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3.「……熱心でやる気があって素直で明るい元気な良い子だ」

 午前八時、駅から出たスヴェンは、故郷の街並みを見て少し驚いていた。


 町の名はファラス。大陸の南寄りにある町だ。主要都市ほどではないが、そこそこ発展した町で人気も多い。むしろ、一度帰省した十年前よりか人が増えているように思えた。

 それだけではない。以前の駅前には薄汚れた店が見られたが、今では綺麗で新しい店しか見当たらない。様々な種類の飲食店や、大きな店構えの服屋、珍しい品を扱う雑貨屋等、スヴェンの知らない店が何件もあった。


「けっこう変わったんだなー」

「現市長がやり手でな。町の淀みを一掃しようとしてるんだ。その効果が出始めている。若々しいだろ」

「えぇ。眩しいくらいにね」


 朝食は、その新しい店で取ることにした。主にパン食品を扱っている店で、スヴェンはそこでホットドッグとサンドイッチ、コーヒーを注文した。


「食事後に集会所に行く。この時間だと冒険者達は少ないし、俺の都合もあるから、お前の紹介は明日にでもしよう」


 店の奥のテーブル席での食事中、ケヴィンが今後の予定を話した。


「この時間にはいないんですか?」


 多くの冒険団の集会所は、朝に人が多い。冒険団に持ち込まれた依頼を朝に掲示するところが多いからだ。朝に掲示した方が、冒険者達が予定を立てやすいからという理由だ。だが別の時間帯に掲示する冒険団も少なからずある。ケヴィンの冒険団もそのうちの一つだろう。


「うちは夕方に多い。依頼の掲示は朝にしてるんだが、団員の多くが別の仕事を持っててな。それが終わってから来るんだよ」

「あぁ……《ファッション冒険者》か」


 近年聞くようになった、とある冒険者達を指した言葉だ。

 魔術具の発展により死ににくくなったことで、今まで冒険者になることを敬遠していた者達が冒険者になった。彼らの多くが強くなることに努めず、レジャー感覚で冒険者をしている。そんな彼らを《ファッション冒険者》と呼ぶ。

 ケヴィンが苦笑しながら肯定する。


「世間ではそう言われている子達だな。けどそのなかから本格的に没入する子も居る。お前に指南役を頼んだのも、そういう子を育ててもらうためだ」

「育てる、か……」


 二十年間冒険者をやってきたスヴェンは、当然、後輩を育てる機会はあった。人を育てるのは難しい。自信が無いことを教えられないから、何となく理解していたことを十全に理解し直す必要があるし、自分とは違う性格だから、相手の性格に合わせて指導しなければならない。

 命に関わる仕事のため、スヴェンは念には念を重ねて指導した。最初はうざがられたものの、次第に打ち解けて、今では立派な冒険者になっている者が多かった。


 昔の事を思い出したスヴェンは、あの頃を懐かしがった。今頃あいつらはどうしてるかなぁ……。


「それで早速一人、指導に当たって貰いたい子がいる」

「いきなりですか」


 故郷に着いて早々の仕事だ。余程人手が足りてないのかと、スヴェンは推測する。


「最近冒険者になった子なんだ。前々から指導してほしいって要望を出してたんだが、人手不足で碌に教えられなかったんだ。毎日集会所に顔を出してるから、今日も集会所にいるかもしれない」

「へぇ。熱心な奴なんだな。毎日来てるなんて。どんな奴ですか?」

「……熱心でやる気があって素直で明るい元気な良い子だ」


 ケヴィンの早口気味な説明に、スヴェンは戸惑った。


「そうですか……えっと、性格以外の事は?」

「名前はレア・ディーン。十五歳の女性でファラス学園の最高学年の五年生。冒険者歴一ヶ月。依頼の受注数は三。その全部が採集系の依頼。武術経験は無しだが運動能力は平均より上。様々な種類の魔法を使える魔法使い。武器は魔法杖。実家は―――」

「全部覚えてるんですか?」


 そらで答えるケヴィンに、スヴェンが尋ねた。ケヴィンは説明を止め、「あぁ」と肯定する。


「こういう書面に残る情報はな。性格とかは話したことのある団員だけだが、大抵は覚えている」

「凄いっすね……」

「団長にもなればこれくらいできるさ」


 少なくとも《次代の炎》のマルチネスは出来なかったと、スヴェンは断言できるだろう。


「ともかく、彼女はまだ新人だ。冒険者のイロハから教えるつもりでいてくれ」

「教え甲斐がありそうですね」

「……あぁ。かなりあると思う」

「どういう意味です?」

「さて、じゃあ行こうか」


 朝食を食べ終わったケヴィンが立ち上がり、外に出ようとする。スヴェンも残ったコーヒーを飲み干してついて行った。


 店を出てからしばらく歩くと、ケヴィンの冒険団《新たな日の出》の集会所に到着した。中に入ると、百人くらいが入れそうな待合所がある。他にも様々な施設が併設されている。レイジングにある冒険団でも、これほどの広さと施設を持つ集会所は少ない。ケヴィンの力の入れようが見て分かる部屋だ。


 待合室には、冒険者の姿が少なかった。何人かが私服姿で仲間とだべっていたり、職員と会話しているのがほとんどで、これから冒険に行こうとする者は見たところいなさそうだった。


「とりあえず登録手続きをしよう。冒険者と役職者用の手続きがあるから、まずはそれを―――」


 ケヴィンが手続きの説明をし始めたときだった。


「だんちょー! だ・ん・ちょぉおおおおおおお!」


 入口から女のやかましい声が聞こえた。しかもケヴィンを呼んでいる。ケヴィンが振り向き、スヴェンもそれに釣られた。


 金色の髪を白色のリボンで結ったツインテールの少女が、碧色の眼を輝かせながら走って来ていた。


「おかえりぃいいい! 待ってたぞこのやろぉおおお!」

「あぁ、うん。ただいま。一日しか待たせていないはずだけど」

「知ってる。超早い団長。マジはやっ。……けどだめぇえええ! すっごく待ったかぁああああ!」


 少女は一段と喧しい声で、立場が上であるはずの団長ケヴィンに物言う。その度胸と言動に感心……はしない。

 あれはただの無礼者である。親しみのある相手とはいえ、その態度はどうしたものか。スヴェンは少女の言動を見咎めた。

 一方のケヴィンは、少女の態度を平然と受け止めている。


「そっかそっか。それは悪かった。けど待たせた分の成果はあるよ」

「なに? お土産? あ、木刀はいらないから」

「そっちじゃないよ。いや、土産もあるけどね。後で配ろうか」


 ケヴィンが土産袋を見せると、少女がガッツポーズを見せる。


「よっし! 今日も来て良かった。来なかった人の分はうちが貰うね」

「一人一つだ。人数分ギリギリしかないから、余計に取ったらダメだからな」


 少女は一転して残念そうな顔を見せた。ころころと表情が変わる忙しい子だ。


「あーい。で、成果ってなに?」

「この人だよ」


 そう言って、ケヴィンがスヴェンを指差す。すると少女は嫌そうな顔をした。


「え……団長って奥さん居たよね。なのに男に走ったの?」

「世界一の妻を置いて、ゲイになるわけないだろ。誤解が起きないよう、妻の可憐さをみっちり聞かせてあげよう」

「冗談っす。すみませんっした」

「遠慮しなくていいぞ。聞いていきなさい。俺の妻は―――」

「で! その人がなに?!」


 少女が無理矢理話題を戻した。ケヴィンは肩を竦める。


「ほら、前に言ってただろ。指南してくれる人が欲しいって。この人だよ」

「え?」


 スヴェンが疑問の声を上げる。だがそれは少女の声にかき消された。


「マジで! ホントに来たの?! レイジングから?!」

「マジだ」

「よっしゃー!」


 少女は両手を天に突き上げる。


「ちょっとレアちゃんの理想には遠いけど良しとしよう! というわけで」


 自分の事をレアと名乗った少女が、スヴェンに向き直る。


「これからよろしく、おっちゃん!」


 心の中で、スヴェンはある言葉を思い出す。

 それは一週間ほど前、マルチネスの前で口にした言葉だった。


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