6話:いざダンジョンへ!
A.W.Oを始めてから、私の生活は少し変化した。
いつもはダラダラと朝起きながら学校に行く準備をして、学校に行ったら友達とお喋りしたり授業を受けたり、そして学校が終われば家に帰って宿題や軽く予習を済ませたり、たまに友達と遊びに行く。それがつまらなかった訳じゃないけど、A.W.Oは今までの生活よりもずっとずっと面白かった。
私の想像通りに動いてくれる体に、モンスターとの激しい戦闘、現実離れしたまるで夢のような世界。その全てはいままで体験した事のないもので、毎日が凄く楽しいと実感するようになってきた。
最初は懐疑的だったA.W.Oへの感情も完全に消え去り、1週間のお試しプレイが終わった瞬間に正規版を購入──税込8290円──した。おこずかい貯めといてよかった。
それから毎日A.W.Oをプレイしていた私は、今日も急ぎ足で家へと帰ると一目散に自分の部屋へと駆け込んでVirtual Gearを被った。
「Virtual Dive!」
お決まりの口上と共に電源ボタンを押すと、視界は光の雨に埋め尽くされる。
深い海へと落ちていく感覚に身を委ねていると、視界を覆っていた光の雨が晴れて、そこはいつも通りの石造りの建物で構成されたキーピウムの噴水前。そこで私はレイゼとエミリアが来るのを待つ。
ほぼ毎日A.W.Oをやっているけど、いつもあの2人と一緒にプレイしている訳じゃない。2人も部活とかで忙しくて、1人いなかったり時には私1人でプレイする事もあった。それはそれで街を観光したりして面白いけど。
けど今日は2人とも時間が空いているので、久々に3人でパーティを組む事になった。しかも街の外でモンスターと戦うんじゃなくて、今回はダンジョンの攻略。もう待ちきれないよ。
「はやく2人とも来ないかなー。待ち遠しいなー」
あまりに楽しみにしすぎて、少し早く来すぎちゃったかな? 2人がやって来るまでやる事もないし暇になっちゃった。適当にステータス画面でも開きながら、2人が来るのを待ってよ。
リリィ LV11
HP 104
MP 42
SP 98
ATK E+ DEF E− VIT E
MAT F MDF E MEN E
AGL D−
《習得スキル》
〈ツインブレイドLV2〉
消費SP5
クールタイム7秒
相手に110%の物理ダメージを2回連続与える。
〈スローイングダガーLV1〉
消費SP3
クールタイム2秒
短剣、ダガーの投擲時、威力を5%強化する。
〈ダッシュLV1〉
パッシブスキル
AGLを2%強化する。
これが約1週間での私の成長。レベルも2桁まで上がったし、スキルも新しく2つ覚えた。何度も行なった戦闘のおかげでキラ──A.W.O内での通貨──も貯まり、装備も少し良いやつに買い替えた。それに今日のダンジョン探索に向けてアイテムの補充もバッチリ。私に死角はないぜ!
「あいたっ」
ううっ、ステータス画面を見ながら歩いていたら、目の前の人とぶつかっちゃった。ダメージはないけれど、ぶつかった事だ反射的におでこを抑える。
「あ、あの、ごめんなさい!」
「……前を見て歩けチビ」
ぶつかった人は、一言で表すなら『黒』という言葉がピッタリな人だった。
逆立った黒い髪に真っ黒な瞳。そして豪華そうなローブっぽい服に腕には赤い紐を巻きつけて、初心者が多くいるこのキーピウムだと周りの人たちと明らかに装備が違いすぎていて目立っていた。
その人は謝る私を見て、興味がなさそうにボソッと呟いた。カチン。
「ちょっと! 謝っているのにその態度はヒドイんじゃないの! たしかに前方不注意だった私が悪いけどさ、そんなこと言わなくてもいいんじゃない!?」
「なんだよお前、チビにチビって言って何が悪いんだよ」
「チビチビって、ただ私はA.W.Oのキャラを小柄に設定しただけですー。本当の私は背の高いお姉さんなんですー」
嘘です。けど売り言葉に買い言葉で、ついそんな見栄を言ってしまいました。
「はっ、言動からして幼いから説得力なんてないっつーの。それともガキっぽいキャラでRPでもしてんのか? 痛いわー」
「ムカつきー! そんなあなただって、本当はゼンゼン子供なんじゃないの! まるで中学生の反抗期みたい!」
「あァ? なに見当違いなこと言ってるんだよ。俺は……」
徐々にヒートアップしていく言い合いだったけど、自分の事を言おうとした瞬間、男の人はピタリと動きを止めた。手で顔を覆い、何やらブツブツ呟いている。何かあったのかな?
「……どしたの? 大丈夫?」
「なんでもねぇよ。危なく現実を他人に教えるところだったから自制しただけだ。じゃあなチビすけ、俺はお前と違って暇じゃないんでな」
「あ、こら待てー! 逃げるなー不良少年!」
むかっ! 人が心配してあげたのに、なんなのあの態度! 翔也と同じくらいにナマイキ! きっと中学生の子供に違いない!
「くそー、今度会ったらけちょんけちょんにしてやる!」
「穏やかじゃないね。誰をけちょんけちょんにするんだって?」
あのナマイキな不良少年にギャフンと言わせてやるのを誓うと、どうやらレイゼとエミリアの2人がやって来た。ああ、心の友よー。
「聞いて2人とも! さっき余所見して歩いていたら人とぶつかっちゃったんだけど、ちゃんと謝ったのにその人ったらスゴイ失礼なんだよ! 私に何度も何度もチビって言って」
「まあまあ、それは災難でしたね。大丈夫でしたかリリィさん?」
「あんまり問題を起こすんじゃないよ。ここは現実とは切り離されて、ある意味で自由な世界だから、いろんな人間がいるんだから」
「うん、気をつける。でもあの真っ黒少年、次に会ったら絶対コテンパにしてやるんだから!」
「真っ黒、少年?」
私の言葉に、2人は互いに視線を交わして何やら物騒な顔をした。
「え、2人とも知ってるの?」
「いや、ちょっと似ているのを知っていてね。けどアレがこのタウンに来るわけないし」
「きっとソックリさんか、あの人のファンでしょう。“世界”がこのタウンに来る理由もないでしょうし」
「わーるど? 誰それ?」
「“世界”のカミナ。Another.World.Onlineプレイヤー5億人の頂点に立つ男。文字通りA.W.Oにおいて最強のプレイヤーのこと」
「わたくしたちも二つ名を持ち皆からトッププレイヤーと言われていますが、“世界”は最早桁違いの強さを持っています。まずあの人に勝てる人はいないでしょう」
「それにあまり良い噂も聞かないし、PKまがいの事を多くしているって話も聞いている。常にソロでプレイしていてパーティを組まない謎のプレイヤーだけど、あまり関わらない方がいい相手だね」
「ふーん」
そんなスゴイんだ、“世界”って人は。もしかしたら、あの真っ黒少年がその“世界”って人? ないない、ただの反抗期真っ盛りの中学生っぽい子だし、きっとただのなりきりだろう。今度会ったらその事でからかってやろ。
「ま、そんなスゴイ人なら、わざわざ初心者の私なんか構わないよね。それよりもほら、はやくダンジョン探索に行こうよ」
「そうでしたね。今回は少し長めのダンジョンですから、早く出発しませんと」
「そうだね。今回はダンジョン、ヴェヘル廃坑の探索。目標は最奥にいるダンジョンボスの撃破。リリィ、準備はいいかい?」
「もっちろん!」
ふふふ、この日のために回復アイテムを大量に買い込んだのだ。どんな場所でも望むところだよ!
「よし、それなら早速向かおうか。わざわざ外に出て向かうのは手間だし、今回はDゲートで直行しようか」
Another.World.Onlineは全てのマップが繋がっていて、その気になればダンジョンにも別のタウンにも歩きで辿り着ける。
でもそれだと移動に時間がかかりすぎるし、タウン以外でログアウトすると最後に立ち寄ったタウンに強制転移させられちゃうから、Dゲートと呼ばれるワープ装置がタウンには置かれている。これを使えば、一度行った場所ならタウンでもダンジョンでも直行できる。
噴水広場の奥にある、巨大な大聖堂のような建物。その中に入れば、広い円形の空間に、その中央にあるのは淡く輝く青い宝石とその周りを動くいくつもの輪っか。まるでオシャレな天体模型のようなオブジェクトで、その周りには多くのプレイヤーが淡い光に包まれて消えては現れたりしている。
「ねえねえ、ずっと気になっていたんだけど、あのステンドグラスに描かれてる女の子ってなんなの?」
最初にここに来た時から不思議に思っていること。夕陽によって照らされている天井にステンドグラスに描かれてる、両手を握り祈るように目を閉じている白いドレスを着た女の子。ステンドグラスにはその女の子だけで他には何もなく、少し違和感がある。
「あれかい? あれはこの世界に存在する女神だよ。ただの設定だけど」
「知らない人も多くいて形骸化してますけど、一応A.W.Oには製作者が設定した物語というものがあるんですよ。この世界では女神が永い眠りにつき、私たちプレイヤーは女神のもとに辿り着き永い眠りから解き放つ、と。真偽は定かではありませんが、その女神の解放とやらがこのゲームのクリアではとないかと一部のファンが今でも熱い議論を重ねているようです」
「ふーん、あの子が女神ねー」
エミリアの説明を聞きながら、再びステンドグラスの女の子を見つめる。ステンドグラス故に少し抽象的だけど、しばらく見つめ続けていると私の頭の中で何かがよぎる。
なーんか、この子をどこかで見た事あるんだよな。
「ねえ2人とも、あの子ってなんか見覚えない? どこかでこの子に会った気がするんだよね」
「そうかい? アタシは全く見覚えがないね」
「他人の空似ではないですか? もしかしたらこの女神に寄せてキャラメイクしたプレイヤーとすれ違ったのかも」
「そうかなー?」
なんかそれとは違う気がするんだよな。多分A.W.Oの中じゃなくて、あの子とは現実の世界で会った気がする。けど……思い出せない。胸のところで突っかかってなんかモヤモヤする。
「さあさあ、そんな事より早くダンジョンに行くよ。低級のダンジョンだけど、道に迷ったら長丁場になっちゃうからね」
このモヤモヤが消えないけど、レイゼの言葉で意識を切り替える。久しぶりのダンジョン探索だからね。気合い入れてかないと。
2人と並んでDゲートの前まで近づくと、半透明のウィンドウが浮かび上がってきた。そこにはこれまでに立ち寄った場所が記されていて、私よりも長くやっている2人のウィンドウにはたくさんの名前が並んでいた。名前を聞くだけで楽しそうな場所ばかりある。『星降る丘に』って、どんな場所なんだろ?
今度連れて行ってもたおうと思いながら、レイゼは『ヴェヘル廃坑』の文字を選択した。
すると私たちの前に『10』の数字が出現し、1つずつ数を減らしてく。
「今回もアタシたちは援護に回るから、基本はエリィだけでなんとかするんだよ」
「ここまで成長してきたリリィさんなら大丈夫です。何かあればすぐに回復してあげますから」
「うん! 頑張る!」
両手を強く握り、むふーと鼻息を荒くしながら意気込む。ここまで急速に成長してきた私に、もはや敵などいないのだ!
意気軒昂とした私を送り出すように、私たちの前に浮かんでいた数字が『0』になると、私たちは淡い光に包まれて視界は真っ白に変わっていくのだった。
Another.World.Online設定集。
Another.World.Online。通称A.W.O。本作の根幹となるもの。
日本のVI.GA.CE社が2062年に発売した新世代オンラインゲーム。お値段は税込8290円。一部アイテムに課金あり。
本作では世界で最も売れたゲームとなっています。
ちなみに現在で最も売れたゲームは、スーパーマリオブラザーズで4024万本。オンラインゲームではLeagu of Legendsで登録アカウント数は7000万人となっています。間違っていたらスミマセン。