12.「他の団員じゃなくて、あたしなんだ……」
「はい。というわけで呼んできましたー。ターニャ・ペインちゃんです。はくしゅー」
レアがターニャを相談室に連れてきて、ソファに座らせた。少々強引な様子だったが、ちゃんと連れて来たので、スヴェンは黙って拍手をした。
当の本人は訳が分からないようで、座るなり落ち着きのない様子で周囲を見回している。
「へ? あ、え、その、な、なに、これ」
その動揺っぷりは見ても分かるほどで、何も説明せずに連れて来た事が容易に推測できた。
とりあえず落ち着かそうと、スヴェンは声を掛けた。
「ターニャちゃん」
「は、はいぃ」
声が上ずっていた。しかも若干怯えている様にも見える。
ターニャとは、あの日以来会っていない。集会所に来るたびに彼女の姿を探したが、全く姿を見せなかったことと、ハンナが何とかするという言葉を信じていたこともあって、半ば放置していた。しかし、この様子だと何とかできていないようだ。
「俺はスヴェンって言うんだけど、知ってるかな。ここの指南役に就任したんだけど」
「え、あ、は、はい」
なんとか彼女は頷いた。今回は会話はできそうだ。
「ここの冒険者達を育てて、一人でも多くの冒険者を一人前にするのが俺の役目なんだ。けど全員をいっぺんに育てるには時間がかかるから、まずはこの相談室に来た人を優先的に育てようって考えてる。このレアがその一人だ」
「イエス! 弟子第一号でーっす」
「やり方としては、いろんな依頼に連れて行って、そのなかで手ほどきをする。そして、いずれは一人でも色んな依頼をこなせる応用力を身につけて貰うのが目標だ」
「は、はぁ……」
ターニャが気の無い返事をする。先程よりも、リラックスできているようだ。
「だがそれでも一人前になるには時間がかかる。だからまずは少人数を集中的に育てて、他の団員が彼らを目標にして、自主的に強くなるように仕向けたい。団員と俺の両方に利がある試みだと思っている」
「はぁ……」
「ターニャちゃんには、その目標となる人物になって欲しい」
「は……………………はぁ?」
ターニャは眼を大きく開けながら立ち上がった。
「は、え? も、もく、もくもく、ひょ、う?」
「目標ね」
「あたしが?」
「うん」
「人違いじゃなくて?」
「ターニャちゃんに間違いない」
「そ、そうなんだ……。あたし、なんだ……」
落ち着いた様子を取り戻し、またソファに座る。ターニャの顔には、不器用な笑みが残っていた。
「へ、へー……そうなんですね……他の団員じゃなくて、あたしなんだ……」
その笑みに若干の不安を抱いたが、スヴェンは話を進めた。
「まぁそういうわけで、君を指南しようと思っている。都合が悪く無ければ受けて欲しいが、断っても君への評価は変わらないから、遠慮せずに答えて欲しい」
「だ、だいじょうぶ。指南、受けます」
「よし。……じゃあ今後のために、ターニャちゃんの事をいろいろと教えて欲しい」
「なに聞くの? 趣味とか好きな人とか? あ、もしかしてスリーサイズ?」
「戦闘スタイルについてだ」
野外に出れば、否応でも魔物や魔族と遭遇する。戦闘の際、仲間の戦い方を知っていれば動きやすくなる。戦闘指南においては、非情に重要な情報だった。
「戦争スタイルは大まかに三種類に分かれる。敵の動きを止め、剣や槍とかの武器を使って戦う《前衛》。魔法や魔術を駆使して、遠距離攻撃を繰り出す《後衛》。敵を撹乱したり、味方の戦闘補助を行う《中衛》。パーティを組むときは、各役割を最低一人ずつ揃えるのが基本だ」
稀に、そういった基本を敢えて外すパーティもあるが、スヴェンはそれを言わなかった。
「誰がどの役割を担うかってのは、パーティ活動において非常に重要なことだ。生死を分けるほどの、って言って良いほどにな」
「そうなんだー。ちなみにししょーはどれ?」
「俺は全部できる。近接戦闘、攪乱、魔法に魔術、どれも使えるし経験済みだ」
「おー、さっすがししょー。きよー貧乏だね」
「万能と言え。で、ターニャちゃんはどれかな?」
「こ、後衛、かな」
ターニャの身体は小さい。前衛は力勝負になることが多い前衛では、身体の小ささは不利に働く。そういう事を考慮して後衛を選んだのだろう。
「なるほど。じゃあ武器は? 後衛なら狙撃手か、魔法使いとか魔術師があるけど」
「魔法使い、です」
「属性は?」
「ゾクセイ?」
レアの疑問に、スヴェンが「魔力の性質のことだ」と答えた。
「人の中には魔力が溜め込まれているが、全部が同じ性質ではない。火、土、水、風、光、陰、無の七つの属性のいずれか一つに当てはまる。無属性を除き、人は一つの属性の魔法しか使えない」
「あれ? けどししょーは前違う奴使ってたじゃん。電気っぽいやつ」
「あれは魔術具によるものだ。魔術具を使えば、他の属性の魔法や全く新しい属性の魔法を発動できる。俺の属性は火だが、魔術具を使えばどの属性の魔法も使える。まぁ、無属性は訓練次第でどの属性の魔法も、魔術具無しで発動できるがな」
「レアちゃんは……なんだろう。知らない」
「なのに魔法杖使ってるのか……」
「だってあれだけで色んな魔法が使えるし」
「便利な魔術具だな……。ターニャちゃんは?」
「あ、あたしは、陰、です」
「敵の邪魔をしたり、状態異常を付与する属性か……。支援にはもってこいだな」
欲を言えば、派手な魔法が多い火や光属性が好ましかったが、こればかりはどうにもできない。その事を口に出さずに呑みこんだ。
「そうですよね……あたしには合ってると思ってます……うへへ……」
ターニャはまたもや不器用な笑みを見せた。
その後もスヴェンは色々と質問をして、ターニャはそれに答えた。少々話し辛そうな態度を見せられたが、それは単に会話に慣れていないだけであったようで、次第にスムーズに話が出来るようになった。
そして、十分な情報を得たスヴェンは次の段階に移ることにした。
「じゃあ、ちょっと実戦で力を見せてもらおうか」
色々と話を聞けたが、一番大事なのは実戦でちゃんと動けるかどうかである。ターニャがどの程度動けるのかを見極める必要があった。
「じ、じじ、実戦、ですか?」
「うん。実戦。適当な依頼を受けて、実際に魔物と戦ってみよう。百聞は一見に如かず、だ」
「え、け、けど、そんなちょうど良い依頼が、都合よくあるなんて……」
「ししょー、依頼見つけて来たよー。ユリオール山の魔物討伐依頼。最近森付近の畑を荒らしてるんだってー」
「良いタイミングだな。早速行こう」
「あ、あたしは、まだ、準備ができて、なくて……」
「必要な道具は冒険団から借りよう。それなら一時間もあれば準備は終わる。ユリオール山の地図や情報は俺が用意する。作戦会議は魔動車の中でやろう」
「あ、はい……」
「以上。一時間後に集会所前に集合。レアは魔動車の準備も頼む」
「おっまかせー!」
こうして、急造パーティで依頼を受けることになった。
予定通り準備は一時間ほどで終わり、レアのマル君に乗ってユリオール山へと向かった。
ユリオール山は町の北東にある山であり、魔物以外にも動物も生息している。魔物の数は少なくて、他の動物を殲滅させるほどの力はない種であるため、そのまま放置していた。だが今回のようなトラブルが起きれば話は別である。
山の近くにはいくつかの農家がある。過去にも何度か畑の野菜を食い荒らされる被害があり、その度に魔物や動物を狩猟していた。今回もその一環であった。
「動物が畑を荒らすこともあるが、今回はある魔物の仕業だと判明している。それがボアブルだ」
ボアブルは形こそ猪のような魔物だが、少々違う点が見受けられる。一つは体毛の色が黒だということ。もう一つは魔力が込められた大きな牙を持っていることだ。ボアブルはその牙で魔法を使い、多くの冒険者を屠ってきたという実績がある魔物だ。
「そ、そんな奴と戦うんですか?」
スヴェンと一緒に後部座席に座ったターニャは、びびって身体を震わせていた。
「たいした魔物じゃない。たしかに強力な一撃を持つ魔物だが、動きは単純だ。慣れれば君一人で対処できる」
昔なら数人がかりで対応する必要があったが、リングのお蔭でその労力も不必要になった。習性を知り、準備さえすれば、今では一人でも倒せる魔物である。
「そ、そうですか……はは……」
自信なさげな笑い声に、スヴェンは不安を抱いた。いくらなんでも、ビビり過ぎではないだろうか。
たしかにボアブルの攻撃は強力だ。素で受ければ致命傷になる一撃である。しかし、今はリングがある。防護魔法をつけていれば無傷で済むうえ、そのうえ反撃のチャンスも得られる。ターニャは当然のように防護の魔法を登録していて、スヴェンという前衛も居るのだ。不意打ちでも喰らわない限りターニャが死ぬことは無く、その対策もスヴェンは持っている。万が一の事態は起こらないし、その事はターニャも知っているはずだ。
スヴェンが想像している以上に、ターニャは神経質で臆病な性格なのか。今のところ、それが原因としか思えなかった。
「まぁ安心しろ。前衛には俺がいるし、囮にはレアもいる。君が狙われる可能性が一番低いんだから、そうビビらなくても大丈夫だ」
「え? レアちゃん囮なの? 派手にキラめくアタッカーじゃないの?」
「今日はこの子の力を見るための依頼なんだ。お前の出番はない」
「え~、まじでー? やる気半分なんだけど」
「マックスになってないと、魔物に襲われて死ぬぞ」
「ししょーが守ってくれるんでしょ?」
「気が向いたらな」
「ひどっ! 育児ほーきだ!」
「いいから運転に集中しろ。事故ったらどうするんだ」
「このスピードじゃ事故らないもーん。ってか、もう着くし」
前方に目的地が見える。広大な森の入り口を示す看板があり、傍には魔動車を停める駐車場がある。レアはそこにマル君を停めた。
「よし……じゃあ行くか」
「はーい」
「は、はい」
準備を終えたスヴェン達は、山に入って行った。