13.「うわっ。育児放棄だ。弟子放棄だ」
「目標は三頭。それ以上狩ると生態系に支障が出るから気をつけるように」
山の中ではスヴェンが先頭で、その後ろにレアとターニャの並びで進んだ。
「で、ししょー。どうやって見つけるの? テキトーに山を歩くだけ?」
「そんなわけないだろ。ちゃんと準備はしてきてる。……これだ」
スヴェンは手に持っていた《魔力探査機》を見せる。液晶の中心付近には、赤色の印が点滅している。
「こいつで魔物を探す。魔物の種類ごとに反応は違うが、一頭だけでも見つければ後は簡単だ。同じ反応の魔物を探せばいいからな」
「へ~、この赤いのがレアちゃん達の?」
「そうだ。赤が人間で、それ以外の色が魔物や魔族だ。とりあえず、別の色の印が表示されるまで歩き回る」
「つまり魔術具だよりってこと?」
「もちろん痕跡もあればそれも利用する。何か妙な物を見つけたら言ってくれ」
「はーい」
「……はい」
スヴェンは進みながら、後ろの二人の様子を観察した。レアは予想通り、キョロキョロと楽し気に周囲を眺めている。余計な事をしないかという危なっかしさはあるが、そこはスヴェンが先行して歩いていることで未然に危険を抑えられる。
問題はターニャだ。彼女は先程から身を縮こませ、落ち着きのない様子だ。おどおどと周囲に視線をやっているが、レアとは違った危なっかしさがある。もしものとき、ちゃんと動けるのかという不安だ。少し声を掛けた方が良いかもしれない。
「ターニャちゃんはここに来るの初めてかい?」
「え、あ、は、はい。そうで、す。だから、ちょ、ちょっと、へん、かな」
「変って、何が?」
「あ、いえ、森じゃ、なくて、あ、あたしが、へんって、ことで、す」
「……いつもとは違う環境だから、上手く動けないかもってこと?」
「そ、そうです。森に来るのは、初めてだから……」
「なるほど。じゃあこれを機に色々と覚えよっか」
「は、はい」
ターニャは首肯するが、未だに緊張は解けず、身体を小さくしている。一筋縄ではいかないようだ。この様子だと、十分な実力を発揮できなさそうだ。
どうしたものかと思案していると、レアが「あ」と声を上げる。
「ししょー、あれって痕跡じゃない?」
レアが指差す方を見ると、地面が荒らされている場所があった。小さな穴が掘られていて、周囲にはいくつもの足跡が残っている。スヴェンはその場所に近づいた。
それは、ボアブルが穴を掘った痕跡であった。
「……ビンゴだ。ボアブルのもので間違いない」
「よーっし! レアちゃんの大手柄! さぁ、褒めろ」
「はいはい。よくやったよくやった」
「テキトーすぎー。ちゃんと褒めないと反抗期になるぞー」
「そうなったら放置するだけだ」
「うわっ。育児放棄だ。弟子放棄だ」
「つべこべ言ってないで見とけ」
スヴェンは腰袋に手を突っ込む。中からアンテナのような短い棒状の魔術具を取り出すと、それを痕跡が残っている近くの地面に垂直に突き刺した。
「なにしてんの?」
「これは《魔力収集器》で、近くの魔力を集める魔術具だ」
スヴェンが収集器のスイッチを押すと、先端に黒くて丸い塊ができ始める。
「これでボアブルが残した魔力を集めて、これを探査機に記録させる。そうすればボアブルを直接見つけなくても、探査機上でボアブルと他の魔物を見分けられるんだ」
魔物が残した痕跡の付近には、その魔物の魔力が散り散りに残っている。一つ一つの魔力は小さいため探査機上では反応しないが、こうして集めると探査機が察知する。それは痕跡を残した魔物と同じ色で画面に映るようになるので、追跡が容易になるのだ。
「へー、便利だねー」
「伊達に長年冒険者してないからな。……これくらいでいいだろ」
十分な魔力が集まると、スヴェンは探査機を確認する。画面にはスヴェン達の反応の近くに、黒い点が映っている。その数は二つだった。
一つはスヴェン達の近くで、収集器で集めた魔力。だがもう一つは少し離れた場所にあり、しかもスヴェン達の方に近づいている。方角は真後ろ、ターニャの方向からだった。
「後ろだ!」
スヴェンは振り返り、ターニャの方に向かう。驚いて立ちすくむターニャの背後から物音が聞こえた。
茂みを揺らす音に、重い足音、スヴェンがターニャの後ろに移動した直後、音がした方からボアブルが現れた。
スヴェンと同じくらいの体高の魔物が、走りながら突っ込んで来る。スヴェンは盾を構えた。
「『鉄壁』!」
スヴェンは耐久力向上の魔法を唱える。リングの防護魔法だけでは心許なかったからだ。
ボアブルがスヴェンに衝突する。勢いに押されて後ろに下がったが、一メートル程で止まる。停止した瞬間を狙って、スヴェンは別の魔法を唱えた。
「『爆炎』」
右の掌をボアブルに向けて『爆炎』を放つ。顔に向けて発射して命中させたが仕留めきれず、ボアブルは頭を振り回してスヴェンを吹き飛ばす。飛ばされたスヴェンは、すぐに体勢を整えてターニャの前に立った。
「ターニャ、今なら当たるぞ」
遠距離で魔法を当てるのは難しい。魔法を喰らえば痛手を負うことくらい、魔物でも理解しているからだ。そのために予測されない動きをしたり、防御を固めたりする。だから前衛や中衛が魔物の動きを制限して、後衛の攻撃を当てやすくする必要があった。
そして今、ボアブルはスヴェンの攻撃を受けたことで隙が生まれていた。陰属性の魔法は、相手を弱体化することに長けている。当てれば戦闘を優位に進められるはずだった。
だがターニャは、
「お、あ、え……」
狼狽えており、魔法を撃とうとしなかった。
ターニャは両手に黒い手袋を着けている。手袋には小さな魔石が埋め込まれており、どちらの手からでも魔法を放つことが出来る魔術具だ。しかしターニャは、どちらの手もボアブルに向けていなかった。
ターニャが何もせずに戸惑っている間に、ボアブルは炎を振り払い、スヴェン達の方に向き直ろうとしていた。
「ターニャ!」
「……ど、『泥玉』!」
スヴェンの言葉でターニャが魔法を撃つ。右手から放たれた黒い塊が、ボアブルに向かって飛んでいく。『泥玉』は相手の顔に当たれば視界を奪い、足に当てれば体勢を崩すことが出来る魔法だ。
だがターニャの放った魔法は顔にも足にも当たらず、ボアブルから離れた地面に落ちていた。
ターニャが魔法を外した直後、ボアブルが再び突進してくる。スヴェンはまた『鉄壁』を使って受け止めようとした。
その直前だった。
「『風斬り』っ!」
レアがスヴェンの右に出て杖を振るう。すると先端から白い線状の風が発射し、ボアブルの足元に向かっていく。風がボアブルの前脚に当たると、ボアブルは体勢を崩してスヴェンの前で倒れた。
「っ……『炎剣』!」
スヴェンはボアブルの身体に剣を刺す。剣が炎を纏い、それを伝ってボアブルの身体を燃やし始めた。
「ブギャアアアアア!」
ボアブルが悲鳴を上げる。立ち上がってスヴェンに向かって来ようとするが、それよりも先にスヴェンが『爆炎』を放つ。『爆炎』に吹き飛ばされたボアブルは地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
「イェイ! レアちゃんのお蔭だよねっ。ねっ」
レアが胸を張って得意気な顔を見せていた。予定とは違ったが、手柄であることは確かだった。
「そうだな。よくやった」
とりあえず褒めると、レアはますます鼻を高くした。
「まぁねー。レアちゃんてほら、天才だしー」
「調子に乗るな」
少なくとも度胸がある事は確かだ。しかし褒めると調子に乗りそうなので戒めた。
天狗になるレアを適当に相手した後、スヴェンはターニャに声を掛けた。
「大丈夫か?」
先程のターニャの動きは粗末なものだった。魔物を相手に緊張して動けず、やっと動いたと思ったら見当違いな場所へ魔法を撃つ。まるで初めて魔物を相手にした冒険者のようだった。
これが冒険者になり立ての新人なら仕方がないが、ターニャはレアよりも冒険者経験が長い。いくつかの依頼も受けている。だからある程度は動けると思っていたが、今の動きはスヴェンの期待からかけ離れていた。
どこか体調が悪いのか。それとも人一倍緊張しやすい体質なのか。そう考えて様子を窺ったが、ターニャはスヴェンに返事をせず、ぶつぶつと呟いていた。
「なんで……、……のに、……じゃない、……なよ、……が……」
顔を伏せているせいで表情すら分からない。だが悪い兆候だと想像できる。スヴェンの声にも気づいていないようだった。
「ターニャちゃん」
もう一度声を掛けると流石に気づいたようで、ターニャはビクッと身体を震わせて顔を上げていた。
「あ、ご、ごめんな、さい、ちょ、ちょっと、調子、悪くて……へへ……」
スヴェンから視線を外しながら、ターニャが答える。その様子を見ただけで、動揺していることが手に取るように分かった。
こんな状態だと碌に動けそうにない。ターニャの実力を見るための依頼だが、ここまで調子が悪いのなら先延ばしにした方が良いかもしれない。
一旦ターニャを山の麓に帰して、レアと二人だけで依頼をこなそうか。
「じゃあやり方を変えてみよー。そーしよー」
能天気な声で、レアが提案をした。
「変える?」
「そう。ターニャちゃんの力を見たいなら、ターニャちゃんの得意なやり方でやれば良いんだよ。それが一番わっかりやすーいのさ」
「……なるほど」
レアの意見にも一理あった。冒険者の中には、慣れたメンバー以外でパーティを組んだ時や、不慣れな環境下では実力を発揮できない者がいる。ターニャがそれに当てはまるのなら、急造パーティでは実力が出せないことも頷ける。
ここはレアの提案を呑むことにした。
「そうだな。じゃあそれでやってみよう。ターニャちゃん、君はいつもどんな風に魔物と戦うんだ?」
「えっと……やり方は決まって、ないです。けどいつも、一人で戦ってるから……」
「いつも一人で?」
「は、はい」
「今までパーティを組んだことは?」
「あ、あるにはあるけど、そのときは碌に戦えなくて……」
「……そういうことか」
スヴェンは頭を抱えた。おそらくターニャは、パーティでの活動が苦手なタイプだ。過去に数度、そういう冒険者と会ったことがある。彼らは総じて、性格で何かしらの欠点を抱えており、団体行動が不得手な者が多かった。ターニャもその一人かもしれない。
「分かった。じゃあ今からは、君一人でボアブルを狩って貰う」
「え゛……あたしだけで、ですか?」
「そうだ。一人で行動して、一人でボアブルを見つけ、一人で戦ってもらう。その成果を見て、君の実力を判断しよう」
間近で見れないことが不安だが、実力を見るにはこれしか方法は無い。
「必要な道具は渡そう。探査機等の魔術具や通信機、魔石も必要なら持って行っても良い」
「けど、一人だと、し、死んじゃうかも……」
「遠くで見守る。リングの防護が発動したら助けに行くから、それまでは一人でやってみるんだ。必要ならレアを同行させても良いが……」
「お、お願いします」
「りょうかーい。じゃ、ターニャちゃん、一緒にがんばろー」
「あ、はい」
「レアは自発的に動くなよ。ターニャの力を見たいから、指示を受けたら動くように」
「イエッサー」
「……」
ということで、スヴェンは二人から離れ、遠くから様子を窺うことになった。ターニャはスヴェンから探査機だけを受け取り、レアと一緒に山の中を歩き始める。その様子を、スヴェンは予備の探査機を使いながら観察した。
そして、別行動を始めて二時間後、
「お、終わりました」
ターニャは三頭目のボアブルを倒し、依頼を達成していた。




