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ヤンデレの起源 -へーラーと六条御息所を中心に-

 前回は本作を記すうえでの前置きとなる独白や方針を綴ったが、今回は第1回目の考察として、「ヤンデレ」という単語が登場するより遥か昔の創作上の人物について考察していきたい。


 そもそも「ヤンデレ」の定義自体がひどく曖昧であると前回述べたが、その中でもある程度の共通点を見いだすことはできる。

 「ヤンデレ」といえば女性のキャラクターを思い浮かべる読者も多いと思うが、実はそれには大きな理由がある。

 「ヤンデレ」の起源を求めた場合、論者によってどこに始発点を置くかは大きく違うと思われるが、筆者は紀元前より語られる神話に「ヤンデレ」の原型があると考えている。例えば、ギリシア神話に登場する主神ゼウスの妻にして最高位の女神であるへーラーは、現代の「ヤンデレ」キャラクターに酷似した人物である。

 日本ではヘラの名前が一般的かもしれないが、やはりなんといってもその嫉妬深さが有名である。へーラーの嫉妬深さを表すエピソードは枚挙に暇がないが、ゼウスの浮気相手に留まらずその間に生まれた子供も対象に含まれるほど苛烈であることで知られている。ゼウスとへーラーの不和は両者の崇拝者が対立していた名残とも考えられている(注1)が、注目すべきはへーラーの攻撃性が夫であるゼウスではなく、浮気相手や間に生まれた子に向けられている部分である。

 見落としがちだが、へーラーは浮気したゼウスに罰を与えてはいない(ゼウスに攻撃を仕掛ける神話も存在するが、明確に浮気が理由で反旗を翻したことはない)。現実問題として女性が浮気した男性ではなく、その浮気の対象となった女性に嫉妬から危害を加えるケースも少なからず存在する。「ヤンデレ」も同様に、(事実関係に関わらず)思慕する異性(同性)ではなく競合する同性(異性)に攻撃の矛先を向けることが定義としてあげられることがあり、その共通点を辿ればへーラーがもっとも古い例ではないかと筆者は考えている。

 また、へーラーの神話は女性の嫉妬の恐ろしさの寓喩(注2)としても推察することが可能であり、今後考察する現代における「ヤンデレ」の流行の要因についても同様に考察することができる。ちなみにへーラー自身はゼウスと違って貞淑であり、この点についても現代の「ヤンデレ」に通ずる部分がある。


 翻って、日本における「ヤンデレ」の歴史についてはどうであろうか。こちらも日本神話のイザナミなどが候補に挙がるが、一説として日本における最古の「ヤンデレ」は、『源氏物語』の六条(ろくじょうの)御息所(みやすどころ)ではないかと考えられている。現代では『源氏物語』という作品の知名度に比べて御息所の名はほとんど知られていないが、古くから能曲や絵画などの題材として取り上げられることが多かった。そして、その多くの作品において、御息所の嫉妬の恐ろしさがテーマになっていた。しかし、『源氏物語』において、御息所は嫉妬で災いをもたらすだけでなく、主人公である光源氏との恋愛に悩む複雑な女性として描き出されている。

 元々、御息所は才覚と容姿に優れた身分の高い女性であった。故に年下の源氏は次第に彼女を持て余すようになったが、それに対して彼女は年上としての引け目、高貴な身分である誇りから源氏へ想いを打ち明けることができずに抑圧してしまう。このことが彼女の嫉妬を増幅させ、以降の物語では生霊や悪霊として、源氏の女君である夕顔や葵の上に仇を成す存在と化していく(注3)。一方で、後に御息所は自らの行いを知ったことでおののき、源氏からの愛を失ったことを悟った彼女は源氏との関係を断ち切っている。

 御息所はその嫉妬心ばかりが後世では取り上げられているが、彼女は自身の嫉妬に苛む繊細な女性であったことが読み取れる。現代の「ヤンデレ」キャラクターにも自己抑圧から凶行に及ぶパターンは数多く見られるが、そのルーツには御息所が関係しているのかもしれない。


 ここまでギリシア神話のへーラー、『源氏物語』の六条御息所を中心に「ヤンデレ」という単語が生まれる遥か昔の創作上の人物を考察してきたが、「ヤンデレ」の歴史が両者またはいずれかからスタートしたとは断言できない。両者は共に女性の嫉妬を描いているが、当然ながら当時「ヤンデレ」という概念も単語も存在しなかった。一応、古今東西の創作物に共通する漠然とした普遍的題目として遡ることは可能かもしれない。いずれにせよ「ヤンデレ」の類型キャラクターが既に存在していたことは確かなのだが、この問題については次回解説していくことにする。


 次回は、現代における「ヤンデレ」の誕生と変遷について考察していく。今回の考察は一見無意味に思われるかもしれないが、今後「ヤンデレ」の性質を検討していく上で重要な鍵となるので覚えておいて損はないだろう。



(注1)元来へーラーはペロポネーソス半島一帯に宗教的地盤を持ち、アカイア人から信仰されていた地母神であった。それに対して、ゼウスはバルカン半島の北方から来たインド・ヨーロッパ語族系征服者が信仰していた天空神とされている。ゼウスとの結婚は北方からの征服者との和合を象徴していると考えられている。また、ギリシア神話においてゼウスは様々な女神や地母神と交わっているが、これもへーラー同様に征服を受けた地域との和合や融合を、その地域で信仰されていた女神や地母神との婚姻によって象徴したことが原因と考えられている。

(注2)へーラーは婚姻と女性を守護する女神であり、古代ギリシアでは一夫一婦制が重視されていたことから。

(注3)『源氏物語』が成立した当時の婚姻形態が一夫多妻制かつ妻問婚であったことも考慮しなければならない。こういった当時の社会常識の違いも一因ではあるが、へーラーと六条御息所は同じ「ヤンデレ」でありながら似て非なるものであった。

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