【再度告知】3人パーティのうち誰もチートを使えなかった件
リタは冒険者3日目の朝、宿屋の1階にある食堂で立ち往生していた。
なぜなら、先日パーティに加わったクリスの食事が、恐ろしく遅いから。
「……ねえ、あんた。バターロール1こ食べるのに何分かかってんのよ?」
18か19才。長い黒髪の豊満な女性が、指先で机をコツコツ叩く。――マリンだ。
長身の割に高めの声が、どことなく殺気を含んでいる。
「10分。私、朝はパン2こで足りるから、そんなに長くは待たせない」
マリンの苛立ちもどこ吹く風、平然とパンをちぎっているのは、13才くらいの少女――クリスだ。三つ編みにしたブロンドが、窓から差す朝日に照り映える。
ぼそぼそとつぶやくような低い声だ。
「パンなんて、1こ1分で食べられるでしょ?」
「ダメ。こんなにおいしいんだから、味わって食べないともったいない」
「あんまり長く待たせると、置いてくわよ」
「構わない。元々マリンたちが私をパーティに誘ったんだから」
「くぅぅぅ~っ!」
マリンがリタを見つめ、「あんたも何か言ったらどうなの?」と目で訴える。
(クリスって、思ったよりも頑固なんだな。あと恐ろしくマイペースだし。――もっと儚げなイメージだったんだが……)
リタはそんなことを考えていた。
それから、今後毎日のようにこんなやりとりが展開されるのかと、先が思いやられてならない。
マリンの無言のメッセージは当然、不採用だ。ここでクリスを注意しようものなら、もはや3人は父と母と娘にしか見えない。
◇ ◇ ◇
クリスの予告どおり、彼女の朝食は20分ぴったりで終了した。
昨日や一昨日と比べて、出発が遅れたのはせいぜい10分余り。しかし、マリンは早くも怒り心頭に発していた。
「パン1こを10分も噛み噛みする子なんて、生まれて初めて見たわ」
昨晩宿泊した街が見えなくなったころ、マリンが唐突に口を開いた。嫌味の一言も言わずにはいられない、といった感じだ。
「私も、朝からトーストにハムエッグにサラダにコーンスープにヨーグルトを口に流しこむ人なんて、会ったことなかった」
クリスも負けじと言い返す。
リタは気が気でなかった。前日のように、また決闘などおっ始められたら、たまったものではない。
「あ、そうだ! クリス、昨日の夜も聞いたけど、旅をする目的を見つけるために旅をしてるんだって?」
強引に話題を逸らす。
「そんなこと言ってない。探してるのは“生きる目的”」
クリスは自分の話をちゃんと聞いてもらえていなかったことを、少しばかり不愉快に思っているようだ。
「ていうかあんた。旅の目的を目的に旅って、頭悪すぎでしょ」
マリンがあきれ混じりに笑う。
2人の争いを当面回避することには成功したが、その代償としてリタが失った面目は小さくない。
「けど、生きる目的ってそんなに大事か? 遊んだりおいしいもの食べられればそれでもよくない?」
リタは重ねて問う。
「娯楽とかお料理が何よりも大事だねっていう結論になったら、それはそれでいいの。でも今は、何がいちばん自分の時間を使う値打ちがあるのか、見きわめたいの」
「けどあんた、前世だってあったんでしょ? そのときやり残したことにでも打ちこめばいいんじゃないの?」
マリンが口を挟む。
(もしかしてクリスの前世って…………、ニート?)
リタは思った。
「前世はあったと思うけど、記憶にないの。その点はマリンと同じね」
「じゃああんたも、あたしみたいにその記憶でも探したら?」
「興味ないわ。過ぎたことはどうだっていい。私には、これからのほうが重要」
「……あー、はいはい」
「ところでリタは、生まれ変わる前も今と同じ名前で呼ばれてたの?」
クリスが突然、リタに尋ねた。
「それが、思い出せないんだ」
リタは答えた。過去生の体験の中でただ1つ、名前に関する情報だけが復活しなかった。
「ええっ!? あんた昨日、バス事故とかいうので死んだって言ってたじゃん」
「名前以外は全部おぼえてる。名前だけ分からないんだよ」
「どうしてそれを早く言わないの?」
マリンがずいと詰め寄った。
「だって、ぼくもクリスと同じで、死ぬ前のことなんてどうでもいいんだもん。――ぼくが名前だけ忘れたまんまだってこと、そんなに重要か?」
リタは一瞬、マリンが己の記憶を取り戻すよすがを見出したのかと思った。
「別に。あたしにとっちゃ、あんたはいつまでもリタよ。前の人生でなんて呼ばれてようとね」
「じゃ、こうしましょう」クリスが提案する。「マリンが昔のことを思い出せるかもしれない状況になったら、私もできる限りそれに協力する。だから――」
「――あんたの目的探しにあたしも力を貸す、と?」
「うん」
「あたしは構わないけど、どっちかっていうとあんたの負担のほうが重いんじゃない?」
「私は別にいい」
「あたしとしちゃ、あんたがもっと早く朝ごはん食べてくれたら、それ以上何も望まないんだけどなー」
「それとこれとは別。朝ごはんとマリンの前世は、直接は関係ないでしょ?」
「はいはい。まあでも、お互い好きな時にパーティを抜けていいことにしましょう。探し物が同じ所にあるとは思えないし。あんたが明確な目的を見つけた後、それを叶えるために行くべき場所はあたしらの行きたい所とは違うだろうし」
女2人の相互扶助協定は、ほとんど即決で成立した。
「待って。何か来る」
出し抜けにクリスが歩みを止め、後ろを振り返った。
リタとマリンも、続けてきびすを返す。
見ると、後方から3つの影が、土煙を上げものすごい速さで一行を追い上げていた。
「ワームだわ!」
マリンが叫ぶ。
程なくしてリタにも、接近するモノの正体が分かった。
それはミミズと大蛇の合いの子のようなモンスターだ。
赤銅色の胴体は、木の幹くらいの太さがある。長さはというと、小さな丘程度ならば、その周りをぐるりと取り巻いてしまえそうだ。
目はなく、円形の口から8本の歯が覗いている。
「1匹ならともかく、同時に3匹となると、私の手には余ったかも」
クリスがマリンにささやく。
「奇遇ね。あたしもよ。ところで――」
「――たった今した約束、『私たち2人のうちどちらかに危険が迫ったときは一緒に除去する』っていう内容も含んでるわよね」
互いの意思が合致していることを確認するなり、クリスは小さな皮の盾を掲げ、リタたちよりも2、3歩前に出た。
巨大な蛇の魔物は、リタたちの居場所に到着したものから順に、3人に襲いかかった。
鋭い牙を剥き出し、頭から突っこむことを繰り返している。
「こんな大きな魔物に勝てるのか?」
リタはマリンらと比べ、ムダの大きな動きで逃げ回った。
「あいつらの弱点は口の中、それから体と体の隙間よ。でも口は現実的じゃないわね。槍を噛み砕かれるわ」
マリンは最小限の動作で攻撃をかわしつつも、その目で常に相手を見据えていた。
ワームの胴体は、昆虫でいうところの体節がいくつも繋がったような形をしている。その節と節の境目は、他の部分よりも脆いというのだ。
「マリン。左と真ん中のワームは私が受け止めるから、いちばん右のやつを倒すのに専念して」
「いいわ。任せたわよ!」
クリスとマリンは、自身の死角を互いに預け合うかのように背中合わせになり、得物を持ち直した。
◇ ◇ ◇
戦闘は半時近く続いた。
全てマリンとクリスの打ち合わせ通りに事が運び、彼女らの勝利となった。こちらの負傷は全くのゼロ。
クリスが他の2匹を寄せつけないでいる間に、マリンは右端のワームの、頭とその次の体節との間に、狙いあやまたず槍を刺し入れ、致命傷を負わせた。
2匹目と3匹目も、おおむねこれと同じような方法で仕留めた。
「やったわね」
マリンは手のひらをクリスに向け、ハイタッチを求める。
「…………」
クリスは気恥ずかしそうに一瞬ためらった後、無言で彼女と手を打ち合わせた。
先刻まで、いつ手が飛ぶか分からないくらい険悪な表情で口げんかをしていたとは、到底思えない連携と打ち解け具合だ。
プロフェッショナルとは、平時にどれだけいがみ合っていても、本番では即座にそれを棚上げして、各自のしごとを確実にやり遂げることができるもの。リタはそのことを、この時はじめて悟った。