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罪と咎(つみととが)  作者: マオ
9/12

命運……FATE・2

 日が落ちる頃、アジュは祝宴を抜け出した。

 己が血で書いた呪符をくわえ、塔に駆け寄る。その符をくわえている間、少年の姿は人には見えない。禁呪からリッカが独自に編み出した魔法である。改造に改造をくわえてかなり効果時間は長い。そのまま、月が出るまでのわずかな時間、待つ。

 周りには誰もいない。これからなにが起こるのか、大人はみな知っていて、子供を近づけないようにしているのだろう。王城の周辺だけが騒ぎの中にある。

 本来ならば、その中心にいる姫君こそが贄となるのが魔神との約定。

 腹立たしい。アジュはそう思う。

 知っていながら知らぬフリをする民が。

 当然だといわんばかりの王族が。

 そして、姉に出会わなければ自分もその中にいただろうことが。

 腐った国。

 腐った民。

 その中の自分。

 実の姉と生き抜くために、全てを壊そうとしている自分も汚い。

 それでも。

 アジュは塔の小窓を見上げる。今頃最愛の姉は着飾っているだろう。さぞ美しい花嫁であるはずだ。実の弟さえ惑うのだから。

 魔神になど、渡さない。

 リッカだけがいればいい。

 自分もきっと病んでいる。それが分かる。それでいい。

 だってこの国は――エゴイズムの上に成り立つ砂の楼閣。

 そこにいる人間もエゴの塊。

 利己心で成り立つ国ならば、それを崩すのも人の利己心。

 ……お笑いだ。

 アジュは少しだけ口元を緩ませた。

 犠牲をもって在る国だから、犠牲をもって終わらせよう。

 全てを。



 月が天に昇る。運命を照らす光はあまりにも静かで冷たい。



            ***



 城に対する方角にある広場。そこに兵士に連れられて『花嫁』はいた。

 広場の中心、複雑な紋様が彫られている場所に独り立たされる。

 冷酷に兵士たちと司祭が見守り、月の光が幻惑のように振る中、その紋様がうっすらと光り始めた。時間である。魔神が花嫁を呼んでいるのだ。

「……魔神よ、ここにそなたの花嫁を捧げる」

 離れて見つめる司祭が告げた。

「王家の姫君を」

 偽りの言葉に反応して、紋様の光は花開く。

「契約の名の下に――」

 光は音もなく、花がしぼむかのように『花嫁』を包み込み、消え失せる。

 歪んだ約束事は完了された。

 これでまた、次代の姫君が生まれるまで安定が続く。

 平和という名の腐敗が続く……


            ***


 アジュ。

 封じられた声が彼を呼んだ。アジュは唇から符を離す。

 彼の目の前には花嫁姿のリッカがいる。どんな女性よりも美しかった。

 そう言ってあげたかったけれど、今は時間がない。

「行こう、姉さん。時間がない」

 頷き、リッカはアジュの手をとった。二人、手を握り合って周りを見渡した。

 おそらくここは地下なのだろうが、不思議なのは真っ暗な中、たいまつが道標のように灯っている。

 いったい誰が灯しているのか。さらに不思議なのは闇の中に灯があるのに、周りが闇であること。真っ黒い建物の中にでもいるかのようだ。

 リッカがピクリとする。頭の中に声が響いてきた。聞いたことのない、ひどく割れた声だ。 性別も分からないような声だが、おそらくこれが魔神の声なのだろう。

 リッカを呼んでいる。こちらへおいでと呼んでいる。

 花嫁を求めている。

 アジュを見る。彼にも聞こえているのか、頷いた。

 それでもう充分だ。やるべきことは決まっているのだから。

 二人は進む。迷いはない。恐れもない。つないだ手だけが、支える証。

 ゆらりと何かが先のほうで揺らいだのが見えた。そこが目的地なのかもしれない。

 魔神がいる場所。これから、今までの全てを打ち壊す場所。

 アジュは足を止めた。恐れではない。リッカを振り返る。

「姉さん」

 魔神と戦う前にひとつだけ、やっておきたいことがあるのだ。

「少しだけ、ぼくに血をくれる?」

 あなたにあげた指輪(あかし)のように。

 リッカはアジュの意図を察し、微笑んで頷いた。自分の左手薬指、はめた指輪の少し上の部分に歯をたて、噛み切る。

 ぷくりと浮かんだ紅い血を、アジュは指にすくいとった。

「血の婚姻を――」

そ の言葉とともに、指の上の血は変化した。最高級のルビーのように輝くそれを、彼は自分の耳たぶに押し付ける。

 すると、じう! と音をたてて、リッカの血はアジュの耳でピアスと化した。もう一度同じことを繰り返し、両方の耳に血のピアスをしてから、アジュは姉の指を癒した。

 その様子を見つめていたリッカは、自分を指して指輪を示す。

 声のない言葉を理解して、アジュは先ほどリッカがやったように自分の左手の薬指を噛み破った。

 浮かぶ血を、今度はリッカの指輪に移す。

 おもちゃの赤い石は、深い深い真紅に変わる。

 それは誓いだ。

 ……『永遠に、あなたとともに』。

 戻れない道。戻らない意思。

 魔神は、もう、すぐそこにいる。


               ***


「早く!」

 シェリが言う。

「早く!」

 サリュが叫ぶ。二人は塔の中の気が違ったような娘七人を連れて、塔を逃げ出した。

 送還の儀を終えた兵士たちが戻ってくる前に、門へ、外へ逃げなければならない。

 見つかればみな殺される。娘たちはもう用済みなのだ。花嫁にもなれなかった娘に生き延びる術などない。

 ……リッカとアジュは逃げてといったのだ。これ以上この国のために犠牲が出ることはない。あってはいけない。

「だからお願い」

「逃げてくれ」

 姉弟の頼み。最後の願い。シェリもサリュもなんとしてでもかなえたかった。

 それがどれだけ無謀なことか分かっていても。


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