第5話 ミノタウロスと戦ってみる
アルスとミノタウロスの戦闘が幕を開けた。
「ブグモオオオオオオオ!」
二体のミノタウロスが割れ鐘のような声をあげた。
そしてアルスの両脇へ挟撃に出る。
二体の怪物は、凄まじい速さで両刃の斧を薙いだ。
だが、アルスはその挟み撃ちを指で摘まむだけで止めていた。
この時点で、少年の勝利は決まったようなもの。
「え、嘘だろ」
アルスは途端に平淡な声色になる。王都の外壁に大穴を穿ったモンスターですら、アルスを満足させられなかったのだから。
己の武器を簡単に止められたミノタウロス。
今度は巨大な拳をアルスに突き出した。
王都の外壁を、一撃で破砕するほどの筋力をもって、放たれた拳である。
しかし、巨大な拳をアルスは掌で受け止めてしまった。
「マジかよ、こんなもんなのか」
あまりの呆気なさ。
アルスは魔法を使うまでもないと覚る。
ミノタウロスの拳を受け止めた所から、瞬時に懐に潜り込むアルス。
次いで、目にも見えない速度で拳を打ち出した。
すると、一体のミノタウロスの胴に大穴が穿たれる。
アルスの拳が、ミノタウロスを貫いていた。
その一撃の余波だけで、奥にある外壁の瓦礫までも吹っ飛んだ。
一体のミノタウロスが、あっけなく崩れ落ちる。 普通なら、一体だけでも団体で臨んでなんとか倒せる、と言われるモンスターである。
「後はお前らか」
アルスは、淡々とした口調に戻りミノタウロス達を一瞥する。
「ブモァアアアアアッ!」
そこで、残り十四体となったミノタウロス。
一斉に、リーダー格以外の者は、全方位から襲い掛かった。
「当たらねーよ」
襲い来るのは、両刃斧による多方向からの猛撃。
しかしそれらも、アルスはいとも簡単に避けた。
連撃の合間を縫って、アルスは体術のみでミノタウロス達を片付ける。
巨大なミノタウロス達は、アルスの拳で穿たれていく。
そうして辺りには、ミノタウロスの残骸だけが無惨に残る結果となる。
最後に、リーダー格であろう。
他の個体よりもひときわ大きいミノタウロスが待ち構えていた。
「さて、お前は強いのか?」
アルスは、最後に残ったミノタウロスへ望みをかける。
どうか俺を退屈させないでくれ、と
リーダー格のミノタウロスは、両刃の斧を大上段に振り上げて襲い掛かった。
しかし、アルスはここで失望を感じていた。
ミノタウロスは全速力で突撃した。
にも関わらず、その動作がやはり、遅く感じる。
そして手近にあった両刃斧をアルスも持ってみる。軽々とミノタウロスが振るうより速く、それを縦に振るった。
すると、ミノタウロスの胴体が縦に真っ二つに裂けて倒れた。
「……あっけねえな」
アルスはそう言うと、もうすべての脅威を退治した事に気づく。
すると、エルリアはやっとアルスのいるところへ走ってきた。
「アルスくん! 私も加勢ってうわあぁあ!?」
「エルリアか、もう怪物退治は終わってるぞ」
「み、ミノタウロスの群れをいとも簡単に!?」
「ああ、なんつーかかなりあっけなかったな」
「あ、アルスくん。やはりキミは強すぎる!」
エルリアは、驚いて魔王である少年を見つめていた。そして、彼女は常々から疑問に思っていたことを尋ねることにした。
「そうだ、アルスくん。突然なんだがね。その、どうしてキミは魔王なのに冒険者なんだ?」
「まぁ、生計を立てるためにかな」
「そうか。魔王で冒険者とはなかなか皮肉だなっ」
「まぁそもそも、親父が勇者に討たれて、俺が孤独になったって事もあるからな」
「そうか。じゃあその……とても聞きにくいのだが、勇者のことを、恨んでたりするかい?」
「親父とは面識がほとんどなかったから、べつに恨むとかはない」
「そ、そうか」
アルスは、前魔王が勇者に討たれた事を話した。しかし、語調は平淡なものだった。
「ちなみに、エルリアは、なんで冒険者になったんだ?」
「私、私かい? ううん、私の家は騎士の家系でな。名誉にばっかり拘る家の雰囲気に、嫌気がさしたから、かな」
「そうだったのか」
「あぁ、名誉よりももっと、なにか大切なものがあるんじゃないかって思いが、頭を離れなくてね」
エルリアは、簡単に冒険者になった経緯を話す。 アルスはただ、その話を聞いていた。
「でも、私はたまに思うんだ。冒険者になったことは、もしかしたら私の逃げであったのかもしれないってね……。はっ、き、急にしおらしい話をしてごめんな? アルスくん」
「べつに、逃げたわけじゃないんじゃね?」
「え、えっ?」
「エルリアはエルリアなりに、冒険者になるって選択をしたんだろ。だからそこに、名誉よりも大切なものの、答えがあるんじゃねーのか」
「アルスくん……」
エルリアは、感銘を受けたというように、アルスを見つめた。
そして思った。
この人は強いだけでなく、徳も持ち合わせているのだ、と。
「ありがとう、アルスくん。そうか、そうだよな……逃げたと考えて、自身を卑下したってなんの解決にもなりやしない。これからは、もう少し自分を気遣うよ」
「そうか。ならよかった」
アルスは、少し元気が出たという様子のエルリアを見て、微笑する。
「まぁ、俺もパーティに入ってよかったと思うよ。こうして、エルリアみたいに話できる相手もいるしな」
「……ふふっ、それは光栄だな。アルスくん。パーティに入ってくれてありがとう」
「なんだよ、改まって」
「ふふっ、いいや、なんでも?」
等と、二人は話に花を咲かせながらギルドへと帰る。
一方、警報を受けて東区にギルドの冒険者達が到着した頃にはもう「み、ミノタウロスの群れが退治されてやがる!」という状態だったという。