プロローグ 強すぎる魔王
巨獣が、吼えていた。
空は曇天。
場所は平原である。
冒険者達の戦列は、巨大な獣が現れたという異常事態に恐れをなしていた。
「あ、あんなデカい狼の化け物が出るなんて聞いてねえぞ!」
「ひいいっ、俺たちゃもう終わりだぁ……」
小型モンスターの掃討、という依頼の筈だった。
はじめのうちは、順調に小型モンスターを相手にしていた冒険者の面々である。
依頼は難なくこなされると思われた。
しかし、目の前に現れたのはブルーガルム。
Cランクのモンスターで、小国家を壊滅させる程の力を有している。
いわゆる尋常でない化け物だ。
その怪物の登場が、冒険者の面々を恐怖の底に陥れていた。
体高は、普通の人間の十倍はある。
絶望的な状況、活路はないと思われたその時。
「大丈夫だ。俺がやる」
そう言い放つ、赤紫色の髪をした少年がいた。彼は巨獣の前に出る。
アルスという黒服を着た少年であった。眼は赤色に輝き、黒のマントを着けていた。
「グルオオオオオオオオオオッ」
だが、怒れる獣の、天地を揺らすかのような凄まじい咆哮が響いた。
そうして、巨獣は氷属性の上級魔法、ヴェスドラを放つ。
宙には、大樹から切り出されたかのような氷柱の群が出現。それも一つではない。数百もの数である。上級魔法の同時行使だった。
空は氷塊の槍に覆いつくされ、それらは矢衾のように放たれた。
対して、アルスはこれに余裕の表情を浮かべる。
「なかなか面白いことやるな」
他の冒険者達が絶望する中、アルスは微笑していた。
そして魔力を練り、前方に一層の魔力障壁を成す。それが冒険者達を護る盾となる。
巨大な氷の雨が、一斉に降り注いだ。
しかしアルスの魔力障壁は、びくともせずに冒険者達を守護していた。
そうして、氷の大豪雨が終わる。
追撃とばかりに、巨獣は渾身の力で突進した。
しかし障壁はそれでも壊れない。
冒険者達は、猛撃を受けきった障壁を視て感嘆した。
「ま、マジかよ! あんなすげえ攻撃に、たった一層の魔力障壁で?」
「あ、あぁ、防ぎきりやがった……!」
驚嘆の声があがる中、アルスは冷静なものだった。そして、手に魔力を込めて言う。
「ほんとの魔法ってのはな、こういうもんだ」
そして、アルスは巨獣へ向かい手を上にあげた。
すると巨獣を優に包んでしまう程の火柱が、渦のように昇った。
「グルアオァアアアア!」
巨獣は吼え声をあげながら、炎に呑まれていく。
その火勢は天にまで昇り、巨獣を一瞬にして焼きつくした。
アルスはあっという間に、巨大な獣までもを討伐したのだ。
そして、冒険者達はまたどよめきはじめた。
「お、おい、今のは……!」
「ま、間違いねえ。無詠唱で火属性の最上級魔法、インフェルノフレイムを使ったぞ!」
「す、すげえ、そんなことができるなんて!」
称賛の声に包まれる中、しかしアルスは充実感を感じていなかった。
ギルドで依頼を受注しても、結局は彼が強すぎる。ゆえに単調に終わる依頼。
アルスは、強いと思える相手にも恵まれず、孤独な日々に飽き飽きしていたのだ。
「こんなもんか。周りに小型モンスターも居ねえし……戻るか」
巨大な獣を討伐してなお、アルスの語調は平淡だった。
後に、アルスと依頼を共にした冒険者達は、彼をこう評したという。
強すぎる、と。
プロローグをお読みくださりありがとうございます。拙い作品ですが、よろしければ、評価や感想、ブクマなどいただけると嬉しいです。