【二人】の魔法少女
「そっち行ったよ夜子ちゃん!」
羽衣の声が聞こえて杖への魔力のチャージを一旦停止する。こちらに向かって突っ込んでくる怪物の顔面に魔法弾を炸裂させて空中に退避。
『ギヒィイイイイイイイイ!!?』
怪物は顔からモクモクと煙を上げながらそのままあらぬ方へと突っ込んでいき民家の塀に衝突。
「まったく品性の欠片もない悲鳴ね…」
呻きながら顔を抑えてのたうちまわる怪物に嫌な顔を浮かべながらアスファルトに降り立つ。
ここは夜の住宅地。民家の密集する場所だが私達以外人の気配はない。
これは羽衣の持つ【恋】のカードの魔法だ。自分と対象を結界で囲うことで周囲を他の存在のいない異界に変えることが出来る。こうすることで相手を逃さず、また周辺への被害を減らすことができるのだ。
「夜子ちゃーん!無事!?」
「傷一つないわ。安心しなさい。」
とたとたとこちらに走ってきたのがその私の幼馴染の如月羽衣。ピンク色をした郵便屋の制服のような格好に腰から真っ白な翼を生やし、大きなピンクのキャスケット帽子を被り、白い手袋をはめた格好をしている。彼女は私と同じ中学二年生。
魔法のアルカナ、【恋】のカードに選ばれ、魔法少女【ラブ・ラビリス】として日夜町の平和を守る為に戦う私の仲間だ。
対して私こと幽塚夜子は黄色い星のモチーフが散りばめられたフリルのドレスに白い手袋という標準的な格好だ。
「本当に大丈夫!?怪我隠してたりしない!?」
「だ、大丈夫だってば…」
…このようにちょっと心配性過ぎるところもあるが優しいくて良い子だ。必死の形相でぐいぐい聞いてくるのは嬉しいがちょっと困る…戦闘中だし。
『ギイイィィィィィァアッ!!!』
そのとき、瓦礫の破片が私たちに飛んで来る。すかさず羽衣が魔法の結界でそれを防ぐ。
「っと…無駄話しているうちにあっちも立ち上がったようね。ありがとう、助かったわ」
「ううん、なんでもないよこんなの。それよりどうする?」
二足歩行の巨大な牛…といったところか。身長は2mほどあり前足は筋骨隆々の人の腕になっている。牛の頭に巨大な角を生やし、全身は筋肉の鎧で覆われてひどく頑丈だ。突進を喰らえば一溜まりもないが軌道が一直線な分避けるのは容易い。
しかしとにかく頑丈なのだ。攻撃が通りづらく、延々と走り回る様は体力に底は無いのかと疑うほど。
「厄介ね…」
怪物、ジャバウォック。私達魔法使いが戦う怪物の名前だ。伝承や物語に出て来る魔物のような形をしていて突如現れては人々に危害を加える。この牛はさしずめミノタウロス型といったところか。
「それなら…とっておきで一気に決めるとしましょう?」
「うん!」
私は【星】のアルカナが描かれたカードを取り出し、羽衣に見せるように構えると羽衣も【恋】のカードを取り出し、添えるように【星】のカードを重ねる。
瞬間、二人の間に魔力のパスが繋がり、魔力の循環が始まる。それは心臓が刻むリズムに呼応するように、強く、早く、脈打ちながら二人の間を駆け巡る。魔力は二人の間を回るごとに増幅し、加速する。
二人の魔法使いのカードを重ねることで発動する魔力増幅の儀式、【スプレッド】だ。
私と羽衣は合図もなく背中合わせで並び立つとそれぞれの杖を巨大牛に向ける。
増幅した魔力を魔法へと変換しながら標的へと照準。
『グゥ…オォォォォォォォォォォッッッ!!!!!』
それを撃たせまいとするように巨大牛は決死の突貫を仕掛ける。しかし今度はこちらのチャージの方が早い。一人で扱うなら危険な量の魔力であっても、二人なら上手く、正確に操作することが出来る。だから魔力のチャージも魔法への変換も一人で放つよりずっと速い。
「「『暮れる世界の流星模様』!!!!」」
黄色とピンクの光が混ざり合って世界を眩い白へと染める極太の白い極光となって二人の杖から放たれる。
『アァッッッ!!!?』
巨大牛は魔法の光に呑まれると蒸発するように一瞬で消滅。そこには静かな夜の住宅地だけが残った。
「ふう…」
「お疲れ様。相変わらずすごかったねーさっきの魔法。」
必殺技を撃ち終わってスプレッドが解かれると体がずしん、と重くなる。大規模な魔法を使った代償だ。
「どっと疲れたわ…やっぱスプレッドなんてそうやすやすと使うもんじゃないわね」
「少し張り切り過ぎちゃったねー。でも二人で一緒にいるんだーって感じがして私はいいと思うけどな?」
「なに気色悪いこと言ってんのよ」
「きしょっ!?うぅ…ひどい…」
うるうると泣きそうになってしまった仲間を見てふう、と一息。
「羽衣もお疲れ様。頑張ったわね」
「夜子ちゃん…!うん、お疲れ様!」
ぱあっ!と輝く笑顔を咲かせる羽衣。それを見てまた私もふふ、と笑った。
私の名前は幽塚夜子。【星】のカードに選ばれ、魔法少女【スター・クレスト】として町の平和を守る為に戦う中学二年生だ。