1.「嵌めやがったな……」
「スヴェンさん。あなたを冒険団から除名します」
団長室に呼び出されたスヴェンは、団長のマルチネスから通知を言い渡された。
前触れ無しの解雇宣告。数々の修羅場を生き延びてきたスヴェンでも、驚きを隠せなかった。
「あ、あー……すまん。もう一度言ってくれないか?」
「……」
「おっしゃっていただけませんでしょうか?」
スヴェンよりも若い女性冒険者、冒険団《次代の炎》の二代目団長、マルチネス・ミーリッヒ。年上で男性のスヴェンに対しても遠慮は無い。
「スヴェン・ルンウェイさん。あなたを我が冒険団から除名します」
やはり聞き間違いではなかった。スヴェンは動揺して問いただす。
「なんで俺が除名されるんだ。二〇年間この冒険団で働いて、それなりに貢献してきたつもりだ。依頼の達成率も高いはずだ。それなのに……」
「達成率”は”高いですね」
厭味ったらしくマルチネスが言う。その返しに、スヴェンはどきりとした。
「たしかに達成率は高いです。しかし過去五年間では依頼の受注数が減っています。過去五年間とそれ以前の受注数を一年ごとで平均をとると、倍以上の差があります。これはどういうことでしょう」
「そりゃあ……一依頼ごとに集中するようになったから……」
「以前に比べて体がもたなくなったから、数を減らしていると見てます」
図星を突かれ、碌な反論が出なかった。
スヴェンの年齢は三十五歳。冒険者としてはベテランに入る年代であると同時に、身体が衰え始める時期でもあった。最近の悩みは、仕事の疲れがなかなか取れないことである。若い頃は依頼から戻った後に、すぐ別の依頼を受けるほどの体力があったというのに……。
「仲間の足並みを乱しているという話もあります。先日の依頼で、一人だけリーダーの指示に反対して、失敗しかけたということがありましたよね」
「あれは違う。あいつが無茶な作戦を立てたから、考え直そうと提案しただけだ」
先日、スヴェンは同冒険団の団員と共にゴブリン退治の依頼を受けた。リーダーは依頼を受けた若者で、他のメンバーは彼の腰巾着の少年少女の二名だった。
ゴブリンの巣を見つけた後、リーダーが作戦を立てたのだが、それは作戦と言うにはあまりに稚拙だった。リーダーとスヴェンが突っ込み、残りの二人が支援する、というものだった。スヴェンはそれに異を唱えたのだが、リーダーは覆すことなく、さらに他の二人も賛同していた。
案の定、何度も死にかけた。周りを見ずに戦うリーダー。判断が遅く、碌に支援が出来ない後衛。スヴェンは彼らのフォローに奔走し、なんとか依頼を達成できた。
マルチネスは、あのときのことを言っているのだ。
「しかし最初の作戦で成功した。あなたの行動は皆の和を乱すだけの結果になったのです。ご理解できますか?」
「できないな」
「……」
スヴェンがそのまま黙っていると、マルチネスは「次に」と別の話を出す。
「高齢で六等級の冒険者をこのまま在籍させても、意味が無いと思ったからです」
「……ちょっと待て。それこそ理由にならない」
スヴェンが猛然と抗議する。
「俺が六等級に下がったのは、先日の事故が原因だ。あれの責任を被ることで俺の等級が下がったが、それだけで終わらせるって言ったから責任を取って、わざわざ降級を受け入れたんだぞ。それを覆すってのは、あまりにも酷いんじゃないか」
冒険者は実績と実力に考慮して等級が定められる。一番上が一等級で、一番下が六等級。等級が高いほど優れた冒険者だと認められ、高報酬の依頼を受けられるようになる。さらに二等級になれば、冒険団の設立も認められる。
スヴェンは数週間前までは三等級だった。実績と実力を身に付け、次の昇級試験では二等級も狙える自信もあった。二等級になれば、スヴェンの夢であった自分の冒険団を立ち上げることが出来る。目標まであと一歩というところだった。
だが一ヶ月前、ある事故に関わったことで、それがおじゃんになった。その事件の責任を冒険団《次代の炎》が取ることになり、それに関与したスヴェンが責任を負い、一番下の六等級に降級という結果に繋がった。
もちろん、長年世話になった冒険団とは言え、無償でこんなことを受け入れるわけがなかった。だがマルチネスから、
「受け入れてくれたらこれ以上の責任を負うようなことにはしません。また、近々設立予定の支部の支部長に任命してもかまいません」
と言われた。形は若干違えど、スヴェンの夢が叶うのだ。スヴェンはそれを受け入れた。
だから、この理由で除名されるのは納得できなかった。
「あの事件に関しては、もうスヴェンさんが責任を取る必要はありません。しかし、今回はそれとは別です」
「別?」
「はい。実はスポンサーから要求があったのです。設立予定の支部には、等級が高い人物をあてがうようにと」
冒険団の中には、スポンサーの援助の下で立ち上がったものもある。スポンサーがいれば設備や装備が充実し、また様々なコネクションで依頼を受けられるようになり、冒険者の名が上がる結果に繋がる。反面、スポンサーの意向を受けなければならないというデメリットがあった。
だが、冒険団《次代の炎》はそれに該当しない。初代の団長が数人の仲間と共に立ち上げた冒険団のはずだ。
「スポンサーって何だ? うちはどこからも支援を受けず、独力でやってきたはずだ」
「支部設立にあたり必要になったので、受けることにしました」
「そこまでしてするもんじゃないだろ。資金が足りないなら中止にすればいい」
「一度立ち上げた計画を易々と止めることなんてできません。それにスヴェンさんだって前向きでしたはずです」
「そりゃあ……あんな約束されたら……」
「そんなスヴェンさんのために進めていたのですが、つい最近になってそうおっしゃられたのです。だからスヴェンさんを支部長にできなくなりました。わたくしも非常に残念に思ってます」
だがマルチネスの顔に悲壮感はない。むしろ、どこか楽しんでいる様な表情だった。
この時点で、スヴェンはある推測を立てた。
「だったらそれを伝えたうえで、今後の事を話し合うのが常識だろ」
「約束が果たせなくなった今、その過程も不必要です。あとは冒険団の規則にのっとり対処するだけです。ご存知ですよね。『冒険者歴に対して相応な等級が無い者は、事前の宣告も無しに除名する』と」
マルチネスが団長に就任してから立てた規則だ。基準ラインが低く、該当する団員が誰も居なかったため、スヴェンは失念していた。
「スヴェンさんの経歴ですと三等級が相当しますが、今のあなたにはそれがあてはまりません」
新規則に、無効にされた約束。スヴェンの推測が確信に変わる。
「嵌めやがったな……」
「口には気をつけてね。これだからロートルは困るのよ。年上だからって偉そうにして」
「口調が戻ってるぞ」
「戻したのよ。もう団長としてあなたと話すことは無いから。ちょっと来てー」
マルチネスが扉の方に声をかける。すぐに屈強な男二名が入って来て、スヴェンの左右で立ち止まる。
「いい。自分の足で出る。こんなとこ、もう二度と来たくない」
「私も、もうあなたには来て欲しくないと思ってたところよ」
スヴェンは踵を返して団長室から出る。歩みを止めず、その足で冒険団集会所からも退出した。
そして集会所から出た後、スヴェンは一言呟いた。
「ちくしょう……」
積み重ねたものをすべて失った。その事実に、スヴェンは嘆いた。