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第二話「災いの芽は前触れもなく」

「まだまだ! お願いします!!」


 若さを感じさせる威勢の良い掛け声と共に、剣の打ち合う音。しばらくして、静かになったと思えば、ドサリと尻餅をついたらしく。孟均が地面に手を付いて激しく息継ぎをしていた。


 劉備たちの屋敷のちょうど中間に当たる広場で、趙雲は孟均の剣術修行に付き合っていた。半ば強引に婚姻を勧められて、今の自分には身に余ると納得できず、せめて一日も早く強くなりたいと、徹底的な指導を頼み込まれたのだ。

 しかし趙雲は、孟均の真摯な願いの裏に隠された本音に気付いていた。



「剣に、迷いが出ているな」


 休憩を言い渡し、助言を請われた際に、趙雲ははっきりと言い渡した。


「その迷いを吹っ切ろうとして、余計に邪念が入る。それが剣を曇らせる。いくら剣の才があれども、それでは己の命さえ危険に晒す」


 その言葉に自覚していたのか、孟均は俯いてしまった。


「はい……私などまだまだで」

「言っておくが、これは若さや腕の問題ではない。

君は、義父上や殿に絶対の忠誠を誓っているね? それは私とて同じであるし、とても良いことだと思う。だが……

表は従順を装っていても、心に受け入れられないことを無理に抱え込んでいては、それは作り物とは言えないか」


 ぎくり、と体が強張った。自分では気付かなかった、いや目を逸らしていた事実を見透かされたようで。

 義父のことは理解していたつもりだった。誰よりも劉備や張飛ら兄弟の絆を第一とし、どんな権力や道徳にも屈せず、必要とあれば例え血の繋がった者であっても斬り捨てる。

 分かっていて、付いて行くのを選んだのは自分だ。それでも父を、関羽を愛していると断言できる。


 けれど、一方で……

 自分と母を捨てた父への妄執。愛してくれない、実子と認められないことへの歯痒さ。自分自身の未熟に対する不甲斐無さ。孟均の内には、どんなに否定しようと拭っても拭い切れない闇があった。抱いてはいけないのに、抱えていても仕方ないものなのに。


 そんな思いを持て余していた時に湧いた、見合い話である。普通なら「光栄」と思って然るべき所を「過ぎた」と感じてしまうのも、孟均自身の闇への嫌悪から来るものであった。

 そして、秘めた淡い想いも……


「趙将軍は……義父に反抗でもしろと?」

「そうではない。ただ、言い付けを聞いているばかりではなく、その前に自分の考えも飲み込まずに伝えておいてはどうかということだ。婚姻の前に、何をしておきたいのか。如何にして踏み切れるのか。家長になる者として、己を見定めておきたいという望みは、必ずしも雲長殿を渋らせるものではないと思うね」


 自棄のような問いに苦笑しつつもそう答えてくれる趙雲。

 確かに、関羽は確固たる信念を持つ者は認めてくれた。孟均自身、そうやって養子という形でも付いて行くことを許されたのだから。

 流されるままに引き受けてしまっても、もやもやした心情などすぐ見抜かれる。そうやって父に軽蔑されるのは御免だった。


「分かりました。考えてみます……

ところで、将軍なら殿からの勧めを受けますか?」

「状況次第だな」


 ふと、趙雲の意見を聞いてみたくなった孟均は、質問をぶつけてみた。

 大体、年齢から言えば趙雲の方が先に娶るべきなのだ。だが不思議と彼にそれらしき話が舞い込んで来たことはない。


「私自身、まだ嫁を取る気はないし、機会がなければないで別にいい。殿に婚姻を持ちかけられれば応えるかもしれないが、興味がないのが伝わっているのか、それともまだ客分の立場なのか……今の所そういう縁はないな」

「そうですか」


 何だか自分と同じような考えだとも思ったが、同じことは言えそうにない。趙雲と自分とでは、経験も覚悟も重さが違う。


 とにかく、動かないことには何も始まらない。孟均は関羽が受ける幾多の見合い話にはらはらしながらも、自分探しを始めた。




 そんな訳で、孟均が始めたのが様々な依頼を引き受ける傭兵、所謂「何でも屋」である。剣の腕を活かし、諸侯の護衛や富豪の娯楽による試合などにも顔を出した。ただし秘密裏に、である。勝手な行動を養父や劉備に知られて迷惑はかけたくない。

 そこで「花帽童」と名乗り、捕えた強盗を帰順させて部下とし、活動を進めていた。その辺の手際の良さは、侠客を養っていた関家ならではである。


 ある日、元強盗の頭目である許抜山が仕事の話を持って来た。山中に現れる盗賊に許昌への貢物が次々と狙われているらしく、その退治をして欲しいとの依頼であった。


「何でも、呉には南海赤龍鱗甲があるらしく、賊はそれを探してるって話です」

「南海赤龍鱗甲か……確かに貴重な代物だが。拘る理由でもあるのか」

「何だっていいわな。どうせ曹操の手に渡すぐらいなら、先回りして俺たちで奪っちまいやしょう!」


 もう一人の部下、趙拿雲の物騒な物言いを宥めつつ、孟均は支度を始めた。

 曹操と聞いて、ふと彼の血族である玉華の顔が過ぎる。だがどんな拘りがあろうと、依頼は依頼。傭兵はただこなすのみである。



 こうして盗賊が現れるという道中に連日身を伏せていた孟均だったが、ついにその日がやってきた。

 呉からの使者という者が運んで来た貢物に、突如襲いかかる盗賊たち。あわや皆殺しにされると思ったその時、孟均たちが踊り出て牽制し始めた。

 打ち合ってみて分かったが、頭目は腕が立つものの後は烏合の集。あっと言う間に散り散りになってしまい、盗賊たちは降参するしかなかった。


 捕えた盗賊の頭は、名を廉康と言った。聞けば驚いたことに、そこそこ身分も立つ男のようだ。それがごろつきを集めて盗賊をしていたとは……


「何故、南海赤龍鱗甲を狙う?」


 気になっていたことを聞いてみた孟均だったが、廉康は若造と侮ってか、馬鹿にした笑いを浮かべるだけ。

 が、趙拿雲が例によって


「割らないなら仕方ありやせん。とっとと首を刎ねましょう」


などと物騒なことをあっけらかんと言うものだから、慄いた廉康は白状するしかなかった。


「鎧だ! 鎧を作るんだよ。南海赤龍鱗甲があれば、最高級の防具が作れるからな」

「鎧だと?」


 南海赤龍鱗甲が防具の材として最適なのは孟均も知っているが、問題は何故そうまでして鎧が欲しいのかである。ここまで来れば、個人的な好奇心ではあるが。

 その時、部下の一人でこの辺の噂に詳しい張擒龍が口を開いた。


「この先の鮑家荘という所には、鎧を作るのに長けた娘がいると聞きます。廉康はこの娘とかつて許嫁同士だったとか……」

「かつでじゃねえ!! 今だってそうだ!!」


 張擒龍の言葉を遮るように、縛られたままの格好にも構わず、廉康は真っ赤になって怒鳴った。


「あの女、生まれた時から俺の妻になると決められていたのを、認められないとか言い出しやがって、『自分と戦って勝った者を夫にする』なんぞ公言したもんだから、文句言おうにも求婚者が後を絶たなくて、今となっちゃ話すらまともに出来やしねえ」

「……と言うことは、お前はその娘に負けたんだな」


 許抜山の容赦ない一言に、廉康は屈辱と怒りに満ちた目を向ける。


「勝てるならば、わざわざ南海赤龍鱗甲で気を引く必要もあるまい」

「……五十合もしない内に追っ払われたよ、くそ! 化物娘め」


 悔しさに歯噛みする廉康に、孟均は驚きに目を丸くした。この廉康という男、孟均には負けたもののそれなりに強い。そんな彼を退けたとは、女だてらに将軍でも務められそうではないか。おまけに、家が決めたことだろうと真っ向から歯向かう気の強さ。道に悩んでいた孟均には羨ましいくらいの清々しさである。一体どんな女傑なのか。


「……使者殿。護衛の駄賃は、南海赤龍鱗甲でどうだろうか」


 不意に、孟均は呆然と成り行きを見守っていた男に声をかけた。


「へえ? し、しかし…」

「命あっての物種でしょう。盗賊はそれが目的だったのですから。全部寄越せという訳ではありません。これくらいでどうか」

「はあ、それくらいなら何とか……」


 ぎりぎり一人分の鎧が作れるだけの赤龍鱗甲の交渉が成立すると、孟均は廉康に交換条件を持ちかけた。


「廉康、ここに赤龍鱗甲がある。これをお前にやるから、俺をその鮑家の娘に会わせてもらえないだろうか」


 普段、女に興味も示さない朴念仁だと思われていた孟均から、意外な言葉を聞けたと部下たちが騒ぎ出す。廉康はせせら笑った。


「貴様がか? ならあいつと戦わなくてはならないがな」

「無論、そのつもりだ」

「自惚れるなよ若造。貴様の腕は認めてやらんでもないが、女と侮ってはあの化物娘にはそうそう勝てん」

「そこまで聞いて侮る程、自惚れてもいないが、やってみないと分からないさ。それに、お前もこのままやられっぱなしでいる気はないだろう? 少なくとも、鎧を作らせる余地は出来るかもしれないぞ」


 廉康の言葉に怯むどころかますます興味を示した様子の孟均に、どよめいたのは部下たちである。


「おいおい、主さんよ。盗賊に手を貸してやろうってのかい」

「俺の実家は、そう言った類の食客をゴロゴロ抱えているからな。それにこれは盗賊じゃない、恋に狂う一人の男としてだ」


 視界の隅で、廉康がゲッと露骨に顔を顰めていたが、鮑家の娘への懸想は明らかだった。自尊心に歪められてはいるが、彼女への思慕は許嫁であるが故以上のことだろう。


 ――定められた縁、闇がもたらす狂気――


(どうも他人事とは思えぬよな……)


 何故か玉華のことが思い浮かび、頭を振って打ち消す。部下にからかわれ、鼻白んでいた廉康だったが、やがてニヤリと口元を歪める。


「面白い。そこまで言うなら……あの女の鼻をあかしてやれるんだったら、付いて来るんだな。報酬は、あいつが作った鱗甲鎧を譲るってことで、どうだ?」

「いいだろう」


 元々、彼女の姿を拝むだけのつもりだったが、思わぬ収穫が出そうだ。

 さて噂の女傑はどんなものかと、孟均は期待を胸に、敢えて廉康の企みに乗るのだった。


南海赤龍鱗甲は「花関索伝」に登場しますが、本来は関索が使者を殺して奪ってます。

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