11.「つまりレアちゃんは特別ってこと?」
「ししょー! おっひさしぶりー! レアちゃんが居なくて寂しかったでしょー!」
仕事を始めてから二週間後、レアが相談室の扉を開けながら叫んでいた。スヴェンは部屋のキッチンでコーヒーを作り、それを飲みながら資料を読んでいたところだった。
「いや、全然」
「もー。そこは同意してくれないといじけちゃうぞ」
「そんなんでいじけるほどメンタル弱くないだろ」
「あ、わかるぅ?」
「誰でも分かる。コーヒー飲むか?」
「いらなーい。レアちゃん紅茶派だし」
「あ、そ」
「だから自分でつっくりまーす。レアちゃんの紅茶クッキング、はーじまーるよー」
「うるさい」
レアは高いテンションのまま紅茶を作った。紅茶を作り終えると客用のコップに入れ、スヴェンが座っていたソファの隣に腰を下ろした。
「何読んでんの?」
「今まで受注した依頼と報告書だ」
スヴェンが持っているファイルには、《新たな日の出》が受注した依頼内容と、各依頼に対する報告内容の一部が纏められていた。
「あれかー。依頼が終わった後に色々聞かれるからめんどいんだよねー。あれってやっぱ大事なやつなの?」
「大事だ。冒険団の存続にかかわるくらいにな」
「おおげさじゃない?」
「マジだ」
報告書の内容は、冒険団の経験値となる。その場所で何が起こるのか、どうすれば対処できたのか。そういった発見や問題点を見つけ、解決策を探して他の団員に周知させる。これが出来れば、団員のレベルアップと、生存率の向上につながる。優れた冒険団は全てそうしていた。
「知識を共有できれば、他の依頼とかの役にも立つんだ。そのために報告書を纏めて、集会所の本棚に置いてるんだぞ」
「けどそれ使ってる人、そんなにいないよ。みんな依頼を受けたらテキトーに打合せして、すぐに行っちゃうから」
「……マジかよ?」
「マジだ」
レアがしてやったりと言いたげな顔をしていた。一方のスヴェンは、少々ショックを受けていた。
分かってはいたが、この冒険団の団員は意識が低い。優れた団長、豊富な依頼、充実した設備といった恵まれた環境にいるのに、それらを活かせていない。ファッション冒険者と言われるだけあって、そこまで熱心に活動をしていないようだ。
やはり、まずは意識改革が必要だ。
強くなってもらうには、何よりもまず、その意志が必要になる。才能が無くても、要領が悪くても、やる気があればそれなりに成長する。
問題は、そのやる気を起こして貰うことだ。
他人に言われてやる気が出る人はそうそう居ない。ましてやこの冒険団に来て間もないスヴェンに「やる気を出そう」と言われても、「はいそうですか」という者は居ないだろう。よって、やる気を出して貰う案は却下だ。
ならば、最初からやる気のある奴を育てよう。一人を育てれば、そいつを中心にして周りも意識が変わり、一緒に強くなろうと志す者が増えるだろう。憧れを抱いて強くなろうとすることは、ごく普通の考えである。しかもつい最近まで普通の冒険者だった奴が強くなれば、負けじと意気が上がり、触発される者もいるはずだ。
そうと決まれば、早速、やる気のある奴を探す。
そのうちの一人は、既に目を付けていた。
「レア。アレンって子は今日来てるか?」
アレン・リューベルは、《新たな日の出》の団員の中で、最も成長が期待できる冒険者だ。冒険団の中でも人気者で、魔法と剣を巧みに扱える実力者で、なによりやる気がある青年だ。
現在は五等級だが、将来的にはケヴィンと同じ二等級まで上がれるだろう。彼を育てれば、スヴェンの思惑が簡単に実現できると考えていた。
「来てないよ。っていうか、しばらくは来ないと思う」
「なんでだ? 依頼にでも行ってるのか」
「ぶっぶー。本業が忙しいからでーす。ちょうど繁忙期だから、しばらくはここに来る余裕が無いと思うよ」
「本業? 何の仕事だ」
「服屋の店員でーす。ちなみにレアちゃんちのね。アル君大人気だから、店側としてもこの時期は必要なんだー」
「なるほど」
アレンが仕事をしている姿が容易に想像できた。たしかに、彼に似合っているように思えた。
「じゃあ他の奴を探すか。レア、他にやる気がある団員って分かるか?」
「はい。レアちゃんです!」
「お前はダメ」
「はー! なんで?! レアちゃん、ちょーやる気だよ!」
「なんかチャラい。もうちょっと普通っぽい見た目の奴が良いな」
レアは冒険団の中では人気者だが、言動が破天荒すぎる。もしレアが成長しても、特別な人種扱いされてしまうだろう。
スヴェンが望むのは、どこか普通な面がある人物だ。身近な人物が強くなることで、自分もそうなろうと思える。そういう連鎖ができる人物が望ましかった。
「つまりレアちゃんは特別ってこと?」
「そうだ」
「じゃあしゃーない。諦めてあげよう。けど指導は続けてね」
「あぁ。で、他にいないのか?」
「うーん……」
レアが腕を組んで考え込んだ。そこまで考えてもいないのかと、スヴェンは不安を抱いた。
「やっぱみんなさ、がんばろっていうんじゃなくて、楽しもって感じが強いんだよね。だから成り上がろって人はそんなにいないんだよねー」
真剣みのある声で言うレアの言葉に、スヴェンの不安はますます増した。
「そんなことはないだろ……やる気のある奴はいるはずだ。お前が気づいていないだけだ」
「んなこと言ってもねー。レアちゃんはこれでもちゃんと見てるつもりだよ。誰がたくさん依頼を受けてるとか、強いとか、熱心だとか」
「それでいいから言ってみろ」
「全部アル君だよ」
スヴェンが目を付けただけあって、やはり優秀な人材であったようだ。その人物がしばらく冒険団に来れないことを、スヴェンはより強く悔いた。
だがレアが「あ」と、何か思い出し方のように声を上げた。
「も一人いた。強いとかは知んないけど熱心な子。本棚の報告書を読むのって、アル君とその子くらいだよ」
「なんだ……いるんじゃないか」
スヴェンはほっとして息を吐いた。一先ず、アレンが来れるまでの間はその子を育てよう。
「で、その子の名前は? 今日は来てるのか?」
「うん。今日も来てたよ。名前はたしか……」
「なんだ、知らないのか」
「知ってますぅー。ちょっと思い出せないだけですぅー」
「分からなかったらいいよ。居るんだったら呼びに行くから」
「だいじょーぶ。レアちゃんが呼びにいっから。……あ、思い出した」
と、レアはその子の名前を口にする。
「ターニャって名前だ。そだそだ。そんな名前だった」
少しだけ、スヴェンのやる気が下がっていた。