しげな笑みを浮かべた。
「つまり、お前俺のこと尊敬してるの?」
「え?そうだよ。俺結構何回もこの話してたんだけど、聞いてくれてなかったんだね」
「ふぅん。じゃあ、俺が苦労せずに済むよういろいろ立ち回ってくれてる理由もそれ?」
「そ、れは、うん、そうだけど、それだけじゃないかな」
「なに?」
「ユートに、少しでも俺のこと好きになって欲しいから」
「はぁっ!?」
「へ、変な意味じゃないよ!けど、ユートのこと尊敬してるから、仲良くなれたら良いなってずっと思ってて」
「剣神様もそんなこと思うんだな」
「からかわないでくれ…。俺はそう言われるのはあまり好きじゃない」
「なら、ルイス?」
「へっ…今、名前…!」
「別に俺も鬼じゃないし、お前が俺にとって役に立つなら多少は仲良くしてやるよ」
「ほ、ほんと?ありがとう!俺、頑張るよ!」
「じゃ、まずは、手繋ぐ?」
「は、………え?」
「繋がないの?」
「えっと、何で手を繋ぐという話に飛躍…」
「仲良くしたいんじゃないのかよ?」
「したいけど、俺は仲間として」
「仲間として?だろ?手繋ぐだろ?」
「う、うん…」
節ばってて固くてゴツゴツした手を握り合う。ルイスの手は俺より少しデカかった。森の中を2人で再び歩き出しながら俺は少しだけ上機嫌だった。剣神とまで言われるルイスが俺を尊敬してたとか、男として剣士として優越感に浸らないわけがない。しかも、仲良くなりたくて世話を焼かれていたとわかった今では、なんだかルイスのことが可愛く見えた。
え、え、え???
なんで、ユートこんな急に優しいの?今まで塩対応に次ぐ塩対応で、無視されるのなんて当たり前で、最近は会話すら諦めてたのに、なんでいきなり手を繋いでるの俺達!?
理解が、理解が追いつかない。俺より少しだけ小さな手がかわいいとか、え、俺なに思ってるの?
いつもと変わらないその横顔が少しだけ上機嫌に見える。剣士にしては小柄なユートは俺が抱きしめればその手にすっぽり収まりそうなサイズ感だ。
「お前、体温高いな。俺冷え症だから、冬場は手繋ごうぜ?」
ユートの口元がわずかに上がっている。め、珍しい。笑顔だ。可愛い。上目遣いエロ…って、俺なに考えてんだ?!
「ルイス」
「うん、手、繋ごうね」
不満そうに睨まれたので俺は慌てて肯定を伝えた。いつの間にか、俺の心臓は爆音を奏でているし、全身からは汗が噴き出してくる。
こ、これって、俺…。もしかして、ユートのこと………。
まだまだ彼らの、主にルイスの、前途多難な冒険は始まったばかり。