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in the Rain.

作者: イリ

2014年に出だしだけ書きかけていた作品を思い切って書いてみました。

その当時にどんな結末にしようとしたのか、どんな話を書こうとしたのか、まったく記憶にありません。

本来、自身は結末を先に書き、物語を執筆するのですが、肝心な結末がなかったので、自身ではなかなかやらないエンディングを持ってきました。

どうぞ、お読みください。

 雨が上がる前には、本当は帰るつもりだったんだ。


「傘、確かロッカーに入れてたはずだ」

 階段を下りた後に、ふと頭に過ぎった。窓の外を濡らす雨を見ながら、何で教室を出る前に思い出さないのだろうかと、溜息を吐く。

 教室までもう一度戻ろうか躊躇していた。どうせ、通り雨だ、駅までは十分だし。駅に着いたら家に電話して車で迎えに来てもらえば、そんなに濡れることもないだろう。

 階段を昇るのが億劫だったのだ。そのまま帰ろうと、足を玄関に向けた時に聞き覚えのある声がした。

「今日この後、約束してるのにぃ」

 菜ノ花だ。一か月前までは、僕の彼女だった。別れてから彼女の事は何となく避けていた。

「待ち合わせしてるんだっけ?」

 友達がそう尋ねると、口角をキュッとあげ、うんと頷いている。鞄の中から、スマートフォンを取り出して、細い指で画面をタップした。胸まである綺麗な黒髪が肩からゆっくりと垂れ、それを邪魔そうに耳にかけていた。

(やっぱ傘、取りに行こう)

 玄関に向けた足を、くるっともう一度階段へ向けた。それなりに好きだったんだ。去年まで同じクラスで、よく笑う子で、僕もそれを可愛いと思っていたし、菜ノ花もきっと好きでいてくれたはずだ。

 だけど、夏休み中に何となく始めたバイトであまり会えなくなってから、急速に気持ちが離れてしまったんだと思う。彼女が、不満を口にしても僕はどうにかしようと思わなかった。

 あの日もそうだ。夏休みもあと三日で終わる。暑くて、ベッドから動く事も面倒で、もわっとした部屋の中で漫画を読んでいた時に、連絡が来たのだ。


--今から、会えない?

 メールに絵文字もなく、ただ一言。それを見たときに、何となく予感はした。それでも、あの気温の中で彼女に急いで会うほどの情熱はなかった。

--夕方からなら、会えるよ。

 三時をまわり、風が少し冷たくなり始めた頃、いつもの待ち合わせ場所にしている公園のベンチに彼女はいた。

 ショートパンツから少し焼けた足を覗かせて、彼女のは誰かとメールをしている様だった。

「海翔」

 僕に気付くと、手に持っていたスマートフォンを鞄に入れ、小さく笑った。

「久々だよね? 10日ぶりくらい? 全然最近会えないよね」

 菜ノ花はおでこにかかる前髪をピンで留め、ベンチに腰を下ろさずにいる僕を見上げていた。公園には子供が数人遊んでいて、その声もが何だか遠くに聞こえたのを覚えている。

「んー。どっか行く?」

 頬にあたる風が、生暖かくて、じんわりと汗が滲む。菜ノ花はすぐには答えなかった。少し俯いて、長い髪の毛先を弄り、それから空を見上げてふぅっと息を吐いてから、僕の問いに答えた。

「じゃあ、ホテル行きたい」

 あまりにも意外な返答で、僕はたじろいでしまった。プラトニックな関係だった訳ではない。ただ一年一緒にいて、彼女から僕を誘う事はなかったのだ。

「いや、いいけど。じゃ……」

「うーそ。嘘だよ」

 その様子を見ながら笑った顔は、何処となくぎこちなく、上手く言えないけれど、悲しいというよりは、何かを諦めている笑顔だった。僕への期待、僕からの愛情、二人のこれから、いいや、きっと全てだろう。

「海翔ったら、全然あたしの事無視するんだもん。バイトで忙しいのだって分かるんだけどさぁ? そおやって放置されてたら、あたしも色々考えるんだよねぇ」

 ぷくっと頬を膨らませ、冗談ぽく怒ったふりをして、僕の次の言葉を待っているようだった。連絡返せてなくてごめん、僕が悪かった。もしかすると、そんな言葉を待っていたのかもしれない。

「……なの」

「だから! 別れてほしいなって! あたしも他に好きな人できたっていうか」

 今日は随分、僕の言葉を遮って話を進めるんだなぁ、なんて、こんな時でも僕は冷静だった。きっとこれは恋の終わりを告げる話し合いだ。理解していても、それを引き留めようとする自分はいなかった。正直、続けるのも終わるのもどちらでも良かったんだと思う。

 二人の時間を切り裂くように、ぽつりまたぽつりと、空から降る雫が僕らの体を濡らしていく。通り雨だ。この時期はよくある事だけれど、僕らは傘なんて用意してなかった。

「何も言ってくれないんだね。あたしの事、本当にどうでも良くなっていたんだぁ。せっかく会えたのに、雨も降ってきたし、散々だぁ」

 菜ノ花は、ははっと笑うと、それじゃあ、とベンチから立ち上がって歩き始めた。別れようとか、さよならとかの言葉はなかった。追いかける足もなく、彼女の後姿が見えなくなるまで黙って見ていただけだった。うだる様な暑い日の通り雨の中、僕らは終わった。


(好きな人、本当にいたんだ)

 傘を取りに教室に戻る途中にふと思う。何処かで、僕の気を引く為の作り話なのでは、と思っていた。本当はまだ僕の事が好きなんだろう、僕が戻ろうとすれば、簡単に戻れるんじゃないかとまで思っていた。自分の都合の良さが恥ずかしい。ろくに返事もできなかったあの日の事を思い出しながら、階段を登りきると教室の方から声が聞こえてきた。

「……ってば!」

 女子の声だ。その声と重なるように、教室から気だるそうに男子が出てきた。僕に気付くと、バツが悪そうに舌打ちをし方向を変え、中央階段の方へと歩いていってしまった。

(気まずいよなぁ)

 傘を取るだけなのに、教室に女子が取り残されているのは間違いない。教室のドアを開けていいのか、時間を置くべきか躊躇った。何も気付かないふりして、さっと取って帰ろう、そう決めてドアを開けた。

 ガラガラと音が鳴ると、ほぼ同時に黒板の方へ向けてた体を僕に向けた。声を出す訳ではなく、ただ驚いた様に僕を見た。

「……長谷部じゃん。忘れ物?」

 彼女は様子を伺うように声をかけてきた。

「うん。外、雨降ってて。傘、置いてたなって。……清水は?」

 彼女とまともに話すのは、恐らく初めてだったと思う。今年初めて同じクラスになったけれど、共通の友人がいる訳ではなく、いわばグループが違うのだ。

「え。聞いてたんじゃないの?」

「いや。自分が来た時には多分、終わってたんじゃないかな」

 そっか、とぽつりと呟くと、清水はそのまま鞄を手に持った。鞄の中を一通り漁ると少しオーバーにあぁーって声を出して僕に笑いかけてきた。

「傘! なかったぁ。長谷部も地下鉄だよね? 駅まで傘いれてくれない?」

「いいけど……いいの?」

 一瞬、頭を過ったのはさっきの相手だった。恐らく、彼氏もしくは清水の好きな人だろう。そんな相手がいる最中、自分と傘をさして駅まで行くのは彼女にとってはデメリットなのではないか。

「だって、わたし、フリーだし! それに長谷部も彼女と別れてるんじゃーん? 噂で聞いたしぃ」

 不覚にも僕はドキッとしてしまった。僕の破局を悪戯そうに笑いながら、腕に巻きついてきたのだ。じめっとした空気に汗ばんでる僕の体に、彼女の冷えた腕がピタリと包み、どくん、と大きく胸が鳴った。その音が聞こえてしまったのではないかと、更に僕は焦った。

「女子ってそういう噂とか、本当好きだよな。ほら、もう行くぞ」

 焦りが伝わらないように、冷静にぼくはスルリと腕を抜いた。彼女の体温で少し冷えたはずの右腕が、やけに熱く感じた。じんわりと、彼女の温もりがまだ残っているのだ。どうしてもそこに意識がいってしまう。腕を組むなんて、大した事ではないはずなのに。

「さっきさ、一方的に振られたんだよね。半年も一緒にいたのに、終わるときって一瞬だよね。しかも、別れようって言わないの。わたしに言わせようとするの。男ってずるいよねぇ。だから、別れようなんて言ってあげないんだ。そしたら、そういう事だからって出てくわけ。最後まで言わないんだよ、あいつ」

 まるで、自分の別れ話をされているかの様だった。さあさあと降る雨の中、傘という周りから遮断された密室で、彼女は秘密を打ち明けるように、小さな声で話し始めた。別れたがっているのに何も言わない、まるで菜ノ花のあの日の気持ちを、彼女が代弁しているようだった。

「気持ちが無いのに一緒にいようとするけど、そういうのって分かっちゃうんだよ。分かっちゃうの。だからどっかで諦めないといけなくなるし、でもわたしだって気持ちあるのに! だから最後くらいちゃんと言ってほしいのにさぁ」

 耳が痛くなる話だった。菜ノ花はいつから、それに気付いてどこで諦めたんだろう。あの日はもう諦めていたのだろうか? それとも……。

 僕の中で色んな感情が、ぐるぐると掻き乱れていた。それが誰に対してなのか、後悔なのか、そんな事すらも分からない程、ぐるぐると回っていた。ぽとりと、傘から落ちてくる水滴が肩で跳ねる度に、あの日の菜ノ花の表情が鮮明に瞼の裏に蘇る。

「言われないと余計につらいの?」

 僕の言葉に清水は足を止めた。あっと、置き去りにしてしまわない様に僕も慌てて足を止める。急に止まった僕たち二人を、道行く人たちは迷惑そうに避けて通っていた。少し端に寄らないと、と清水に促すと僕の顔を両手で挟み、ぐいっと顔を近づけた。

「こうやって顔を近づけた時に、自分がもう映ってないって気づく事、男の人は知らないでしょう? 映ってないのに、好きだとか言ってみたりして。二人で始めた事を一人で幕引きするのがつらいかって? 当たり前じゃん。恋愛って一人でしてるんじゃないんだよ。ちゃんと言ってくれないと、さよならって言われないと諦めきれない事だってあんだよ」

 教室で感じたあのひんやりした感覚は無くなっていて、清水の掌は熱かった。泣いてはいなかった。うっすらと涙を溜めていたその目には、あの教室を出てきた男が映っているような気がした。うろ覚えなはずなのに、その男の表情までもが見えている錯覚に陥ったのだ。

 強気な発言とは裏腹に、少し震えている手が、清水がどれだけ相手を思っていたかは僕にだって分かる。あの僅かに聞こえた声は、恐らく彼を引き留めていたのだろう。

「清水、軽はずみに言って悪かったよ。雨に濡れてしまうし、一旦、手離してくれないか」

 ごめん、と俯いた彼女の睫毛に染みている水滴が、不謹慎ではあるが綺麗だった。それが雨なのか、涙なのか僕には分からないのだけれど。

「駅、もう少しだから」

 ゆっくりと歩き始めた彼女を見る事が出来なかった。追いかけれなかったあの日が、ただただ見ていたあの日の続きを見ているような気になっていたのだ。菜ノ花を追いかけて納得がいくまで話を聞く事も、引き留めて向き合う事もしなかった自分を今更恥じている。

 駅に着くと雨脚は更に激しく、僕らの足元は既にぐちゃぐちゃだった。駅まで十分の距離を僕らは気付けば三十分程かけて歩いてきていた。駅に着けば彼女とは行き先が別々になる。

「それじゃあ、雨も強いし、気をつけて……」

「長谷部」

 傘を閉じようとした僕の腕を、あの熱を帯びた掌が再び包んできた。どくん、とまた胸が音を立てて少し速くなった心音を必死で落ち着かせる。どうしてこうも脈絡なしに僕に触れてくるのだろう。

「傘、貸してくれない? 今日は雨だから、雨が降ってるから、例えばわたしの頬が濡れててもそれって雨の仕業でしょう? だから、傘借りてもいい?」

 あれだけ強がっていた彼女の頬は濡れていた。今度はそれが、涙だとはっきり理解した。きっと、ずっと泣きたかったのかもしれない。あの教室で話した時から、泣ける理由を探していたのかもしれない。あの言葉は僕ではなく、彼に言いたかったのかもしれない。声をかける事は出来ず、黙って僕は傘を差し出した。真黒な傘を受け取り、彼女は笑った。

「そんな顔して見ないでよ。通り雨なんだし雨、すぐ止むもん。じゃあ、長谷部、また明日」

 清水は、駅に入る事はなく、来た道を戻っていく。きっと、彼の所に行くつもりなんだろう。その後姿は傘が隠して何も見えないけれど、僕は暫くその場を動く事が出来ないでいた。

 ポケットでスマートフォンが振動した。その振動で我に返り、慌てて僕はスマートフォンを取り出し耳に当てる。ザーザーと降っていた雨が少しずつ、少しずつ弱くなってきていた。

「もしもし。海翔……」

 一か月ぶりに名前を呼ばれた。か細く、震えてるその声が誰なのか、画面を見なくても僕はすぐに理解をした。約束、はどうしたんだろう? と頭に過るも、そんな事はどうでも良かった。僕は、自分の感情に気付いてしまったのだ。

「少し、話そうか」

 あの日向き合わなかった時間を、僕はちゃんと向き合うことにした。今の気持ちを、あの時の気持ちを彼女から聞きながら、僕は話をした。時間にしてみれば、そんなに長い時間ではないけれど、彼女は笑っていた。


「雨、止んだね」

 道路一杯に水たまりを作った通り雨が過ぎ去り、雲の隙間から光を差した頃、僕がそう言うと、彼女は少し驚いて笑った。何言ってんの? と顔を膨らませて笑った。隣に立った僕の腕を叩きながら、もう一度、何言ってんの? と笑った。



いかかでしたでしょうか?

さて、海翔が最後にあったのは、一体、菜ノ花or清水どちらになるでしょうか?

読んでいただいた方によって、異なるエンディング、このお話のエンディングは読んでいただいた皆様の思う形にしてみてください。

本当に久々の投稿なので、感想など良ければ気楽にいただきたいです。

お読みいただきありがとうございました。

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