オタクくんさぁ……女湯覗くの?
時は23の刻、殺戮を司る女神の時間。暗澹たる夕闇と静まる草木。そして何より月に照らされた夜景は間違いなくこのゲームの壮大な世界観を物語っていた。
「……」
静寂の中、時々聞こえる電子音と、やや古風で、機械の小さな処理音。
シドは高台から誰もいない露天風呂を望遠カメラで覗いていた。まるでテレビ撮影でもするかのような機材の数だ。幸運にもこの時間帯、あの露天風呂を利用する女性プレイヤー達がいるという情報を彼はつかんでいた。
(たまらん)
現在、彼の心理は、たった四文字のみで表現できる。そんなことを思案しながら、彼は時が来るのを冷静に待っていた。
しかし、突如として侵入者を告げるブザー音がイヤホンを通じて耳に響いた。
(誰かが近付いて来る……!? こんな時間に、こんな所で!? 明らかに自分を狙った者。敵!)
シドは護身用のスタンガンを構えた。能力の性質上、戦闘は苦手なのだ。
「ウホッ! いい設備……見事だね~!」
「なっ……!」
突如として現れたのは、金髪ツインテール、ヘッドホンを着けたサイバーチックな服装の少女だった。手には凶悪な形のナイフが握られている! 危険!
「喰らえっ……!」
犯罪現場を目撃された! 問答無用、シドの持つスタンガンから電線に繋がれた二本の針が発射され、低威力の電流(感電エンチャント+スリップダメージ+当たり判定ひとつひとつに更に感電付与という超害悪武器)が彼女を襲った!
「あばばばばばばば」
(勝った! 2話目にして勝利! 主人公を上げて上げる黄金展開! 僕の株も上がりまくりだな!)
どうだ動けまい! この即死コンボで(しばらく)立ち上がった敵はいないのだ! 故に強靭! 無敵! 最強!
しかし。
「効かない! お返し!」
「うぎゃああああああああああ!!!!?????」
(こいつ! ゴム人間か!?)
薄れゆく意識の中、ゲームオーバーだというのに、シドは明日のレベリングどこにしようかな~というフザケたことしか考えられなかった。明日なんて来ないのに。
「電気使いにスタンガンなんて、相性サイアクだね♪ 笑えるぅ♪」
(そっちかー。覇気も無いから勝てませんわ)
シドはあっけなく負けた。恨めしそうに少女を睨むが、何もできない。
「ああくそ……立てねえ……」
「おにーさん、こんな時間に何してたの?」
恐らくこのメスガキはわざと訊いている。知ってるんだ。あのルールを。
「……」
「ここでゲームオーバーになりたくないよね?」
問答は既に尋問に変わっていた。
「盗撮、だ」
あくまで理性的に答える。この時間、犯罪は容認される。プレイヤーキルさえもノーリスクだ。この世界での【死】は死の体感を意味する。それだけは避けねばならない。シドは開き直って、相手の機嫌を損ねまいと必死に脳を働かせた。シドは正直に答えるのがベストだと思った。
「あはは、正直者だぁ」
「いいだろ。この時間帯なんだから」
「殺戮の女神の時間だもの。確かにそうだね~♪」
利用規約の言葉を引用している。やはり知っているのだろう。そして少女は、少し考えた後、意外な言葉を発した。
「アタシちゃんも一緒に覗いていい?」
「ファッ!? ウーン……別に構わないが」
(なんつーワガママなガキだ)
「アタシちゃんの名前はフーリエっていうんだ~。ほら、立って♪」
(きゃぴっとした音が聞こえそう。頭も悪そう。こんなガキに負けたのか)
「我が名はシドd(イケボのつもりだが裏返った声、しかも言い切る前)「おにーさんでいいよね?」ああ(迫真)」
(名乗り向上キャンセルね。慣れてるけど辛いッピ!)
「よろしくね! おにーさん♪」
何はともあれ命は助かったが、奇妙な出来事だ。こんな不審者に対して、好意的に接してくれるなんて。フーリエは近くに寄ってきたのだが、シドはそれに逆らうことができなかった。