腐敗した現実……EGOISM・1
今回はかなり不快な内容です。ご注意を。
……わかるかい、学者さん。おぞましいと思うかい、このお二人を。
姉と弟でありながら想い合うお二人を。
(いいえ、と私は答えた。それだけひどい運命の中にある少女が、信じられるものは少年だけだったのだ。それが実の弟でも心寄せずにはいられないと思う……あまりにも酷なことだとも思うのだけれど。
――私がそう言うと、彼女は満足げに頷いた)
あぁ、あぁ、あんたは分かっているようだ。そうだよ、残酷さ。
でもね、ひどいことはまだあったんだ。
あたしはあんたに言ったろう? サンディーノは砂の都。もろくて汚い腐敗の街だと。
(魔神の贄、それだけでも十分ひどいと私は思うのだが、彼女はそれ以上にひどいことがサンディーノにはあったと言う。
私は黙って彼女が口を開くのを待った。
いるのかどうかも分からない魔神の存在よりも、幸薄い少女のほうが気になり始めていた)
***
街は緑と水にあふれ、飢えも乾きもない。他国にあるであろう貧民街すらここにはないのだ。平民たちが住む下町も他国よりは遥かにましだった。
そう……一番ひどいところは街の誰もが見ない、気にしようとすらしない塔の中。
とらわれの娘たちがいるところだ。リッカ以外は言葉すら満足に喋ることができない。
そんな状態で十六人もいる娘を、シェリ一人で面倒を見られるわけがない。
少女らが十二歳になり、初潮が訪れ始めた頃、間引きが行われた。
深夜、五人の処刑人が塔に入り、容姿のよくない娘を一人ずつ、ほかの娘たちの目の前で首を落としてゆく。
泣き叫ぶ声と、血がしぶく光景をリッカは瞬きもせず見つめた。
『これは……なんなの』
髪をつかまれ、引きずり出され、目の前の通路で細い首に大斧が振り下ろされる。
『何故、殺されるの』
斧を振り落とす男たちは、笑っていた。
『どうして……笑っているの!?』
「アアアアアアーーッ!!!」
狂った娘が引きずり出されるときに処刑人に噛み付いた。
男たちはその娘を殴り倒し、のしかかり……娘を汚して、首を落とした。
『ひどい……!!!』
繰り広げられる醜くおぞましい行為を、男たちは明らかに楽しんでいた。
「やめなさい! なんてことをするの!!!」
叫ぶリッカに、男たちは欲望の目を向ける。ゾッとする、獣の目だ。
「おい」
一人が他へ呼びかけた。
「こいつはどうする?」
「……いいな。知らねぇフリしてやっちまうか? どうせ焼いちまうんだ、綺麗な娘かどうかなんてわからねえだろう」
おぞましい。そこにいるのは人ではない。ただ己の欲望のために動く獣だ。
リッカは蒼白になったが退かなかった。ほかの娘たちのように乱暴され殺されるのだとしても、こいつらを呪ってやる。
『許さない……!!!』
「おやめなさい!!!」
その時、今まで目をつぶり耳を塞いで震えていたシェリが止めた。顔は恐怖で真っ白で、夜目でも分かるほどに震えていたが、何とか走ってきてリッカと男たちの間に割ってはいる。
「魔神様の贄に、手を出すことは許されないわ!」
「そいつは醜女だ。間引くんだよオレたちは」
「なにをぬけぬけと……! そんな不届きな真似はさせない。大体、魔神様のお怒りに触れてもいいの!」
魔神の怒りと聞いて、男たちは一瞬退いた。けれど獣に人の言葉は通じない。理屈も通用しないのだ。
獣たちはシェリを見て、にやりと笑った。
「……じゃあ、お前が相手をしろ」
「!!」
「だめ!!」
叫んでリッカは鉄格子に手をかけた。
「そんなこと許さない!!」
怒りのまま鉄格子を握る手は、力の入りすぎで白くなっている。その細い手に、シェリは男たちから見えない角度でそっと手を添えた。
あかぎれた手はボロボロで硬く、痛々しいけれど優しかった。そんなシェリの手が、リッカはとても好きだったのだけれど。
そっと触れた手が、そっと離れ……、
「いいわ」
シェリは頷いた。
「シェリ!」
「奥へ行って寝ていなさい」
冷たく装う声、その奥の優しさを、痛いくらいにリッカは知っている。
「だめ! シェリ!」
「耳を塞いで、毛布の中で眠るのよ」
優しくて悲しい。
「シェリ……シェリ!!」
「いいわね」
離れるシェリの背が、震えていることをリッカは知っていた。
――その夜初めてリッカは憎しみを覚える。真剣に人を殺したいと望み、それだけの力がない自分を呪った。涙を流しながら、力がほしいと願った。
その晩、八人、半数の娘が乱暴され、殺され魔法で焼かれ――存在すら抹消されたのである。
『……忘れない。わたしは忘れない。忘れない!!』
このしうちを。この痛みを。この怒りを。
――憎しみを!!
現実。酷いもの。惨いもの。リッカはそれを知りました。そして、憎しみも。