第3話 やべーやつと話してみる
王都中央区の公園。
エルリアは、剣が砕かれたことに驚嘆していた。
「それにしても、アルスくんよ。まさか、指でロングソードを砕くなんて……!」
あとで鍛冶屋にでも持っていけば剣は直る。
しかし、エルリアの中では、アルスがいとも簡単に剣を砕いたという衝撃が大きかった。
フリスも、まさかこうなるとは予想していない。 彼女はひきつった笑みを見せている。
「ほんと、剣を指で砕くなんてどんな怪力よ。吸血鬼のアタシでも、そこまでできるか、わからないわ」
「なんか、ちょうど胸元に剣が来たからな。勢いが余った」
等とアルスは弁明する。
この時点で、魔王たるアルスという少年が、格別の強さを誇ることは明白だ。
そんな折、公園内へ踏み込んでくる少年の姿があった。
「おーい! 3人でなにやってるんだい? 美しきボクも混ぜてくれよ!」
少年は手を振りながら近付いてくる。白い衣服を着ており、銀髪で緑色の瞳をした大人しそうな印象だ。そこで、フリスは立ち上がって。
「なにって、エルリアとこの、彼がちょっとした戦い、みたいな事をしてたのよ」
すると、フリスはほそい顎をアルスの方に向ける。それを聞いた銀髪の少年は「おもしろい」といってアルスの方を向いた。
「やぁ、こんにちは! ボクの名前はジュミド・フィン・ハルゲン。貴族出身なんだけど、今はCランクの冒険者をしている美男子だよ!」
「美男子って自称するのかよ。俺はアルス。アルス・リヒト・フォヴェッシューゲンって者だ。お前か、ナルシストでドMなやつは」
そう言われたジュミドは、銀髪を掻いては陽気に笑った。
「やだなぁ、ボクの印象をそんなひどくしてるのはどこの誰だい?」
「パーティの隊長がそう言ってたぞ」
アルスは、ジュミドへそう淡々と応えている。「まぁ、否定しないけど」とそこでジュミドが言ったので「否定しないのかよ」とアルスは返した。
「それにしても、君がアルスか。ボクは回復魔法に解析魔法とか、サポート系の魔法が得意なんだ。ちょっと解析してもいいかい?」
「そうなんだな。別に、自由にしていいぞ」
「じゃあ、ちょっと君の力がどれくらいのものかを見せてもらおうかな?」
そう言うと、ジュミドはさっそく、解析魔法をアルスにかける。
すると、ジュミドの顔色がたちどころに変わった。
「こ、これはものすごい結果が出たよ」
「どんなもんだ?」
アルスは、少し気になって尋ねる。
すると、これは驚くべき結果だと、ジュミドは目を丸めていた。
「す、数値化なんてものじゃ計れないくらいに総合的な能力が高い。そして、君の中では、超高濃度の魔力が常に増大し続けている!」
「へぇ、俺ってそんなことになってたんだ」
「普通、こんなに高濃度で莫大な魔力量を溜め込むと、魔力も暴走して、肉体ごと蒸発してしまう筈なんだけど」
と、ジュミドが頭を掻いて「どういう理屈なんだろう?」と思い悩んでいた。
そこで、フリスは一言告げた。
「とりあえず、意味がわからないくらいに魔王様が強いってわけでしょう」
「あれ、お前、俺のこと魔王様なんて呼んでたっけ」
「これが呼びやすいから、こう呼ばせて貰うわ」
「そうか、それにしてもジュミドは言うほどやべーやつじゃないんじゃね?」
その一言に、フリスはジュミドの方を冷淡な視線で眺めてみた。するとその視線を感じたジュミドは即座、肩を抱いて。
「ああっ、今ボクはすごい冷めた眼でみられてるうっ、あっ、あぁっ!」
と、陶酔しながら声を発しはじめた。アルスはそれを真顔で見ては「訂正、やっぱやべーやつ」と烙印を押した。
そんなやべーやつ、もといジュミドはビクビクと気味悪く痙攣していた。
ひとしきり痙攣を終えると、爽やかな表情となりアルスへ向き直った。
「ともかく、君はとても興味深いよ」
「なんか変態に目をつけられた気しかしないんだが」
「ボクが変態だなんて、ひどいなぁ」
「実際そうだろ」
ジュミドの容姿はなかなか良い。
にも関わらず、性癖が全てをダメにしている好例であった。
そんな中でも、エルリアは気を取り直していた。
彼女は陽気さを取り戻していたようで。
「はっはっは! けど賑やかなのはいいことじゃないか! 私のロングソードは折られてしまったから、これから鍛冶屋に直してもらいにいこうと思う」
「なんか折っちまってごめんな。同行するか?」
「ふふっ、ありがとうアルスくん。では、一緒に来てもらっちゃおうかな?」
話がまとまり「というわけで」とアルスが言う。
フリスはそれに頷いて「じゃあこの変態の面倒は私が見ておくわ」と語りギルドに戻っていった。
ギルドへの帰路でも、ジュミドは気味悪く肩を抱いてビクビクしていたという。
公園には、エルリアとアルスの二人になる。
すると途端に、エルリアは異性を意識し赤面しはじめた。
「な、なんだかこう……突然ふたりきりになると緊張するなっ、アルスくん?」
「そうか? エルリア」
己の名を呼ばれたこと。
それに対して、エルリアは少し先程とは違う印象を抱いて、照れる。
しかしアルスは鈍感ゆえか、そんなエルリアにたいして大胆にも顔を近付ける。そして、彼女の額に掌を重ねた。
「あ、アルスくんっ? な、なにをををををっ?」
「エルリア、熱でもあんのか?」
「あ……別に、そういう、わけでも、ないが……」
「そっか。ならいいんだけどな」
「……鈍感め」
「なんか言ったか?」
「い、いや」
エルリアは、照れていたのを気付かれなくてよかったと、ほっとする。彼女がこうも落ち着かないのは、ふたりきりになったという理由ばかりではない。
アルスと己の間に、歴然と見せつけられた実力差。しかしそれが、エルリアにとっては頼もしく映った。ゆえに、アルスを思慕する理由となったのだ。
しかし彼女自身も、今は冷静でない。
自分がそう思っているとは分析できていなかった。
「ま、まぁとりあえずだ。け、剣を直すために……鍛冶屋に急ごうっ!」
「あぁ、そうだな」
そうして、二人は公園から王都中央区の大通りに移動する。
街並みは華やいでおり、雑踏が出来ている。
エルリアは、ちらりとアルスの顔を見て、俯きがちに言う。
「そ、その。アルスくん」
「ん、どうした?」
「あー、こほん。その、だな。手を繋いでもいいだろうか? あっ、その、はぐれないためにだぞ!」
「あぁ、べつに手ぐらいなら、繋いでもいいぞ」
「そ、そうかそうかっ! ありがとう!」
エルリアはパッと明るくなり、両手を合わせて微笑んだ。
アルスには、なにがそんなに嬉しいのかよく解らない。
「じ、じゃあ手を繋ぐぞっ……!」
「あぁ」
エルリアは恐る恐る、アルスの手にふれようとする。
ちょん、と触ったあとに手を引っ込めたりした。
何度かそんなことをしたのち、やっと握った。
「普通に握ればいいだろ」
「は、はは……そう、だなっ」
二人は手を繋いで歩く。
鍛冶屋の場所は王都の北区にあるので、二人は北へ向かっていた。
端から見れば、付き合う男女のように見える。
アルスはそんなことを微塵も意識した様子はない。
平然と街並みを見渡しながら手を繋いでいた。
一方、エルリアはやや照れながら歩いている。
無言のままで歩くのも気まずい。
なので、エルリアから話をひとつ切り出した。
「その、アルスくん。さきほどの相対のことだが……私の動きをちゃんと捉えていたのだよな?」
「あぁ、なんか正直いって変則的な動きでもねえし、見やすかったぞ」
「くっ、あれでもアルスくんにとっては遅いのかっ! キミは強すぎるだろう!」
「強すぎるってのは、よく噂になってる」
その時ばかりは、エルリアは片頬を膨らませた。 彼に怒っている、のではない。
まだまだ未熟者な分際でアルスへ挑んだ己への羞恥が強い。
「とりあえずは、そうだな。愛剣リンちゃんを直さなくちゃいけないからな。あ、そろそろ鍛冶屋に着くぞっ、アルスくん」
「おぉ、そろそろか。鍛冶屋ってどんなとこだかわかんねーけど」
二人で他愛もない話をしているうちに、中央区から北区へと到着した。鍛冶屋まではもうすぐで、そこは人通りの多い場所にある。
エルリアは、赤茶色の煉瓦で造られた建物で足を止めた。
行きつけの鍛冶屋はここということだ。
「うむっ、アルスくん。私がいつも来る鍛冶屋はここだぞ」
「ここか。雰囲気は落ち着いたとこだな」
そして二人は手を繋いだまま、鍛冶屋に入ってしまう。
それがまた、ややこしい展開を生むとは知らずに。