6.「仕事だよ」
調査は二日間にわたって行う予定だった。メーゲルはそれほど大きな町ではないため、初日に半分、二日目に半分の行程で町全体の調査が終わると判断した。そのため、町の半分を調査し終えたところで、スヴェン達は町から一時撤収し、マル君の近くに戻っていた。
今日は野宿し、明日の朝から調査を再開する。そのつもりでマル君を置いている岩場まで戻り、そこでキャンプをすることにした。
「今日のご飯はなーにっかな~。今日のカレーはなーにっかな~。じゃ~ん。缶詰カレ~」
米が焚き上がる直前、レアが持って来たバッグパックの中から、掌に収まらないサイズの缶詰を取り出す。それを開封して中身を持参した鍋にいれると、コンロの上で温め始める。
徐々にカレーの匂いが辺りにたち始める。スパイスの効いた匂いに食欲がそそられる。美味しそうな香りで食事の期待感が高まったが、同時に不安も沸き上がった。
「やっぱり車内で温めた方が良いんじゃないか?」
魔物は鼻が利く。人間には感じ取れない匂いを嗅ぎ取り、それを頼りに襲撃する事が可能だ。そのため野宿をするときは、匂いが無い携帯食料で食事をするのが常識だった。
今回はレアが食料を持って来たというのでそれを食べることにしたが、いきなり米を炊き始めた時は仰天した。そのときに注意したが、「けど美味しい方が楽しいじゃん」と一蹴されてしまった。
「ヤダ。匂いが付くし、火事になるかもだし」
「だがこうも匂いが強いと魔物に気付かれるぞ」
「いなかったじゃん。町にも近くにも」
「見えるところにはな。だがこうも匂いが強いと―――」
「もー……。だったらおっちゃんは食べないの?」
そう言われると、スヴェンは口を紡ぐしかなかった。今日はファラスに着いたばかりのため、十分な量の食料を持参していない。
食事は重要な栄養補給手段だ。これを怠れば仕事に支障が出る。不十分な体力で慣れない土地を調査するのは避けたかった。
「……いや、食べるよ」
「最初からそう言えばいいじゃん。もうすぐできるから待ってろー、ガハハ」
変な笑い方をして、レアは調理を再開する。といっても、後はカレーを温めることと盛り付けをするくらいなので、特に何事も無く調理が終わった。
レアは器にご飯とカレールーをのせ、スプーンと一緒にそれをスヴェンに渡す。スヴェンが受け取ると、レアは自分の分のカレーをよそった。
「いただきまーす」
「……いただきます」
町と同じように、魔物がいるかもしれない屋外で食事をするのは久しぶりだった。おそらく、冒険者になり立ての頃以来だ。あのときはその危険性を知らずに食事をとっていた。
「うーんっ……うまい!」
「たしかにな」
レアの感想に、スヴェンは同意していた。
「でしょ? やっぱキャンプにはカレーでしょ」
「キャンプのつもりで来たわけじゃ無いけどな」
「分かってるって。冒険でしょ。ぼ・う・け・ん」
「仕事だよ」
スヴェンが正すとレアが嫌そうな顔をした。
「はーあ、テンション超下がるぅー。仕事って考えてたらつまんなくない?」
「金を稼ぐために冒険者やってるんだ。楽しいとかつまらないとかは別だ」
「いやダメっしょ。楽しくないこと仕事にしちゃ」
レアがまた持論を展開する。
「人生の半分以上が仕事じゃん。それを嫌なものにしたら、それって地獄みてー」
「地獄は言い過ぎだろ」
「えー、レアちゃんはそう思っちゃう。レアちゃんなんて、一ヶ月ダイエットしただけで死にそうになったもん。お蔭でこのナイスウェストをゲットしたけど、二度とやりたくないねー」
レアが自分の腹回りを指して断言した。
レアの身体は、十五歳とは思えない程のスタイルだった。身長は百五十センチ半ばと普通だが、年齢には不相応な大きさのバストだ。おそらく、レアの年代では大きい方の部類に入るだろう。ウエストの細さもあって、その大きさがより際立っていた。
「そんなに痩せてたら冒険者なんてやれないぞ。冒険者は身体が資本だ。ちゃんと飯食って運動して体力をつけないとな」
「大丈夫。ちゃーんと運動もしてるからねー」
「本当か?」
レアの答えに、スヴェンは少々驚いた。レアが得意気に「まぁね」と言う。
「毎日、歌とかダンスとかしてるよ。だからこう見えて体力はあるんだよねー」
「なんだ。遊びか」
遊びの延長かと思って、スヴェンは呆れた。
「違うよ」
だがレアは、ふざけて言っているのではなかった。
「レアちゃんはね、アイドルも目指してるの。本気で練習してんだから」
真剣みが帯びた声だった。レアは本気でなろうとしている。スヴェンはそれを察した。
同時に、別の疑問が湧いた。
「冒険者になりたかったんじゃなくて、ほんとはアイドルになりたいのか」
「両方だよ。あ、違うや。それも、かな」
「……それも?」
「そ。アイドルと冒険者以外にも、なりたいものがあるよ。商人、投資家、役者、デザイナー、コーディネーター……とりあえずこんくらいかな。今なりたいのは。これから増えるかもしれないけど」
「そんなにあるのか」
「うん。やりたいことだらけ。で、今はアイドルと冒険者になろうとしてる最中かな。この二つはさ、今のうちからやっとかないとねー」
テレビに出ているアイドルの多くが、若い頃から陽の目を浴びている。その事実を鑑みれば、今から準備するのはおかしくない。むしろ遅いかもしれない。
「俺はそっち方面に詳しくないが、冒険者の片手間でなれるもんなのか?」
「ふつーにやったら無理かもしんない。けど、レアちゃんには秘策がある!」
レアが力強くスプーンを握る。
「これからのアイドルは、歌って踊れるだけではダメ……。プラスアルファが必要になる。そして今、冒険者の数は爆発的に増えているのに、アイドルが冒険者に関わる仕事は少ない。どちらも人気の仕事なのに! 二つ合わせば視聴率爆発なのに!」
「たしかにそうだな。せいぜいインタビューくらいだ」
「理由は簡単! それ以外に冒険者と関連付けられる仕事が無いから。か弱いアイドルではそれしかできないから……。そこを狙う!」
「……どういうことだ?」
「冒険が出来るアイドルになれば、有名冒険者と一緒に冒険する画が取れるじゃん。珍しい場所に行ったり、一緒に依頼を受ける企画とか立てられるでしょ。普通のアイドルだったら足手纏いになっちゃって出来ない仕事だけど、レアちゃんならどうよ。他にいる? 冒険ができる美少女アイドルって。いないっしょ」
「自分で言うのか……」
「つまりこれって、あたししかできない仕事ってわけ。ということはー、この分野の仕事はレアちゃんが一人占めできるって寸法ってこと。独占って、最強の商売なんだよ。知ってた?」
「なんとなくは……」
「そのために、レアちゃんは楽しく冒険したいってわけ。今だけじゃなく、将来のためにもねー」
そう言って、レアは食事を再開する。スヴェンはカレーを食べながら、レアへの評価を改めた。
一見、よく居るファッション冒険者かと思っていた。遊び感覚で冒険者になり、適当に依頼をこなして満足する、向上心の無い堕落な奴かと見ていた。今日の振る舞いから、スヴェンはそう断定していた。
目的地までの道程で安全を考慮せずに進み、町の調査ではスヴェンの指示を守らずに行動し、食事は快楽優先のものを選ぶ。どの行動も、ファッション冒険者のそれと酷似していた。
だがレアは、それだけの冒険者ではないようだ。冒険者としての意識は低いものの、やる気と目標がある。この二つは、成長するために必要な要因となる。あとは言うことを聞く素直さがあれば良い冒険者になれると、スヴェンは考え直していた。
夕食と後片付けを終えてから一人用のテントを立てると、スヴェンはレアと一緒に、マル君の中で打ち合わせをした。レアは色々と質問をしてきたり、雑談を混ぜられたりしたが、内容自体はちゃんと聞いていた。現在までの調査結果、明日の行動指針、危険事項等を覚えており、また評価を改めることになった。
「はい。作戦会議しゅーりょー。じゃあさ、恋バナしよう。恋バナ」
作戦会議を終えると、レアが唐突に言い出した。
「しない。明日のために寝る」
「じゃあおっちゃんのことを話してよ。昔ばなしー」
「だからしないって……」
「けどおっちゃん言ってたじゃん。互いの事を理解しないと依頼を受けないって。これって重要じゃね」
スヴェンは記憶を掘り起こす。そして、出発前に言っていたことを思い出した。
「……分かった。何が聞きたい?」
「んーとね……じゃあ冒険者になった理由。レアちゃんはさっき言ったからね」
「冒険者になった理由か……」
昔の記憶を探り、当時の事を思い出す。しかし、思い出すのはたいしたことではなかった。
「楽しそうだったから。それだけだ」
町から飛び出し、いろんな地に赴いて人々の悩み事を解決しながら名を上げる。そんな生活に憧れて、スヴェンは冒険者になった。
「なーんだ。レアちゃんと似たようなもんなんだね」
「普通、きっかけってのはそういうもんなんだよ」
冒険のワクワク感を味わいたくて、たくさんの地へと向かった。
恐れを知らずに未開の地へと足を運び、仲間と協力しながら困難を乗り越え、依頼を達成して共に報酬を得る。そんな冒険を何度も経験し、その度に強くなることを実感していた。
もっと色んな場所に行きたい。もっと多くの魔物と戦いたい。もっとたくさんのお金を稼いでみたい。
前向きな気持ちで冒険を続けていて、そんな日々が楽しかった。
だが、
「続けられるかどうかは別問題だがな」
今では、そんな気持ちを持ち得ていない。
生活のため。引導を渡されてからは、その理由だけで冒険者を続けている。
これ以外に、生きる術を知らなかった。
「……やっぱ寝る。話はまた今度だ」
気が萎えたスヴェンが寝ようとして、魔動車のドアに手をかける。
「えー! もっとしようよー。おっちゃんの面白おかしい昔ばなしを聞きたいなー」
レアが駄々をこねるが、スヴェンは一蹴する。
「おっちゃんはな、ちゃんと休まないと体力がもたないんだよ。おやすみ」
スヴェンはマル君から出てテントに入り、用意していた寝袋に入る。
そして深い溜め息を吐いた。
寝床について安心したせいか、先の事に不安を感じたせいか。どっちなのか、自分でも分からなかった。




