15.「こういう面倒事は、大人に任せとけ」
魔力の属性は七つある。そのなかで、無属性は異質な属性だ。
それは、無属性のみが、他の属性の魔力に変換できるという点だ。
無属性の魔力を持つ者は、訓練次第で他の六属性を魔術具無しで使えることができ、最も利便性が高い属性と呼ばれている。その性質から、魔術具に使われる魔石のほぼすべてが、無属性の魔石であった。
スヴェンも、そういうことが出来るという話だけは知っていた。しかし、無属性の使い手はとても珍しく、スヴェンは今まで会ったことが無い。せいぜい、それを極めた有名人を知っているくらいで、実際にその使い手を見たことが無い。
だが冒険者になってから二十年後、スヴェンは初めてその使い手を目にした。
レアは音楽に合わせながら踊りを披露する。明るくてキャッチーで、どこか聞いたことがある歌に身を任せて踊る姿は見ていて楽しめるものだ。
その途中で、レアはパフォーマンスとして魔法を使った。最近では、音楽に合わせて魔法を使うことが流行っているようで、レアも同じように披露した。
だがそのパフォーマンスに、スヴェンは釘付けになった。
魔法自体は、練習したら誰でも使えるような基本的なものだ。何の変哲もない基礎魔法である。
スヴェンが注目したのは、レアの手から放たれる魔法の属性だ。
レアの手から、火、土、水、風、光、陰、無の全属性の魔法が放たれる。しかも魔術具を使わずに。
それが何を意味するのか、スヴェンは即座に察した。
レアは無属性の魔力を持っている、ということに。
「どうだった?」
音楽が止まると同時に、レアが感想を聞いて来る。
スヴェンは含みもなく「すげぇな」と答えた。
「お前、無属性の使い手だったのか」
「そっちかー……歌とか踊りの方の感想を聞いたんだけどねー」
勘違いしていたことに気づき、スヴェンは咄嗟に答える。
「あぁ、そっちも良かったぞ」
「テキトーに言ってる感があるんですけどー」
「いや、率直な感想だよ」
途中までは普通の踊りだった。しかしレアが魔法を使い始めてから、スヴェンは彼女から目を離せなくなった。
歌や踊りに合わせて、様々な魔法を放つ姿はとても華々しかった。そして次に何をするのかという期待感を抱き、レアから視線を逸らすことが出来なくなっていた。
「歌とか踊りとかはよく分かんないが、個人的には上手いと思う。魔法のタイミングも良かったし、インパクトがあった。目が離せなくなるほどにな」
「よーっし!」
余程嬉しかったのか、レアがガッツポーズを披露した。
喜びの中にいるレアに、スヴェンは訊ねる。
「それで、お前が無属性魔法を使えることを、他に誰か知っているのか?」
「んー、団長は知ってるかも。入団した時に見せたことあったし」
「……ということは、あの時は知らないふりをしていたのか」
依頼に行く前、レアは自分の属性を「知らない」と言った。そして今のパフォーマンスは、昨日今日で知った動きとは思えない。
だがレアは、「ううん」と否定した。
「あのときはマジ知らなかったの。調べたこと無かったし」
「色んな魔法を使えることに、違和感は無かったのか?」
「魔術具のお蔭って思ってたしねー。で、ししょーを待ってるときに調べたら無属性だって分かったから……ね」
「『ね』、じゃねぇよ」
「……ししょー怒ってる?」
「怒ってねぇよ」
「えー、ぜったい怒ってるよー。声がそうだもん」
「怒ってない。少なくともお前には怒ってない」
スヴェンが苛立っているのは、ケヴィンに対してだ。
無属性の魔法使いは希少な存在だ。様々な魔法が使えるということは、どんな状況に置かれても適切な魔法が使えるという利点があり、それはどのパーティからも重宝される能力だ。多くの魔法を学び、経験を積ませれば、二等級どころか一等級にもなれる。
そんな才能をレアが持っていることを、ケヴィンは隠した。その力の有用性を、ケヴィンが知らない筈はない。
「へいししょー。眉間に皺が寄ってるぜ」
いつのまにか、レアがスヴェンの目の前に来ていた。
「何が気に食わないか知んないけどさー、レアちゃんの前ではその顔はノンノンだよ」
「そんな事にまで口出すのか」
「出しちゃうよー。だってレアちゃんのししょーだもん。ししょーには幸せになって欲しいかんね」
「……師匠思いの良い弟子だな」
「ししょーも良いししょーになってよね。例えば、今使った魔法よりも、目立って可愛い魔法を教えるとか」
レアがスヴェンから離れて、魔法を使ったときの振り付けを見せる。
「ちょっとまだ派手さが無いかなーって思うんだよね。だからさ、そんな感じの魔法教えてくんない?」
「今でも十分良かったと思うぞ」
「夢を叶えるチャンスだからね。できるだけ試行錯誤したいんだー」
その気持ちは、スヴェンにも分かった。
夢や目標のためには、多少の苦労もいとわない。その心根は同じだった。
「分かった。目立って可愛くて、できれば扱いやすい魔法だな」
「そうっ! さっすがししょー! わかってるぅー」
「一週間しかないんだ。そういうやつじゃなきゃ間に合わないってのは、誰にでも分かる」
「よっし! っじゃあ早速教えてーな」
「はいはい」
とりあえず、ケヴィンへの追及云々は後で考えよう。今は、この手が掛かってめんどくさい弟子の指導が先だった。
「じゃあまずは、基本的な火の魔法を―――」
「責任者はどこだぁああ!」
スヴェンが指導をしようとしたところ、部屋の外から怒鳴り声が聞こえた。
どこかデジャブを感じつつ、スヴェンは廊下に顔を出す。多目的室の入り口に、ガラの悪そうな三人組の男達が居た。
「さっきからドタバタギャーギャーうっせぇぞ!」
「静かにしろ! クソガキども!」
男達は大声を出しながら、奥へと進んで来る。何人かの利用者が騒ぎを知って顔を出すが、男達の姿を見るとすぐに部屋の中へと戻っていた。
厄介事を避けようとスヴェンも部屋に引っ込もうとしたが、三人のうちの一人と目が合った。
どこか見覚えのあるその男は、歓迎会でレアに手を出そうとした人物だった。
「なんでお前がここに居るんだぁ?」
スヴェンは男に目をつけられる。不運にも標的にされてしまった。
「知り合いか、セル」
「いや、《日の出》の奴だ」
「なんだ。ケヴィンの犬っころか」
犬はお前らだろ、と言いそうになったが口を噤んだ。
「こんな所でおっさんが何してんだ。ここはガキどもが馬鹿やってる場所だぜ。それとも、いい歳しておっさんがアイドルでも目指してんのかぁ?」
「……ただの付き添いだ」
「へぇー、馬鹿なガキの手伝いとか、同情するぜ」
「ホントだよ。叶わない夢を馬鹿みたいに目指すとか、マジ阿保だわ。それにつき合わせられるなんて、マジ勘弁」
「だよなー」
男達は大声で嘲笑する。まるで、この階に居る者全員に聞かせるような声だった。
スヴェンは心を落ち着かせ、冷静に対応する。
「そういう君達は何しに来た? さっきの口振りから、苦情を言いに来たようだが」
「そのとおりだよ、おっさん」
「ガキどもがうるさくてうるさくて、文句を言いに来たんだよ。管理人はどこにいんだ?」
「さぁな。俺もここに初めて来たんだ。勝手に探してくれ」
こういう輩に関わるのは面倒だ。相手にしないように、スヴェンはドアを閉めようとする。
その寸前だった。
「あたしだけど、なに?」
レアがスヴェンと男達の間に割って入った。
「な……なに勝手に―――」
「間違ってないよ。ここはレアちゃんがパパに頼んで用意してもらった場所なの。つまりレアちゃんも管理人じゃん」
「違うと思うぞ……」
「てめぇ……この前のクソガキじゃねぇか」
セルと呼ばれていた青年がレアを睨んだ。
「なーにここで遊んでんだぁ。もしかして、アイドルにでもなろうって考えてんのか?」
「そうだよ。レアちゃんの百ある夢の一つだからね。当然なるよ」
「ほー、馬鹿みたいな奴だと思っていたが、ホントに馬鹿なんだな」
「はーあ? 馬鹿はどっちよ」
「誰が馬鹿だって」
「いつまでも嫌な現実にしがみついて何が楽しいの。楽しい夢を目指さないのが馬鹿じゃん」
「現実を知ってるからこそだ。そんな馬鹿やるよりも、嫌な事でも堅実にやるのが身になるんだよ」
「どこが堅実なんだか。嫌な上司に逆らえないだけなんじゃないの。良かったらうちで雇ってあげようか。《黒犬》より良い給料出せるよ」
「……調子乗ってんじゃねぇか。一人じゃ何もできないガキのくせに」
「まったくだ。痛い目見ないと分かんねぇみたいだな」
男がレアに手を伸ばす。スヴェンはレアを引っ張って、部屋の中に入れた。
「中に引っ込んでろ」
「ちょ……、ししょー! レアちゃんは平気だよ。こいつらなんて、ちょちょいのちょいで―――」
「夢を終わらせるつもりか?」
「……は?」
呆然とするレアに、スヴェンは説き伏せる。
「こんな所で喧嘩して怪我でもしたら、オーディションに出られなくなるぞ。それでも良いのか?」
「……怪我なんかしないしー」
「仮にお前が怪我しなくても、こいつらにさせたらどうなる。喧嘩っ早いアイドルとして売るつもりなのか?」
「……」
「違うだろ? お前が目指してんのは、暴れん坊なヤンキーじゃなくて、皆を楽しませる王道的な存在だろ。だったら無駄な喧嘩はするな」
「けどそいつら、いっつもうちらの邪魔をしてくるんだよ。レアちゃんだけじゃなくて、団員の皆に迷惑かけて……」
「だったら、しかるべき相手に頼れ。ケヴィンとか、衛兵とか……、俺とかな」
レアがハッとした顔を見せる。スヴェンはにやりと笑みを返した。
「こういう面倒事は、大人に任せとけ」
面倒事は嫌いだ。だが未来ある若者に苦労させてまで避けるつもりはない。
そこまで情けない大人になるつもりは無かった。
「……分かった」
レアが部屋の奥に戻り、入れ替わるようにスヴェンが前に出た。
「なんだおっさん。俺らとやろうってのか」
「……表に出ろ。そこで相手してやる」
「ほー、良い度胸じゃねぇか」
提案に乗った男達は活動室を出て、スヴェンは彼らについて行く。階段を下りてビルの外に出ると、脇道に入っていく。人通りが少ない場所に行くようだ。
どんどんと奥に進み、スヴェン達以外誰もいない道に辿り着く。そこまで進むと、男達は振り返ってスヴェンと対面する。
「ここならちょうど良いだろう」
セルがスヴェンの正面に立ち、他二名はセルの左右に移動する。完全にやる気の様子だった。
三対一。素人相手ならともかく、相手は腐っても冒険者だ。この様子だとそれなりに喧嘩慣れもしている。まともにやればただでは済まないだろう。レアに「任せとけ」と言ったが、スヴェンは既にここからどうすれば許して貰えるかを考えていた。
やはり、安定の土下座だろう。ジャンプと同時に土下座の体勢をとり、そのまま地面に伏せる《ジャンピング土下座》の出番だ。これで許されなかったことは無い。スヴェンは膝を曲げ、跳ぶ構えに入る。
そのとき、バチリという音が響いた。
「が―――」
聞き慣れたその音の直後に、男達三人が地面に倒れる。変な体勢で地面にうつ伏せ、そのまま動かなくなっていた。
今の音は、スヴェンが使う魔法銃と似ている。雷属性の魔法だ。
それを町中で使うのは冒険者か、魔法杖の魔術具を持つ衛兵のどちらかである。そして今回は後者であった。
「やはりお前だったか。スヴェン」
セルの後ろには、スヴェンの友人ベッケルがいた。衛兵である彼が助けてくれたようだ。
「助かったよ。感謝する」
「住民を守るのが衛兵の役目だからな」
「そうか……俺はとても助かった。けど、大丈夫なのか?」
「……ちょーっとまずいかな」
ベッケルが倒れた三人を見やる。不意打ちで強力な電撃をくらった彼らは、身体をピクリとも動かさない。息はしているので気を失っているだけだが……。
「やりすぎだな」
「うん。やりすぎた」
「お前、魔術使ったことあったか?」
「実戦で使うのは初めてだな。しかもこいつは最近支給されたばかりの上等なやつなんだよ……使い方は練習はしてたんだが」
威力までは把握していなかった、というわけか。いくら暴漢を倒すためでも、ここまでやれば上司から叱責を受けてしまうだろう。
助けてもらったこともあり、このまま「後は任せた」と言って立ち去るのは後ろめたい。
「ししょー! どしたのそれ?!」
考え込んでいると、スヴェン達が通った道からレアが駆け寄ってくる。驚いた顔でスヴェンと倒れた三人を交互に見ている。
「あぁ、これは……」
どう答えようか悩んでいると、「あ!」と気づいたような素振りを見せた。
「ししょーが倒したんだ! すげえ!」
「……は?」
「三人をぶっ倒して、その状況を衛兵に話してたんでしょ! そうでしょ!」
レアが誤った推測を口にする。スヴェンが強かったらそういう展開もあっただろうが、実際はベッケルに助けてもらっただけである。
「いや、俺は―――」
「そのとおりだよ」
スヴェンは間違いを正そうとしたが、なぜかベッケルは肯定した。
「こいつがこの人達と喧嘩する場面に出くわしちゃったんだけど、止めに入るのが遅くなってね。こんな結果になったのさ」
「やっぱり! やっぱししょーってつえぇ!」
レアの勘違いが加速し、ベッケルはそれを訂正しなかった。
「おいベッケル。どういう―――」
ベッケルがスヴェンの肩に手を回し、顔を近づけて耳打ちをする。
「いいじゃないか。これならお互い利があるぜ」
「どういうことだ?」
「ありのままを話したら、俺は住民を痛めつけた悪徳衛兵、お前は何も出来なかった情けないおっさんだ。だがこうすれば、お前は三人相手にも負けない頼りがいのある冒険者で、俺はすぐに騒ぎに駆け付けた真面目な衛兵だ。こっちの方が断然お得だろ」
「そうかもしれんが……」
「お前、まだ《日の出》に入って日が浅いんだろ? だったらここで信頼度を稼いで損はないだろ」
ベッケルの案は確かに良案だった。正直に話すよりも、提案に乗る方が断然良い。早く実績を積んで団員やケヴィンからの信頼を得るには、少しでも評判を上げておきたい。
ということで、スヴェンはその案に乗っかった。
「ま、俺にかかればこれくらいは、な」
「おー! やっべぇ! ししょーやっべぇ!」
どうせレアからの評価が上がるだけだ。そう考えて話を盛った。
「レイジングでも似たようなことはあったからな。それに比べたらマシだ」
「そっか。レイジングの冒険者は強いもんね。そっちに比べたららくしょーじゃん」
「そうだな。楽勝だ」
「だってさおめーら! もう心配するひつよーねーぜ!」
冷や汗が頬を伝った。
「……おめーら?」
「ししょーならこの町の冒険者は敵にならねーって! そんな人が味方ならもう怖くねーぜ!」
レアが後ろに向かって声を掛ける。すると、建物の陰から大勢の若者達が姿を現した。
「あの人が倒したのか?」「マジで? すっげー頼りになるじゃん」「あの人が居たら、もうあいつらに怖がらなくて良いのか」
彼らの視線がスヴェンに向けられる。その瞳には、羨望の意思が込められているように見えた。
「レア、あいつらは?」
「活動室にいた人だよ。ししょーが心配で見に来たんだって。皆、よくこいつらに絡まれてたんだよねー」
どうやらセル達は、あの活動室にいた彼らとよく騒ぎを起こしていたらしい。
「けどししょーがいるからもう大丈夫だね」
「なんでだ?」
「だってそうじゃん。自分達を苛む奴等に立ち向かうししょー。やられるかと思えばそいつらを返り討ち。しかももっと強い奴にも勝てると豪語する腕っぷしの持ち主。もう期待するっきゃないでしょ!」
「なににだ?」
「そりゃもちろん―――」
レアは笑顔で言った。
「この町を守る新たな英雄としてだよ」