第6話 公衆浴場に入ってみる
アルスとエルリアは、ギルド内へ戻ってきていた。寮で、フリスとジュミドが出迎える。
日はもう落ちかけていて、王都は暗くなっていた。
「おかえり! 二人とも!」
「おかえりなさい、二人とも。なんだか、仲良くなったみたいね」
ジュミドが手を振るなか、フリスは敏感に二人の仲が深まったことを察知して、微笑した。
「えっえあ、えっと、その、隊長! 私とアルスくんはその、そういう仲ではだな……!」
「ふふっ、わかってるわよ。ともかく、王都に警報が出てたから、無事でよかったわ」
アルスは、何を話してんだか、という風に二人の話を聞き流していた。ミノタウロス達は自分が倒した、という功績については語ることもない。
それを語らずともエルリアが口を開く。
「えっと、そのことなんだが隊長。この、アルスくんがもう、警報を鳴らした原因のモンスターをすべて退治してしまってな」
「ま、た、魔、王、様、な、の、ね! 強すぎよ」
その報を聞くと、フリスは仰天した。
ジュミドは興味津々という風にアルスへ身を乗り出して、
「すごいじゃないか。何を倒してきたんだい?」
「ちょっとミノタウロスを十五体倒してきた」
その返答に、ジュミドは眼を輝かせる。そして、「素晴らしい!」とアルスの活躍を称賛した。
しかし、そのどこかわざとらしい態度にアルスは言及する。
「なんか変に演技がかってるな、ジュミド」
「ははっ、そんなことはないよ?」
「そうか」
アルスは、ジュミドの考えていることにあまり興味がない。
ゆえに深くは詮索しないことにした。
そして冒険者ギルドにも、静かな夜が降り来った。なので、今は明かりをつけている。寮内の雰囲気は楽しげだったが、そこでフリスは切り出した。
「もう夜になることだし……ギルドの公衆浴場に行くのもいいわね」
「ギルドに公衆浴場なんてあったんだな」
「魔王様、ソレ今知ったのね」
「いつもは自宅の古城の浴室使ってたからな」
「そ、そうなのね」
アルスはいつも通り、あっけらかんとしていた。フリスはそれを見て、ひとつの達観なのだろうと認めた。四人はギルド一階の公衆浴場に歩き出す。
「公衆浴場っていうからには、広いんだろな」
「ええ、そうね。言っておくけど覗いちゃダメよ」
「覗かねーよ」
「どうだか」
会話を交わすうちに、公衆浴場に着く。アルスとジュミドは男湯を示す暖簾をくぐっていった。いくらパーティメンバーといえど、性別の壁は越えられない。
当然、パーティは二方に分かれて、湯船に浸かることになる。
脱衣場で、アルスはマントや黒服を脱いでいく。するとジュミドがつっかかってくる。
「おぉ、アルス君は鍛えてるんだね? 細身ながら、筋肉がしっかりついている」
「そういうジュミドは色白で痩身だな」
「ふふふ、ボクは荒事が得意じゃないからさ」
「そうか。冷えないうちに入るぞ」
二人は、石造りの公衆浴場に出た。他のギルドメンバーも、気持ち良さそうに湯船に浸かっている。
アルスは、マナーとして体を洗いはじめる。ジュミドはそのまま入る気満々だった。なのでアルスは「洗ってけ」とたしなめた。
二人はひとしきり体を洗い終え、ゆっくりと湯船に浸かる。一日の疲れを癒す心地よい温度が、体を暖めた。
「はぁ~、アルス君。実に極楽だねぇ」
「あぁ、なかなか気持ちいいもんだな」
ギルドの公衆浴場。その湯には、疲労を回復する成分が含まれていた。それが、心地よさを増しているのだ。
そんな中、ジュミドはわずかにアルスへ近付く。
「そうだ、アルス君。この湯船には冒険者のために、良い効能のある、けっこう高級な薬草を使ってるって知っていたかい?」
「ぜんぜん知らん」
「そっか~。まぁアルス君はたぶん、ここはじめてだもんねえ」
「そうなるな」
そんな雑談を交わしていると、女湯を隔てる壁が薄いのか向こうから話し声が聞こえる。
「ふふっ、エルリア。また胸がすこし大きくなったかしら?」
「やっ、ちょっ隊長っなにをっ、あははははっ!」
アルスは、女湯のやんちゃな様子に半目をつくる。そして、ため息をついた。
「女湯のほうからなんかめちゃくちゃ聞こえるな」
「アルス君、そこは淑女達の、男子禁制の領域にさせておきたまえ」
「だな、そうするか」
少年達はゆっくりと湯に浸かっていた。するとそこで、ジュミドがアルスに問いかける。
「アルス君。突然なんだがね」
「どうした?」
「君は強すぎると言われるけれども、強さというものをどこまでも追究していくと、どこに行き着くと思う?」
「考えたこともなかったな」
アルスは、唐突な質問の意図がわからず素っ気ない返事を返す。
「ボクはね、強さのを追究するということは、真理や根源の追究というところに、行き着くと思うんだ。強さの果てに至れば、究極的な者となるのだからね。そういう者になれば、真理や根源にもきっと、到達できる」
「そうか。そんなこと考えてんなら、お前がどこか変わってる理由もわかる気がするな」
「やだなぁ、学者肌といってほしいよ」
「少なくとも学者っぽくはない気がする」
アルスはそう指摘した。それに対してジュミドは「参ったなあ」などと言いながらも表情は満更でもなさそうだった。
「まぁでも、ほんとうに、強さをあまりに追究するのは、真理や根源を求める者の狂気に近いね」
「そんなもんなのか」
「あぁ、そこに陥らぬべく、ボク達は気を付けるべきなのかもしれない」
「つまり、何が言いたいんだ?」
「ボク達は背伸びせず、ボク達にできることをやればいいぜ、って話さ」
ジュミドはそう結論付ける。
アルスという、圧倒的に強い者がそばにいるからこその箴言だった。