9.「……俺、変な事言いましたか?」
「それでは、冒険団《新たな日の出》の新たな団員の入団を祝って……かんぱーい!」
「かんぱーい!」
人の好さそうな青年の言葉を合図に、歓迎会が始まった。場所は繁華街のとある居酒屋、そこの大部屋で行われた。集まった団員は三十名。スヴェンが自己紹介をした時に居た団員達のほとんどが来ていた。
一時間前、スヴェンはレアの用意した服を着て、自己紹介を行った。そのとき集会所に居た団員達の反応は良く、好意的に歓迎された。その後にレアが団員達に歓迎会を知らせて、この店に来ることになった。
歓迎会は急に決まったことだ。なのに、集まりは良かった。その理由はレアとケヴィンにあった。
「さぁ、いくらでも飲めよ! 今日はケヴィンさんの驕りだぜ!」
「しかも騒ぎ放題! さっすがレアが用意した店だ!」
歓迎会の費用は全部ケヴィン持ちで、場所はレアの父が経営している店で、他の客に迷惑が掛かりにくい最上階の三階。飲み放題に騒ぎ放題。この条件で来ない者はそういない。逆の立場なら、スヴェンも喜んで参加していただろう。
レア・ディーンの父の名前はオーグル。国内有数の大企業《ライフ商事》の社長だ。ライフ商事は人々の生活に娯楽をもたらすサービスを提供する会社で、洋服や飲食店、娯楽施設等を国内でいくつも経営している。その本拠地がファラス町にあり、社長一家もこの町に住んでいるという話だ。故に、この町における経営者一族の権力は強い。飲食店一軒の一階層を丸々借りるくらい、訳の無い話なのだろう。
しかし、だ。
「まさか社長令嬢なんてな……」
同世代の団員と馬鹿騒ぎしているレアを見て、スヴェンは呟いた。大声ではしゃいで酒を飲む姿は、どう見てもその辺の若者と同じだった。スヴェンのイメージしていた社長令嬢といえば、賢くて品があり、大人しい人種だと決めつけていた。
だけどレアはそのタイプには遠い。かなり遠い。正反対だ。
どうすればこんな子に育つのだろうか。彼女の両親に聞きたくなるほどだった。
「どーもスヴェンさん。ここ、いいですか?」
乾杯の音頭を取った青年が、スヴェンの隣に来ていた。
「もちろんだ……えーっと」
「アレンです。これからよろしくお願いします」
「あぁ。こちらこそ」
アレンはスヴェンの隣に腰を下ろすと、他の団員と同じようにレイジングでの話を聞いてきた。スヴェンは彼らに話したことと、ほぼ同じ内容を伝えた。
初めてレイジングに訪れた時の事、その後に冒険団に入団した事、そこから冒険者生活が本格的に始まった事、戦争に参戦した事、ここに来た切っ掛け等々、いろんな話をした。アレンはどんな話にも興味津々に聞いていた。
「なかなか大変な生活なんですねー」
「そうだな。一筋縄ではいかない。向こうは競争が激しいし、強いモンスターも多い。強くなれるが気も抜けない生活だ」
「噂通りの町ですね」
「アレンは興味あるのか。レイジングに」
「えぇ。少しは……」
アレンはビールを一口分だけ口に入れる。
「将来どうするか考えてて、冒険者も良いかなって思ってるんですよ。で、最近までレイジングにいた冒険者だっていうから話が聞きたくて」
「なるほどな……」
冒険者の生活は、所属する冒険団に大きく左右される。持ち込み依頼が多ければ安定して金を稼げるが、そうでなければ依頼を受けられず、無給の日々が続くことになる。そのため、多くの冒険者は有名な冒険団に入ることを望み、入団するためにあらゆる努力を積む。自身の腕を磨いたり、権力のある団員に近づいたりと。
「向こうに行くんなら、それなりに力をつけた方が良いな。今は冒険者が多いから人手は足りてる。そいつらを出し抜くには、自分の力と将来性を示す必要がある。そのためにはそうだな……四等級になれば十分だな」
五等級になるには冒険者の基礎が出来ていれば上がれる。だが四等級になるには、実践レベルの知識が必要となる。そのため、多くの冒険者がここでつまづく。これを乗り越えれば、冒険者としてはそれなりに評価される位置づけになる。
「四等級か……険しい道ですね」
「大丈夫だ。そのために俺が来たんだ。指南役としてな。必要ならいつでも手ほどきするぞ」
「その節はお願いします」
アレンは頭を下げて言った。なかなか素直な青年にスヴェンは好感を持った。初対面のレアよりかはずっと良い。
そうして気分を良くして、ビールを飲んだ時だった。
「うっせぇぞごらぁああ!」
部屋の入り口から怒鳴り声が響いた。喧噪を掻き消すほどの怒声に、皆が静まった。
声がした方を見ると、ガラの悪い男二人が立っていた。
「やっぱりてめぇらか、ガキども。二階まで音が響いてんだよ」
どうやら二階にいた客で、騒がしくしていたスヴェン達に苦情を言いに来たようだ。
文句があるのは当然だ。いくら居酒屋とはいえ、こうも大人数で騒いでいたら苦情も出るだろう。同室のスヴェンですらうるさく感じていたので、これを機に少しは静かになろうだろうと思っていた。
「は? 何言ってんのおじさん達」
だがレアは、その苦情をものともしなかった。
「ここはうちの店だから、文句言っても意味ないの」
ガキ大将の様な理屈を言い放つレアに、男達の顔が険しくなる。
「だからどうした! 客には苦情を言う権利すら無いってか!」
「ってか、そんなにうるさくないっしょ。この店の壁とか床は、防音性の資材で作ってんだからさ」
「聞こえるから言ってんだろ!」
「気にしすぎッて言ってんの。これくらい、他の店と同じくらいっしょ」
「そーだそーだ」
他の団員も、口論に参加する。
「いつも目の敵にしやがって」
「俺らはあんたらの相手をしたくないんだよ」
「楽しい時間を邪魔すんな」
乱入してきた男達はたじろぎ、その二人の前にレアが進む。嫌な予感がして、スヴェンは身構えた。
「ということだからさ、帰ってくんない。皆のお楽しみを邪魔されたくないし」
「……てめぇっ」
男がレアに手を伸ばす。それを察していたスヴェンが、男の手を掴んだ。男が慄いてスヴェンを見る。
「それはダメだ。やったら取り返しがつかないぞ」
スヴェンが諭すと、男の腕から力が抜ける。スヴェンが腕を離すと、彼らは翻して三階から降りて行った。
「おー。スヴェンさんかっけー」
「やっるー」
若い団員達から、スヴェンを囃す声が出る。スヴェンはそれに適当に応え、ケヴィンの近くに座った。
「何で止めなかったんですか?」
スヴェンが尋ねると、ケヴィンが「何がだ」と聞き返す。宴会が再開していて、二人に注目する人は少なかった。
「今の騒ぎです。どう見ても非はこちらにあるでしょ。なのにレアや他の団員達が反抗して、あなたはそれを止めない。その事を言ってるんです」
おかしいことは言っていないつもりだった。いくらレアの店で融通が利くとはいえ、ここまで横暴だと批判を浴びる。それをケヴィンが分からないとは思えない。
しかしケヴィンは、「ふっ」と笑った。
「……俺、変な事言いましたか?」
「いや、可笑しくないさ。ごく普通の事だ。相手が彼らじゃ無かったら、皆もあそこまで騒ぎ立てないさ」
「どういうことです?」
「彼らは《黒犬》の団員だよ」
冒険団《黒犬》。ケヴィンが《新たな日の出》を立ち上げるまでは、この町唯一の冒険団だった。それ以外の特徴といえば、碌な物が無いことで有名だった。依頼を受けても達成せず、団員達は素行が悪い。町では有名な不良冒険団だった。
「あいつらが《黒犬》の一員か……。にしては、あっさりと引き下がりましたね」
「今の《黒犬》は、昔よりも力が落ちている。前みたいに威張ってたら反撃される程度にな」
悪行で有名な《黒犬》がなぜ運営できていたのか。それは《黒犬》の団長が、この町では誰も逆らえない程の悪者だったからだ。
巨大な権力と武力を持っており、逆らう者はいつの間にか消える。そんな噂が立つ相手に歯向かうものはいない。いくつかの冒険団がこの町で生まれたが、間もなくして解散する事が相次いだ。それ故に、人々は冒険者の力を借りるには、《黒犬》に頼るしかなかった。
ケヴィンがこの町に帰って来るまでは。
「最初こそ、うちの団員達も彼らにビビっていた。だがうちのベテラン冒険者の強さと、レアの物怖じしない態度に勇気づけられて、今では対等に立ち向かっている。今までの鬱憤もあって、町の人達も応援してくれるほどさ」
「なるほど、な」
理由を知ってスヴェンは納得したが、同時に別の不安も湧いた。
「けどやり過ぎは問題ですよ。あいつらだっていつまでも黙ってるわけじゃ無い。いつか仕返しに来ますよ」
「それも織り込み済みだ。兵士団との関係は良好だ。なんかあれば彼らの力を借りれる」
「《黒犬》にビビってたあいつらをあてにできますか?」
「彼らも昔とは違う。うちが表立って対抗すれば、彼らはこっちの味方に付く。町の住民達もだ」
「だけど―――」
「そんなことより」
ケヴィンが話を遮って、グラスを手に持った。
「飲もう。ここは会議の場じゃない。宴の場だ。飲んで楽しもうじゃないか」
「こんな事聞いて楽しめる訳が―――」
「みんなちゅうもーく。今から俺とスヴェンが飲み比べ勝負するぞー。賭ける奴はいるかー?」
ケヴィンの声に皆が反応し、今日一番の大騒ぎとなった。
「マジで?! ケヴィンさんと勝負?! スヴェンさんぱねぇ!」
「あの酒豪と勝負するなんて……なんて命知らず」
「俺はもちろん団長に賭けるぞ!」
「レアちゃんはししょー!」
あっという間に、ケヴィンと飲み比べ勝負になってしまった。
ケヴィンの酒の強さは知っている。ビールを十杯飲んでもケロッとしている奴だ。スヴェンは酒には弱くないが、強いというほどでもない。だがこの雰囲気で逃げることは、《逃げ腰のスヴェン》でも出来なかった。
大量のビールがスヴェンとケヴィンのテーブルに並び、互いに一杯ずつジョッキを持った。
「それでは……始め!」
いつの間にか仕切り役になったアレンが、合図を言った。
スヴェンは覚悟を決めて飲み始める。
七杯目を呑んだあたりから、勝負が始まる前の話を忘れていた。




