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第一話 誕生日

 間違っていたんだ。


「やめろおお!」


 選択を間違っただけなんだ。


「来るなあああああ!」


 ただ、それに気が付かず思い違いをしていただけなんだ。


 何かあっても、どうにかなるって思ってた。けれど、それはひどい思い違いだった。


「誰かああああ!」


 人は弱く脆くて臆病で、醜く傲慢で残酷だ。自分が助かるためなら他人を犠牲にしてでも生きようとする。


「助けてえええええええええ!」


 犠牲にされた人は助けを求め、ありもしない何かに祈りながら、必至にもがいて、もがいて、もがくけれども、現実は簡単にそんな祈りを裏切る。



 突然左腕に痛みが走る。


「っぐあああああああああああああああああああああ!!!!」


 僕の左腕は成人男性の手の位の大きさの歯を持った化け物に噛まれていた。


 しかも、勢いよく噛みつかれたせいで、左腕は歪に曲がっており、いきなり圧迫された事により行き場を失った血液が血管を、そして皮膚を突き破り噴き出す。


「・・・は?」


 目に映しだされる左腕の光景を認識することはできても、実際にそれが起きているという現実を理解できず、否定するかの様に無我夢中で化け物の顔を右腕でひたすら殴る。


「ぁああああああああああああ!はなせえええええええ!」


 そんな事を化け物は物ともせず、徐々に噛む力に力が入り、雑巾から水を絞るように血液が排出されていく。


 ゴク・・・ゴク・・・ゴク・・・ゴク・・・


「こ、こいつ!僕の血を!うがあああああああ!!」


 まるで新鮮な果実から果汁を搾り、飲むかのように、排出されていく血を口の中に止め、味わってから喉の奥に流し込んでいく。


 さらに噛む力が強まり、血がさらに噴き出す。口の中に納まりきらない血液がピチャ・・・ピチャ・・・ピチャ・・・と滴っていく。


「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 休むことなくひたすら殴る右腕に痛みが走る。血液を失い続けているためか、それとも悪化する現状に恐怖を覚えてか、体全身が震える。強く握り締めたはずの右腕には力が入っているのかすら分からない。


 そんな状態でも認識できたのは、特に鋭いわけでもない、奴の大きな歯が僕の左腕から離れ、すごい勢いで迫ってきている事だった。


 噛まれていた左腕が自由になった。


 慌てて逃げようとするが、怪物が僕の体を掴み力強く握り締めた。


「ガハッッッ!」


 肺の中の空気が搾り出され、息を吸いこもうとするが肺が膨らまず、酸素と取り込む事が出来ない。


 せっかく解放された左腕を引き抜く事ができない。振り払おうと必死にもがくが、返って握り締める力が強くなるだけだった。


 唯一僕に許されたのは、少ない空気で搾り出した渇いた叫びを発する事だった。


「や、やめ・・・やめろ・・・お・・・ゲハ・・・!」


 叫んだ瞬間。1秒が1分になったかのような錯覚する。


 ゆっくりと口が閉じていく。


 飛び散る血液。グチャッと音をた左腕を挟み込む大きな歯。既に骨が折れ変形していた僕の左腕がさらに折れ曲がる。激痛が走るが声にならない叫びがでる。


「―――――――――!!」


 激痛から逃れようとに下唇を噛むと、血の味がした。動かせる足と頭を振り回し、痛みから逃げようとするが逃げられる訳もない。


 すると、左腕の圧迫感が消えた。一瞬、解放してくれるのかと、ありもしない事を考え、化け物をを見ると口を開けたまま閉じようとしなかった。


 ただ、化け物の口はニヤッと笑っていた。そうして、再び近づいていき、やがては歯と歯でプレスされていく。


「んぅーーーーーーーーー!!!!」


 しかし今度は一度では終わらなかった。何度も何度も何度も何度も何度も何度も化け物口は開閉を繰り返した。


 グチョ・・・ゴリ・・・・グジュ・・・ボギ・・・ブシャァ・・・


 左腕の骨が粉々に砕かれ、血液が溢れだす。


 左腕から聞こえる音がなぜか良く聞こえた。化け物の口が閉まる度に辺りには血液が飛び散り、あたりは鉄分を含んだ血の匂いが漂う。


 やがて左腕の感覚がなくなり。まだ左腕があるのか。それとも、もう無いのか分からない。


 もう見たくない・・・見たくはない・・・心ではそう思っていても、目を逸らすことができない。


 化け物が大きく口を開いた。とうとう左腕を噛み千切ろうとしているのだ。


 しかし、目に映ったのはひどく痣はできているが、決して折れ曲がってはいない左腕だった。


 それを見た瞬間、体に力が入った。最初から傷なんて無かったんだと心で理解する。勢いよく左腕を引き抜こうとする。


 だが、動かない。左腕が動かない。だが足には力が入る。思い切り化け物の足を蹴り転ばせる。


 転んだ弾みで僕を掴んでいた手が緩んだ。だが、化け物は転びながらも口は閉じようとしている。


 開いた口が閉じるよりも早く拘束を振りほどき、僕は左腕ごと体を思いっきり後ろに引き抜きそのまま後方へと全力で走る。


「ハァ・・・!ハァ・・・!や、やったぞ!!逃げれる!!」


 息を切らしながら、化け物とは真逆の方向へと全力で走る。


「左腕は折れてなかったんだ!!」


 ひたすら走る。後ろを振り返りながら走り化け物を見ると、さっきいた場所でずっと口の開閉を繰り返してる。


 ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ


 一瞬、笑っていた様に見えたが気のせいだと無理やり自分を納得させ、追いかけてこない化け物を後目に、転びそうになりながら無我夢中で走る去る。


 しばらく走っていると前方に人影が見えた。しかし街灯と離れており、暗くて良く見えないが、服を着ているように見えない。近づいてみると茶色の布で体が覆われている。異様な光景ではあるが、つい先ほどまで異常な状況であったため、気にも留めない。


「あ、あの!あっちに歯が大きい化け物がいたので逃げてください!!」


「・・・・・・」


 反応が無い。


「聞こえてますか!?あっちに化け物がいたんです!!」


「・・・・・」


 反応が無い。けれど、何か聞こえる。


 気にせず逃げたほうが良い。寧ろ身代わりに・・・いや、そんな事したら、あいつと同じだ!っと心の中で呟き、逃げるという選択肢を消し、人影に近づく。 


「あの?聞こえていますか?」


「・・・・・・」


 ゆっくりと近づいていく。あと1メートルくらいで手が届く。嫌な予感がする。足取りが重くなる。しかし、それでも近づき、手を肩にかける。


「聞こえていますか!?」


 叫ぶと同時に右手で体をこちらに向ける。


「あぁ~・・・?なんか言ったかお若いの?」


 イヤホンをしたお婆さんだった。イヤホンを外しながらこちらを見る。変な布で体を覆っていると思ったら、イヤホンで音楽を聴いている。


「あ、えと・・・む、向こうに化け物がいたんです!で、ですから逃げたほうが良いですよ!!」


 右手で元来た方向に指を指しながら告げる。


「はぁ~。そうじゃったのか。所でお主、その左腕はどうしたんじゃ?」


 化け物の事は気にも止めていない様子で、左腕の痣の事を言われた。化け物にグチャグチャにされた光景を思い出し、反射的にビクッとしてしまった。


「あ、これは化け物に噛みつかれたんです。でも、痣ができた程度なので、大丈夫です!」


「・・・そうじゃったのか・・・」


「ではこれで!本当に化け物がいたので逃げたほうがいいですよ!それじゃ!」


 そう言って走り去ろうとしたところをお婆さんに止められた。


「あ~、これこれ。そんなに急ぐではない。ちょうどそういった傷に効く薬を持っていたんじゃ。ほれ、これじゃよ。持っていけ。」


 そう言われて渡されたのは、飲み薬だった。


「えっと、お婆さん?痣は普通塗り薬とかじゃないんですか?それと、人から貰った薬を飲むわけには・・・」


「大丈夫じゃよ。儂もつい最近同じような怪我をしてな。その時、先生にこれを飲めば痛みを和らげてくれるって言ってたんじゃよ。それとその左腕、動かないんじゃないかい?」


「え・・・まぁ、左腕はちょっと感覚もなくて動かないんですけど・・・でも」


「あ~分かった分かった。飲むか飲まないかは好きにすりゃぁええ。捨ててしまってもええから。だからその薬は持っていきなさい。」


「・・・分かりました。あの、ありがとうございます。」


 そう言って、ポケットの中に薬をしまう。


「ええんじゃ。ええんじゃ。どれ、儂もそろそろ帰るとするかの。」


「はい。お気を付けて。」


「はいはい。ありがとう。」


 そう言って。一分にも満たないやり取りを終えてお婆さんは暗闇の方へ歩いて行った。


「良し。僕も急いで家に帰ろう。」


 追いかけてきていないと思うが、急いで家に帰ることに越したことはないので、駆け出す。


 その姿を暗闇から覗くものがいた。


「・・・・・・」


 しばらく走っているとやっと見慣れた光景が目に映る。子供の頃よく遊んでいた公園だ。ここからは住宅地も近い。


「ハァ・・・ハァ・・・こ・・・ここまで、くれば・・・ハァ・・・ハァ」


 ずっとで走りっぱなしだったためか、足に力が入らずガクガクと震える。しばらく休めばまた走れるだろうと公園のベンチに座る。


 息を整えながら、さっき起きた状況を振り返る。そして、一人の女性の顔を思い出す。


「ハァ・・・ハァ・・・あの女・・・ハァ・・・」


 僕が今こうして辛い思いをしているのは全てあの女のせいだ・・・。


 数十分前の事を思いだす。高校の同級生の山田君に誘われ、他校の生徒とボーリングやらカラオケに連れて行かれた。山田君とも別段仲良くは無いが、人数合わせで無理に誘われ、用事もなかったから行くことにした。思ったよりも遅くまで遊んでいて、夜遅いからという理由で男女ペアで男子が女子をを送って行くということになり、たまたまペアになった女・・・美紀を送りに行く最中。


 美紀がが口を開いた。


「実は私・・・君の事いいなぁ~って思ってたんだ。だから君に送ってもらえるって知った時ちょっと嬉しかったんだ」


「え!ほ、ほんと?」


「うん。歌も上手いし、顔もカッコ良くは無いけど・・・可愛いよね。今度さ時間が合ったら二人で遊ぼうね~!」


 そんな会話をしていて、僕に気があるんじゃ!とかうまくいけば彼女ができるかも!最初はちょっと嫌だったけど来てよかったなんて考えていて浮かれていたんだ。

 人通りの少なく薄暗い夜道。街灯は切れてしまっており、役目を果たしていない。こんな時頼りになるのは月明りのみだが、肝心な月も雲に隠れてしまっている。


 月を隠す雲が流れ、月を映し出す。月から放たれる淡く綺麗な光がこの世界の醜いモノを映し出す。


 体は大きく、2メートルは超えており体毛は一切無く、赤黒い体表。顔の大半は口で目は無く、唇は開いており大きい歯を見える。また、下半身よりも上半身が発達しており、小さい足の代わりに腕が大きく、その腕を利用してズシン・・・ズシンと歩いてくる。


 匂いを嗅ぎながらジリジリと近づいてくる化け物。突然、化け物は美紀に興味を示したかのように美紀の方をに顔を向ける。


 美紀は自身のほうに向き近づいてくる化け物を見て恐怖に顔を染める。


 そして美紀は、あろうことか僕の事を勢いよく化け物の前に突き飛ばしこう叫んだ。


「いやあああああああああああ!来ないでええええええ!こいつ!襲うならこいつにしてえええええ!私は助けてええええええええ!!」


 突き飛ばされた弾みで僕は転んだ。


「な!美紀さん・・・!」


 そしてあいつは僕を一瞥もせず走り去っていった。僕を身代わりに自分だけ助かろうとした。


 化け物も近い。慌てて起き上がり、必死に走って逃げる。絶望から逃げるように。けれどいとも容易く左腕を噛み砕かれた。


「そっか・・・全部本当だったんだ・・・だからあの人は・・・苦しまないようにって・・・」


 左手は既に原型をとどめておらず、肩から先はただの肉塊となっていた。


 まるで麻酔でもしているかのようだった。感じないんだ、何も。痛いのか熱いのか冷たいのか、何かに触れているのかすらもう分からない。


 気が付けば足元は、左腕だった肉塊から血が滴り、血だまりができていた。


 無傷だと信じていた左腕は、僕が僕の心を壊さないように作り出した幻想だった。


 自分の命の灯が既に消えかかっていることを理解すると自然と涙が溢れる。


「もう体は・・・動かないか・・・血を流しすぎた状態で、無理に体を動かしていたんだ・・・当たり前か。せめて・・・父さん・・・母さん・・・咲・・・最後に。もう一度会いたかったな・・・。」


 ズシン・・・


「なんだよ・・・せめて最後くらい・・・ほっといてくれよ・・・」


 今度こそ僕を食べるつもりなのか。今までにないくらい大きな口を開けた怪物がいた。


「・・・くちょう・・・。生きたい・・・まだ、生きたいよ・・・!!ぼぐは・・・まだ・・・いぎだでいだいよ・・・!!」


 そして、化け物の大きな口が閉まると同時に僕が感じることができたのは生臭さと血の匂い。そして、ただの暗闇だけだった。


 ジュウ・・・という音をたてながら少しずつ、少しずつ自分の体が溶けていく。嘔吐物の様な臭いと全身を襲う痛みが人生最後の記憶になる。


「・・・・・」


 叫ぶ気力も無く、ゆっくりと消化されていくのを待っているだけの時間。


 何をしても、変わらない。もうすぐ僕がいなくなる。もう、終わりか。


 スパン!ビチャァ!!


 僕は暗闇から解放された。


「はぁ・・・やはりこうなったか。さっき渡した薬を飲んでおけば苦しまずに逝けたものを。まぁ、飲む飲まないは自由だって言ったしな。」


 僕の目に映る世界は暗闇から赤く染まっていた。首を少し上げると。


 そこには裸の女性が立っており、髪は真紅(しんく)に染め上げられ、目は赤く輝きを放っていた。女性の細い手はドス黒い血液に染まっており、女性が手を振ると、手に付いた血液が全て地面に飛び散った。


 筋肉から力が抜け首を支えられずに、地面に頭をぶつけると足元に目がいく。茶色い布が落ちていた。


「あ・・・・・」


「ほぉ?まだ息があるのか。大した生命力だな。ふむ・・・そうだな。人間にしておくのは惜しい。後は儂がやっておく。お主、名は何という?」


 女は鋭利な爪で己の指先を傷つけ、化け物の死骸からできる血だまりに一滴血を流した。


 すると、血だまりはまるで生き物になったかの様に僕の体を包み始め、体の中に入ってくる。異物が体の中に入ってきている。抵抗する力も無くなすがままだった。


 本日何度目かの異様な光景を見ながら薄れゆく意識の中、名前を告げた。


日下(くさか)・・・(りん)


「日下 凛。其方は今日から、人ではない。この言葉忘れるでないぞ。」


 こうして僕の意識を失った。


 そして、人ではなくなった。

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