2話:白と黒の少女
私立水ヶ瀬学園。海を一望でき水をテーマにした観光都市でもある水ヶ瀬市に建てられた、中高一貫の学園である。
教育設備は国内でも有数で、景観が良く住みやすい街である水ヶ瀬市にある事から人気が高く、県外からも進学してくる人がたくさんいる。
私はその水ヶ瀬学院高等部の1年4組に所属していて、教室で友達と適当に話し合っていた。
「ねえねえ、澪に恵美子さん。二人ってA.W.Oやってるんだよね?」
話す相手は、中等部から付き合っている私の大切な親友。
一人は長身に腰までストレートに伸ばした黒のロングヘアーに、おしとやかでおっとりとした雰囲気を醸し出した、なんかぽわわ〜んとした感じの女性、竹筒 恵美子さん。華道と茶道を嗜んでいる正真正銘のお嬢様だ。常におっとりとしていて天然っぽく、何より胸が大きい。羨ましい羨ましい……。
もう一人が、短く切り揃えた髪をカチューシャで掻き上げ、丈を短くしたスカートの下に学校のジャージという、ちょっとボーイッシュなのが倉中 澪ちゃん。バスケ部に所属している活発な女の子で、長身な恵美子さんよりも背が高く、男子たちと同じくらいだ。スポーツをしているからか体は引き締まっていて、胸は……ナカーマナカーマ。
朝から気になっていたA.W.Oの話をすると、二人は驚いた表情で私を見た。
「あらあら、梨々香さんからA.W.Oの話題をふってくるなんて……」
「あんなにA.W.Oを嫌っていたのに、ついに梨々香もA.W.Oを始めんの?」
「ん〜……前から気になってはいたけど、やるかどうかはまだ決めていない。二人からA.W.Oのこと聞いて、どうしようかなぁって思ってる」
別にA.W.Oが嫌いなわけじゃなくて、苦手意識があるだけ。言ってしまえばただの食わず嫌いだ。それだけで遠ざかってしまうのは勿体ない。
「まあまあまあ! 梨々香さんがA.W.Oを始めてくださるなんて感激です! わたくし、梨々香さんと澪さんの3人で一緒にA.W.Oをやるのが夢だったんです!」
「ちょ、ちょっと恵美子さん!? まだやるって決まったわけじゃないよ」
なんか早とちりしてしまった恵美子さんは感極まった様子で私の手を握って自分の胸元に引き寄せた。
恵美子さんは意識していないようだけど、女の子同士とはいえ中々に刺激的な光景ではなかろうか? ほら、男子がチラチラと見てますよ恵美子さん?
それにしても恵美子さんのは柔らかいなぁ。あれか? 控えめな私に見せつけているのかこんにゃろう。吸い取れるなら吸い取ってやるのに。
「はいはい恵美子そこまで。梨々香はまだA.W.Oを始めるわけじゃないからね?」
「あら、そうだったんですか? わたくし何か早とちりしてしまったみたいで、ごめんなさい梨々香さん」
「いいよいいよ、気にしてないから。それで二人って、A.W.O始めてからどれくらいなの?」
もうちょっと恵美子さんの感触を楽しみたかったのに、惜しい事をした。
「えっと、A.W.Oを始めたのは中等部に入った頃だったから、3年くらい前だったかな?」
「わたくしはA.W.Oの発売と同時に父が買ってくださいました。そして同じクラスでA.W.Oをやっていた澪さんと知り合ったんです」
そういえばそうだったな。最初は席が隣だった澪と仲良くなって、それから澪の友達の恵美子さんと知り合ったんだっけ。
「でも意外だよね。恵美子さんってゲームする感じに見えないから」
「あくまで子供の自主性を尊重するのが我が家の家風ですし、色々と厳しかったらきっと反発して不良さんになってたかもですね。それに海外出張の多い父が、わたくしに会いたいという思いもあったと思います」
そういえば恵美子さんのお父さんって、貿易会社の社長さんだったけ? たまに経済ニュースに出てたりするけど、年に数日しか日本にいられないほど忙しいって恵美子さんから聞いた事がある。こんなに立派で可愛い恵美子さんに会えないのは親として辛いよね。
「へぇ、A.W.Oってそういう使い方もあるんだね」
「今までのオンゲは国ごとや人数ごとに分けてサーバーを増やして負荷を軽減するのが普通だったけど、A.W.Oはそういうのがないからね。例え地球の裏側にいてもA.W.Oだったら繋がれるし」
「それに梨々香さんが懸念を抱いていらっしゃるVirtual Diveの技術だって、最近では医療分野でも活躍されているんですよ。下半身不随の男の子がVirtual Diveで仮想上の肉体を動かす事によって肉体に新たな神経細胞が構築され、回復の兆候が見られたと報告されています」
ドキュメンタリー番組で放送されていたから、その話はよく知っている。交通事故で下半身が動かなくなって車椅子生活だった男の子が、Virtual Diveを応用したシステムを使って動かなかった足が動いて、いずれ杖もなしに歩く事ができるだろうって。Virtual Diveシステムはゲームだけではなく医療業界にも希望をもたらすってニュースでやっていた。
「それにやっぱり、自分の体のようにキャラを動かしてモンスターを倒す快感は他にないしね。ダンジョンを探索してアイテムをゲットして、それをその場にいて体験できるのが何より楽しいよね」
「ええ、加えて仲間と一緒に冒険できるというのが、心を躍らせますよね。残念ながらこれ以上はわたくしたちの口では伝えきれません。真にA.W.Oの魅力を知るには、梨々香さんが実際にA.W.Oをプレイしてもらわないと」
やっぱり、私が実際にA.W.Oをやらない事には始まらないか。まだ少し怖いという気持ちはあるけれど、2人が一緒なら大丈夫だよね。
「う〜ん……それじゃあ、やってみよう、かな?」
「本当ですか!? 嬉しいっ!」
「わぷっ」
満面の笑みを浮かべた恵美子さんに抱きしめられて、私の視界は真っ黒になった。そして顔から感じるのは、お餅のようなモチモチとした触感。恵美子さんめ、私を乳で殺すつもりか!
窒息の危険性を感じ取り酸素を求めて登っていくと、恵美子さんは溶けたようなだらしのない笑みを浮かべていた。よっぽど嬉しかったんだろうなぁ。
「それじゃあ学校終わりに、エレモルにでも行ってVirtual Gearでも買いにいこっか。たしか最新モデルが売り出してたし、旧型モデルが値下がりして安く買えるはずだよ」
「ちょっと澪! 見てないで助けてよぉ」
「役得として受け取っておきな」
「薄情者ぉ〜!」
くそう、信じていた親友に裏切られた。恵美子さんはしばらくこっちの世界に戻ってきそうにないし、男子の視線が居心地悪い。
薄情な親友と天然な親友に挟まれて、私の時間は過ぎていくのであった。
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水ヶ瀬エレクトリックモール、略してエレモル。パソコンのパーツから何に使うかよくわからない回路まで、幅広い品揃えをしている電子部品専門の大型ショッピングモールだ。流石に東京の秋葉原には負けるけど、それでも品揃えの良さはトップ5に入るほどの優良店だ。
学校が終わりVirtual Gearを買うため、澪と恵美子さんは部活を休んでまで私の買い物に付き合ってくれた。ズブの初心者である私に親切に教えてくれる優しさは嬉しいけど、同時に申し訳なかった。
「まさか、Virtual Gearがあそこまで高かったなんて……」
今日で何度目かのサイフの中を確認するけど、サイフの中にあるお金が増えてくれるわけもなく、店頭に置かれているVirtual Gearの値段が下がる事はない。
澪の言うとおり、Virtual Gearの新型モデルが発売されて旧型モデルは軒並み値下がりしていたんだけど、私たちと同じ考えをしていた人が他にもいたらしい。A.W.Oの大型アップデートと1週間の無料プレイに引き寄せられてVirtual Gearを買う人が大勢いたようで、旧型モデルは全て売り切れてしまった。店にあるのは全て、最新機能を揃えた新型モデルのみ。そしてそれがすごく高い。買えなくはないけど、買ったら今月がピンチ過ぎる。
Virtual Gearか、今月の食費か。その間に挟まれて自然とため息がこぼれる。
「旧型が全部買われるなんてね、まったく予想していなかった」
「大丈夫ですか梨々香さん? よろしければ足りない分はわたくしがお支払いしますが」
「いや、それはダメ! 友達にお金を借りるなんて絶対しないって決めてるの」
恵美子さんの提案に僅かに心が動いたけど、全力で遠慮する。友達同士でお金の貸し借りなんて、それはもう友達じゃない。お菓子やジュースといった数百円程度ならいいかもしれないけど、数万となってくるとそれはもう完全に友達との間でやり取りする金額じゃない。恵美子さんは気にしてないだろうけど、私が気にしてしまう。恵美子さんとはずっと友達でいたいのだ。
「でもどうすんの? お金が厳しいってなら、また別の日に買いにいってもいいけど」
「ううん、せっかく2人に付き合ってもらったし、私もA.W.Oやってみたい。こうなったら1円でも安いモデルを見つけて買うよ」
最新モデルの中にも、高いものや安いものがある。画質を向上させたハイエンドモデルは論外として、少し大きくてゴツい方が軽量化モデルより幾分か安い。あまりオシャレではないけど、室内でしか使わないからあまり関係ないか。
少しでもサイフに優しいものを見つけるため、店の中を物色していく。
「えーっと、さっき見たやつが安かったけど、あれより安いものは……あれ?」
店の端に映る、僅かな違和感を捉えた。
人混みで行き交う中に1人ポツンとVirtual Gearの前に立っている女の子。歳は小学生の低学年くらいだろうか? 白と黒のラインが混じった独特な髪色をした髪は床につくほどに長く、髪の色と同じ白と黒のラインが混ざったワンピースを着ている。顔はお人形のように整っていて、肌は太陽の光を浴びていないかのように異様に白い。
特徴的な容姿で誰もが目に止まりそうなほどなのに、女の子を気にする人は誰もいない。まるでその場にいないかのように。
「……………………こっち」
「え? 私?」
「ん、こっち」
まるで、鈴が転がったような綺麗な声だった。女の子は白と黒のオッドアイで私を見つめると、小さな手を振って手招きした。
私を呼んでいるいるのか尋ねてみると、コクンと小さく頷いて再び手招きをして私を呼ぶ。
なんだかわけがわからないけど、呼びかけに応じて女の子の側まで近付くと、そこにあったのは1台のVirtual Gear。手に取ってみると異様に大きくて、頭と目を完全に覆い隠してしまう。普通のVirtual Gearは目と額を覆うほどの大きさだから、その大きさが目立っている。
「これ、とても大切なもの。私にとっても、あの子にとっても、梨々香にとっても。あの世界にある鍵の1個。光にも闇にもなるもの。梨々香、あの世界に光を与えて」
「鍵って、あの子って誰……って、あれ?」
視線を女の子に戻すと、女の子はどこにもいなかった。人混みに紛れていなくなんじゃなく、忽然と姿を消したんだ。手に取っている大きなVirtual Gearだけが、幻だったかのような女の子がたしかに存在していたという証。
「梨々香、突然どうしたのさ?」
「わたくしたちが呼んでも反応しなかったので、心配したんですよ?」
「え? すぐそこに女の子がいて……」
「女の子? 残念ながらそのような子を見た覚えはありません」
「それにそのVirtual Gearはなにさ? やけに古そうだけど、もしかしたら初期の型番じゃない? なんでこんな所にあるんだろ?」
「5年も前の型番なんて古過ぎてお店には置いていないはずですが、しかしお安いですね。桁が一つ少ないです」
たしかに、不思議なVirtual Gearではあるけど値段だけは安い。月に使うケータイ代より少し高いくらいだ。これなら買ってもあまり苦しくはならない。
「まあ、今の私にピッタリかな。これにするよ」
「大丈夫なの梨々香? 初期モデルといったら今のモデルよりかなり性能が下だよ?」
「あまり気にしてないからいいよ。本格的にA.W.Oを始めたら、ちゃんとしたのを買えばいいし」
まだA.W.Oを正式に始めるわけじゃないし、それなのに大金を使うわけにがいかない。
お会計をする際、店員が『こんな商品置いていたかな?』って顔をしてたのが気になったけど、私は構わずお金を出してVirtual Gearを買った。
なんだか小さい頃にクリスマスプレゼントを貰う夜かのようにワクワクとした気持ちを抱きながら、澪と恵美子さんと夜にA.W.Oで会う約束をして私たちは店を出たのであった。
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