21.「お前を見てたら、皆が応援したくなるからな」
オーディションに参加する者は、動きやすい格好をしていた。シャツやハーフパンツといった安価な、しかし本人らしさが見られる服を着ていたため、見ていてそれほど変だとは思わなかった。彼らはデビューしていない素人なのだ。アイドルの様な金のかかる衣装など用意できない。
しかし、レアはその例に収まらなかった。
白を基調とした生地に、色とりどりのリボンとフリルがついたワンピース型の衣装。テレビで見るような、アイドルと同等の派手で手間がかかった衣装を身に纏っていた。社長令嬢の彼女に、お金の心配など無用であった。
そんな豪華な衣装を着たレアはしゃがみ込み、断線した導線の束を掴んでだ。
「ほいっと」
魔道具が起動する音が聞こえる。スタッフが「マイクが入りました」と報告した。レアが「よしっ」と手応えを感じていた。
「これで大丈夫だよね。代わりが来るまでレアがやってるから、オーディション続けてねー」
「は、はい」
「助かったよお嬢ちゃん」
「どもどもー。けどレアも出場者なんだー。今は出れないから後回しにしてくんない?」
「もちろんだ。それまで頑張ってくれ」
「お任せあれー」
「……何がお任せだ」
調子のいい返事をするレアに、スヴェンは苛立ちを覚えた。
「お前はこの後オーディションに出るんだろ? 審査員や客の前で歌と踊りを披露するんだぞ? 将来がかかってる場面だ。万全な状態で挑まなきゃいけねぇのに何をやってるんだ」
代わりの導線が来るまでの時間はおよそ三十分。その間、レアはずっと魔力を流し続けることになる。ステージ一つ分の魔道具に流す魔力量は、おそらくレアの体内にある魔力のほぼ全てに相当するほどだ。
魔力は時間経過で次第に回復する。レアの出演順を後に回してもらっているためある程度は回復できるだろうが、最後に回してもらっても、その間までに魔力が戻りきるわけがない。上手くいっても一割程度だ。
そしてレアのダンスは特別仕様で、音楽に合わせて魔法を使うようになっている。その際に使用する魔力量は、レアが持つ魔力量の約半分。
つまりレアがこの役目を担った時点で、レアは満足にパフォーマンスを披露できないことが決定した。
つい数分前まで、レアは今日の日に備えて準備をしていた。踊り、衣装、体調を整え、いざ出番に備えようとしていた。だがたった一つの悪意で、ほんの少しの油断で、それが叶わなくなった。
自然と腕に力が入る。地に押し倒しているセルが「ってぇ」と声を出していた。こいつさえいなければ……。
「ししょーはちょっと落ち着いたら?」
スヴェンの思いも知らず、レアは呑気に役目を全うしていた。
「次の子の歌が始まるっての。ちょー良い子なんだよ。歌うまいし可愛いし、応援してあげたくなる系ってやつ?」
楽しそうに、レアが出場者の説明をする。予定が狂い、万全の状態で出れなくなったのにも関わらず、レアの顔に曇りは無い。現状を理解できていれば、そんな風に笑えるはずないのに。
「お前、なんでそんなに楽しめるんだ?」
不思議になって聞いていた。レアは首を傾げている。
「お祭りだから?」
本気で分かっていないらしい。苛立ちが増した。
「よく考えろよ、自分の状況を。夢が叶わなくなるんだぞ」
感情を抑えきれず、強い口調を使っていた。一人の若者の夢が潰える。その瞬間を前に、しかも自分がその一端となってしまったことに後悔が生まれていた。そのせいでレアの顔を見れず、スヴェンは顔を伏せた。
あとほんの少し早く気付いていれば。あとほんの少し速く動いていれば。あとほんの少し注意深く周りを見ていたら……、
目の前の少女の夢が、叶ったかもしれないのに。
自分と同じ、夢破れた道を進む。そんなことはどこにでもある話だ。だがせめて、自分を慕ってくれる者の夢くらいは叶えてやりたかった。全力で挑戦させたかった。
そして、その望みは叶わなかった。
いくら後悔しても、時間は戻らない。分かっていても、スヴェンの後悔の念は止まらなかった。
「ししょー……」
レアの小さな声が聞こえた。今になって現状を理解したのだ。おそらく、悲しみにふけた顔をしているに違いない。もしそうなら、同じ道を辿った先輩として慰めてやろう。
伏せていた顔を上げる。レアの顔は目の前にあって、その表情が見えた。
視界には、心底呆れたようなレアの顔が映っていた。
「ししょーって、ばか?」
「…………は?」
ばか? ばかって言ったのか、今。聞き間違いか?
だがレアの表情から、聞き間違いではないことが窺えられた。
レアは導線に魔力を流し込みながら、溜め息を吐いた。
「レアちゃんはね、皆と一緒に楽しくやりたいからアイドルになるんだよ。レアちゃんとファンの皆とスタッフさん、それから一緒に出場するみーんなと一緒に楽しみたいの。だからアイドル目指してんのよ。だったらレアちゃんが一肌脱ぐしかないじゃん」
さも当然のようにレアは宣う。とても理想の高く、それどころか夢物語の様な目標だ。
勝者がいれば敗者がいる。この世界では到底叶いそうにない夢。
そんなこと、一企業の社長令嬢であるレアが気づかないわけがないのに。
「夢見すぎだろ。ばかじゃねぇの」
セルもスヴェンと同じことを考えていた。
「全員が楽しむとか、現実見ろって話だ。現に今、お前は夢から遠ざかってんだろ」
「なんで?」
「は? 今自分がしてることを考えてみろよ。自分の魔力を他人のために使って、そのせいでお前の番になったときは魔力がすっからかんで碌に動けなくなるだろ。そんな状態でオーディションに受かるわけがねぇ」
「やってみないと分かんないじゃん。早く替えの導線が来るかもしれないし、思ったよりも魔力を使わないで済むかもしれないし」
「はっ。ただの希望じゃねぇか。そんな奇跡が起こると思うのか」
「起こるよ。だってレアちゃんはレアちゃんだから」
そう言って、レアはにかっと笑う。
「レアちゃんは皆と楽しみたい。だったら、皆もレアと楽しむために応援してくれるでしょ。だからだいじょーぶ」
セルはもちろん、スヴェンも呆気に取られた。
レアの言葉は、根拠のない能天気なものだ。きっと誰かが助けてくれる。そんな人任せの解決法。それがレアが損な役割を受けた理由だった。
馬鹿げた理由、だがレアらしい理由だ。どんな状況でもぶれないレアに、スヴェンは笑ってしまった。
「なるほどな。たしかに、お前らしい理由だよ。ほんとに」
「でしょ? だからししょーも応援してね」
「あぁ、応援してやるよ。精一杯な。だからお前も頑張れよ」
スヴェンはセルを立ち上がらせる。
「お前を見てたら、皆が応援したくなるからな。ファンも俺も、こいつもな」
「は?」
セルが反応したが、無視して連行する。
ここに居ても何もできない。ならばやれることをしよう。
自分にできることはなんでもする。それが、スヴェンが冒険者として二十年間生き続けられた手段だった。