【返信不要】最強の剣をあと一歩のところで魔王に横取りされた件
マリンとクリスの間にひと悶着があった後、2人の関係はきわめて穏やかに推移した。
正確にいうと、小さな衝突は毎日のように起こった。だがいずれも、マリンらはそれ自体を楽しんでいるように、リタには見えた。
旅路も順調で、ルーンを使わなければ突破できないほど困難な相手には、一度も出会わなかった。
スルタロギのあるとされる洞窟にリタたちがたどり着いたのは、剣の話を聞いた日から数えて7日目。リタが旅立ってからだと、14日目のことだ。
老人が言うには、岬の灯台の真下に舟でしか入れない洞窟がある、とのことだ。
そこでクリスが何をしたかというと、前に野盗を生き埋めにした〈オセル〉のルーンを使って洞窟の入り口付近に土を盛り、中に残った海水を〈ケン〉で干上がらせたのだ。
「舟を作るよりも早い」と本人は主張するが、だからといってここまで大規模な干拓事業に手を出すのはどうかと、リタは思った。
さしたる苦労もなく迷宮を攻略し、3人は最深部に辿り着いた。
そこは明らかに人口的な、大広間のようなスペースだ。
広さは前世でいえば、陸上競技のトラック程度。天井の高さは建物の3階くらいだ。
入り口の反対側、つまりいちばん奥が祭壇のようになり、階段が取り付けられている。
「誰が築いたんだろう、こんなところ」
リタが辺りを見回した。
「それはこの洞窟に限ったことじゃない。私には異世界全体が、人為的にこしらえたもののように思える。何もかも都合がよすぎるのよ」
クリスが祭壇に向かって歩き始めた。
高みの中央に、ひとふりの剣が突き立てられている。
反りのない真っ直ぐな作りで、通常のロングソードよりも心持ち長い。
刀身から朱色の光が放たれ、広間を常に照らしている。リタらが洞窟の中で、たいまつも〈シゲル〉のルーンも必要としなかったのはこのためだ。
「んじゃ、早いとこ回収しますか」
マリンとリタが後に続く。
3人がホールの中央に達した、その時だ。
「待て!!」
背後から、野太い男の声が聞こえた。
リタらは反射的に振り返る。
そこに立っていたのは、2メートルを超える大男だ。年は二十代の後半と見える。
ほお骨が皮ふを突き破り、斜め上に伸びている。形や大きさはクロサイの角ほど。
また、眼球の上半分を瞬膜らしきものが覆う。
それが勇者のような旅装に身を包み、マントを羽織っていた。
右手には、身長よりも若干長い棒を握る。太さは大人の男の首ほどもある。
金属的な輝きがあるが、さびたり欠けたりしている部分はない。恐らく鋼鉄製だろう。
「お前は……、魔王?」
クリスがさもうんざりしたような表情を浮かべた。
「そういう貴様はアースガルズの女神スクルドではないか。お前も異世界に来ていたとはな」
クリスがシュピルバウムケーニヒと呼んだ巨漢ががなる。
食肉類の吠え声に匹敵する声量だ。
これが広間中に響きわたる。
リタは思わず両手で耳を塞いだ。
「堯帝を主君と仰いで、ずっと身辺に仕え続けるんじゃなかったの?」
「スルタロギさえ手に入れれば、あんな老いぼれにこびへつらう必要などないわ!」
「あのおじいさん、よりによってこの男にスルタロギのことを教えるなんて」
「クリス。あの男と知り合いなのか?」
リタが尋ねる。
「知り合いというか、敵よ」
「しかし、究極の大剣とやらを探し求めたはずが、思わぬおまけまで手に入るとはな」
魔王がさらに続ける。
「おまけ……?」
クリスが珍しく、剣と盾を掲げて早くも戦いに備えた。
「貴様ともう1人の女のことよ。貴様らを捕らえてオレサマの侍女にしてくれよう」
「そう言うと思った。……何百年経っても変われないのね」
「かつてとはいえ、人から神と崇められた血族に列する女を慰み者にすることによってこそ、オレサマの値打ちも高まるというものよ」
「下劣ね。お前なんかに酒をつぐくらいなら、死んだほうがマシだわ」
クリスがそう言ったとたん、魔王の顔色が豹変した。
まるで本当に燃えているかのように、頭部が赤く染まった。
「おおお、なんという侮辱! そのような正しくない言葉を発するのは、死に値する罪と言わねばならぬ。さあ、今すぐ地べたに這いつくばって、赦しを求めるのだ。さもなくば、仲間もろとも死罪にしてくれよう」
「お前に罰せられるいわれはない。私が従うのはアースガルズの法。私を裁くことができるのはフォルセティだけ」。
「そもそも、あの言葉が罪に該当するって定めたの今だろ? クリスが言ったのよりも後じゃないか!」
リタはクリスの援護射撃を試みたつもりだ。
しかし当の本人がそれを制止する。
「黙って。あいつの中には、あいつの中だけの正しさの尺度がある。説得は無意味よ」
「まあよい。あくまで抵抗するのならば、組み伏せてやればよいだけのこと」
魔王は片手で棒を軽々と振り回した。
「さすがにあいつは、みんなの手には余るわね。ここは私が骨を折らなきゃいけないようだわ」
クリスが進み出る。
「クリス、あたしも!」
加勢を申し出るマリンを、クリスは手で拒んだ。
「来ないで。私1人でなら、確実に勝てる。でも、もしあなたたちが奴に捕らえられたら、その時は終わりよ」
「マリン。クリスの言う通りにしよう」
リタがマリンの槍をつかむ。
「分かってる。……何よあの子。責任感じちゃって」
クリスと魔王が向かい合う。
ここでリタは、クリスの色白の顔に赤い光線が当てられているのに気づいた。
彼女の目よりもひと回り大きいくらいの、真四角の光だ。ちょうど、前世のシューティングゲームで火器を撃つ方向を示す記号のように、ゆらゆらと動き回っている。
「何だ、あれ?」
「気づいたか、小僧。オレサマのチートはターゲティング。正しい攻撃対象を識別する力だ」
魔王が語る間に、光線はマリンの顔をなで回した。
「つまり、誰から先に攻撃すればいちばん効率よく勝利できるかが分かる力、か」
リタにも光が注がれる。
「不快だわ、とっても。それで弱い者や、強くても自分の力を知らない者や、戦いを望まない者から、順に潰してきたのね」
クリスが吐き捨てるように言った。
程なくして、二者の戦いが始まった。
魔王は主として棒を武器に使い、時おり魔法も放った。――後者は総じて、リタやマリンに向けられた。
クリスは己を狙ったのでないものも含め、敵の攻撃をよく防いだ。
周囲の空気が熱を帯びてくるころ、リタはおかしなことに気がついた。
「クリスの動き、なんだか変じゃないか? いつもよりもキレがないっていうか」
そうなのだ。
近接戦闘時におけるクリスの戦術は、敵の攻撃による力が働く方向を予測して、これに対し斜めに構えて受け流す点にある。だからどうしても、損害は最小限で済む反面、本人の動きは大きくなる。
しかし今回、彼女のパターンはそれとは真逆だ。立ち位置をほとんど変えず、振り下ろされた棒を正面から受け止めていた。
「あんた、まだ分かんないの?」マリンが悔しそうに、眉間にしわを寄せる。「あいつ、うかつに攻撃をよけられないのよ。あたしたちに“流れ弾”が届かないように」
「おやおや、アースガルズのいくさ娘よ。息が上がってきたのではないか?」
魔王はなおも棒でクリスに打ちかかる。
「ふん。お前相手にルーンを使いたくなかったけど、それはさすがに考えが甘かったみたい」
クリスがつぶやくや否や、敵の棒の周りに氷が出現し、武器だけその氷柱に閉じこめられた。――〈イス〉というルーンだ。
魔王は氷を砕こうとして蹴りをいれたり、炎の魔法をぶつける。だがびくともしない。
挙げ句氷柱ごと持ち上げることも試みたが、根もとが床と繋がっており、徒労に終わった。
「異世界にアースガルズの魔法を持ちこむなんて正しく――ぐおっ」
異議を申し立てる魔王に、〈ケン〉の炎と〈ソーン〉の雷が、矢継ぎ早に炸裂する。
「お前のいう正しいことは、お前にとって都合のいいことでしかない」
「おのれぇぇぇぇぇ!」
魔王は標的をリタらに変更し、火球を投げつける。
だがそれは、クリスの脇をすり抜けた瞬間、雲散霧消した。
「何だ!? 何が起こった?」
魔王の問いにリタは答えられる。盾のルーン――〈ベオーク〉か〈エオロー〉、あるいはその両方が発動したのだ。
「お前に勝ち目なんかない」
クリスは白熱した大気に、なおも何か書きこもうとする。
「果たしてそれはどうかな? ――ツァイーン!」
「はい、大王様!」
魔王が誰かの名前を呼ばわると、クラウンの出で立ちをした男が彼に駆け寄った。――その手には、紅蓮に輝く剣が握られていた。
「あ――」
クリスはそれを、呆気にとられて見ていた。
「所望のものをこちらに」
ツァイーンなる男は魔王にひざまずき、両手でスルタロギを高々と差し上げる。
「ご苦労だった」
魔王は剣を手に取る。
「さあ約束です。ほうびに大王様のチート能力を分けてください」
「その件についてはもういちど交渉する必要がある」
「そんな! 私は約束通りのことをやったのに、その後になって――」
抗議しようとしたクラウンの胴体を、魔王は灼熱の剣で上下に分断した。
恐らくわけも分からぬまま殺められた哀れな男の体は、瞬く間に燃え上がって焔の中にとろけた。
「…………」
その光景に、リタの目は釘づけになった。見たくはなかったが、目を離すことはできなかった。
「ふん、使い走りにさえなり切れぬ男め」
魔王は新たな武器の刀身をうっとりと見つめる。
「お前……。約束をたがえることが何を意味するか知っているの? アースガルズの神々は、そのことを何よりも悔いているというのに!」
クリスが代わって相手を非難する。
「だまされるということは、愚かだということだ。知恵は、生きるために必要な力だ。つまり、だまされる者に生きる資格はないということだ」
「……お話にならない」
クリスは軽蔑しきった目で魔王をにらんだ。もはや彼のロジックに対抗する気力も起こらないようだ。
「ふん。貴様はそんなことを言っていられる立場なのかな?」
魔王は大剣を大上段に構え、クリスに向かっていく。
「くっ!」
クリスは新たなルーンを精製し始める。
魔王が振り下ろした剣が見えない何かに阻まれた。だがその何かは炎上し、辺りにきな臭い煙が立ちこめた。
スルタロギが一閃するたび、盾のルーンが1枚破られる。
クリスは懸命に次の盾を描くが、魔王が破壊する速度のほうが上だ。
いくら刻印が呪文より速いといっても、剣のひとふりには追いつけない。
「往生際の悪い女め。未来を司る運命の女神ならば、この戦いでどちらが勝つか、もう見えているのだろう?」
魔王が剣を振るう手を止める。
「分かっていても、受け容れられない未来だってある」
一方のクリスは休まない。
さらに10枚ほどのルーンが焼き払われるころには、女神のほおを涙が伝っていた。
「もういい!」マリンが叫ぶ。「もういいわよ、クリス。あんた、自分だけでも逃げることに専念しなさい!」
「嫌よ! そんなの嫌ぁっ!!」
クリスはだだをこねる子供のように、首を横に振った。その拍子に涙が左右に飛び散る。
それから間もなく、最後の盾が消え失せる。
「これで終わりだ!」
スルタロギが横ざまに薙ぎ払われ、クリスの腹部をえぐった。
「あ……」
クリスはナイフと盾を取り落とし、その場に崩れ落ちた。
ツァイーンとは異なり、両断されたり燃え上がったりはしなかった。それでも、致命傷を受けたことは明白だ。
「クリス!」
残された2人が駆け寄る。
あお向けに倒れたクリスを、マリンが抱き起こした。
「なんでなのよ!? なんでそんなになるまであたしたちを守ろうとしたの? あたしなんか、一度はあんたのこと殺そうとしたのに!」
クリスはマリンの顔に手を伸ばし、その目からあふれ出た涙をすくい取った。
「だって……。私だけ生き残っても、1人じゃ寂しい……、じゃ……」
クリスの手がぱたりと落ちる。
「いやああああああああああっ!」
マリンはクリスの体に覆いかぶさり、声を震わせて泣いた。
「クリス! お前まだ、自分の役目に手をつけてさえいないじゃないか! 何もかもこれからだろ!?」
リタはクリスの肩を揺する。
無益だと心の底では分かっていても、やらずにはいられない。彼はまたも、奇跡が起こるのを期待していた。
「オレサマは知っているぞ。愛しい者に先に死なれることほど、人間にとって辛いものはないと。その様を間近で眺める以上の快楽もないということを。もっと悶えるがいい。存分に鑑賞してくれよう」
「悪魔め……!」
リタがこれほどまでに誰かを疎ましく思ったことは、異世界に生まれ変わる前も後も、ただの一度もなかった。
だが悲しいことに、リタにはこの気持ちをぶつけるだけの力がなかった。
「あたしだって……、あたしだってあんたと一緒にいるのが楽しいってこと分かってた! 朝ごはん食べるのが遅いとか、お題は何でもいいから話がしたいだけだった! あんたに槍を向けた時だって、あんたなら全部防げるって思ってやった!! だからクリスお願い! もう一度あの時みたいに何か言ってよ!」
マリンの目から大粒の涙がぼろぼろこぼれ、クリスの円盾にかかった。それは盾にこびりついていた血と混じり、洗い流すかのように地面に滴った。
◇ ◇ ◇
どれほどの間リタが正体を失っていたか、分からない。
彼が我に返ると、いつの間にかマリンの慟哭が止んでいた。
マリンはクリスを抱き上げた姿勢のまま、手の指で彼女の肌に何かをなぞっていた。
「マリン?」
「もう悼むのは済んだのか? もう涙は出尽くしたのか? だったら次はもう1人の女の番だ。――もっともオレサマの侍女になるというのなら話は――!?」
魔王が大きく目を見開く。瞬膜も持ち上がり、眼球の3分の2ほどが露わになった。
いぶかしんだリタはマリンに目をやる。
すると彼女の腕の中で、クリスがうっすらと目を開け、その顔には血の気が戻っていた。
「モリアン、もう止めて。痛い」
クリスの言うモリアンという単語が何を指しているのか、リタには理解しかねた。
「ガマンしなさい。〈ギルカッハ〉の本義は外科手術と同じよ。その力は終局的には治癒に向けられるけど、いったんは体内への侵襲を伴うの」
マリンは指でクリスをなで続ける。
「貴様、何をしたあああああ!?」
魔王が再度スルタロギを構え、リタたちに迫る。
しかし見えない盾が身代わりとなって燃え上がる。
その間にマリンとクリスは立ち上がり、各々の得物を構えた。
「ふふん、さっきの間に〈ベフ〉と〈ファルン〉を重ね掛けしといたかんね。ちったあ時間を稼げるわよ」
「あら、抜け目のない人。でもまだ分からないわ。どのみち破滅の剣が奴の手にあることに変わりはない」
「まずは守りを堅くすることに徹しましょう。反撃はその後でいい」
「うん。モリアンのこと信じてる」
2人の話しかたはまるで、旧来の親友が交わすようなものだ。
「何をごちゃごちゃ抜かしてる!」
魔王が〈ベオーク〉を1枚、焼き払う。
だがその間に、マリンが新たな〈ファルン〉を出現させる。
「1つで足りなければ2つ」
「2つでもダメなら3つ」
「何度こわされても諦めない」
「あたしたちの大切なもの、けして奪わせやしない!」
今度は防御壁の築かれるペースが上回り、魔王が武器を振るえば振るうほど、厚みを増していった。
「くそっ、もうこれまでか! ――よかろう。臆病者共よ、貴様らはいつまででもその中に隠れているがいい」
魔王はスルタロギを握りしめたまま、くるりと広間の入り口に体を向けた。
「逃がさないわよ。どこまででも追い詰めてあげる」
マリンの放った〈ダル〉の雷が、魔王の背中を直撃する。
これにクリスの〈ソーン〉も加わる。
「ぐおあぁぁぁぁぁぁ!」
「クリス、〈アンスール〉を頼むわ。あいつのどてっ腹、ブチ抜いてやんなさい」
「マリンあなた……、〈アンスール〉の本義が風神の槍だってこと、見抜いてたの?」
「さっき理解したに決まってんでしょ?」
クリスのナイフが、矢印のような軌跡を描く。
宙に浮かぶ文字を中心に大気が集まり、鋭利な穂先となって魔王に殺到した。
「ごぶっ!」
見えない槍に刺し貫かれ、魔王が口から真っ黒な液体を吐く。そしてあお向けに倒れる。
真紅の剣が音を立てて転がった。
「あら? 〈アンスール〉の刺し傷って、あんなに大きかったかしら」
「ううん、あたしの〈ウアバン〉をバインドしておいたせいよ。〈ウアバン〉の本義はトゲ。〈アンスール〉と時間差で発動させたから、あいつの体ん中ズタズタなんじゃないかしら」
「よくそんな使いかたを思いついたわね」
「大失恋と引き換えにね。昔こういう武器を使う人間がいたのよ」
「その話、後で詳しく聴かせてもらうわ」
あたかもガールズトークのような感覚でこんな生々しい話をする2人を、リタそら恐ろしく思った。
「さて、と」
マリンとクリスは、微動だにしない魔王に歩み寄る。十重二十重の見えない盾も彼女らに付き従う。
「お……、おお強き女神よ。我が無礼を赦したまえ。あなた様のような力を持つ者こそ、この異世界を支配するにふさわしい。今後はあなた様を主君と仰ぎ、永遠にお仕え申し上げよう」
息も絶え絶えに魔王は言った。
「誰がお前なんか信用するものか。お前がかつてウィンドボナでした誓いに背くような偶像を立てさせていること、あたしが知らないとでも?」
「だまされるのは愚かな証拠。だまされる者に生きる資格はない。お前さっきそう言わなかったかしら?」
2人の女神は魔王の提案をばっさりと切り捨てた。
「後生だから、殺さないでくれ。どうかお慈悲を!」
「殺しゃしないわ。お前にはやってもらうことがある。――本当はこの手で八つ裂きにしてやりたいところだけど」
「何を――?」
「お前の王国のケダモノ共に、禁反言って言葉の意味を教えてあげなさい」
「お前を〈ウール〉で元の世界に送還する。再転生魔法よ。ついでにお前も一からやり直しなさい」
マリンはそう言うと、槍で新たな文字を中空に刻んだ。縦の直線1本に対し、横線5本が直交した形だ。
「くくくくく。オレサマは知っているぞ、ティル・ナ・ノーグの神よ。貴様らはかつて人間との戦いに敗れ、地上から追い出されたということをな。それからアースガルズの神よ。貴様らがこの先、巨人族と戦い共に滅びる運命にあることも。祝福してやろう、お前たちの悲惨な過去と未来を。祝福してやろう! これが祝福せずにいられるものか」
「黙りなさい!」
マリンは声を荒げる。
これに呼応するかのように、先に刻まれた文字から緑の光が放たれ、魔王を包みこんだ。
元の明るさに戻った時、瀕死の魔王は完全に消え失せていた。
「ったく……。他人の身に降りかかった災いを祝福する陰険さは相変わらずね。祝福ってぇのは、死に至る傷だって癒せる尊いもの。あいつのそれは単なる呪いだわ」
マリンがクリスのほうを向く。
「マリンっ!」
ほぼ同時に、クリスが彼女に飛びかかった。
「きゃっ!」
マリンはあっけなくその場に倒れた。
その上にクリスがよじ登る。
マリンはなすがままだ。どうやら抵抗する気がないらしい。
「マリン! マリン!! う、ううぅぅ……」
クリスはマリンの胸に顔をうずめ、声を上げて泣きじゃくった。
後者の豊かなバストが無残にひしゃげる。
「ちょっとあんた、ホントにクリス?」
マリンの問いかけに、クリスは顔を上げずうなずく。
「ま、悪い気はしないけどねェ。あたしだって、可愛い妹がいるんだから」
下になった女が、覆いかぶさる者の髪をくしゃくしゃとなでる。
「苦労かけたわね。でもこれからはラクしていいわよ。あたしも半分、担うから」
「今までのもあるから、当分は3分の2よ」
「厚かましいわね、あんた。ま、それでもいいけど」
リタはこのようすを一部始終みていた。
よからぬ想念の1つや2つ、浮かんだことは言うまでもない。
「あっこら、このバカ! こっち見るな!!」
真っ赤に上気したマリンにとがめられ、慌てて顔を背けたのだった。