第2話 パーティというものに入ってみる
アルスは、転移魔法を使ってギルドの一階に戻った。
階段を昇ると二階である。
その回廊を進んで、右に曲がるとすぐに、パーティの場所はあった。
扉には、レインアルカード、とパーティ名を示す札が掛けられている。
アルスは、その扉をとりあえずノックしてみた。
「誰かしら?」
すると、ドアの向こうからは女性の声。
凛としていて、鈴の音のような綺麗な声であった。
「アルスって者だけど、パーティってここっすか?」
「アルス……あの噂の魔王の子、アルス? 入って」
「失礼します」
指示にしたがい、アルスは扉を開ける。
部屋の中は二段ベッドが二つあり、小綺麗でまとまっている。
そして中には、椅子に座っている女性がいた。
彼女は短めの黒髪縦ロールが特徴的で、瞳は赤目。背のあいた黒のゴスロリドレスという格好の美少女だった。
腰には二振りの短剣を装備している。
そして彼女は、妖艶に微笑んで切り出した。
「フリス・ビエンデッタ、このパーティの隊長よ。あなたがアルスね、見たところ色白で、顔の良い少年、って感じね。本当に魔王の子なの?」
「まぁ、そうですけど」
「あ、自然体でいいわよ」
「そうだけど、あんま信じらんねーか?」
「あっ、ほんといきなり自然になるのね。いえ、信じるわ。それで、なんのご用かしら?」
「パーティ、ってとこに入ってみようかなと」
そこで、フリスは来るもの拒まず、というように微笑んだ。
次いで、机の上にある用紙とペンを差し出した。
「この紙に、あなたの基本情報を書いてちょうだい。用紙の項目が埋まれば採用するわ」
「そんな簡単でいいのか」
「えぇ、今、レインアルカードではパーティメンバーを募集中なのよ」
「そんなもんか」
アルスは、言われるがままに項目を埋めていった。記入項目は、名前、年齢、冒険者ランク、特技、など簡単なものばかりだ。
なので、さほど時間はかからなかった。
「よし、出来たぞ」
「えぇ、ありがとう。読んでみるわね」
アルスは用紙とペンを返す。
受け取ったフリスは紙面に視線を走らせると、ピタリ、と少し固まった。
「くっ、よ、予想はできてたけど……!」
「どうした? なんか不備でもあったか?」
「最上級魔法を十以上も使えるなんて、つ、強すぎる! そして十八歳……っアタシと一歳差!」
「そうらしいな」
「くっ……じ、十九才はまだッ! し、少女だから!」
「とりあえずフリスが十九才ってことは判った」
いきなりフリスは動揺を見せて、クールな様は崩れ去っていた。そして、彼女はこほんと咳払いをする。まだ説明しておきたい旨があるらしい。
「レインアルカードには、まだメンバーがいるのよ。アルス、あなたは四人目ね」
「へぇ……他はどんなやつなんだ?」
「二人ともあなたと同じ年齢よ。片方がいつも陽気だけど良い子で、片方がドMでナルシストの変態よ」
「なんかすごい癖ありそうなヤツがいるな」
「まぁ、私だって吸血鬼だから癖はあるんだけど」
「マジか、普通の人間にしか見えなかった」
等と話し込んでいる中、部屋の扉が開けられる。
入ってきたのは快活な金髪の美少女だった。黄緑色の瞳をしていて、要所を守る軽装のアーマーを着込んでいる。
腰にはロングソードを装備していた。
「ただいまだっ、隊長! ん? そこに見えるのは新入りさんか? 私はエルリア・ハーネフォンだぞっ」
「俺はアルスって者だ。ここのパーティに入ろうとしてたところ」
「なるほどっ! アルスくんか! レインアルカードに入ってくれるとは、歓迎しよう!」
互いに会話を交わす様子を見て、フリスは「ちなみに」と言ってひとつ付け加える。
「そこのエルリアって子は、ドMでナルシストじゃない方よ。間違えないようにね」
「お、おう。じゃあそのとんでもねー性癖のやつはどこにいるんだ?」
「日没まで王都をうろついてるんじゃないかしら」
「そうか」
大丈夫なのかこのパーティ。
という疑問をアルスは抱く。しかし平和にはやっているようだから、それ以上は特に質問攻めしないことにした。
エルリアは、パーティに入ってくれるというのが嬉しくて、静かにアルスの手を握った。
「はっはっは! いやぁ、それにしてもパーティに男の子が入ってくれるとは、これでバランスがとれるってものかな?」
「じゃあ、そのナルシストでドMってのは男なのか。やべーやつって感じしか受けねえんだけど」
「ん、大丈夫だぞ、アルスくん。彼、常識はある」
「紹介を聞く限り、非常識にしか思えねえ」
二人の会話を聞いていて、フリスは涼やかに微笑したまま、机の上にある小箱に手を入れる。
そして、四角形のチョコを差し出した。
「とりあえず、チョコでもいかがかしら?」
「マジか。じゃあありがたくいただく」
アルスはチョコを受け取っては食べはじめる。やわらかな口溶けで、やさしい甘味があった。
「旨いな」
「でしょう? 私のセンスに間違いはないわ」
「フリスのセンスってのが、初対面の俺にはよくわからないがな」
等とアルスが適度につっこみを入れながら、時は過ぎていく。
しかし、独りで王城へ居るときよりは、充実した時間を感じていた。
そこでおもむろに、エルリアはアルスの用紙を手に取った。
「ほうほう、これがアルスくんのプロフィールってわけだね? 私も、読んでみていいかな?」
「べつにいいぞ」
アルスの用紙を読み終えたエルリアは、なにかうずうずと落ち着きがない様子でいる。
「ん、エルリア、どうかしたのか?」
「いや、アルスくん……君は、とてつもなく強いんだな。だが冒険者ランクはEランクということじゃないか……」
「そうか。エルリアはランクどのくらいなんだ?」
「ふっふっふ。私はCランクだっ!」
「驚いていいもんか迷うな。それで、何を言いたいんだ?」
エルリアが胸を張るなか、アルスは平然としていた。彼は、ランクというものに拘っていない。
しかし、アルスが圧倒的に強いというのは事実だ。
「ひとつ、その実力が本物かどうかを、見てみたくてね。私の剣を見極めて避けられるかどうか、試させてほしいんだ!」
「いきなり危ねー提案だな。いいぞ」
「えっ、あ、アルスくん。私から言い出してなんだが、遣うのは真剣だぞ?」
「エルリアがやりたいなら付き合うけど」
フリスはアルスの言葉を聞いて、緋色の瞳で彼を一瞥する。次いで、やわらかに眼を細めた。
アルスを肝の据わった者だと認めたのだった。
「じゃあ、決まりかしら? 止めはしないからお互い、存分に力を出しあいなさい」
「よっし、わかったぞ隊長! アルスくん、そうと決まればとことんやるぞ!」
「やるのか、なんか淡々と恐ろしいやり取りが進んでる気がするんだけど」
アルスのつっこみをよそに、早速パーティの面々はギルドの外に足を運んだ。冒険者ギルドがあるのは、王都アガトの中央区。
同じく中央区に設置されている公園で、アルスの力試しは行われることになった。
エルリアとアルスが向かい合う。
彼女は抜剣して、うっすらと妖しげな笑みを浮かべた。対するアルスは、微動だにせず棒立ちしている。
ここでエルリアが問いたいのは、アルスがどこまで強いのか? という一事であった。
「さて、アルスくん。私は、魔力の活用法に関する鍛練も怠ってはいなくてね。魔力による自己強化、加えて通常の数十倍も速く動けるように己を加速させることもできる。キミも、本気を出すことだな」
「ご託はいいからかかってこい」
「その言葉、後悔することにならないと良いなッ!」
エルリアは発走する。
己の脚部に魔力を込めることにより、彼女は爆発的な加速を見せていた。それはまるで、ドラゴンが全速力で空を駆るように。
だが、それでもアルスには動きが緩慢に見えていた。上段に振り下ろされた剣身を、すぐに見きって、一歩も動かずに躱す。
「な、ッ?」
「これで終わりなのか?」
アルスにとっては、ゆっくりと目視できる程度だった。しかし、エルリアの剣速は間違いなく、練達した剣士の速度。
ならばと、彼女は初撃よりも速度を上げた剣撃を繰り出そうとバックステップをする。
「ふふ、やるなアルスくん。だが、次の攻撃はひと味違うぞ? 私の全速力だ。本当に当てるつもりで放つ……しっかり避けるがいいぞ」
「そうか」
すると、エルリアは剣身を肩部に引きつけて構えをとる。
そして一陣の風が吹き終えた刹那、常人の眼には見えぬ、消えるような速さで発走した。
目指すはアルス一直線。
先程よりも脚部に魔力を込めた突撃だった。
疾風のごとくに距離をつめ、右足を踏み込んで胸元に刺突せんとする。
確実にとった、とエルリアが確信したその時。
「……これが全速力か。まあまあ見きれたな」
「んな、っ?」
真っ直ぐに突き入れた剣身を、アルスは指で捉えていた。2本の指の間で、エルリアのロングソードは止められている。
だが、少しアルスが指圧をかけた瞬間に、ロングソードはパキッ、と音をたてる。
剣身が、飴細工のように砕けていた。
「あ」
アルスとエルリアが同時に声を発した。次いで、エルリアは事態を察して崩れ落ちる。
「わ、私の愛剣がぁああああああああああああ!」
「……いや、なんかほんとごめん。普通に指で掴めるなって思ったから」
「く、っ。大丈夫だ……私の方こそまさかこんな事態が起こるとは予想してなかった。浅はかだったっ」
エルリアは、ゆっくりと砕けた剣身を拾いあげた。
「くっ、私の愛剣、リンちゃんッ!」
「あ、剣に名前あったんだ」
フリスは、木陰で二人の相対の一部始終を眺めていた。そうして、アルスの方を見て、こんな一言を呟いた。
「やっぱり、強すぎる……!」
魔王である少年は、ここでも圧倒的な強さを示していた。