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17.「必ず全部、成功させよう」

 翌朝、スヴェンは相談室のソファーで目を覚ました。今では自室のように使っていて、ここで寝泊まりしている。


 ソファーから身体を起こし、身支度をし、部屋から出る。待合室には食堂が併設されているので、そこで朝食を食べに行った。

 食堂に着いて朝食用のメニューを注文する。そこで料理が来るのを待っていると、待合室の隅に見覚えのある姿があった。昨日から指導を開始したターニャだった。


 彼女は隅のテーブル席に座って本を読んでいる。後ろには書棚があり、冒険に必要な書籍や資料が置いてある。おそらく、そこの棚にあったものだろう。

 朝早くから来て勉強する姿に、スヴェンは感銘を受けた。彼女と交流を深めようと、スヴェンは席を移動する。


「おはよう。朝早くから熱心だな」


 声を掛けると、ターニャはビクンと身体を震わせて顔を上げる。彼女はスヴェンを視認して、ほっと息を吐いた。


「お、おはよ、う、ござい、ます……」


 緊張気味の声だった。少しはマシになったと思っていたが、まだ慣れていないようだ。

 スヴェンは彼女の向かい側の椅子に座った。


「体調はどう?」

「は、はい。大丈夫です」

「そっか。今日の予定は? 無かったらまた一緒に依頼に行こうと考えているんだけど」

「無い、です。行きます」

「分かった。じゃあ後で一緒に依頼を探そうか。やってみたい依頼とかはあるかい?」

「いえ、特には……」

「……そうか」


 やはりというか予想通りというか、ターニャの反応はどこか薄い。主体性が感じられず、流れに身を任せるきらいがある。それも個性の一つだからあまり口を出したくないが、どうも物足りなく感じる。少しくらい自分の考えを出してくれれば良いんだが……。


 スヴェンは運ばれてきた朝食を食べた後、掲示されている依頼書を探した。ちょうど良さそうな依頼を二・三件見つけると、それをターニャの机に持っていく。どれも採集系の依頼で、一日で終わる類のものだった。


「全部採集の依頼だがどれがいい? 違いはほとんどないけどね」


 ターニャの考えを聞こうと尋ねたが、彼女は依頼書を見てからはずっと黙っていた。ターニャの意見を聞こうとしたが、全く喋らない姿を見かねて、堪らずスヴェンが先に口を開く。


「……苦手なものとかあったかな?」

「えっと……いえ、ない、です」


 だったら何か言ってくれ、と言いたかったがぐっと堪える。

 こういうタイプの子は根気よく付き合うことが大事だ。一時の感情に任せた発言をすれば、あっという間に離れていく。我慢だ。我慢。


 心の内で言い聞かせると、スヴェンは別の言葉を口にする。


「じゃあ後で決めようか。話は変わるけど、ターニャちゃんは普段はどんなふうに過ごしているのかな」


 ターニャのようなタイプは、一朝一夕では心を開かない。地道にコツコツと信頼関係を積み上げていく必要がある。

 スヴェンはまず、世間話をして親交を深めることにした。


「えっと……テレビ見たり、本を読んだり……です」

「へぇ。昨日は何を見てたの?」

「ドラマです。『古の刀鍛冶』っていう最近始まったやつで……」

「ドラマが好きなのか」

「好きっていうほどじゃ……嫌いでもないですけど」

「歌番組とかはどう? 来週、この町で公開オーディション的なイベントがあるらしいよ」

「……そっちは見ないです」

「そうなの? 君みたいな年頃の子はみんな見てる気がしたんだけど」

「見ません。あんなの……」


 ターニャの顔を影が差した。


「ライブとかは行かないです。人が多いしうるさいから」


 気づかない振りをしてスヴェンは会話を続けた。


「けどうちから何人かが手伝いに行くらしいよ。出場者もいる。レアも出場者の一人だ」

「……そういえば言ってましたね。アイドルになりたいって」

「あぁ。だから応援くらいは行こうと思うんだが……ターニャちゃんはどうだ。応援とかは……」


 ターニャは少し考えてから「いいえ」と答える。


「遠慮します。応援とか苦手なんで……行っても何もできないんで」

「……そうか。まぁ、苦手なら仕方ないね」


 ターニャはほっと息を吐いていた。


 この短い時間で、スヴェンはターニャの人物像が少しだけ見えていた。

 ターニャは一人でいるのが好きで、団体行動は好まない。得手不得手も同様で、今まではソロ活動しかしてこず、団体行動は敬遠していた。


 冒険者として実績を積み上げるには、パーティを組むのが手っ取り早い。連携が必要になるが、少なくとも生存確率は上がり、達成できる依頼の種類も増えるからだ。

 いずれは一人でどんな状況にも対応できる冒険者に育て上げたいが、複数人のパーティで行動していろんな経験を積んでほしいという欲はある。スヴェンの手が空いていない場合は、そうして鍛えて欲しいからだ。


 ただ、現状は難しそうだった。

 パーティ行動ができないとなると、今後の指導に遅れが出る。強くなってもらうためには、様々な経験を経て、さらには集団行動にも慣れてもらいたい。


 解決策としては、まず周囲に関心を持ってもらうことだ。おそらく、ターニャの場合はその段階から進めるべきだ。少しずつ他人に慣れてもらい、人見知りを直してもらおう。


 そのためには協力者が必要で、できれば相手は身近な人物からがベターだ。ターニャの身近な人物であり、こちらの事情を知っている、かつ、協力する意思があれば尚良し。

 そんなちょうど良い相手をどう探そうかと模索したが、すぐにスヴェンの頭にうざったい弟子の顔が浮かぶ。あまりの都合のよさに、つい笑ってしまうほどの適任者だった。


「じゃあそろそろ依頼を決めようか。とりあえず―――」

「スヴェン」


 話し始めたところで、ケヴィンに呼ばれた。近づいてきたケヴィンは「ちょっといいか」と尋ねてくる。


「かまいませんが」

「ありがとう。一週間後、もし予定が無ければ手伝ってほしいことがあるんだ」

「イベントか?」


 事前にレアから聞いていたので、容易に推測できた。


「そうだ。話が早いな。そのイベントで警備係として来てほしいんだ」

「人手が足りないのか」

「十分な人数を集めていたんだが、急遽有名バンドが来ることが決まってな、今のままじゃ足りなくなった。お前が来てくれたら、警備に関しては問題なくなるんだ。頼めるか?」


 世話になってる上司の頼みを断れるほど、スヴェンは逃げ腰ではなかった。

 スヴェンは「大丈夫です」と二つ返事で了承した。


「そうか、助かるよ。ターニャちゃんはどうかな。誰かと一緒に仕事をするってのは、色々と役立つと思うんだけど」


 同じことを考えていたスヴェンにとって、その誘いを受けてほしいという想いがあった。少々不安はあるが、命の心配が無いのでちょうどいい訓練になるだろう。

 ターニャは最初は驚いたが、少し考えてから答えた。


「あ、は、はい……わ、わかりました」


 おどおどしながらも承諾したターニャに、ケヴィンが「本当かい。ありがとう」と快く返事をする。ターニャは気味の悪い笑みをしながら、「えへ、へへへ」と笑った。


「詳しいことはアレン君かハンナちゃんに聞いてくれ。頼んだよ、スヴェン」

「あぁ。しかし、随分と急なんですね。一週間前に決まるって」

「元々ラブコールはしてたんだ。既に予定が埋まってて無理だったんだから諦めてたけど、予定が空いたから急に来れるようになったらしい」

「そりゃあ運が良いですね。大変ですけど」

「そうだな。今回はライブ以外にも、色々と催し物があるからな。だからこそ成功させなきゃいけない」


 ケヴィンの目には、強い力が宿っている。


「必ず全部、成功させよう」


 同時に、どこか危うさを感じ取った。


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