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第三話「じゃじゃ馬も枝葉の問題」

 廉康の案内で鮑家荘へ向かう道すがら、許抜山は孟均が浮かない顔をしているのに気付いた。


「主、どうしたんです。この前はあんなに楽しみにしていたというのに」

「主さんに限って、今更小娘の一人や二人で怖じ気付いたとも思えんがな!」


 ガハハ、と趙拿雲の遠慮のないからかいに、苦笑いで返す孟均。


「ああ。いや、その……心配ないさ」


 廉康の話では一騎打ちが条件の為、最低限の警護として許抜山・趙拿雲だけを従えて来た。別にそれが心許なかった訳ではないが、とこっそり溜息を吐く。

 話は今朝に遡る。


 夜明け前、花帽童の傭兵団の集合場所へ向かおうとしていた孟均は、運悪く玉華と鉢合わせしてしまった。人目を憚るように馬を引いていた彼に、玉華は目を丸くする。


「外もまだ暗いと言うのに、今からお出かけですか?」

「ええ、まあ……知り合いに頼まれまして、助太刀に」


 微妙に嘘ではない言い訳をしながら、しどろもどろになる。情けないことだが、張飛の妻という立場以上に、相変わらず自分は玉華には弱い。

 穏やかではないのを感じ取ったか、玉華は綺麗な眉を僅かに寄せて憂いの表情を作った。


「最近、特によく外出されてますわね。御父上が心配なさってましたよ。悪い連中とつるんでいるのではないかと……貴方に限ってそれはないと思いますけど」

 

 悪い連中には違いない。何しろ元盗賊なのだから。しかし孟均にとっては見慣れた連中であるし、そもそも劉備たちも似たようなものだ。まあ、玉華から見ればどうかは知らないが……

 それよりも、関羽が存外に父親らしい心情を見せているのは意外だった。思えば血が繋がっていることさえ明かされなければ、今や名実共に「親子」なのだから、もっと堂々と接すればいいと分かっているのだが、お互いどうも壁を作ってしまうのだ。そのことで、親子らしさが「珍しい」となってしまうのも無理からぬことで、現に孟均は嬉しさよりも、勘繰ることが心の大半を占めていた。


(きっと見合い話が舞い込んでいるこの時期に、フラフラされては名に傷が付くんだろう)


「よぉっ、孟均! こんな朝早くから遠出か?」


 さらに都合が悪いことに張飛が屋敷から歩いて来るのが見えて、孟均は焦った。張飛は義理の叔父であること以上に命の恩人であり、それだけに人一倍孟均を気にかけている。有り難迷惑にも彼の口から関羽に報告なんてされる訳にはいかない。


「まあ珍しい。益徳さんが夜明けすぐに起きて来れるなんて」


 玉華のきつい口調にめげる所か、口元に下卑た笑いを浮かべた張飛を訝しく思ったのも束の間。


「そりゃ今日に限っちゃ、お前に返してやりてえな。何せ昨日は夜明けまで…」

「や…っ、ちょっと、孟均殿がいる前で何てことを!!」


 飄々と皮肉を返した張飛に、真っ赤になって取り乱す玉華。はっきり言って、彼女の態度の方がバラしている。


(と言うか玉華殿……仮にも年上の私を子供扱いですか?)


 惚気を聞かされても楽しいものではないが、だからと言って遮断されるほど初心でもない。いつも穏やかな彼女の滅多に見られない恥ずかしがり様が歳相応に可愛らしく、それが愛する夫に向けられているのを眺めている自分に酷く虚しさを感じた。


(こんな想い……捨てられないから子供だと言うのだ、俺は)


 自己嫌悪に陥っていた孟均は、しかし次の張飛の言葉にぎょっとなった。


「孟均だってこんなこそこそと抜け出してまで逢引してんだ、カマトトぶってんじゃねえよ」


「ちっ……違います!!!」


 動揺するあまり思わず声を張り上げてしまい、慌てて己の口を塞ぐ。

 三人が黙ると、辺りは再び朝の静寂を取り戻した。


「孟均殿は、ご友人の助っ人をお引き受けになったんだそうです。それでこれから……」


 微妙な空気を振り払うように玉華が切り出すと、張飛の目がキラリと光った。


「お、喧嘩か? だったら加勢してやろうか」

「いいえ、これは本人たちの問題ですから。将軍の手を煩わせません」


 やんわりと断りながら、どっと汗が出るのを拭う。動揺したのは、逢引などとんでもない誤解のせいであるが、女絡みなのには違いないからだ。


「あの……それでお二人共、このことはどうか義父には内緒に……」


 特に張飛には念入りに釘を刺すつもりだったが、意外にも彼はあっさりと了解した。


「安心しろ、俺はお前の存在を十五年間兄貴に隠し通してきた男だぜ。お前が婿入り前に内緒で筆降ろししに行ったなんて、親父にバラす訳ないだろ?」

「だから逢引じゃないですって!」


 否定するのにもムキになってきた孟均を、玉華はクスクス笑いながら宥める。恥ずかしくてたまらない。先程の玉華ではないが、「彼女がいる前で何てことを」と言いたい。


「でも、益徳さんが茶化したくなるのも分かりますわ。さっきの貴方、いつになくうきうきしてらしたんですもの」

「そう……見えました?」


 自分では気付いていなかったので、ちょっと驚く。玉華は小首を傾げると、目をぱちぱちさせた。


「ええ、これから助太刀に行く緊張感というものは感じられなくて……益徳さんの言う通り、まるで可愛い娘さんにでも逢いに行くみたい」



(違う、違う、違う!! 確かに相手は女だが、逢引じゃなく一騎打ちだ!! 俺がその娘とどうこう……とかは絶対に違うっ!!!)


 道中、今朝の出来事を思い出しては首をぶんぶん振る主に、部下たちは怪訝な視線を送る。張飛の軽口で一番傷付いたのは、子供扱いでも逢引と誤解されたことでもなく、孟均が誰かと恋に落ちると玉華に思われたことだった。

 いずれは結婚もするだろうし、いつまでも今の想いは残っていないだろうが、それでも現在、玉華にそんな誤解をされるのは心が刺されるように痛い。叶わぬ想いだからこそ、無闇に掻き回されたくないのだ。


(分かってる、分かっています。そういう所が未熟者なのですよね、父上……)


 意気揚々と、と言うのは表向き。その実とぼとぼとした足取りで、孟均たちは鮑家荘へと乗り込んだ。




【鮑家の三娘を娶らんとすれば、戦ってこれを負かした者を夫とす】


 鮑家荘の入り口には、そう記されている。わざわざこんな立て札を用意しているあたり、地元ではかなり有名かつ来訪者も多いのだろう。不思議と、今まで聞いたことはなかったが。


「美人の話題なんて、主さんは興味ないでしょうから耳に入って来ないんですよ」


とは、張擒龍の弁。


「さて、鮑家の奴らが高慢ちきなのは理解できただろうが。早速鼻っ柱へし折ってもらおうか」


 捕えられた割に偉そうな態度で廉康が仕切る。


「もし、ここの娘御に用事があるのだが」


 門の前で呼びかけると、扉がギギ~と開き、強面の中年男が顔を出した。


「親父の鮑凱だ」


 廉康が耳打ちしたのに目を向けた鮑凱は、渋い顔になる。


「またお前か、廉康。あいつはもう、お前の顔も見るのは嫌だと言っとるぞ」

「おやっさん、つれないこと言うなよ。最初に三娘を俺の嫁にするっつったのはあんただろ?

だが、今日はその用件じゃねえ。こいつが三娘の話を聞いて、一騎打ちしたいってよ」


 軽薄な口調を受け流しつつ、鮑凱が孟均を値踏みするように見た。

 最初は「ほほぅ」などと、よく分からない反応を示していたが……


「そなたもうちの娘を娶るのが目的か」

「いや、純粋に娘さんの腕に興味を持ったので、是非手合わせ願いたい」


 きっぱりと告げると鮑凱は頷いていたが、やがて踵を返した。


「廉康が助っ人として連れて来るからには、余程腕は確かなのだろうな。

よろしい。ただし、娘に会わせる前に儂もそちらの強さを見たいのだが」

「いいでしょう」


 こうして庭に通された孟均は、鮑凱と試合うことになった。

 もう老年の域とは言え、鮑凱の纏う気迫は一介の武将に勝るとも劣らない。ずしん、と打ち込んでくる剣撃は重く、荊州に辿り着くまでに味わった、生まれて始めての命懸けのやり取りを思い出す。

 途端、孟均の剣筋に無駄な動きがすっと抜け、鮑凱が目を見張る。


「く…っこやつ、やりよる!」


 無心に繰り出される剣技と殺気に圧倒され、姿勢が崩れかけた瞬間、こめかみに剣先が掠った。


「あっ!」


 孟均が我に返り、慌てて剣を退く。尻餅をつき、ひゅーひゅーと荒い呼吸を繰り返す鮑凱の頭から、一筋の血が伝っている。


「鮑大人、許されよ!! 私は手合わせと言うのも忘れて何てことを……」


 顔色を変えて駆け寄る孟均が、先程の猛将と同一とは思えず、苦笑しながらも彼を制して鮑凱は立ち上がる。


「いや……貴殿の強さ、しかと見させてもらった。娘にとって不足はなかろう」

「若き頃はさぞ名を馳せた将とお見受けしますが」

「この荊州で身を腐らせている儂が、そんな大層なもんに見えるか? ただの親馬鹿爺に過ぎんよ」


 多少ふらつきながらも、手当てをと寄って来る家人に肩を借り、娘を呼びに屋敷に戻る鮑凱。その姿は、自分を育ててくれた関定を重ならせ、孟均は懐かしい思いに囚われた。


「あの爺、いい気味だ。三娘が生まれた時は向こうから許嫁を頼み込んどいて、いざ年頃になったら掌返して拒絶しやがったからな。ざまあみろだぜ」


 日頃の溜飲を下げたらしい廉康の憎まれ口にそれまでの感慨を吹き飛ばされ、孟均は不愉快な思いで後ろの廉康を睨み付ける。


「……怪我をさせるつもりはなかった」

「ふん。おい、娘の時もそんな気構えでいるんじゃないだろうな」


 孟均が言い返そうとした、その時。


「我が父上に傷を負わせたのは、お前か!!」


 やけに通る威勢の良い声。

 振り向くと、そこには馬に跨った絵姿のような若武者がいた。いや、よく見るとそれは鎧を纏った女性だった。

 流れるような髪が日の光を受け眩しく靡き、きつく引き結ばれた唇に引かれた朱が艶めかしい。鎧を着るには不釣合いの、溜息が出るほど華奢な体付きだが、彼女にはそれが不思議としっくり来るような迫力に満ちていた。きりりと吊り上がった双眸が、怒りに爛爛と輝いている。

 化物娘と聞いて、どんな女丈夫かと想像していたら。


 美少女だった。それも半端ではなく。年頃は玉華と同じくらいだろうか。彼女とは美しさの質が違うが、大抵の男はコロリといきそうだ。


(これは……評判になる訳だ)


 孟均は納得した。求婚者が後を絶たない理由と……廉康の執着の理由。


 しげしげと見ていると、彼女の視線が廉康に向き、きつい眼差しをますますきつくする。


「性懲りもないわね、廉康。既に私の答えは聞いたはずだけど」

「そうかもな。だが鎧が欲しけりゃ作ってやるとも聞いたぞ」

「それでここに来たってことは……手に入れたのね?あれを」

「ああ、南海赤龍鱗甲。本物だぜ」


 どうやら廉康は、会って欲しければ南海赤龍鱗甲を持って来いと条件付けられたらしい。この娘、見てくれは美人だが、廉康の言う通り高慢なのかもしれない。

 得意げな廉康の様子に舌打ちすると、彼女は忌々しげに吐き捨てた。


「最近、賊が多数出没するって聞いてたけど、やっぱりあんただったのね。そういう手段を選ばない所が相変わらずだわ。でもそこまでする?確かに私はあんたを拒んだけど、だからって父上に怪我までさせて」

「おいおい、おやっさんをやったのはあいつだぜ?」


 下品な笑いを顔に貼り付けたまま廉康が指差すのにつられて、彼女が孟均を見た。燃えるような瞳の中に彼が映っている。


「私が鮑三娘よ」


 馬に乗ったまま矛を突き付けてくる鮑三娘を唖然と見上げていたが、名乗るよう促されて気を取り直す。


「花帽童だ」


 孟均がそう名乗ると、鮑三娘は片方だけ眉を上げた。


「知ってるわ、近頃名を上げてきた傭兵団の頭……けど廉康如きと手を組んでちゃね。…で、貴方も私をものにしようってのこのこ来た馬鹿の一人って訳?」


 愛らしい唇からぽんぽん飛び出す毒舌に信じられず、孟均は顔を顰めた。彼は今まで、これほど「じゃじゃ馬」という言葉で収まらない娘を見たことがない。


(可愛い顔をして……玉華殿とは大違いだ)


 ふと、彼女を玉華と比べている自分に気付き自嘲する。


「何がおかしい!!」


 それを己への嘲笑と取ったか、鮑三娘はゴツッと矛で地面を突いて憤慨する。しかし彼女の高飛車な態度に苛ついているのは、孟均も同じだ。


「生憎、あの立て札の件に興味はない… 俺は南海赤龍鱗甲を廉康に譲る条件として、噂の女丈夫の腕前を見てみたいと言って連れて来てもらったんだ」


 本心からそう言ったが、そうした言い訳は聞き飽きているのか、鮑三娘は鼻を鳴らしただけだった。


「聞けば生まれながらの婚約を蹴り、家を巻き込んで男共を試す勝手振る舞い。それだけならいいが、許嫁に無茶な条件を突き付けて会いもしないのは傲慢だ。せめて約束通り、鎧だけでも作ってやってくれないだろうか」


「女と思って舐めるんじゃないよ!!!」


 突然、鮑三娘は顔を紅潮させて口汚く罵った。


「一度しかない人生、どうして他人に決められなきゃいけないの!! 父上は愛してるけど、それでも譲れない。操を捧げる相手くらい自分で決めるわ。この人のためなら死んでもいいって男にね。最初は猛反対されたけど、今は折れてくれて……我が侭だって分かってる。その父上を、貴方は……!」


 身を震わせ、怒りを滲ませて睨み付ける鮑三娘に、孟均は己の姿を見た。胎内にいる内から生死を左右され、張飛の恩情に救われ、母の望みにより関定の次男として過ごすはずだった自分。

 思えば他人に委ねられた人生だった。それを壊してくれたのは、他ならぬ関定だった。関羽に会いたいと思う心を汲んでくれ、ここまで育てて送り出してくれた父。彼に報いる為にも、自分で選んだこの無茶な生き方、貫きたい。


「御父上を傷付けたことは言い訳しない。相手が本気なら応えるのが礼儀。君も鎧を身に纏うなら、その覚悟があるはずだ。俺はただ、純粋に君と戦えればそれでいい。それだけでいい」


 孟均の静かな言葉に驚いた表情を見せていた鮑三娘、やがてフッと不敵な笑みを浮かべて矛を構えた。


「いいわ。南海赤龍鱗甲のことは約束だったし、作ってあげても。ただし、その前にこの私と勝負よ!!!」


「参る!!」


 部下たちに手を出さずに見届けるよう指示すると、ひらりと馬に跨り打ちかかる。

 数十合、打ち合ってみて分かったが、確かに彼女は強かった。鮑凱のような重い剣撃はなかったが、女性ならではの身の軽さと小回りの利く短身痩躯、何より繰り出してくる一撃一撃が恐ろしく速い。今まで彼女の美貌に眩まされ、数々の男たちが沈められていったに違いない。


(これは……甘く見ていると、負けるな…)


 女性と思っていては油断を招く、何より彼女の自尊心を汚す。それだけはしたくなかった。彼の闘争本能に火を点け、高揚感をもたらしてくれる好敵手には。

 一方、鮑三娘も今までにない打ち返しに驚異を感じていた。


(強い…!! それに……)


 傲慢だ勝手だと詰りながらも、彼は彼女の生き方を認めていた。それどころか他の男共と違い、自分を女だからと決め付けない。一介の兵として見てくれている。


「…………」


 いつしか流れる汗も忘れる程、鮑三娘は笑みを浮かべていた。孟均もそれに歯を見せて返す。お互い、喜びに満ちた表情だ。


「嬉しいよ!!」

「俺もだ!!」


 なかなか決着がつかない手合いに、部下たちや鮑家の家人は固唾を飲んで見守っている。


「凄え……主さんと互角って、何て娘御だ。こりゃそこらの男は歯が立たないはずだぜ」

「御嬢様をあそこまで追い詰められる者がいたとは……」


 呆気に取られる面々は、しかし廉康が舌打ちしながら懐を探っていたのに気付かなかった。


「もらった!!」


 一瞬の隙を突き、矛を振り被る鮑三娘。


「しまっ…」


 やられる! と思った瞬間、いきなり彼女の馬が暴れ出す。


「きゃあっ!?」


 振り落とされ、地面に叩き付けられる鮑三娘に剣を向けようとして……孟均は様子がおかしいことに気が付いた。


「?」


 馬を降り、倒れている鮑三娘の側をすたすたと通り過ぎる。孟均が剣を降ろしてしまっていることに、彼女は激昂した。


「ま、まだ勝負は終わってない! 情けをかける気か!!」

「勝負どころじゃない。これを見ろ」


 ぐい、と暴れている馬の手綱を引き、首の辺りを見せる。

 そこには小さな矢が刺さっており、彼女は口元を押さえて絶句する。


「吹き矢だ。恐らく……」


 こんなことをするのは。


 孟均は視線をさ迷わせていたが、廉康の方をギッと睨み付けた。刺さるような視線に、ヒッと身が竦んだ廉康は、慌てて仕舞おうとした吹き矢の筒を落としてしまう。


「廉康……あんたって男はどこまで」

「あんな奴でも一度した約束は守ってくれよ」


 立ち上がろうとする彼女を制し、孟均は彼の元へ大股で間合いを詰めた。剣を首筋に突き付けると、廉康は真っ青になって動けないでいる。


「鎧は出来たら届けてやる。二度とここへは来るな」


 低く抑えた声と、殺気をちらつかせた眼差し。その憤怒の表情は紛れもなく関羽の血が為せるもので、廉康は恥も外聞もなく悲鳴を上げて逃げ出した。


「……下衆が」


 剣を収めると、孟均は呆然となっている鮑三娘を助け起こしてやった。


「水を差されたな。勝負は君の勝ちだ」

「…え」


 まだぽかんとしている様子が抜け切らない彼女に苦笑すると、孟均は背を向けた。


「邪魔をした。帰るぞ、お前たち!」



 そうして門を出ようとした時、我に返った鮑三娘は声を張り上げる。


「ま……待って!」


 今までの威勢の良さとは打って変わった弱々しい声に、今度は何だと振り返ると、駆け寄って来た鮑三娘が孟均の腕に縋り付いて止めた。


「待って下さいませ、花帽童様…!」

「花帽童…『様』……?」

「私、決めました」


 事態がよく飲み込めない一行が目を白黒させる中、頬を赤く染めた鮑三娘から衝撃の一言。


「鮑三娘は、花帽童様に嫁します!!」


 ………………


「ええええええええっっ!!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう孟均。その腕には、恋に落ちた可憐なじゃじゃ馬姫が。


(冗談じゃないぞ……!)


 一難去ってまた一難。玉華と言い、自分には女難の相があるのではと今更ながらに思う孟均だった。


鮑三娘、その他:「花関索伝」の登場人物。

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