5.「ヘルプ……ヘルプミー」
豪快なエンジン音が車内に響く。その音が止む気配はなく、スヴェンの耳に容赦なく貫いていく。運転席の絶叫も重なって、鼓膜が破けるんじゃないかと心配するほどだった。
「いやっはぁあああああ! いくぜいくぜいくぜぇええええ! 誰にもおれはとめられなぁい!」
ハンドルを握るレアは、荒野に入ってから前傾姿勢をとり、ずっとアクセルを踏みっぱなしだった。
「とめられないじゃねぇ! 止まってくれ! せめて速度を落とせ! そんな運転じゃ事故るぞ!」
「だいじょぉぶ! 他に車はいないから事故らない! かいてき!」
「こけるかもしれないだろ!」
「これ自動復帰機能があるから! こけても元通り! やったね!」
「俺達が怪我するだろ!」
「魔術具つけてるから平気! 耐久力アップ! 死なない!」
「限度があるぞ! 防護の耐久力を超えた攻撃は受けきれない! 死ぬぞ!」
「マジで?!」
「マジだ!」
「つまりおっちゃんの命はレアちゃん次第ってこと?!」
「そうだ!」
「超スリリングじゃん! これぞ冒険者! 常に死と隣り合わせ! こわい!」
「だろ?! だから速度を落としてくれ」
「ヤ」
「なんで?」
「この快感がウチを天辺へ導いてくれる。そんな気がするの……。だからレアちゃんの糧になって! おっちゃん!」
「なれるか!」
レアが運転する魔動車に乗って早一時間。スヴェンとレアはファラスを発ち、メーゲル荒野を走っている。
荒野に出るまでは―――速度を出していたものの―――変な運転はしていなかったのに、レアは荒野に入るとテンションを上げてマル君を走らせた。
荒れた地で乱暴に走らせているため、いつ車両が横転するかとスヴェンはひやひやしていた。
「そういえばおっちゃん。目的地はどこだっけ?」
地面の凹凸が少ない場所になると、レアが訊ねてきた。荒れた運転のせいで気分を悪くしていたスヴェンだが、なんとかして目的地を思い出す。
「メーゲルの町だった場所だ。廃墟があるからそこに向かってくれ。……そろそろ見えるはずだ」
車内前方中央部に取り付けられた、案内機器の液晶画面を見て答えた。画面には車両周辺の地図が表示されており、出発前に設定していた目的地を示すマーカーが映っている。あと一キロほど先だった。
「そうだそうだ、あの廃墟街だ。怖いよねー、魔王軍。いろんな町をぶっ壊したんでしょ。しかもそんなに強いのが近くにまで来てたって、マジヤバかったんだね」
「あぁヤバい。なんとか持ち堪えたが、ギリギリだった。魔術具が無かったらファラスも滅んでいただろうな」
「こっわ。ほんと魔術具様様って感じだわー。生活が便利になったし、冒険しやすくなったし。魔術具を作ってくれた人達に超感謝だわ」
その一方で冒険団を追放された者もいるけどな。スヴェンは心の中でそう呟いた。
「あ、あれかな? あれじゃね? あれだね」
レアが前方の遠くを見ている。遠くには建物らしき物体がいくつもあった。スヴェンもそれを確認し、近くにある岩場に魔動車を隠して止めるように指示する。レアは素直に聞いて魔動車を止めた。
先に降りたスヴェンは岩場から顔だけを出して、望遠鏡を使って建物がある方を見た。
レンズの先には廃れた建物がいくつもある。どの建物もほぼ原形を留めておらず、辛うじて一階部分が残っているだけだ。それらの廃墟の看板に、「メーゲル」の文字が入っている物があった。
「あれだな……」
「ねぇおっちゃん。どうやって行こっか? レアちゃん的には正面突破をお勧めしちゃうよ」
魔動車から降りたレアが訊ねる。
スヴェンはレアの眼を見ながら言った。
「調査中は絶対に俺の指示を聞け」
スヴェンは武器を身に付ける。剣を腰の左側に、銃を右側に提げ、右腕には円形の盾を着ける。防具は音を鳴らさないように、革製のものを着ていた。
「今までの調査では魔族が居なかったらしいが、今回もそうとは限らない。その場合、先に見つけられたら不利だ。だから見つからないように気を配って調査をする。そのために俺の指示をしっかり聞くように。分かったか?」
「らじゃー」
対してレアは、魔動車にもたれながらスヴェンの準備が終わるのを待っている。
「準備はしないのか?」
「もう終わってるよ」
レアの手には魔法杖だけで、それ以外の道具は持って無さそうだった。
「他の魔術具は?」
「これだけだよ。それ以外無いしー」
スヴェンは溜め気を吐いて、肩を竦めた。教えることが山ほどありそうだ。
町への潜入は、《隠密マント》と呼ばれる魔術具を使って行った。羽織ると姿が周囲の風景と同化し、見つかりにくくなる魔術具だ。予備を含めて二つ持っていたスヴェンは、残りのそれをレアに使わせた。
スヴェンの指示の元で町に潜入すると、予想通り、ただの廃墟しかなかった。建物が壊れていたり、崩れかけている物が多い。人っ子一人、それどころか動物すら居なさそうだった。
「だーれもいないねー」
レアもスヴェンと同じことを考えているようだった。
それでもスヴェンは、慎重に行動した。気配を隠しているだけかもしれないし、油断して彼らの痕跡を見落としたくなかった。
「だからって油断するなよ。身を隠しているかもしれない」
「はーいはい」
気の抜けた声が返ってきて、スヴェンは肩を竦めた。
スヴェンは調査を続行した。もしもの不意打ちに備え、道の端を歩きながら辺りを見渡す。
「何か見つけたらまず報告してくれ。すぐに駆け寄ったりしないでくれよ」
スヴェンがレアに指示を出す。しかし、レアの返事がない。振り返ると、今にも崩れそうな建物の壁を手でぺちぺちと叩いていた。
「ん? 何か言った?」
「……何してんだ?」
「これで崩れるかなーって。ほら、すっごく脆そうだから」
「危ないからやめろ。さっさと来―――」
レアが触っていた廃墟の一部が、ガラガラと音を立てて崩れ、瓦礫がレアの上に落ちた。
「うぎゃっ!」
降ってきた瓦礫に埋もれながら、レアは悲鳴を上げた。その後もいくつか瓦礫が落ち、レアの居た場所に瓦礫の山が出来た。
「大丈夫かー」
瓦礫が落ち切ったところで、スヴェンが瓦礫の山に近づく。
「おっちゃーん。ヘルプ……ヘルプミー」
山の中からレアの声が聞こえる。声の調子から怪我は無さそうだ。
スヴェンが瓦礫を端から撤去すると、瓦礫の山の下からレアが這い出てきた。
「あー、死ぬかと思ったよー」
悲壮感が全く感じない声だ。それもそのはずだ。見たところ、レアは傷一つもついてなかった。
「ほんと、魔術具があって良かったな」
落ちてきた瓦礫の中には、スヴェンの素の筋力では持ち上げられない物があった。屈強な冒険者でも死んでいた事態だ。
魔術具の有難味が、よく分かる事故だった。
「これに懲りたら迂闊に物に触るな。魔族の罠がかけられているかもしれないんだ。もっと注意しろ」
「えー。けど実際に触んなきゃ分かんないこともあるんじゃない。リングもあるから平気でしょー」
服の汚れを払いながら、レアが反論する。
「使わないに越したことは無いんだ。あまり危険な事をするな。分かったか?」
「あいあいー」
間の抜けた返事が来て、スヴェンは先の心配を抱き、それは的中した。
その後もレアは、スヴェンの指示を無視したり、危ない行動を取ることが多かった。
無闇に物に触ったり、何の障害物もない道の真ん中に出たり、声を大きくして話しかけてきたり、冒険者の常識から離れた行動を繰り返した。
その度に注意をするのだが、レアは返事をするものの守る気が無さそうな態度をとっていた。試しに脅すような口調や、怒りを込めた態度を見せて注意をしたのだが、レアには効かなかった。その事が余計にスヴェンの頭を悩ませた。
物覚えが悪い者はいた。何度も言えば、渋々とだがスヴェンの指示に従ってくれた。だがレアみたいに、言うことをほとんど聞かない冒険者はいなかった。依頼を達成することよりも、未知なる冒険者を相手にすることに、スヴェンは頭を悩まされた。
「ねぇおっちゃん」
町の半分ほどの調査を終えたときだった。
「そろそろご飯にしない? レアちゃんお腹減ったー」
スヴェンは少しだけ苛ついた。