夕日に浮かぶ 戦艦
2016年
東京湾
「ここが、3軍艦の母港か」
「最初は、別々の予定でしたけどね」
神奈川州
横須賀
そこに2隻の軍艦が陸揚げ固定されており
1隻が接岸されている
戦艦 三笠
戦艦 長門
戦艦 大和
三笠は、日本が先進国として認められる大きな切っ掛けとなった
日露戦争の日本海戦の旗艦を勤めた艦であった
その後、海上接岸では劣化が進むため陸揚げされて保存された
長門は
世界海軍軍縮下の中で認められた、戦艦で世界のビック7と言われた
日本海軍の連合艦隊の旗艦の時期もあった
第二次世界大戦末期にソ連が宣戦布告されたときは
北海道に出撃し、ソ連の侵攻を阻止するべく砲撃を続けたが 奪還まではいかなかった
その後の戦後処理で、一時は標的艦にされるも
日本が南北分断国家になっているため、
復員任務や水上警察等の機関を回り 北海道戦争後
東北太平洋艦隊の旗艦についた
2001年の統一戦争後、東北太平洋艦隊の解散を理由に記念艦に
船体の劣化などから、陸に引き上げられた
大和
日本が第二次世界大戦時に作り上げた
世界最大級の戦艦
第二次世界大戦では、活躍の機会は少なく
沖縄防衛戦は、陸軍のみでの対応になり、特攻しなかった
その後、ソ連の北海道侵攻に及び
防衛戦に参加、長門と現在は舞鶴で記念艦となっている空母瑞鶴と共にソ連軍の侵攻を最小限にくい止めるも北海道全土奪還までには至らなかった
その後の戦後処理で、朝鮮や台湾への復員任務の後、海上保安庁を歩み、国防省の海上防衛隊に合流
対岸の共産主義3カ国から日本を守るために発足された
日本海機動部隊に配属 後に旗艦となり 日本統一後も日本海機動部隊の旗艦であり続けたが
後続艦の武蔵の就役、日本大震災による運用コストの二つを最大の理由に2012年7月に記念艦になったが
軍内部では、何れ再就役させるつもりだとか
3隻とも、艦艇マニアやオタクには人気な観光スポットでもあり
不定期に長門や大和で製造されたラムネ販売もされている
この3隻が、何時までも語り継がれていくのだろう
終わり