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【拡散希望】ドタンバで主人公補正がかかってチート能力を獲得したのは脇役だった件

 4日目から7日目にかけ、朝は毎回お決まりのパターンで幕を開けた。

 あたかも最後の晩餐であるかのように惜しみながらパンを賞味するクリスに、マリンが早くしろと急かす。


(よくもまあ、飽きもせずに毎朝おなじ儀式を繰り返すもんだな)


 リタは内心、あきれ返っていた。


 7日目の朝を迎えた宿は、前日までと比べて宿泊者が有意に多い。それもそのはず、とある有力な辺境伯の城が近くにあって、この界隈は人の往来が盛んなのだ。

 で、クリスの牛歩戦術的朝食にマリンがイライラを募らせている間にも、様々な冒険者が情報を融通し合っていた。


「西の沼地にある洞窟にバルムンクっていう剣が落ちているらしいぜ」


「ここから遥か南の海上に、空まで届くくらい高い塔があって、そこの隠し部屋にイージスの盾が眠ってるって話だ」


「世界のどこかにトライデントなる、海をもかき回せる矛があるという」


 そういった流言飛語が飛び交っていた。


「最初にそれがあることを確かめた人は、どうして持って帰らなかったのかしら?」


 1こ目のミルクロールを平らげたクリスが、ぼそっと口にした。


「あんたは早く朝ごはん食べなさい!」


 クリスの口の中に、マリンが2こ目のパンをねじこむ。


「むうう……」


 うなり声と目つきで、クリスは不満を表明した。


(まるで親子だな……。さもなくば姉妹か)


 リタはほお杖とため息をついた。


 クリスが完食したころには、昨夜泊まった冒険者は全員、旅立っていた。

 リタたち一行が着席して以降だけでも、10組以上のパーティが腹ごしらえを済ませたことになる。


「あんたはいつもいつも……」


 マリンがまだ何かぶつぶつ言っている。


「やあそこのお三かた」


 宿屋の食堂を出て、ホテルのロビーに相当する間に移ったところで、ひじ掛け椅子に座っていた老人が不意に声をかけた。


「何よ。あたしたち急いでるんだけど」


 マリンが煩わしそうに返事をする。


(別にいつまでにどこへ行かなきゃならないみたいな話じゃないんだけどなー)


 リタが心の中で突っこむ。


「あんたたちだけに、特別にいいことを教えてやろう。ここからずっとずっと北へいくと海岸に出る。岬の灯台の真下に舟だけで入れる洞窟があって、最深部にスルタロギっていう剣がある。世界を炎上させることもできるような究極の大剣よ」


「それ、さ。ホントはこのドアを潜った人全員に吹きこんでたんじゃないの?」


「いや、わしの人を見る目は確かじゃ。これまでにあんさんらを含んで、3組にしか教えたことはない」


「だったらあんたの目はくもり切ってるわね。自慢じゃないけど、あたしら3人ともDDランクよ? 最下位とかじゃなくて、圏外の」


「ははっ。ランキングじゃ真の実力ははかれんよ。お主もある程度わかった上で、わしにカマをかけてみたのではないかね?」


「さあ、どうかしら」



    ◇    ◇    ◇



 3人は宿を後にし、街を出た。

 行く手は北ではなく西。今の彼らが欲しいものは、最強の武器などではない。


 快晴の空に日がいちばん高く昇るころ、クリスがふと思い出したかのように立ち止まった。


「ねえ、ランキングって何?」


 彼女の質問はリタとマリンのど肝を抜いた。


「えっ!? クリス、冒険者なのに冒険者ランクを知らないの?」


「知らない」


「パンにしか興味を示さないから、そんな世間知らずになんのよ」


「関係ない」


「ランキングってのはね、クリス」リタが解説した。「冒険者が立てた手柄に応じて、冒険者の1人1人に与える地位みたいなものだよ。SSS、SS、S、AAA、AA、A、B、C、Dの9段階あるんだ」


「AからIまでじゃダメなの?」


「もともと自然発生的に使われ出した呼称が定着したものだから、上位ランクほど聞こえのいい、アルファベットをいくつも重ねたような名前になってるんだ」


「誰が認定するの?」


「あ……」


 それはリタも知らない。今までにただの一度も、疑問に思ったことがなかった。


「あたしも知らないわよ。けどそれを言い出したら、アーチャーとかモンクとかいった職業だって、どこに届け出るのって話になるわ。深く考えないほうがいいんじゃないの?」


 マリンがフォローする。


「さっき私たちはDDランクだって言ってたけど――」


「DDはランキングの圏外を指す俗称よ。ランクを付与する値打ちもない、冒険者としてはゴミも同然の存在ってところね。ま、あたしは気にしないけど」


「そうね。どうでもいいわ、そんなこと」


「ぼくは気にするんだけど……」


 リタがぼそりと漏らす。


「だったら少しは強くなりなさいよ! 今のあんたじゃどっからどう見てもDDD()ランクじゃない」


「Dが1こ多いよ」


「静かに」突如、クリスがリタらを手で制した。「――私たち、囲まれてるわ」


「何ですって!?」


 小声でマリンが反応する。


 時を移さず、前方の木立ちから、魔物の大群が姿を現した。右手の森や、左の岩陰からも同様に、だ。

 トロール、インプ、マンティコア、ラミア、アンフィスバエナ……。その他おびただしい種類のモンスターが、控えめに見て計50体。

 退路はすでに、左右から出現したものに閉じられている。


 3人を囲む輪が、次第に小さくなってきた。


「あたしがこいつらを全部つき殺すまで、攻撃を防ぎ続けられる自信は?」


「少しもない」


 作戦会議をしながら、マリンとクリスは背中を合わせる。


「どうすんのよ!? あたしたち、1回目の人生がどんなだったのか知りもしないまま、2度目の死を迎えるわけ?」


「それはどうだっていい」


「リタ! 今こそあんたチートに目覚める時よ。いま使わないでいつやるの!?」


「無茶いうなよ。できるんだったらとうの昔にやってるさ!」


 客観的に見て、今は冗談を飛ばしている場合ではない。にもかかわらずそれをするあたり、マリンでさえ万策尽き、かつ冷静さを欠いてきたらしい。


「……ううん。無茶じゃない」


 クリスが右手の短剣で、虚空に何かを描き始めた。

 アルファベットのPのような文字だ。

 最後の1画を刻み終えるや否や、切っ先の描いた軌跡が紫色に輝き出す。


挿絵(By みてみん)


「お兄さん……。紫電の鉄鎚、お借りします」


 クリスがなにやら口にする間にも、一天にわかにかき曇り、クリスの書いた文字と同じ色の稲妻が、空を走り回った。

 雷鳴に混じって、耳元でハチが羽ばたくような低い音も鳴りわたる。


 次の瞬間、一行の周り全ての方向に、空から電光が降り注いだ。

 これが仮に雨だったとしてもごく稀にしか見られないくらい激しく、八方に雷が落ちた。そしてトロールなどを撃ち抜いた。

 ハチの羽音が数秒の間、辺り一面にこだまする。


 それが止むのと同時に、魔物が1匹残らず崩れ落ちた。


 一瞬の静寂。

 そののち、空は先刻までと同様、雲1つない状態に戻った。


「あんた……いま何やったの?」


 マリンが、まるで恐ろしいものを見ているかのような目つきで、クリスを凝視する。


「あれは〈ソーン〉。ルーンっていう一群の魔法の1つ。雷神が手にするかなづちの力を秘めているわ」


 クリスはというと、イタズラがばれた子供みたいな、始末の悪い表情でリタやマリンを見返していた。


「いつからそんな物騒なもの使えたのよ、あんた」


「過去生を除けば、ついさっき。ねえ、みんな。もしも私が前世で神様だったって言ったら、……信じる?」


 クリスが逆に、2人に問う。


「ぼくは信じるよ。実際にあんな強力な魔法を見せつけられたら、疑うことなんかできないな」


「あたしはムリ。神様だったっていうのなら、なんで死んでこの世界に来たのよ?」


「死んだわけじゃないの。ティル・ナ・ノーグの神々を訪ねて、ドルイドの魔法で死を経ることなく転生させてもらったの」


「なんのためによ?」


「私が所属するのはアースガルズ。そこで私はスクルドって呼ばれて、戦死した人間を神の国に招く役割を担ってた。きたるべき巨人との戦いに備えて、神々の軍隊を拡充するためにね」


「ずいぶんとスケールの大きい話だな……」


 リタは圧倒される反面、自分の知り合いがそんな壮大な事業に携わっていることを、ちょっとだけ誇らしく思った。


「けど、私が転生する何年か前から、人間の魂がアースガルズに来なくなった。原因を探っているうちに、本来は真っ先にアースガルズに赴くような不自然な死にかたをした人の魂が、異世界に吸いこまれているらしいと分かった。それで、異世界がどんなところで、何の力が働いて人の魂がそこに流出しているのか調べるために、ティル・ナ・ノーグの神々を頼ったってわけ。転生に関する魔法はアースガルズにはなくて、ティル・ナ・ノーグの得意分野だから」


「じゃああんた、探してた今生での目的を見つけたってわけね。――よかったじゃない」


 マリンがことさらに素っ気なく、つぶやいた。

 クリスがパーティから抜けると言い出すことを予期して、寂しくなったのかと、リタは考えた。


「そうね。私はアースガルズへ行くべき魂が異世界に流れつく原因を突き止めて、元の状態に戻さなければならない。だから、これからも当分はみんなの厄介になると思う」


「どうして、『だから』……?」


 マリンは腑に落ちないようすだ。


「だって、どこへ行けば私の目的を達成できるか、まだなんの当てもないんだもの。それに、昨日した約束もあるし、マリンが記憶を取り戻す手伝いも、するつもりよ」


「言っとっけど、あの約束はどっちも好きな時に解消していいって内容だったでしょ? 無理して一緒に来なくても構わないわよ?」


「いいの。サービス」


(もしかして、スクルド、約束とかいうのはただの方便で、本当はまだしばらくマリンといたいだけなんじゃ……)


 そうリタは思った。


「そうだ。ねえ。私たち、今は別段、どこか特定の場所を目指してるわけじゃないのよね?」


 クリスがポンと手を叩く。


「そうよ」


 マリンが答えた。


「それじゃ、さ。北へいってみない?」


「何しに?」


「朝おじいさんが話してた、スルタロギを探しに」


「あの世界を燃え上がらせるとかいう剣のこと? 本当にあるのかどうかも分からないのよ」


「ないならないで構わないの。心配なのは、もしもそれが実在して、あのおじいさんの言うような力を持っている場合。そうだったら、他の人の手に渡らせるわけにはいかないわ。リタかマリンなら持ってもいいんだけど、私としては破壊するのが得策だと思う」


「そうだな。ぼくは賛成。何か明確な目標があったほうが、旅そのものもはかどりそうだしね」


「そうね。確かにそんな危なっかしいもの、あるかないかだけでも確かめておかなきゃ」


「じゃ、決まり」


 一行は進路を北に転じ、スルタロギがあるとされる洞窟を目指すことにした。

 リタが冒険に出てから、まだ7日目のことだ。

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