3話:リリィ
「えーっと、これをここに繋げてこのケーブルはこっちで……」
学校終わりにVirtual Gearを買った私は、恵美子さんと澪と別れると早足で家へと帰り、はやる気持ちを抑えず説明書を片手にVirtual Gearのセッティングを進める。
接続はいたって簡単。Virtual Gear本体の電源コードとネット回線を繋げるLANケーブル。たったこれだけだ。これなら子供もお年寄りも簡単に使える。この手軽さもきっと、A.W.Oが普及した理由の一つだろう。
「よし、完成。あとは連絡を……っと、ナイスタイミング」
ちょうど良くケータイが鳴ると、恵美子さんと澪からのメッセージが届いた。
『梨々香さん、わたくしたちはもう準備ができています』
『恵美子はエミリア、アタシはレイゼってキャラ名でプレイしてるから、A.W.O始めたらこの名前にメッセージ飛ばしてね』
「はいはーい」
2人のホログラムメッセージが終わり、いよいよ私はVirtual Gearをかぶった。うん、やっぱりゴツくて少し重たいけど、後ろはクッション生地で寝転がったらあまり気にならないね。
こめかみ辺りのスイッチを押すと、脳との電気信号のやり取りをしているのか、じんわりと額が温かくなり、Virtual Gearに覆われて真っ黒な視界の中に光の粒子が漂う。
「いざ、Virtual Dive!」
その言葉と同時に、私の体は深く落ちていくような感覚を体感し、もの凄い勢いで漂っていた光の粒子を通り抜ける。
その光景は光の雨のように綺麗で眩しくて、目を瞑っていると落ちていく感覚が落ち着いてきた。
「……うわぁ、すごいや」
恐る恐る目を開けてみると、表現するならそこは電子の海。様々な数列や文字が連なった情報群が海のように揺れてそこかしこに幾何学的な模様があって色々な形へと変わっていく。
光の粒子と同じく数列や文字も輝いていて、それらで構成されているこの世界はまるで光の海のようで、私はただただ驚くしかなかった。
『……Virtual GearのID番号を確認……。ようこそAnother.World.Onlineへ。我々はあなたが来る事を心より歓迎いたします』
すると突然、女性の声をしたアナウンスが聞こえた。
『あなたのVirtual Gearはアカウント登録がされていません。現在Another.World.Onlineは1週間のプレイサービスを行っておりますので、このままキャラクターメイクへと移行します。また、プレイサービス期間が終了しますとログインができなくなりますので、その際はAnother.World.Onlineのご購入をお願いいたします』
「はいはーい」
光る海の景色から一変して、次は細い黒のラインが引かれただけの真っ白で無機質な空間。そして私の目の前にいるのは、顔も何もないおそらく人の形をしているだろう肌色の物体。
『これよりキャラクターメイクを開始します。キャラクターはAnother.World.Onlineにおいてのあなたの分身となるので、よく考えてお決めください』
なるほどなるほど、この物体を色々といじって、私のキャラクターを作れってわけね。さてさてどうゆうキャラを作っていこうか。
「性別は女性にして……種族? 色々あるなぁ」
エルフ族は魔法関係のパラメータが成長しやすくて、ドワーフ族は筋力関係のパラメータが上がりやすい。獣人族は体力と素早さが伸びやすくて、他にも小人族やバード族、天使族や悪魔族とか色々な種族がある。
しかも各種族ごとに見た目を色々とイジれるようで、獣人族は耳だけ生やしたり顔まで獣っぽくする事ができたり、悪魔族は翼だけ生やしたり顔つきまで恐ろしい悪魔の顔にできたりもする。
「んー……色々あって悩むけど、人族でいっか」
種族にはそれぞれ長所となる部分と短所となる部分があって、素人な私にはどれがいいのか全くわからず、平凡が特徴の人族を選んだ。
さて、あとは顔のパーツとかだけど……うわぁ、多いな。しかもパーツ毎に微調整もできるじゃないか。これは難航しそうだ。
「身長はちょっと高めにして、目を丸くして可愛く……うーん、鼻はもうちょっと小さくして小顔にしましょうか」
眉毛は私が指で引いたラインに従って形を変え、引っ張って伸ばせば手足の長さも変えられる。パーツの調整は文字通り私の手や指を使って直接的にやっているから、なんだか粘土細工を捏ねくり回しているみたいだ。でもダイレクトに操作できるおかげで、自分でも納得できるもの出来上がりつつある。中々良いんじゃないかな?
「──完成! 我ながら良い出来じゃないか」
細かな調整もようやく終わり、ついに自分の分身を作り上げた。
白さのある黄色い髪をツインテールにして、小顔で可愛らしい顔立ち。身長は私より10cmほど高くして、体つきも少し大人っぽくしてみた。本当はお母さんみたいなスタイルにしてみたくて一度やってみたけど、なんだか途端に虚しくなったのでやめた。少し見栄をはるくらいがちょうど良いのだ。
今の私をちょっぴり成長させたくらいくらいの女の子。私もこのくらい成長しないと!
「それで次は……ジョブか。これも多いなぁ」
ウォーリア、ナイト、アーチャー、モンク、フェンサー、デュアルソード、モンスターテイマー、マルチウェポン、ウィザード、アルケミスト、スミス……その他にも色々なジョブがある。建築家や釣り師って、冒険なんてできそうにないジョブもあるけど、需要ってあるのかな? ネタ枠としてあるのだろう。
「2人にどういったジョブがオススメか聞いておけばよかったな。まあここは直感に任せて、身軽なデュアルソードにしておこ」
デュアルソードの特徴は、双剣を使った手数の多さと多彩なスキルと軽快なスピードらしい。身軽な動きで翻弄して鮮やかに敵を倒す光景がカッコよかったのでそれにしてみた。
デュアルソードを選択すると、私のキャラクターはいかにもRPGっぽい革のジャケットのような装備に変更されて、腰に双剣が装備されていた。
「最後に名前か。あんまりネーミングセンスに自信ないし、変な名前つけると笑われちゃうからなぁ……。安直だけど、リリィにしよ」
私の分身だし、はやくも愛着が湧いてしまったこの子に変な名前はつけられない。かといってシャレた名前なんて思い浮かばないし、下手にカッコつけた名前はダサくなってしまう。安易な考えではあるけど、私の名前の梨々香を少し変えて、リリィという名前にしてみた。花の名前でもあるし、別に変な名前ではない。
『以上で、キャラクター作成を終了しますか? これ以降、キャラクターを変更する際は別途料金が発生いたします。終了するならばYesボタンを押してください』
「うーん……どこもおかしな場所はないよね? いいよ! Yes!」
最後の最後までよく確認して、心底納得した私は浮かび上がっていたYesのボタンを押した。
『ありがとうございます。それでは、キャラクターデータを反映させます』
「お? おぉぉお!」
目の前にいたリリィが光の泡のように消えていくと、次に私の体が光る泡に覆われた。
足元から覆われた泡が消えていくと、私の体とは別の体に再変換されていく。泡が完全に消えて再変換が終わると、私の体はリリィのものへと変わっていた。
なんか不思議な光景で感動的だ。体が少し大きくなって違和感があるけど、すぐに慣れるだろう。
『それではこれより、Another.World.Onlineを開始いたします。冒険をするのも、新しいお友達をつくるのも、何をするにもリリィさんの自由です。思う存分、この世界を楽しんでください。最初は【はじまりの都 キーピウム】にてゲームが開始されます。それでは、良き冒険を』
アナウンスが終わると、足元から光る海が押し寄せてきて、あっという間に私の全身が浸かった。
そして私の視界は、テレビの電源が切れたように真っ暗になったのであった。