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【関係各位】2段戦闘の2戦目は仲間割れだった件

 リタが女戦士マリンに助けられた翌日。彼にとっては、冒険者2日目の朝のことだ。

 2人はリタが旅立った村から見て、西に進路をとり歩いていた。なぜその方角かというと、前日までマリンはそちらを向いて旅をしていたから。


 昨日コボルドとの戦いの後も2人は西進し、夕方到着した町で宿をとった。


 リタの家に無料で宿泊することも選択しえたが、それはできない相談だ。

 冒険に出発して半日も経たないうちに、手傷を負った状態で、ましてや命の恩人に付き添われながら帰還するなど、いくらなんでもかっこ悪すぎる。

 すれ違った誰しもが一瞬で事情を理解し、彼を冷やかすだろう。リタがチート能力を授かっていないことは、村中の者が知っている。


 前日も今日も、何度かモンスターの襲撃があった。だがいずれも、10秒以内にマリンによって返り討ちとなった。

 一昼夜近く道を同じくし、起臥や戦闘を共にするうち、どちらから先に申し出るとなく、2人はパーティを結成した。


「で、さ。チート能力もないのに、どうして冒険しようなんて思い立ったの?」


 長身の女戦士は、得物の槍を人差し指でくるくる回転させながら、尋ねた。


 その槍ときたら彼女が身にまとう、露出度の異様に高い皮製の鎧にも増して貧相な品だ。

 穂先こそ辛うじて鉄製だが、柄はカシの木でできている。


 リタの前世で合戦に槍が使われていた時代は、重量の問題もあって、槍の柄は木でできているのが主流だった。しかしここ異世界では、斧や弓も含めて、武器や防具はフルメタルが常識だ。

 木や皮といった素材は、初級の冒険者に限り、お金が貯まるまでの間”つなぎ”として用いるもの、という認識がある。

 リタはともかく、旅慣れていて戦闘にも習熟したマリンには、あまりに似つかわしくない装備品だ。


「本当は自覚していないだけで、実際には何かしらあるだろうと思ってた。仮にそうでなくても、ピンチになれば使えるようになるかな、って」


 リタが答える。

 今思うと、そんな根拠もない願望だけを頼りに、魔物のうろつく村の外に出るなど、無謀どころか正気の沙汰でない。

 恥ずかしくて、マリンと目を合わせることもはばかられた。


「ぷっ。何よ、それ。奇跡が頼みの綱? そんなバクチみたいな旅で、あんた何を手に入れたかったの? 力? それとも安住の地?」


 リタの気持ちを察してか察せずにか、マリンは強引にぐいと彼の顔をのぞきこむ。


「特に何か目的があったわけじゃないよ。ただ、村で年の近かった人がみんな冒険者になったから、ぼくも始めてみたってだけ」


「だったら、その幼なじみと旅したらよかったんじゃない」


「パーティに入れてもらえなかったんだよ。チートのない奴は足手まといだって言って」


「あー、それ分かるわ。あたしも最初はそうだったし」


 槍使いのこの発言は、リタにとって少なからず意外だった。


「ええっ!? マリンも昔はチートがなかったの?」


「『昔は』っていうか、今もないけど」


「冗談だろ? あの槍裁きがそうなんじゃないの?」


「違うわよ。あんなの毎日のように魔物つついてたら、誰でも身につくって。笛とか手風琴だって、うまい人が演奏したらあれくらい速くなるでしょ?」


「じゃあマリンは、なんのために冒険者になったんだ? チートを欠いて不自由しているようには見えないけど」


「確かに、チート開発が目的で旅をしてるわけじゃないわね」


「じゃあ何?」


 今度はリタが、マリンを食い入るように見つめる番だ。

 黒曜石のような瞳に、彼の顔がくっきり映る。


「あたし? あたしは……」戦士はわずかな時間、話すのをためらった。「……自分が生まれ変わる前のことを知りたい」


「前世のこと?」


「そう。どんな名前で、どこで何をしていたのか。それから、どういうふうに死んだのか」


 槍使いはきわめて真剣に語った。先刻までの冗談めいた口ぶりが嘘のようだ。


「けど、それを思い出して何になるんだ? 前世での地位なんて、異世界じゃ何の足しにもならないのに」


「不安なのよ。自分が元々どんな存在だったのか、分からないのがあたしだけっていうのが。みんなはまるで、もしこの世界がなくなっても、自分には逃げ帰れる別の世界があるかのように話すでしょ? 今あんたがこの世界を『異世界』って呼んだみたいに。でもあたしには、この世界しかないの。ぜんぜん異世界じゃないのよ」


「けど、もしロクでもないような前世だったらどうするんだ? ぼくなんか、就活のネタが欲しくて災害復興のボランティアをした帰りに、夜行バスの中で寝て、気がついたら異世界だったんだぜ? おおかた、眠っている間に事故でも起こしたんだと思う。バスで移動したのも、お金がなかったからだし」


「就活? ボランティア? バス? 何よ、それ。どうしてこの世界にないモノの話をするの? 知ってるんだったら、なぜこの世界でそれを作らないの? まるであたしだけ、未開の野蛮人みたいじゃない」


 若干色めき立ったマリンに詰め寄られ、リタは返答に窮した。

 その頭の中をふと、ある考えがよぎった。

 すなわち、目の前にいる女戦士は、いわゆるNPC的な存在なのではないかと。自分たちよりは、昼も夜も街の門に立って、旅人がそこをくぐるたび壊れたスピーカーみたいに、「ここはバイスリンゲンの街です。ゆっくりしていってね」などと声をかける、町娘に近い人物なのかもしれないと。


「――ちょっと、あれ見て!」


 自身の邪推に没頭していたリタをよそに、いち早く我に返ったマリンは、遥か前方を指さした。


 通常のペースで歩けば小半時はかかるであろう遠くに、10ほどの人影が見える。そのうちもっとも小さい1つに、他のものが近づいたり離れたりを繰り返している。

 どうやら、前者が後者に襲われているようだ。――ちょうど、昨日のリタとコボルドみたいに。


 マリン、次いでリタが駆け出す。


 二者の間が縮まるにつれ、戦闘のようすが詳細に分かってきた。

 襲撃を受けているのは、1人の少女。年はリタよりも2、3才下だろう。右手にバターナイフ大の短剣を、左手に皮製の円盾を持っている。

 盾はそれほど大きくなく、持ち主の頭部をカバーするのがやっと、といったところだ。


 彼女を取り巻いているのは、10匹のオーガ。いわゆる人食い鬼だ。

 女の2倍近い身長で、胴体に対しわりあい大きな頭の周りを、獅子のようなたてがみがびっしり覆う。

 リタの前世でいえば、17世紀の貴族のような礼装を着こなし、手にはレイピアを握っている。

 知性をたたえた装いと品のないその中身との間に、あまりにも落差がある。


 オーガたちは少女を中心に円陣を形成し、統率された動きで次々と突きかかる。

 絵的にいえば、たとえ1対1でもたやすく彼女を餌食にできそうだ。――だが今回は事情が違った。


 盾持ちは大鬼の間で舞い踊るかのように大胆に動き、盾で細身の剣をいくども防いだ。

 切っ先の進む方向に対し斜めに防具を構えるから、皮製とはいえ容易には破れない。

 まるで背中にも目があるかのように、どの方向からレイピアを打ちこまれても、難なく受け流した。


 打突で重心の移動した相手の懐に潜りこんで、足首を小さなナイフで切りつける。

 アキレス腱を寸断された魔物は、その場に倒れこんで動けなくなる。


 マリンらが戦闘に割りこむまでの間に、4体ものオーガがイモムシ同然となった。


「リタ、下がってなさい。あんたじゃこいつらと戦うのはムリだわ」


 槍使いがリタを手で制止する。


 リタは不承不承、これに従った。

 現在の状況は彼にとり、年下の女の子が巨大なモンスターの群れに囲まれ、なぶり殺しにされかけているとしか理解されなかった。たとえ自分が割り込むと逆にマリンにとって邪魔になるとしても、この状況をただ見ているだけというのは、きわめて不本意だ。


「加勢するわよ」


 言い終わらぬうちに、マリンは5匹目のオーガを背後から刺し貫く。


「放っといて。私1人でもなんとかなる」


 鉄壁少女の返答は、リタにとってあまりに予想外だった。

 対するマリンの反応はそれをさらに上回った。


「あ、そ。じゃあ、あたしらはこれで」


 彼女はあっさりと槍を引き上げて、戦いの場から距離をとった。


「マリン! 何やってるんだよ。助けなきゃ」


 リタが抗議する。


「だって、この子だけでも十分勝てるわよ。ひとの獲物を横取りするのは感心しないわね」


「絶対そうとは限らないじゃないか。お願いだから助だちしてやってくれ!」


「そう思うんだったら、あんたが助けに入ればいいじゃない」


 マリンの口調が少々イライラしたものに変わる。


「分かったよ」


 リタは剣を抜いて、モンスターの輪に向かった。

 勝算があるかどうかなど、一顧だにしていない。

 小柄な少女を救うのに少しでも貢献する可能性があるのなら、やる値打ちがある――。それしか頭になかった。


「あのバカ……」


 マリンは舌打ちをし、再び得物を構える。


 すでに敵は3匹にまで減っていた。


 それからのち、ほとんど一瞬のうちに決着がついた。

 槍使いが目にも止まらぬ早技で、残りの人食い鬼を突き殺したのだ。

 3匹がほぼ同時に倒れこむ。地響きとともに砂塵が舞った。


「……よくもやってくれたわね。あと5分くらいあれば、1人で全員たおせてたのに」


 間髪を容れずに、12、3才の少女が言い放った。

 マリンのものとは対照的に、低めでかすれた声。耳に手を当てて傾聴しなければ、聞き取れないような音量だ。


 リタは改めて彼女に目をやる。

 輝く明るいブロンドを肩まで垂らし、三つ編みに。空色の瞳は、どこか遠くを見ているような愁いを帯びている。肌は、血がかよっていないと思われるくらいに、白っぽかった。

 背は彼よりも、頭2つ分ほど低い。体つきは華奢で、バストの膨らみも、間近で眺めてようやく女性と判別できる程度だ。

 総じて、とても1人で街の外を出歩くような見目かたちではない。


 何から何までマリンと対照的な外見。それは服装も同じだった。

 純白の1枚ものに身を包み、ずれないように腰のベルトで留めてある。その衣服はトップス部分が長袖、スカート部分が足首までの丈だ。

 もはや半裸を通り越したマリンとは逆に、露出度は控えめだ。反面、布地が非常に薄く、ときおり素肌が透けて見える。

 パーティの最前列に立って、敵の攻撃を受け止めるがごとき戦いかたからは、あまりにもかけ離れている。こんな格好はむしろ、ウィザードかクレリックにでもさせてやればいい。


「あんたを助けるためにやったんじゃないわよ。このバカが飛びこんだんで、しかたなく手を出しただけだから」


 文句の矛先はあちらですよと言わんばかりに、マリンは槍でリタを指し示した。


「その人が巻きこまれないようには、私だって気を遣ってた。それでも結果は変わらなかった」


 少女が言い切るが早いか、マリンの目がカッと見開かれた。


「あーもう! なんであたしがそこまで言われなきゃなんないのよ!? あたし別に、お礼を求めてるんじゃないのよ。何様のつもり?」


 槍を今度は真っ直ぐに少女に向ける。


「気は進まないけど、戦いなら受けて立つわよ」


 相手も武器を掲げる。


「何やってるんだ、マリン! いったん落ち着けって」


 リタはマリンの前に立ちはだかった。


「あんたはすっこんでなさい! 元はといえば、あんたのせいでこうなったんだからね」


 そう言われると、返す言葉もなかった。


 かくして槍使いと盾持ちとの間で、第2ラウンドが勃発した。


 前者が繰り出す槍は、先刻のレイピアとは異なり、全く動きの読めぬものだった。

 あるときは、相手を転倒させることを目的に、横ざまに薙ぎ払った。かと思うと、転がっていた岩にわざと激突させて強引に進行方向を変え、ひらりと身をひるがえした少女を追跡する。

 足の甲を目がけて、下向きに突き出される場面もあった。


 しかし、純白のワンピースに身を包んだ少女はそれらを全てかわし、受け流し、あるいは防いだ。


「そんな攻撃、私にはただの1回だって届きやしない。あなたにだってそれは分かっているはず」


「ふん! それこそただのハッタリね。あんたよけるのに精一杯で、反撃する余裕なんかないんでしょ?」


 このようなやりとりが応酬された。


 果たし合いがいつ果てるともなく続くこの矛盾。必殺の槍と鉄壁の盾がぶつかり合っているのだから、それも当然か。

 マリンへの負い目から当初は黙って見ていたリタもついにしびれを切らし、決闘に割って入った。


「2人ともいい加減にしろよ! いつまで続ける気なんだ!?」


「リタ……?」


 槍使いは一瞬だけ肩をびくつかせ、動きを止めた。

 盾持ちも同様だ。


「なあ、もういいだろ。これじゃいつまで経っても勝負がつかないし、勝ったところで何かいいことがあるのか? マリン、早く前世の記憶を取り戻すんだろ? こんなところで油売ってる場合か?」


「………………」


 マリンはしゅんとした表情でこうべを垂れる。頭に血がのぼった状態で、勢いに任せて突きかかっていったことを恥じたのか、珍しくリタと目を合わせることを避けた。


「なあ、君はなんていう名前なんだ? どうしてこんなところで1人でいるの?」


「私、クリス。1人なのは、パーティからあぶれたから」


 盾持ちが己の名を明かす。


「そっか。それじゃ、ぼくらと同じじゃないか」


「あなたたちもそうなの?」


 クリスと名乗った少女は、多少リタたちに興味を持ったらしく、2人の顔を交互に見つめた。

 マリンは不機嫌そうに、ぷいとそっぽを向く。


 リタはその後、自分たちの名前や旅をしている理由、そして2人が同道するに至った経緯を話し、最後に問うた。


「――で、もしよかったら、クリスも一緒に来たらどう?」


「私は別に構わないけど」


 意外にもあっさり、彼女はうべなった。


「あ、ちょっと待ちなさいよ! あたしに無断でそんなこと決めないで」


 マリンは異を唱える。


「イヤか?」


「ったり前でしょ!」


「でも、クリスは君と同じくらい強いよ。どうせ僕ら、明確な行き先があるわけじゃないんだから、一時的にでもパーティを組んだほうがいいんじゃない?」


「まあそりゃそうだけど……」


 マリンはまだ不服そうだったが、特にそれ以上なにか言うことはなかった。


「じゃ、決まりだな」


 こうしてリタ一行は、わずか2日目にして3人と、頭数だけでいえば十分にパーティを名乗るに値する大所帯となった。これは幸先がいいのではないかと、リタは内心飛び上がらんばかりだった。

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