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4.「もしかして指南役って、問題児の押し付け先じゃ―――」

「じゃあ早速、親睦を深めるということで、一緒に依頼でも受けてみようか」


 レアが自己紹介をした後、ケヴィンがそう提案した。

 スヴェンは、それを断ろうと思っていた。実力不明で性格に難がありそうな新人と一緒に行けば、危機に陥ること間違いない。

 慎重派のスヴェンは、同行者の実力と依頼の難易度を考慮してから依頼を受ける。片方の情報しかなくても、断ることしか考えてなかった。


 だがレアは、スヴェンとは真逆の性格だった。


「まっかせてー。レアちゃんがかんっぺきに依頼をこなしてみせよう」


 スヴェンの腕前はもちろん、依頼の内容すら知らない状況で承諾した。考え無しな行動に、スヴェンは目眩がした。


「俺は断る。実力も分からない相手と一緒に行く気は無い」


 スヴェンに限らず、未知数な相手と依頼を共にすることを嫌う者はいる。だからスヴェンにとって、この言葉はごく当たり前のものだった。


「はぁー? 何言ってんのおっちゃん」


 そんなスヴェンに対し、レアは不可思議な顔を見せた。


「ここに来る依頼は全部らくしょーなもんばかりだよ。おっちゃんはあのレイジングで長年冒険者をしてたんでしょ? 冒険者になり立てのあたしてもできるんだから、おっちゃんが来たら敵無しじゃん」

「今までが楽な依頼でも、次もそうとは限らない。そもそも俺達は互いの事すら知らないんだ。そんな状況で依頼なんか受けられない」

「それを知るために依頼を受けよって話じゃん」

「互いを知るのには、依頼を受けなくても出来る」

「どうやって?」

「今までの実績を語ったり、戦い方を説明したり……とにかく、まずは話し合いが必要だ。話し合った結果、一緒に依頼を受けるかどうかとか、仕事中の役割を決めたりするんだ」

「じゃあ行く途中で話そうよ。そしたら解決プラス時間短縮になるじゃん」

「だから……受諾の判断もするから―――」

「レアちゃんの中では、もうおっちゃんと依頼を受けるって決めてるしー」

「俺は決めてない」

「けど団長は行って欲しいみたいだよ。これってさ、ある意味上司命令なんじゃない?」


 レアの言葉でスヴェンは気づく。ケヴィンの提案は、スヴェン達の同意のもとで為されることだと考えていた。スヴェンの知るケヴィンは、そういうことを言う人物だと捉えている。


 しかし先程のやりとりから、スヴェンはある懸念を抱いていた。


 もしかしたらケヴィンは、スヴェンが知っている頃とは変わっているのではないか、と。


 朝食時、ケヴィンはレアの事を「熱心でやる気があって素直で明るい元気な良い子だ」と評していた。

 実際に会ってみて、その評価はある程度正しいと思った。だが実際に会って、それに「喧しい」とか「生意気」等の悪評価も追加された。その事を知らされていなかったために、スヴェンは少々裏切られた思いを抱いた。


 良いことだけを言って悪い情報は伏せる。昔のケヴィンならこのようなことはしない。悪い点も、婉曲的にだが伝えるのがケヴィンだった。

 変わらない人もいれば変わる人もいる。その要因は外的環境にある。冒険団団長という立場が、ケヴィンを変えたかもしれない。

 上の立場に立てば、今までと同じように出来るとは限らない。変わらなければいけないことが増えてくる。綺麗事だけでは為しえないこともあろう。


 ケヴィンは正義感が強いが、それ以上に責任感が強い男だ。それ故に目的のためならば、自らが手を汚すことも厭わない。多少の腹芸くらいできるだろう。それを考えたら、レアの都合の悪い情報を教えなかったのも納得できる。


 そこでこの提案だ。もしかしたらケヴィンは、スヴェンの力量を図るためにこの提案をした可能性がある。実力が未知数の相手と一緒に依頼をどうこなすか、それを見ているのかもしれない。


 スヴェンが指南役として選ばれたのは、冒険者としての長年の経験と、負傷しない・させない動きができる実力、この二つの要因のお蔭だ。


 つまり、ケヴィンの期待を裏切らないために、スヴェンが取るべき選択は……。


「分かった。受けよう」


 依頼を受け、新米のレアを傷一つ負わせずに帰還させること。そう推測したスヴェンは、依頼を承諾していた。


「いよっしゃぁあああああ!」


 右腕を曲げ、拳を握ってレアは喜びを表現する。


「じゃあ行こう。早速行こう。すぐ行こう」

「待て待て。まずは依頼内容を聞いてからだろ」

「それもそっか。団長、さっさと依頼を教えてー」


 レアはスヴェンを急かした後、次にケヴィンをせき立てる。

 ケヴィンは「はいはい、ちょっと待ってね」と言って鞄から依頼書を取り出す。


「依頼はメーゲル荒野の定期調査だ。依頼主は兵士団のファラス支部の支部長で、魔族が侵入していないか調べて欲しいということだ」

「……それって結構重要な依頼なんじゃないのか?」

「そうだな。だけど危険性は少ない。ここは最前線から離れているから滅多に魔族は来ない。定期的に調査しているが、過去二年間では発見していない」

「けど今回来ないっていう保証は―――」

「りょうかいっした!」


 スヴェンは詳細を訊ねようとしたが、レアが承諾してしまった。


「メーゲル荒野ってことはクルマ必要だよね?! レアちゃんのマル君を使っても良い?」

「いいよ。けど使った魔石量を記録しててね。じゃないと経費で落ちないから」

「イエッサー! 早速乗って来まーす! おっちゃんもさっさと準備してね。レアちゃんマッハで戻って来るから。んじゃ!」


 そう言ってレアは集会所から飛び出て行った。

 スヴェンは溜め息を吐いてから、ケヴィンに訊ねた。


「もしかして指南役って、問題児の押し付け先じゃ―――」

「違うぞ」


 ケヴィンは食い気味に答えていた。やはりケヴィンは変わってしまったのかと、スヴェンは少々落胆した。


 とりあえずスヴェンは、依頼の詳細を聞き、何が起きても良い様に準備を始めた。

 メーゲル荒野の定期調査。指定された範囲を調査するという内容だ。今回の調査範囲はメーゲル町となっている。


 魔王軍に滅ぼされた町、メーゲル。十年前までは、魔王軍との戦いで拠点となっていた町だった。

 現在、複数種の魔族達で構成された魔王軍は、近隣諸国を支配しようと侵攻している。何度かの戦争と休戦を繰り返し、今回の戦争が四回目である。

 そんな魔王軍に対抗するのが連合軍だ。連合軍は魔王軍の領土に近い国家群が、同盟を結んで出来た軍団である。彼らは他国の援助を受けながら魔王軍と戦っているが、その折にメーゲルは滅んでしまった。


 今のところ、魔王軍はメーゲル町から去っているが、あの町に戻ろうとする人はいない。多くの住民や兵士が死んでしまい、戻る者が少ないことが理由の一つ。


 そしてもう一つの理由。それは、メーゲルを滅ぼす起点となった魔王軍の拠点が、まだ残っているためだ。


 魔王軍はメーゲルを占領したものの、同時期に最前線が押され始めた。それにより、メーゲルの位置が地理的に不利になることを危惧して町から撤退した。

 しかし魔王軍の拠点は未だ健在で、いつでもメーゲルに侵攻できる位置にある。そのため自軍は、防衛機能の全てが破壊されたメーゲルを再び拠点にすることが出来ず、ファラスから監視することしかできなくなった。


 今回の依頼は、それが目的だ。再び魔王軍がメーゲルに来ていないか、それを確かめるための依頼である。本来なら軍が兵士を派遣して行うことだが、軍は防衛の人員を割くことを嫌がった。また冒険者の中には偵察に長けた者がいるため、彼らを使えば偵察兵と同等の成果が得られるとの考えがあり、依頼を出したとのことだ。

 実際、その判断は間違っていない。冒険者の中には隠密行動に長けた者がおり、そのなかには邪魔さえなければ一拠点を丸裸にすることが出来るほどの超人もいる。そしてスヴェンは戦闘だけでなく偵察もできる冒険者だ。だからケヴィンもスヴェンに任せたのだろう。


 しかし、レアを同行させるのは間違っている。それだけは絶対に正しい、とスヴェンは断言できた。


「おっ待たせー! クルマ持って来たぞー!」


 準備を終えて待っていると、レアが喧しい声を出しながら戻ってきた。


「なぁ」

「ん?」


 とりあえず、スヴェンは気になっていたことを咎めた。


「おっちゃんっていうの、やめてくれない?」

「ヤ」

「なんで?」

「言い易いから」


 スヴェンは諦めて溜め息を吐いた。


「じゃあ準備を終えたら早速行こう。俺はもう終わってるから、外で待ってるぞ」

「大丈夫だよー。もう終わってるしー」

「……終わってる?」


 スヴェンはレアの姿を確認する。レアは白が基調で、青色のラインが入ったワンピースを着ている。どう見ても、ただの私服にしか見えない。


「装備はどうした?」

「武器はマル君の中だよ。リングも登録済みだし、問題なし」


 レアがリングを見せる。銀色の腕輪に組み込まれた魔石が青色に染まっている。青は防護魔法の印だ。


「そうじゃない。防具だ。まさかその恰好で行くんじゃないだろうな」

「これだけど?」


 自分の服の胸辺りを摘まんで見せるレアに、スヴェンは目を丸くした。


「普通の服じゃないか……それでどうやって自分を守るんだ」

「リングあるから平気じゃん。死なないって」


 レアの言う通り、防護のリングを着けていたら死ぬことは無い。自分の魔力を使わずに自動的に魔法が使えることが、リングの最大の特徴だ。


 同時に、ケヴィンが言っていたことを思い出した。


「だからって過信し過ぎるな。魔石が尽きていたら普通に死ぬんだぞ」


 万能に見えるリングだが、欠点がある。それは魔術具の維持費だ。

 使用時は自分の魔力を消費しないため、無限に魔法を使えると錯覚してしまう者が多い。そのせいで魔法を乱発し、サーバの魔石が尽きてしまうという危険性がある。それを危惧して、サーバの近くには常に魔石の補充役が配置されている。


 この欠点は、新人が多い冒険団ほど負担となっており、《新たな日の出》はそれに該当していた。


「まったまたー、脅かしちゃって。そんなこと滅多に起こらないよー」


 その事態を起こしうる一人が、能天気に言った。この様子から、万が一にも死ぬことを考えていないのだろう。おそらく、レアと同じような考えの冒険者が《新たな日の出》には多い。そのために、魔石の消費が多くなって運営を圧迫しているのだ。


 このような甘い考えの冒険者が増え続けたら、経営破綻で先に冒険団が無くなってしまう。それを防ぐのがスヴェンの役割だ。


「ダメだ。装備を着るか、別の防御用の魔術具も着けろ。じゃなきゃ俺はお前の指南役から降りる」

「はぁあ? マジで? こんなことで?」

「マジだ。大事なことだから当然だ」


 レアはむっとしたが、「……っかったよ」と言って外に出て行く。スヴェンもレアが用意した魔動車の近くで待とうとして、集会所から出た。


 集会所の前には、車体がオレンジ色で、横から見たら角がやや丸まった形の車両があった。四人乗りの小さい魔動車だ。魔動車は魔石を燃料として動く車両で、かなり高価な魔術具だ。

 この大きさの魔動車は魔動車は小回りが効いて加速が良い反面、最高速度が遅く耐久力が低いのが特徴だ。そのため街中での走行に向いており、荒野を走るのには適さないと言われている。だが今回の目的地までの道中ではそうそう危険なことは起こらないため、この魔動車でも十分だと、スヴェンは判断した。


「たしか、マル君っていったかな」


 レアの愛車の近くに寄り、持ち主のレアを待つ。十分後、青色のジャケットを羽織ったレアが現れた。


「じゃーん。準備出来やしたー。これで文句ないだろー」


 スヴェンはレアの服装を見る。ジャケットは一見普通の服に見えるが、目立たないところに小さな魔石が縫い付けられている。魔術具と同等の機能を持つ服、魔装具だ。


「まぁ、これなら問題無いな」

「よっし。じゃあ行こうぜ!」

「他の準備物は無いのか? 食料とか魔術具とか」

「全部マル君に乗っけてるよ。だから問題なし!」

「そうか。じゃあ行くか」

「あいあいさー!」


 そう言ってレアが運転席に、スヴェンは助手席に座る。

 レアはスムーズな動きでマル君を発進させると、安全運転で町を走行した。運転は性格とは違って穏やかなようだった。この様子なら目的地までは安らげるだろう。


 だが、その期待は荒野に入ってから裏切られた。


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