20.「確実に潰すためには当然だろ」
警備員の控室に戻った後、スヴェンは自分の荷物の中から魔術具を取り出した。
取り出したのは《魔力探査機》。画面には無数の印が映っている。近くにいる祭りの客達の魔力に反応している。
スヴェンは探査機に男から奪い取った爆弾に記録する。すると画面に映っていた反応のほとんどが消え、四つだけが残る結果となった。
探査機は記録した魔力反応を映し出す。今映っているのは爆弾の魔力だけ。つまり、この場所に爆弾があるということだ。
「今から指示する場所の近くに爆弾、それか爆弾を持っている奴がいる。見つけたら騒がずに俺に知らせてくれ」
事情を話した警備員が、スヴェンの指示した場所へと向かっていく。いつ爆発するか分からない爆弾。迅速に片づける必要があるため、スヴェンは彼らの力を借りていた。内密に、とか言っている場合ではなかった。
「スヴェンさん、爆弾は無かったです。けど反応があった場所に怪しげな男を見つけました」
散っていった警備員の一人から連絡が入る。スヴェンはすぐにその場へと向かう。その男は呑気にタバコを吸っていたので、スヴェンはばれないように一般人を装って接近して捕まえた。
同じような段取りで、他の爆弾を持った一味を捕まえていった。どいつも油断しきっていて、スヴェンどころか未熟な警備員にすら気づかない。最初の戦闘が嘘のように、楽に彼らを捕らえることができた。
「よし。これでオッケーだ」
一味をすべて捕まえ、控室に連れて行っていた。彼らはもう諦めたかのようにうな垂れていて逃げ出す様子が無い。あとは衛兵に事情を説明して、彼らを捕まえてもらう。既に衛兵には連絡しているので、あとは到着を待つだけだった。
「爆弾はどうするんですか?」
ターニャは警備員ではないが、事情を知っていたので協力してもらっていた。今はスヴェンと行動を共にしている。
「既に処理済みだ」
一味が持っていた爆弾は、リモコンの遠隔操作で起爆させるものだ。ならばリモコンの操作に反応させなければ問題はない。そのためにスヴェンは、爆弾の一部をいじくっていた。
「魔力を受け取る装置を破壊している。遠隔で爆発することはない」
このタイプはリモコンから発信する魔力を受け取って起爆する。似た爆弾を使ったことがあるため、構造は理解していた。また何度か改造もしたことがあるため、細工をするのも容易であった。まさか長年冒険者をしてきた経験がここで活きるとは、少々意外であった。
「じゃあ、もう一件落着ってことですか?」
「そうだな。まだ一人見つかってないが、それは衛兵に任せよう」
遠くから指示を出していた人間のセルがいることは、捕まえた奴らから聞いていた。セルはリモコンは持っているが、爆弾は持っていない。すぐにどうにかすべき相手ではない。
潜伏場所を聞き出しているので、それを後から来る衛兵に教えればスヴェンの役目は終わりである。
間もなくして衛兵が控室に訪れる。スヴェンは彼らに状況を説明し、納得した彼らに連中を引き渡す。
時計を確認すると、レアの出番まであと十分。なんとか間に合いそうだった。
控室から出て、ステージの裏側方向から客席へと向かう。人の流れがステージに向かっていくのが多かった気がした。その流れに乗って歩いていたが、ある人物が目に留まる。
先日言い争った相手であり、連中を指示していた人物でもあるセルだった。
なんでこんなところにいるんだ? 潜伏場所のビルにいるんじゃなかったのか?
焦りと疑問が湧いて思考が上手く働かない。何をすべきかどうかの答えがすぐに出てこない。故にさらに焦りが募る。
何とかしないといけない。捕まえないといけない。だというのに、思わぬ事態に動揺して、「おい」と声を掛けていた。まだ捕まえられる距離ではないのに。
セルがスヴェンの方に振り向き、目を大きく見開く。するとセルは急に走り出し、ステージの裏へと向かった。
「待て!」
スヴェンはすぐに追いかける。だが人混みのせいで上手く走れず、抜け出たときにはすでにセルは大分離れた場所にいた。
「そいつを捕まえろ!」
ステージの裏には裏方として働くスタッフが大勢いる。だが彼らは突然現れたセルに驚き、スヴェンの指示を聞いて動くまでに至らない。
セルが向かっている先は、ステージの真後ろ。そこには様々な機材がある。全部、ステージに必要なものであった。
スヴェンは移動魔術『瞬』を使って距離を詰める。すぐにセルの背後に着いたが、ほぼ同時にセルは魔法を使おうとしていた。
「『火の玉』!」
セルが魔法を放つと同時に、スヴェンはセルを取り押さえる。その拍子に魔法が逸れ、機材へと向かわず地面に落ちる。
しかし落ちた先には、機材を動かす導線の束があった。
『火の玉』は導線に当たり、火が燃え広がる。
「誰か、水を持ってこい!」
スヴェンが周囲のスタッフに呼びかけると、そのうちの一人が水属性の魔法を放つ。導線に付いた火はすぐに消え、被害は導線が燃えただけだった。
被害が最小限に済んで安心していると、「おいおい。どうなってんだ」と近寄って来る男性の姿があった。
「マイクが使えなくなったぞ。何があった?」
彼は周囲のスタッフから状況を聞いている。見たところ、この現場の責任者のようだった。
スヴェンはセルを取り押さえながら事情を話す。
「祭りの妨害です。この男とその仲間が犯人で、今全員を取り押さえました。これでもう大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろ。機材が使えなくなってんだぞ。どうするんだ?」
説明をしたが、責任者は落ち着きが無い。壊れたのは機材をつなぐ導線で消耗品だ。高価で貴重な機材ならともかく、導線くらい替えを用意しているはずだ。なのに、なぜこんなに慌ててる?
「交換すればいいじゃないですか。客に説明すれば、十分二十分くらいは待ってくれるでしょ」
「は? 交換だ? 最初に言っただろ。無いって」
「……無い?」
「今朝、何者かに予備の品が壊されたんです。ステージのスタッフにしか言ってなかったんで、知らないのも仕方ないです」
スタッフの一人が説明をする。予備が壊されていただって? こんなタイミングに……。
スヴェンがセルを見ると、予想通り笑みを作っていた。
「確実に潰すためには当然だろ」
先のことを考えての行動。見事な手際である。敵でなかったら誉めていたところだ。スヴェンはイラついて、セルの頭を軽く殴った。
「だったら代わりの導線を買いに行ってください。近くの魔術具店にあるはずです」
「くっそ、余計な出費だ……。おい、早く行って来い」
指示されたスタッフが早速買い出しに出かけた。店までの距離は遠くない。三十分もあれば帰って来れるだろう。
だが、それまでの間はどうするか。
「このあとどうするんです? このまま音が出なかったら―――」
「とりあえずは待たせてもらう。だがこの状態が長く続けば、最悪中止になるかもな」
オーディションはまだ途中だ。幸いにも出演者が交代するタイミングだったため、マイクの音が出ないのは少々機材の調子が悪いということくらいしか思っていないはずだ。
しかし、その時間が長く続けばどうなるか。再開しないことに苛立ち、観客席から退出する客が現れてくるだろう。復旧に時間がかかれば審査員のストレスが溜まり、いい加減な審査になってしまうかもしれない。そして終いには、責任者の言う通りの結末に至る。
そうなってしまってば、市長やスポンサーである《新たな日の出》にとって不利益な事態になる。市長はトラブルを招いたことに、冒険団はそれを防げなかったことに対して責任を取る展開になるかもしれない。是が非でもそれだけは避けたい。
「どうしても機材は動かないのですか? 他の機材の導線を借りるとか、代用品とか……」
「あったらやってる。だが他の導線とは規格が合わないし、代用品もない。可能性があるとしたら、誰かが魔力を直接機材に送ることだが、そんなことはできないってわかるだろ」
魔術具は魔力で動く。その際に用いられる魔力の属性は、戦闘具以外では無属性の魔力しか使われていない。動力源となる魔石のほぼ全てが無属性であるため、このような規格になっている。
そして無属性の魔力を持つ者は滅多にいない。スヴェンが知っているのは一人だけで、その一人はこれからステージに上がる予定だ。手を借りるわけにはいかない。
買い出しに出たスタッフを待つ。それしかスヴェン達には手段が無い。
そのはずだった。
「じゃあ、レアちゃんが手伝ってあげよー」




